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『パーティー・ナイト』
満月・美華8686


 男にとって女とは、愛でる対象である。
 愛で、味わい、骨までしゃぶり尽くして最後には捨てる。まあ、骨まで喰らい尽くしてやっても良いのだが。
 男とは、女を栄養分として強く大きくなり、のし上がってゆくものなのだ。
 今まで私は、そうして生きてきた。
 誰も私を止められなかったという事は、私のこの生き方が圧倒的に正しいという事だ。
 無論、悪い事などしていない。真っ当な商売で、私はこの国の経済に貢献している。納税額もかなりのもので、国から感謝状を贈られた事もある。
 まだだ。私の最終目的地は、こんな場所ではない。ここは通過点に過ぎないのだ。
 さらなる高みへと、私は至る。
 そのためには、女が必要だ。私の、さらなる力、さらなる栄養になってくれる、極上の女が。
 出会った。
 こんな催し物で出会えるとは、思ってもみなかった。圧倒的に正しい私の生き方が、幸運を呼び寄せたのだ。
 高所得者ばかりが招かれるパーティーである。こういうものに、私はまあ可能な限りは参加するようにしている。人脈作りに、活かせない事もないからだ。もちろん過度な期待は禁物だ。
 だが私は、彼女に出会ってしまった。
 パーティーには、芸能人の女性も参加している。きらびやかな女優たちの陰で、ひっそりと咲く花。私はまず、そう思った。
 着用しているドレスは派手なものではなく、肌の露出も抑えめで、それでいて身体の曲線をさりげなく際立たせている。しなやかに引き締まった胴と、程良い胸の膨らみは、露出の必要もなく魅惑的だ。
 自己主張に乏しい顔立ちには、私のような見る目のある男にしかわからぬ美しさがある。
 眼鏡の奥で理知的な輝きをたたえる瞳は、凡庸な男であれば直視出来ないであろう。
 満月美華。それが、彼女の名前だ。
 私は知っていた。数年前、新進気鋭の女流作家として一時的に話題となった女性である。
 物書きとしては、それ以降は鳴かず飛ばずと言っても良い。このパーティーに出席するほどの財力も、大部分は亡くなった親族の遺産によるもので、それを食い潰しながら時折、ネット記事などを書いてはいるようだ。
 私も読んだ事はある。
 当たり障りのない、毒にも薬にもならない、だが本当に頭の良い人間にしか書けない文章。それは、見る者が見ればわかる。
 私の糧に、ふさわしい女であった。
 やはり目ざとい男はいて、何人かが彼女にアプローチをかけていた。
 そういった男たちを蹴散らすようにして、私は満月美華に話しかけて意気投合し、こうして自宅へ誘い込んだ。
 軽く飲み直し、ベッドへ直行。私にとっては、いつもの流れである。
 しどけなくベッドに横たわったまま、彼女は微笑んでいる。私を挑発でもしているのか。
 微笑みを返しながら、私は服を脱ぎ捨てた。
 人間の姿も、脱ぎ捨てていた。
「女を食い物にして、成り上がってきた男……それはね、知っていたわ」
 満月美華の、表情も口調も変わらない。
「文字通り……というわけ、ね」
「……お前も、喰らってやる……私の栄養になれる事、誇りに思うがいい……」
 牙を剥きながら、私は首元の鰓をせわしなく開閉させた。
 苦しいわけではない。昂ぶると、こうなってしまうのだ。我ら一族は、海中でも陸上でも変わりなく活動する事が出来る。
 私は、地上で生き続ける道を選んだ。海の底に、このような悦楽があるわけがないからだ。
 美しい女の、肌を引き裂いて臓物をしゃぶり、血を、脳髄を、啜り尽くす。喰らい尽くす。その悦楽。
「お前の、脳髄は……特に美味そうだ、満月美華。だから最後に啜り喰らう。先に脳を喰らってしまえば、悲鳴を聞く事が出来ん……まずは、その美しい手足」
 おかしい、と私は思った。
 満月美華の、すらりと美しい手足が、妙に太く見えてしまう。
 形良い胸の膨らみが巨大化し、単なる脂肪の袋に変わってゆくが、それが目立たなくなってしまうほど腹が膨張していた。優美にくびれていたボディラインが、完全に失われている。
 ベッドが軋み、今にも壊れてしまいそうな音を発した。
 満月美華は、巨大な肉塊と化していた。
 私は今から、こんな不味そうなものを喰らわなければならないのか。
 否、そんな事が出来るはずはなかった。私の胃袋は今、ざっくりと裂けている。
 胃袋だけではない。様々な臓物が、私の体内で穿たれ破け、グシャグシャに掻き回されている。
 硬く鋭利な、木の枝によってだ。
 暗黒色の樹木が、床を突き破って生え、私の身体を刺し貫いていた。
「何だ……これは……」
 私の口が、臓物の汁気を吐き滴らせながら、ぱくぱくと虚しく動く。魚のように。
「馬鹿な……何なのだ……」
「……海へ帰らないのね、貴方」
 満月美華の美貌は、見る影もなく肥え膨れていた。様々な方向に引き伸ばされながら、むくんでいる。
 そんな顔に、蔑みと哀れみの表情が浮かぶ。
「貴方たちは、いずれ深海の都へと帰って行くのが宿命と思っていたけれど……地上で、人を食う悦楽に取り憑かれてしまったのね」
 ベッドは、とうの昔に潰れ壊れていた。
 その残骸の中で、満月美華の巨大な肥満体が、面倒臭そうに立ち上がる。
 暗黒の樹木を操る、巨大な肉塊。
 こんな生き物を表現する言葉は、1つしかない。
「化け物……」
「失礼しちゃうわ」
 それが私の、最後の会話となった。


 本来、深淵に住むはずの生き物が、無理をして地上にとどまり続けた結果。
 言葉にしてしまえば、そういう事にしかならない。
 このように、殺されれば死ぬ。だが老いて死ぬ事はない生き物である。
 それが、人間に化けていた。若く美しい男に、長らく化け続けていたのだ。
 黒魔術のなせる技である事に、疑いの余地はなかった。
「ずっと、化けていられる魔術……何か、ヒントだけでも掴めると思ったんだけど……」
 炎に包まれ、轟音を立てながら焼け落ちてゆく豪邸を見つめながら、美華は溜め息をついた。
 疲労の吐息、でもあった。変化の魔術は、やはり尋常ではない消耗をもたらす。
 せめて、それを軽減する方法でも見つかればと思った。豪邸を、このメイドたちに隅々まで調べさせた。
 だが結局、満月家による研究を超えるものはなかったので火を放った。
「楽して思い通りになんて、いかないわよね。やっぱり……」
 ぼやく美華の巨体を、メイドたちが神輿のように担ぎ上げ、運んで行く。
 今回、とりあえずパーティーの間は、変化を保つ事が出来た。問題はその後だ。
「ベッドの上で元に戻る。これじゃ駄目ね、全然」
 運ばれながら、美華は苦笑した。
「パーティーで、お持ち帰りされるなんて……夢の、また夢……」


登場人物一覧
【8686/満月美華/女/28歳/魔女(フリーライター)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月10日

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