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『Bodyguard 〜獅子吼side〜 』
剱・獅子吼8915

 つまるところ向いていた、ということだろうね。
 剱・獅子吼は、現在同居中の護衛兼家事手伝いについてそんなふうに思っている。
 もっとも、家事だろうと雑事だろうと事務だろうと獅子吼自身がなにをするわけではない。だから必然、家事手伝い――さすがに呼びにくいので、仮にOとでもしておこうか――はその域を大きくはみ出し、さまざまなことをこなさなければならないわけだが。
 Oは万事において及第点では留まらないほどの高得点をマークしているのだ。
 正直なところ、ここまでできるものとは思っていなかったんだけど。
 獅子吼は口の端を吊り上げる。
 Oはそもそもが戦士だ。その仕事は誰かを殺すことであり、対価は今日そのときの生だった。
 それがどのような気まぐれか、彼女に対価を支払ってくれるもののない日本へたどり着き……ゆえに無為な日々をやり過ごすばかりの生を強要されたわけだ。
 その存在と境遇を、あることから知った獅子吼はすぐに動いた。わざわざ後ろ暗いツテを辿ってOのヤサを探り当て、栄養補助ゼリー飲料を吸う以外にすることもなく転がっていた彼女に声をかけた。なぜそんな酔狂なことを?
 あまりにも彼女が空っぽだったからさ。だから逆に、彼女なら大丈夫だと思えた。
 そう、Oはなにも持っていなかった。服も家具も趣味も生きがいも、人が人であるために不可欠なものを、おもしろいくらいに。言ってみれば0(ゼロ)なのだ、Oという女は。
 獅子吼は笑みを傾げてこう告げたものだ。
『私にキミの合理性と効率を売ってくれないか?』
 今にして思えば、Oが0でなければこんなことを言うこともなかったのだろう。
 なにせ獅子吼にとって、縁は忌むべきものだ。顛末を語ることはしないが、血で繋がれた家族はことごとく死に絶え、遠縁どもは獅子吼の身柄と共に残された資財へ群がり、骨肉の争いを演じたらしい。なぜ言い切れないかと言えば、彼女がそれを見るよりも早く家を飛び出したからなのだが、あれは英断と呼べるほど見事な逃げ足だったと、彼女は今も思っている。
 と、話が逸れたが。
 獅子吼はいぶかしげな顔を向けるOへ静かに畳みかける。
『最近私は思うんだ。この世界は人と人との関係性で成り立っている。“お独り様”が隠遁を決め込むには、少々構造が適していないらしいとね』
 当然のことながら、Oはなにが言いたいのかと訊いてきた。
 うん、それでいい。訊かずにいられないのはこちらに対する関心の表われだからね。妙な女だと思っているんだろうけど、大丈夫。私自身も自覚しているし、キミはそれに負けない程度には妙な女なんだから。
 獅子吼はもったいつけることなくさらりと言い返す。
『お独り様に厳しい社会だからこそ、力を合わせないかということさ。具体的には私のサポートをお願いしたい。なにせ見てのとおり、左腕が欠けているものでね。身を護ることすらおぼつかないんだ』
 縁とやらで互いを結び合うのはごめんだった。
 結びつけば解くことは難しくなるし、たとえ逃げ出したとて後を大きく濁すこととなる。今現在もマスコミや親戚たちに追われている獅子吼には実感があった。
 しかし、この世界に縁を求めず、義理の錨で繋がれてもいない間柄であればこそ、適切な距離を保って関わっていけるのではないかと、そうも思うのだ。人を忌みながらも人の間でしか生きていくことのできない自分でも、あるいは……
『代償は衣食住その他の支給と、キミの社会的尊厳と地位の維持。それほど悪くない取引だと思うけど?』

 意外なほどあっさりとOはこちらの申し出に乗った。
 家事を頼んだのは気まぐれという名の思いつきだった。することができれば少しは生活に張りもできるだろうと思ったこともあるが……こなすばかりであったものにやがて合理性や効率以外のものが持ち込まれ、QOL(生活の質)が上がっていった。
 Oの内でどのような心情の変化があったものかは知れない。いや、なにひとつ変わってなどいないのか。
 洗濯物に柔軟剤が加えられるようになったのは、布地を痛めず長く着られるようにするためだし、食事がゼリー飲料からまともな料理に変わったのも、結局は対費用効果からのものだし。根底には合理性と効率がある。
『私はキミがやればできる子だと確信していたよ』
 あるときそう言ってみたのだが、Oの応えは実にそっけなく、『あくまで私はおまえのボディーガードを引き受けただけで、あとのことは物のついでだ』とのこと。
 元々が生真面目なのだなとは思う。そうでなければ早々に戦場で死んでいたのだろうから当然か。しかし、こうなると期待もしてしまいたくなるではないか。
 0でしかないOが1となったとき、果たしてどのような存在に成り仰せるものか。
 同時に、まずいなとも思う。獅子吼がOに興味を持ったということは、すなわち縁を結びに行っていることだから。隠遁はどうした? 適切な距離感は?
 ――さて、どうしたものだろうね?

 ある日、裏稼業の人間の主導で獅子吼の元へマスコミが押しかけたことがあった。
 彼女にとってはまったくもってどうでもいいことだったが、Oにとってはそれで済む問題ではなかったようで。揉め事の一歩手前にまで発展したものだ。
 数人の命と引き換えに失うつもりはなかったから、微妙に動いてはみたが……裏稼業に喧嘩を売る結果に終わった。
 まったく、隠遁生活をなんだと思っているんだろうね。
 憤るよりむしろおもしろく思ってしまうのは、獅子吼の感覚がズレているせいなのだろうか。まあ、そうなのだろう。Oの生真面目さがズレているのと同様に。
 帰り道、今日の夕食について尋ねてみれば。
『冷蔵庫にはパクチーしかない』
 なかなかの偏りっぷりじゃないか。が、あえてそれだけを残しているところがまたおもしろくて。
『まあ、それはそれで悪くないね』
 苦いため息をつかれてしまったのだが、それを是としてしまうのが私なんだからしかたないさ。

 つまるところ、割れ鍋に綴じ蓋とも言えるかな。
 二度めの「つまるところ」はそんな結論に着地した。
 獅子吼という割れ鍋に対してOという綴じ蓋がある。互いが互いとだけかちりと噛み合う関係、それはすでに縁であり、いくらも時が経っていないのにもう、腐れ縁と言うよりないものにまで醸されているような気がしてならないのだ。
 不思議なものだね。心を重ねたわけでもない私たちが、こんな縁を結んでしまうなんて。
 もちろん、Oへ言ってやるつもりはない。どうせしかめ面で拒絶してくるだけだろうし、それでもなおそこに居続けるのだろうから。言っても言わなくても結果が変わらないなら、仮初めの平和を保つほうが利口というものだろう。
 なんにせよ、人は自由にだけ喜びを見いだし続けられるものじゃないから。私にしても、ね。
 喪われた左腕に顕現する刃をもって世界への義理を果たすこと、それはそれで楽しいことではある。自らの存在価値を確かめられるという一点においては。
 ならばOにしても、獅子吼という存在を通じて自らの価値を確かめるのはある種の喜びであろう。
 が、これについては訊かずにおくとしようか。
 こればかりは別の答が返ってきてもらっては困るから。
 ゆえにこそ、獅子吼は護衛兼家事手伝いへなにを言うことなく、何食わぬ顔でただただ面倒を押しつけ続けるのだ。


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【剱・獅子吼(8915) / 女性 / 23歳 / 隠遁者】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月10日

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