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『不良中年、真夏の密会』
ミハイル・エッカートjb0544)&花見月 レギja9841


 天魔との戦いが終わって三年。
 花見月 レギ(ja9841)は、両手に教科書や資料の山を抱えて久遠ヶ原学園の広大な敷地内を歩いていた。
 今は夏休みで、学生の姿も殆ど見かけない。
 以前は授業がない日でも、学園には大勢の生徒達が依頼を受ける為に顔を出していたものだ。
 しかし今ではこの学園もすっかり様子が変わっている。
 何でもアリの独特の空気は相変わらずだが、休みの日にはきちんと休むという当たり前のことが当たり前に行われるようになって久しかった。
 それでも中にはレギのように自主的に登校する者は存在するが、それは学生の本分である学業のためだ。
 もう暫く学園生活を続けることにしたレギは、穏やかな日々を楽しみつつも、学業にも真面目に取り組んでいた。
 何しろ今年で大学11年生、そろそろきちんと卒業したいお年頃。
 そんなわけで、レギは今日も夏期講習に顔を出したついでに図書室で自主勉強に励むという、真っ当に学生らしい一日を過ごしていた。

「……おや」
 暑さに揺らぐ視界の向こうに見覚えのある黒い影を認めて、レギは足を止めた。
「何だか久方振りに見るサングラスだ、ね」
 深く頷き、レギはその影に向かって歩き出す。
 背中から近付いたら撃たれるんだったかな、と思い出した時には、その影は気配に気付いて振り向いていた。
「レギじゃないか!」
 撃たれなかった。
 それどころか思い切りハグされた。
「久しぶりだ、ね。ミハ君」
「久しぶりなんてもんじゃない、今までどこに隠れてたんだ!」
 彼の名はミハイル・エッカート(jb0544)、学園の卒業生にして不良中年部の先代部長だ。
 在学中は泣く子も笑うハーフボイルドぶりで、そのエンターテイナーとしての才能を遺憾なく発揮した人物――と、さる筋の裏資料には書かれている。
「うん……変わらない、ね。相変わらず夏でもその格好なんだ」
 既に夕暮れが近いとは言え、本日も記録的な暑さを叩き出したその名残は色濃く残っている。
 それでもミハイルはタイを緩めることもなく、ダークスーツを一部の隙もなく着こなしていた。
 見ている方が熱中症になりそうだが、本人はいたって涼しい顔だ。
「一応、夏仕様ではあるんだがな。それよりレギ、お前こそ全然変わらないな。まだこの学園にいたとは驚いたぞ」
 ついその場で話し込みそうになるが――
「っと、ここは暑いな。どうだ、部室にでも寄っていくか」
「そう言えば、あそこにも随分行っていない、ね」
「俺は時々顔を出してるぞ、元部長らしく豪勢な土産を持ってな」
 今なら誰もいないだろうから、好きに使える。
 ミハイルは何やら手早くメールを打つと、先に立って歩き出した。
 ただし方向が違う。
「ミハ君、俺の記憶違いでなければ、部室は確か……それとも、場所を変えたのか、な」
「ん? ああ、その前に買い物だ。ちょいと酒盛りといこうぜ、もちろん俺の奢りだ」
 そういうことかと納得し、レギは重そうな本を抱えたまま、ふわふわとした足取りでミハイルの後に続いた。
「いや、その前に」
 振り向いたミハイルが呆れたように笑った。
「その荷物を何とかするのが先だな」
 一瞬、何のことかわからないと言うように小首を傾げたレギは、ミハイルの視線を追う。
「ああ……忘れていた、ね」
 持っていることを忘れるような重さでもないと思うが、そこはさすがの不思議ちゃん。
「まったく、相変わらずだな」
 その様子に、ミハイルは苦笑しつつも安堵を覚えるのだった。

 レギの荷物を片付け、商店街の馴染みの店で酒とツマミを大量に買い込んで、二人は不良中年部の部室に向かう。
 景気良くあれもこれもと手に取るミハイルを見て、二人分にしては多い気がすると思っていたレギだったが、ここにきてその理由が判明した。
「あ……ルナ君」
 先ほどのメールは彼、門木章治((jz0029)を呼び出すためのものだったのだろう。
 それに応えて、彼は文字通り飛んで来た。
 着地が下手なのは相変わらずだと思いながら、レギは門木に微笑みかける。
「そう言えば……科学室にも随分と顔を出していなかった気がする、ね」
 しかし大抵の場合、そこに行っても門木はいない。
 たまに手伝いとして顔を出すことはあるが、彼はもう科学室のヌシではないのだ。
「え……いつの間、に?」
「その辺のことも交えて詳しく教えてやろう」
 まずは入れと浦島レギ太郎を促して、ミハイルはプレハブ小屋に足を踏み入れる。
 暑く湿った空気がゼリーのように纏わり付く中で、青いこいのぼり型エアコン「エターナルブリザード・鯉」、愛称「ブリりん」を起動する。
 そして足元には自走式扇風機兼ファンヒーター「ひまわりくん壱号」が、扇風機モードで首を振りながら三つ指揃えてお座りした。
「これで涼しくなるだろう」
「ああ、この子たちも久しぶりだ……ふたり(?)とも元気だったんだ、ね」
「新入りもいるぞ」
 モグラロボットの「ヤキイモ」は、ミハイルにとって重要な発見の手伝いをしてくれた恩人(?)だ。
「まあ、その話は追い追いするとして」
 ミハイルは適当に出して来たコップに酒を注ぎ、ツマミは封だけ開けて袋のまま、ツギハギソファの前にあるテーブルに置いた。
「まずはコレだろう」
 門木に目配せし、二人揃って左手の甲をレギに向ける。
 その薬指はそれぞれに、結婚指輪が燦然と輝いていた。
「どうだ、驚いたか」
 ドヤ顔で言われ、レギはこくこくと頷いた。
 ミハイルの指で光を受けるたびにキラリと輝くその存在には気付いていたが、まさか同じものが門木の指にも光っているなんて。
「君たちが結婚とは」
 二人の幸せが伝染したように、レギも幸せそうに微笑んだ。
「ふふ、けれどきっと、子煩悩になるんだろうね……二人とも」
「俺は現在進行形で子煩悩スキルが上がりっぱなしだぜ。それに良き家庭人のクラスが加わった」
 スマホに入れて持ち歩いているアルバムを見せようとするミハイルに、レギが訊ねた。
「それで……ミハ君とルナ君、どちらが父君なのか、な?」
「……は?」
 質問の意味がわからず、ミハイルはスマホを弄る手を止めて眉を寄せる。
「俺の印象だと、ミハ君が母君……かな」
「待て、ちょっと待てレギ」
 おまえはなにをいってるんだ。
「結婚……したんだよ、ね?」
「ああ」
「ミハ君とルナ君、が」

 ぶふーーーーーっ!!

 門木が飲みかけの酒を盛大に噴き出した。
「レギ、世の中には確かにそんなカップルも存在する。俺もよく男に尻を追いかけられたもんだ」
 ミハイルが引きつった笑いを浮かべつつ、震える手でスマホの画面を見せる。
「だが、これを見ろ。俺の妻と娘だ」
 ということは――わかるな?
「章治、お前も見せてやれ」
 言われて、門木も待ち受けにしているとっておきの一枚をレギの前に差し出した。
「わかったか?」
「ああ、うん……そういうこと、だったんだ、ね」
 そういうこと、だったんですよ。
「俺自身こうなるとは予想もしてなかったが、しかしここまで斜め上の反応が来るとは思わなかったぞ」
「そう、かな? ミハ君は、いつかそうなりそうな気はしていた、よ」
 でも、とレギは門木を見る。
「ルナ君の結婚は、俺も予想外だった。うん。大変に吃驚だ」
 その表情からも口調からも、今ひとつビックリ具合が伝わって来ないのは仕方がない。
 だってレギくんだもの。
「俺も驚いてるが、本人が一番驚いたんじゃないか? なあ章治?」
 ミハイルの問いに、門木は素直に頷いた。
「ああ、未だに夢だったんじゃないかと思うことがある」
 夢にしたって出来過ぎだ、とも思う。
「結婚式も急に決まったようなものだしな」
 ミハイルは門木の背中を押したことや、慌ただしい準備、当日の様子などを懐かしく思い出す。
 それに、そこに至るまでの経緯も。
「それまでの紆余曲折というか、迷走というか、とにかく面白かった」
「面白いって何だよ」
「否定は出来ないだろう?」
「う」
 言葉に詰まった門木を尻目に、分厚いアルバムを引っ張り出したミハイルは、それを見ながら面白エピソードの数々を暴露していく。
「しかし気付かなかったな、お前が彼女に惚れていたとは」
「大丈夫だ、俺も気付いてなかった」
「マジか」
「ルナ君……さすが天然だ、ね」
「レギには言われたくない気がするぞ」
 そうして結婚式のページまで来た時、ミハイルがしみじみと呟いた。
「挙式はレギにも参列して欲しかったな」
 だが仕方がない、本当に急な話だったのだから。
「その代わりと言うのも何だが、レギの時は俺たちで盛大で祝ってやるぞ。どうだ、予定は?」
「俺?」
 ミハイルに問われ、レギは暫し考え込む。
「ふむ。俺は、そもそも好きや愛という感覚が、未だ上手く定義出来ないから、ね」
 ただ、きっと存在していない訳ではないことは、何となく分かるようになった――気がしなくもない、かな。
(「成長だね」)
 満足したように頷くと、レギは改めて二人に言った。
 感覚の定義は出来なくても、それが喜ばしいことなのは実感としてわかる。
「うん。けれど……二人とも本当におめでとう。君達とその血筋が、幸福であるよう祈っている、よ」
 それはそれとして、ミハイルの馴れ初めは?
「まだ、聞いていなかったよ、ね」
 照れて遠慮するかと思いきや、ミハイルは待ってましたとばかりに嬉々として語り出す。
「そう、初めての出逢いは聖夜に現れた偽サンタを退治する依頼だった。傷心を抱えた俺に、彼女はまるで聖母のように――いや、その時はまだ特に意識していたわけじゃなかったんだがな」
 娘や妻の写真を見せびらかしながら、ミハイルの惚気は延々と続く。

 やがて話はそれぞれの今へと移っていった。
「今は会社に戻って撃退士業を続けてるぜ。新居は学園の近くだし、今日のように学園に顔を出すことも多いんだが……」
「うん、何故か会わなかった、ね。ルナ君にも」
「俺は今みたいに長い休みがある時くらいしか顔を出せないしな」
「章治は学生だからな」
「学生?」
 目を丸くしたレギに、門木が答える。
「ああ、医学部に通ってる。医師免許が取れたらこの島で開業して……ああ、今も風雲荘に住んでるんだ。あそこの一角を改造して――」
「改造……突然変異とか、させないよう、に」
 その改造じゃないから。
「外部の大学だから、普段は船で通ってるんだけどな」
「たまに遅刻しそうになると俺にヘルプが飛んで来るんだ。そんな時はヘリで送ってやるんだぜ」
 ミハイルは東京の会社に出勤するために、社用ヘリを使っているのだ。
「すごい、ね……まるで重役だ」
「いやいや、まだまだ課長になったばかり――そうだ章治」
 ミハイルは門木に言った。
「例の研究な、あれのおかげで部署が拡大したんだぜ。おかげで俺も課長に昇進ってわけだ」
 レギには「ヤキイモ」の活躍とともに事の経緯をかいつまんで説明する。
「まだ志の第一歩にすぎないがな」
 覚醒者や天魔によるテロ事件と戦いつつ、覚醒者と非覚醒者の間の諍いをなくすこと。
 それがミハイルの掲げる志だ。
「章治、お前にもあるんだろ? その先の何かが」
「ん? ああ……いずれは天界にも医術を広めたいと考えてる。俺みたいにスキルが上手く扱えなくても、知識と技術さえあれば誰かを救えるように、と思って」
 黙って聞いていたレギが、嬉しそうに微笑んだ。
「ミハ君もルナ君も……変わっていないようで、変わってもいる気がする、な」
 それが時の流れなら……それも中々、悪くない。
 そう、多分。悲しいことばかりではないのだろう、流れる速さが違っていたとしても。
 そんなレギの思いが伝わったのか、ミハイルが言った。
「俺の子や孫、子々孫々に伝えよう。章治とレギと遊ぶように」
 それを聞いた途端、門木の目がウルウルと震えだす。
 しかしそれは、どうやっても抗えない――いや、門木ならそれも何とかしてしまいそうな気がするけれど。
「ついでに俺の一族たちが人生の道に迷うことがあったら、そっと背中を押してくれ」
「うん、そう出来るようになってるといい、な」
 レギが頷き、コップ酒を傾ける。

 それからも、三人はとりとめもなく、他愛のない話を延々と続けていた。
 酒とツマミがなくなったら、冷蔵庫のストックに手を出しつつ――
「後で倍返しに補充しておけばいいよな」
 プレハブの明かりは、涼しい夜風が吹き始めても消えることはなかった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0544/ミハイル・エッカート/男性/外見年齢36歳/子煩悩家庭人】
【ja9841/花見月 レギ/男性/外見年齢29歳/天下無双の不思議ちゃん】
【jz0029/門木章治/男性/外見年齢36歳/のんびり医学生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
いつもありがとうございます、STANZAです。

最後の機会に門木をお誘いいただき、ありがとうございました。
お二人とまたお話が出来て感無量です。

それから、勝手ながら発注文を一部アレンジさせていただきました。
指輪の勘違いを、どうしても入れたかったのです……!(

なお口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

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エリュシオン
2018年10月11日

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