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『手のぬくもりとひそめた本音と 』
氷雨 柊羽ka6767)&氷雨 柊ka6302


 日暮れからしばらく経つけれど、地面からは今なお熱気が立ち上ってくるようだった。
 それだけでも息苦しさを覚えるのに、祭り独特の賑わいと人いきれとで目が眩みそうになる。
 氷雨 柊羽(ka6767)は密かに肩を喘がせ、喘ぐように夜空を仰いだ。

「大丈夫ですかー、しゅーちゃん?」

 繋いでいた手にぎゅっと力が込められる。視線を戻すと、前を歩いていた姉・氷雨 柊(ka6302)が気遣わし気に振り返っていた。

「うん。大丈夫」
「本当にぃ? 下駄で足痛くなっちゃったら、すぐに言ってくださいねー?」

 その一言で柊羽は今の自分の格好を思い出し、急に気恥ずかしくなって曖昧に頷いた。いつもは結いている髪が頬を撫でる。息苦しさの原因は、慣れない帯にもあったようで。
 内心戸惑っていると、そんな柊羽を柊は目を細めて見上げ、

「しゅーちゃん、その浴衣も下ろした髪も、とっても良く似合ってますよぅ」

 柊自身が作った浴衣に身を包んだ柊羽を手放しで褒めちぎる。

 去年姉妹そろってこの祭りに来た時は、小柄で可愛らしい姉の柊は涼し気な浴衣姿で、細身で凛々しい――言ってしまえば美少年然とした中性的な見目の――柊羽は甚平を着ていたけれど、今年は違う。
 柊が昼間の内に急いで反物を見繕い、柊羽の身体に合わせて仕立ててくれた世界に一着きりの浴衣。当然女性物なので、柊の勧めで浴衣に合うよう髪も下ろしてきていた。
 姉が丹精して拵えてくれた浴衣だ、決して気に入っていないわけではないけれど。普段は洋装で男性物の衣服を好んで着ている柊羽としては、色々と落ち着かない。誤魔化すように連なる屋台を目で示した。

「……姉さん、どこか見たい屋台ある?」
「んー、そうですねぇ」

 柊は背伸びして周りを見回し、すぐに1軒の屋台を指した。

「ね、あれ食べてみましょうー」
「わたあめ?」
「はいー、行ってみましょー♪」

 柊は再び柊羽の手を引き歩きだす。繋いだ手を楽しげに揺らしながら進んでいく背中に、

(……去年とは、逆だな)

 ふとそんなことを思うと、柊羽は胸の辺りがくすぐったいような、きゅっと掴まれるような心地がした。
 去年は柊羽が柊の手を引いて歩いていた。はぐれぬように、迷わぬように。
 おっとりやの姉と、しっかり者の妹。背丈が姉に追いつき、追い越すにつれ、いつの頃からか柊羽が柊の世話を焼くのが当たり前のようになっていた。
 けれどまだ幼かった頃には、こうして手を引かれながら懸命にその背を追いかけていた気がする。

(少し、懐かしいような……まあ、最初に去年と違うことをしたのは、僕の方だけど……)

 行き先を柊の手に委ねた柊羽は再び夜空を見上げ、昼間の出来事を反芻した。




「姉さん、僕だよ」

 蝉時雨注ぐ森を抜け、たどり着いた家の前。額の汗を拭ってから大きな声で呼ばわり、

(去年も同じように声、かけたっけ……)

 柊羽はそんなことを思った。
 戸の向こうから聞こえてくる足音と姉の声が、脳裏に流れだした回想にぴたりと重なる。

「はいはーい、今開けますよぅ」

 けれど記憶が確かなら、去年はすぐ戸が開いたのに、今年はその手前でカチャッと金属音がした。

「しゅーちゃん、いらっしゃいー」
「……えらい。ちゃんと鍵かけてる」」
「いつもかけてますよぅ」
「そう?」
「そうですよぅっ」

 ムキになる姉が可愛くてちょっぴりからかった後、柊羽は心持ち背筋を伸ばして言った。

「姉さん、お祭り行かない?」

 柊は紫水晶の目をぱちくりさせて、驚いたように柊羽を仰ぐ。柊羽は若干の照れ臭さを隠すよう、早口に言葉を継いだ。

「去年行った祭りが今年もあるんだって」

 姉妹連れ立って出かけることはあるけれど、誘うのは概ね柊の方。去年祭りに行こうと言い出したのも柊だった。
 珍しい柊羽からの誘いに、柊の頬がほわりと色づく。

「……ふふ、いいですよぅ? それならせっかくですし、今年も浴衣着ましょうかー」
「うん、まだ時間はあるから大丈夫だよ。じゃあ姉さんの支度ができるまで、中で待たせてもら……、」
「時間、あるんですねぇ……?」

 柊の双眸がきらりと光った。そして目にも留まらぬ速さで奥へ引っ込んだかと思うと、すぐに巾着を手に戻ってきて、靴を脱ごうとしていた柊羽の腕をがしっと掴む。

「行きましょー、しゅーちゃんっ」
「行くってどこへ? 浴衣に着替えるんじゃ、」
「ふふふ、反物屋さんですよぅ♪」
「え? 姉さん、浴衣も着物もたくさん持っ、」
「まあまあせっかくですからーっ」
「うん……? まあ、構わないけど……」

 そうして柊羽は、普段おっとりな姉が発揮した俊敏さと勢いに流され、ずるずると店へ引き摺られて行った。
 その反物で作られるものが、自分用の浴衣であるとも知らずに――。




 そうして、蝉の声が油蝉からヒグラシに変わる頃、連れ立って祭りの会場にやってきたのだった。

「……女物の浴衣、か……。てっきり、去年と同じ甚平かと……」

 胴を締めつける帯を撫でつつ柊羽がぼやくと、

「何か言いましたぁ?」

 柊、かくりと首を傾げる。

「……何でもない。わたあめ、結構大きいね……んー、食べきれなさそう。半分こしない?」
「ふふ、いいですよぅ? 半分こ……何だかこどもの頃に戻ったみたいですねぇ。ご主人ー、わたあめひとつくださいなー」

 柊が店主に声をかけると、中年の店主は姉妹を交互に見て相好を崩した。

「分け合って食べんのかい? ふたりとも別嬪さんだから、特別に大きなのを拵えてやるよ!」
「えっ」
「まあ♪ ……しゅーちゃん、やっぱり髪下ろした方が女の子っぽく見えますねぇ……可愛いですー」

 こっそり微笑んだ柊の独り言には気付かず、柊羽は目の前でどんどん大きくなっていくわたあめに絶句する。
 食べきれなさそうだから半分こするつもりなんだけど……なんて辞退する間もあらばこそ、店主は雲霞のような砂糖の糸をあれよあれよと巻き取っていき、手渡された時には顔の倍くらいある巨大わたあめになっていた。

「はにゃ……」
「これは……」

 予想以上の大きさに、思わず顔を見合わすふたり。

「折角のご厚意ですからぁ、いただきましょうー」
「……頑張る」

 柊はにこにこと、柊羽はぐっと気合を入れちぎり取り、口よりも大きな欠片に揃って食みつく。

「んー♪ 甘くってふわふわで、口の中が幸せですよぅ」
「姉さん、口の横についてるよ」
「はにゃ……あっ、しゅーちゃんも髪、髪ーっ。くっついちゃいそうですよぅ! 今日は髪下ろしてるんですから気をつけないとー」
「わ、危なかった……って、姉さん急ごう。下の方、もう溶けてきてる」
「はにゃあ!?」

 予想外の出来事も、焦ってしまう出来事も、ふたりでいれば何だって楽しい出来事に変わってしまう。
 慌てつつも仲良く食べ進めていると、そんなふたりの姿が呼び水になったのか、わたがし屋の前には長い列ができていった。


 気前の良い店主へ丁寧にご馳走様を言ったふたりは、また柊の先導で歩き出す。

「しゅーちゃん、射的ですよぅ!」

 柊の白い指が、人波を越えた先にある出店を指した。こんな大勢の人の間に突っ込んでいくのかとげんなりし、柊羽は袂を振って見せる。

「射的かぁ。浴衣でやりにくそうだな」
「それはそれで楽しいかもしれませんよぅ? ハンデみたいでー」

 柊はとてとて歩きだす。長い髪がさらさら揺れて、繋いだ互いの手をくすぐった。

(……あれ?)

 柊の足取りはいかにも楽しげで、はしゃいでいるのを隠しきれないといった風に弾んでいるのに、歩調はあくまでゆっくりで。人いきれで酔いかけの柊羽は、今になってそのことを不思議に感じた。
 小柄な柊が人波を掻き分けられず苦戦しているのかと思ったけれど、違う。柊は身体の小ささを活かして人の間を縫い、確実に目当ての屋台へ進んでいる。

『足痛くなっちゃったら、すぐに言ってくださいねー?』

 先程かけられた言葉が、耳の奥でこだました。

(ああ――)

 のんびりさんで迷子になりがちで、ほわほわふわふわおっとりしていて、何かと目が話せない柊だけど。

(……やっぱり、姉さんだな……)

 今度は柊羽の方から、繋ぐ手に力を込めた。柊が肩越しに振り返る。

「どうしましたー?」
「何でもないよ」

 柊羽は軽く首を横に振ると、ほのかな笑みを唇に灯した。



 ようやくたどり着いた射的の屋台には、大勢の子供達が群がっていた。
 どの子も台から身を乗り出して夢中になっている。けれどなかなか当てられない。こういった屋台にありがちな、堅気ではなさそうな店主は、口惜しそうな子供達を眺めクツクツ笑っていた。
 順番が回ってくるとふたりは並んで台につき、玩具の銃にコルクの弾をきゅっと詰める。

「せっかくだから勝負しましょうかー」
「勝負? 僕、猟撃士なんだけど」
「ふふふ、私だってハンターですよぅ? そう簡単には負けませんー……たぶん」
「たぶんって」

 言いながら、柊羽は勇ましく袖を捲り上げた。浴衣美人ふたりが勝負だなんだ言い始めたので、周りにいた子供達は興味津々。

「ねぇあれ、もう傾いてるよ!」
「あの置物はダメ、見た目より重いんだ!」

 なんて、目をきらきらさせながら教えてくれる子も現れて。
 引くに引けなくなった姉妹の射的勝負が、今ここに幕を開けた。

「あのお菓子あとひと押し! チャンスだよ!」
「待ってくださいねぇ、今弾込めてますからー」
「今のうちに撃っちゃえ!」
「ん……でもあっちのお面も狙えそう」

 実際に撃ってみて、ふたりはすぐに銃の厄介さに気付いた。銃身が見た目では分からない程度に曲がっていて、狙った所へ少しも飛ばせないシロモノだったのだ。

(ああ、これじゃあ)
(子供が当てるのは難しいでしょうねー……)

 目配せして頷き合うと、覚醒者である姉妹は鋭敏な感覚で微調整し狙いを定める。本職・猟撃士の柊羽は勿論、柊も手間取るのは弾込めだけで、銃のクセさえ分かってしまえば難なく当てることができた。
 次々棚から転げ落ちる景品。青ざめる店主に熱狂する子供達。ふたりが全弾撃ち尽くした時、周囲から喝采が巻き起こった。




 店を離れたふたりは、来た時と同じように手を繋いでいた。反対の手には巾着だけ。景品は全部、子供達にあげてしまったのだ。
 少しずつ柊羽の足取りが遅くなり始めたことに気付いた柊は、柊羽の足の甲が鼻緒で擦れて赤くなっているのを見つけ立ち止まった。

「はにゃ……大丈夫ですかー? どこかで休みますー?」
「ん、そうしてくれると助かるよ」

 辺りを見回すと、覚えのある小高い丘の上にベンチを見つけた。去年ふたりで花火を眺めたあのベンチだ。柊は柊羽に肩を貸し、丘の方へ足を向けた。
 忘れられたようにぽつんと置かれたベンチ周りは、今年も人が少なかった。喧騒から遠ざかり並んで腰を落ち着けると、知らず安堵の息が零れる。
 次の瞬間、閃光が尾を引きながら夜空へ駆け上り、低い音を轟かせ光の花を咲かせた。

「花火、始まりましたねぇ」
「もうそんな時間か、すっかり忘れてた」

 夜空を焦がす大輪の花火達。儚い美しさに見惚れ、ふたりの口数は自然と少なくなっていく。

「……今年も、綺麗ですねぇ」
「うん……」

 今年"も"と言えることが、しみじみ嬉しい。
 気付けば、一旦解いていた手をどちらからともなく繋いでいた。
 あの時とは違うことも、変わったこともあるけれど、こうして繋いだ手のぬくもりはおんなじで。
 ふと、柊は花火に照らされた柊羽の横顔を仰いだ。花火の音に負けないよう声を張り上げる。

「そういえばー、しゅーちゃんが賑やかな場所苦手なのは変わってないはずなのに、どうして誘ってくれたんですかぁ?」

 少しは慣れたのかしらぁ? と首を傾げる柊に、柊羽も小さく首を傾げ返す。

「誘った理由、かぁ……」

 柊羽はいつもと変わらない声のトーンで何かを言ったけれど、柊の耳には届かなくて。

「はいー?」

 顔を近寄せてきた柊に、柊羽は少しだけ声を大きくした。

「……他の誰でもない、姉さんと来たかったんだ」

 けれどタイミング悪く一際大きな花火が上がり、その音でかき消されてしまった。

「今、なんて言いましたー?」
「え、聞こえなかった? じゃあ……内緒ね」

 悪戯っぽく微笑んだ柊羽に、柊は唇を尖らせる。

「何でそういうことは聞こえるんでしょー……ねーしゅーちゃん、もう1回ぃ」
「だーめ」
「えー?」

 じゃれ合うふたりの瞳は花火の彩を映し、同じ色に照っていて。
 今年もひとときの"お揃い"を楽しみながら、祭りの夜を満喫したのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6767/氷雨 柊羽/女性/17/白銀のスナイパー】
【ka6302/氷雨 柊/女性/20/縁を絆へ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今年も夏祭りにやってきた柊さん、柊羽さん姉妹のお話、お届けします。
お届けまでお時間を頂戴し申し訳ありません。
おふたりを去年と同じお祭りにお連れする機会をいただけましたこと、
大変嬉しく思いながら書かせていただきました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!

イベントノベル(パーティ) -
鮎川 渓 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年10月12日

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