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『家族になる日』
浅茅 いばらjb8764


 ある朝、浅茅 いばら(jb8764)はいつものように味噌汁の香りで夢の世界から引き戻された。
 一緒に寝ていたはずの妻、浅茅リコ(jz0318)の姿はそこにない。
「あぁ、しもた……また寝過ごしてもうたわ」
 なかなか開こうとしない目を擦り、いばらはベッドからのそりと起き上がる。
 たまの休みくらい自分が先に起きて朝食を作り、リコをびっくりさせてやろう――そう思うのに、彼女ときたらいつでもいばらの先を越してしまうのだ。
「あ、起きた?」
 エプロン姿で顔を出したリコは、窓辺に歩み寄ってカーテンを開けた。
「いい天気だよ、絶好のデート日和だね!」
「ん? デート……?」
 飛び込んできた春の光に目をしばたたかせながら、いばらはまだ半分寝ぼけたような頭で考える。
 そんな約束――
「ソラちゃんが待ってるよ、新米パパさん?」
 言われて思い出した。
「新米パパ、カッコヨテイ、やけどな」
 そうだ、今日は自分達の娘になるかもしれない女の子との三度目のデート、もとい面会日。
 施設に迎えに行き、夕方まで一緒に遊んだ後は家でお泊まりする、一泊二日の日程だ。
 何事もなく無事に過ぎれば、その子は晴れて家族の一員となる。
「ほら、ごはん食べよ? ソラちゃんが足踏みして待ってるよ?」
「せやな」
 そう答えてから、いばらは改めてリコを見た。
「いつもおおきに」
 途端、弾けるような笑顔が返ってきた。
「リコ、ごはん作るの大好きだもん♪ それにね、いばらんがいつも美味しいって食べてくれるから余計にがんばっちゃう♪」
 ひところ、リコは「大人らしく」振る舞おうと背伸びをしていた時期があった。
 口調も大人の女性に相応しいものに変えていたのが、しかしどこか無理をしていたのだろう、気が付けばいつの間にか全てが元に戻っていた。
 おかげで結婚後数年を経た今でも、リコは昔のままに可愛くて、少し危なっかしくて――
(「うちも相変わらず振り回されてばっかりやしな」)
 だが、そこが良い。
 きっとリコは、ママになってもこのまま変わらないのだろう。
 そしていつか、可愛いままで可愛いおばあちゃんになる。
 それも良いなと、胸の内に卵を抱くような心持ちで着替えを済ませると、いばらは食事の用意が整えられたダイニングキッチンに向かった。

 二人の住まいは今も変わらず、アパート風雲荘の一角にある。
 ただしリフォームにリフォームを重ね、広さと設備は申し分のないものとなっていた。
 それぞれの個室に共同の寝室、広いリビングと、今はまだ使われていない部屋がいくつか。
 そこはいずれ子供部屋になる予定だった。
 養子縁組の手続きはまだ完了していないが、家の中には既に「子供のいる気配」が色濃く漂っている。
 服や玩具などは、待ってましたとばかりに孫馬鹿ぶりを発揮し始めたリコの両親からの贈り物だ。
「気が早いんだから、まだ決まったわけじゃないのにね」
 そう言って笑いつつ、リコも子供のハンカチなどにせっせと名前の刺繍を施していることを、いばらは知っている。
「浅茅ソラ、か。そうなると、ええね」
「なるよ、ぜったい」
 白飯に味噌汁、焼き鮭、海苔、卵焼き、ほうれん草のおひたしなど、和の定番が並ぶ朝食を食べながら、二人で笑い合う。
 浅茅家の朝は、いつも和食だ。
 ここにもうすぐ小さな茶碗が並ぶようになる、そう思うと自然に頬が緩んでくるのだった。


「ソラちゃーん!」
 リコが声をかけると、小さな女の子が転がるように施設の玄関から飛び出して来た。
 淡い空色の髪に赤みがかった瞳。額の上には髪に埋もれるように小さな角が一本生えている。
 歳は三歳くらいに見えるが、正確なところはわからない。
 素性も不明で、名前はその髪の色から施設の職員が付けたという。
 保護された時は角が折れ、細くて華奢な身体のあちこちに傷を負っていた。
 傷が癒えた今でも、ソラは口をきくことが出来ず、記憶は失われたまま、本当の名前も思い出せずにいる。
 恐らく彼女が保護される原因となった何かの出来事が、その心にまで傷を負わせたのだろう。
 施設に迎えられるまで数週間の入院が必要となったソラは、看護師や医療保育士など世話をしてくれる人々の問いかけにはきちんと応えるものの、笑顔を見せることはなかったという。
 ところが、ある日。
 仕事の都合でたまたまその病院を訪れたリコの姿を見たソラが、笑ったのだ。
 気のせいかと思うほどにささやかな変化ではあったが、確かにそれは笑顔だった。
 直後、リコはその場でいばらにメッセージを送った――「うちの子がいる!!」と。

 自分達の間に子供が生まれたらこんな感じになるに違いない、そう思い描いた夢の中から現れたような女の子。
 リコにはそう思え、いばらもまた同じ思いを抱いたのだった。

 駆け寄ったソラを、いばらは軽々と抱き上げて肩に乗せた。
 以前は線が細く中性的で、女の子に見られることも多かった彼は、今では逞しく頼もしい青年に成長していた。
 内面の繊細で細やかなところはそのままだが、リコを守ると決めた時から彼は変わった。
 背丈も伸び、肩幅も広くなり――と言っても筋肉質ではなく、強靭さとしなやかさを併せ持つ、その名の通りイバラの鞭のような。
「今日は牧場でピクニックや。お馬さんや牛さん、羊さんにアヒルさん……いろんな動物がおるで?」
 動物好きなソラは、肩の上で足をバタバタさせて喜んでいる。
 最初のお出かけは動物園、その次が水族館。
 水族館でも魚よりペンギンやカワウソなどに興味津々だった結果を受けての、今回のチョイスだ。
 ポニーの背に乗せてもらい、刈ったばかりの羊毛に埋もれ、牛の乳搾りに挑戦してあえなく撃沈し――
「うわぁ、いばらん上手ー! 意外な特技はっけーん!」
 引き継いだいばらの見事な手つきを見て、リコはパチパチと手を叩く。
「ね、パパ上手だねぇ、ソラちゃん」
 その声にうんうんと頷きながら、ソラも小さな手を叩く。
 つい「パパ」と言ってしまったことに誰も気付かない、それくらい自然に出て来た言葉だった。
 搾りたての牛乳を飲みながら、芝生の広場で弁当を広げる。
 子供が喜びそうなタコさんウィンナーに、顔が描かれた一口サイズのおにぎりや手まり寿司、動物の形をしたカラフルなピック――
「ほんまリコは上手やなぁ」
 こういうことは昔から得意だったが、味の方は今ひとつ。
 しかし今はそちらも文句なしだ。
 そう思うのは、いばらの舌がすっかり飼い慣らされたせい……ではないだろう。
(「ソラも美味そうに食べとるしな」)
 この子はきっと、自分達のところに生まれて来るはずだったのだといばらは思う。
 なのに、何かの手違いで迷子になってしまった。
(「もっと早うに見つけてあげとったら……いや」)
 こうして出会えたのだから、それでいい。
「ぎょうさん食べて、大きゅうなり? ゆっくりで、ええから」
 笑いかけたいばらに、白い口髭のように牛乳をくっつけたソラは満面の笑みと共に大きく頷いた。

 一日遊んで、お泊まりのためにいばらとリコの家に上がったソラは、まるで生まれた時からそこにいるように落ち着いた様子でお絵かきを始めた。
 真新しいお絵かき帳に、これも新しいクレヨンで、大好きな動物たちを描いていく。
 その中に一枚、小さな子供を真ん中に三人が手を繋いでいる絵があった。

 ソラはもう、二度と施設に戻ることはなかった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8764/浅茅 いばら/男性/外見年齢二十代前半/新米パパ】
【jz0318/浅茅 リコ/女性/外見年齢二十代前半/新米ママ】

【NPC/浅茅 ソラ/女性/推定3歳/新米長女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

お任せということで、少し未来のお話を書いてみました。
お気に召していただければ幸いです。

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

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エリュシオン
2018年10月15日

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