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『Harmony 』
魂置 薙aa1688)&皆月 若葉aa0778

 靴底に躙られた下生えから青臭さが立ちのぼり、魂置 薙の鼻先をくすぐった。
 こんなところまで再現してるのかぁ……いや、ちがうかな。僕の記憶が補完してるんだ。踏みしだいたらこんなにおいがするはずなんだって。
 VBS――バーチャルバトルシステムなどという、無機質で剥き出しな名称を与えられた、エージェント訓練用の仮想戦場。今は夜霧たゆたう深森と化したH.O.P.E.東京海上支部の一室を、薙は体をかがめて駆けている。
「若葉、聞こえる?」
『ああ』
 ライヴス通信機にささやきかければ、今日の訓練の共連れである皆月 若葉がすぐに応える。
 不思議なものだ。片脇や背を預けているわけでもないのに、ただ同じ場にあるというだけで不安は消える。
『間合を読みちがえないようにね』
 抑揚こそ平らかながら、ぬくもりを感じさせる若葉の声音。
 薙は口の端をかすかに吊り上げ、本来は若葉の得物であるレインディアボウのハンドルを強く握り込んだ。
「了解」


 そもそもの始まりは思いつきだった。
 エージェントであれば、VBSを使用したバトルトレーニングプログラムに参加したことのない者はあるまいが、頻繁に行われるだけに参加メンバーは流動的だ。まあ、だからこそ実戦で初対面同士が連携し、各々の役目を自然にこなせるわけだが――
「最近よくいっしょになるよね!」
 訓練が終了し、無機質を取り戻した室の内、若葉が薙に声をかけてきた。
「え? そうかな?」
 共鳴が解けたことで力強さを失った薙は、おっとりと小首を傾げる。
 とはいえ最初から気づいてはいたことだ。特に示し合わせたわけでもないのに、訓練となるといつも若葉がいて。それだけじゃなく、いてほしい場所からしてほしい支援をくれる。
 と。若葉はサムズアップ。
「数えてみたらさ、さっきで連続9回めだよ!」
「……ほんとだ。すごいね」
 指を折って数えてみて、薙もほうと息をついた。
 ただの偶然も9回重なればなにかありそうな気がしてくるし。自分たちが気づいていないだけで、前世の縁なんてものがあったりするんだろうか。
 なんてことはともあれ、ここまで来たら。
「10回めもいっしょに」
「いっしょに10回めも」
 同時に口へ出して、同時に口ごもって、同時に苦笑した。
「じゃ、決まりだね。次の10回めのトレーニングもいっしょに行こう」
 若葉が照れくさそうに言って。
「うん、よろしく」
 薙がうなずいて。
「「せっかくだから」」
 今度は完全にハモってしまった。
 そこから始まる「どうぞどうぞ」の応酬。一応は歳上ということで、若葉があらためて話を切り出した。
「……お互いのAGW、交換してみない? 前衛のことがわかれば薙の支援ももっとしやすくなると思うし、バトルメディックは壁役もしなくちゃだから勉強にもなるし」
「同じこと思ってた。支援してくれる若葉のことが少しでもわかれば、僕ももっと的確に動けるんじゃないかって」
 そしてふたりは簡単に相談を済ませて準備を整え、この日を迎えたのだった。


 前衛は敵の攻撃を受け止めるだけじゃなくて、みんなの道を拓く。
 若葉は薙から借り受けた魔剣ダーインスレイヴを手に、眼前を塞ぐレイスへ跳び込んだ。
 ――近い!
 ミーレス級設定とはいえ、ここまで接近すれば相応の迫力がある。あえて盾を装備せずに来たおかげで思い知れた。
 この重圧に負けないのが、前衛の第一の仕事ってことだよね!
「うおおおおおお!」
 咆哮を響かせてレイスの注目をさらい、大上段から刃を斬り下ろすが、浅い。敵の死角を突くことを最上とするジャックポットの性が、あと半歩踏み込むことを控えさせてしまっていた。
 不十分な体勢からの慣れぬ斬撃は結局レイスに届かず、逆にその冷たい腕が若葉へ伸びてきて……

 木々の隙間から若葉の様を見た薙は、自らのポジショニングを確かめた。互いの現在位置は、幸いにしてレイスを挟撃する形。
 速やかに弓へつがえた矢をレイス射放した。本職ならぬ自分の速射、狙いが甘いから直撃はしないだろう。が、一瞬でもレイスの注意を逸らせればそれでいい。そして。
 支援は今このときよりも、仲間の一歩先をフォローしなくちゃいけないものだから。
 矢の飛ぶ先を見定めることなく、薙は生命力のもっとも高いイータープラントへ向けて駆けだした。

 果たして薙の矢は、若葉に食らいついたレイスの脇を抜けていった。
 ただそれだけのことではあったが、レイスにとってはそれだけのこととはなりえない。他のエージェントに狙われている――その事実が若葉への集中を削ぎ、揺らがせる。
 今だ!
 若葉は体を返し、レイスを押し止めていた魔剣の鍔元から力を抜いた。
 よろめくレイスの横合いに回り込み、「こっちだ!」、さらに意識を揺らがせておいて、靄めく眉間に切っ先を突き込んだ。
 やっぱり薙みたいにはうまくできないな。
 怨嗟の声をあげて消滅するレイスを置き去り、若葉は北北東へ向かう。配置もあるが、射手が足止めにかかりたいのはこの場で最大の強敵だからだ。
 だから、薙もきっとそこにいる。


 イータープラントはひとつところに留まり、獲物を探してその目を巡らせている。
 しっかり見定める。敵の視線とクセと、動きと……
 木の裏に潜んだ薙はいつでも射ることができるよう備えつつ、敵の状況と情報を探る。
 別に脳筋なつもりはないが、こうして役割を変えてみると思わずにいられない。これほどの緊張感の中で、若葉は的確に機を見いだし、穿っているのだと。
 汗と血を流すのがドレッドノートの仕事だけど、仲間の汗と血の量を減らさせるのがジャックポットの仕事なんだ。だから猛らない。息を詰めて我慢して……すごいな、若葉は。
 じりじりといや増す焦りを奥歯で噛み殺し、薙は矢を弓へつがえた。
 絞り込んだ息を吹きながらゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、引き絞る。ドレッドノートの膂力に頼るばかりでなく、矢の描く軌跡をイメージ、矢頭の角度を定めた。
 すべてはそう、射るべき機に最高の一射を放すがため。
『南南西から踏み込む』
 若葉からの通信が届いたときにはもう、準備は整っていた。
「カウント。3、2、1」

 放たれた矢が電光石火を為し、イーターブラントの肩を突き通して逆側から抜けた。
 背を反らし、声なき悲鳴をあげた従魔。その顔面に若葉の跳び蹴りがめりこんで、さらにその体勢が崩れた。
 当然反撃に出ようとするイータープラントだが、今し方受けたダメージがそれを許さない。
「最高の支援攻撃だったよ、薙」
 口の端に薄笑みを閃かせ、若葉は魔剣を薙がせながら自らも駆ける。敵の目を奪いながら優位なポジショニングを取る、ジャックポット流の近接戦闘術だ。
 薙が次の射撃ポイントへ移動するのを背で感じながら、若葉は体をぶつけてきたイータープラントを肩でブロック、突き放しておいて、その反動を乗せた袈裟斬りで両断した。


 ふたりは互いの姿を確かめることなく森を進む。
 どこにいるか知れずとも、そこに互いがあることは知れているから。
「たあああああっ!!」
 気合一閃、若葉がトロールへ突き込んだ。
 ゴウ! トロールの太い腕が、切っ先ごと若葉を叩き潰しにかかるが、その腕に薙の矢が突き立った。
「っ」
 あわやトロールの打ち下ろしをやり過ごした若葉は下生えの内に転がり、木の裏へその身を隠す。
 だめだ。突っ込むのが仕事だからって、考えなしに突っ込んだら意味がない。考えろ俺! もっともっと考えろ! 支援を無駄にしない突っ込みかたがあるはずなんだから!

 彼が呼吸を整える間、薙は囮を担ってトロールの目を奪う。
 今のは当てるのが正解だったけど、それだけじゃ支援役はだめなんだ。もっと位置取りを考えて、前衛が跳び出すのをサポートして……
 追ってくるトロールを引き回しながら思考を巡らせ、はたと思い至った。
 僕がいちばんして欲しいことってなんだろう? 決まってる。自分の間合に敵を置いておいてくれることだ。引き回すんじゃなくて、誘い込む!
 ドレッドノートドライブの加速に乗り、薙はトロールのごわついた肌をかすめて行き過ぎる。
 当然のごとく、トロールはあわてて反転、追いかけてきた。

 若葉には薙の行動の理由がすぐに知れた。自分を囮にして自分の間合へ敵を誘い込んでくれようとしているのだと。
 俺だったらスキルを使うところだけど、お互い慣れない役回りだからね。だから、うまくできないかもしれないけどその支援に精いっぱい応えるよ。俺がこれまで見せてもらった薙の姿を思い出して。
「若葉!」
 唐突に、薙の怒濤乱舞の矢がトロールの周囲に降りそそいだ。うるさげにあたりを見回すトロールだが、それこそが薙の狙いであることを若葉は悟っていた。
 俺が踏み出す間を作ってくれた――そういうことだ!
 息を止め、薙とスイッチする形で跳び出した若葉が、トロールの右足が踏み下ろされた瞬間、剣を繰り出した。
 気づいたときには遅かった。トロールの足は自重で固定されたまま、耐えることもかわすこともできずにアキレス腱を断たれて――巨体が沈む。
「任せたっ!」
 苦し紛れに振り回されたトロールの腕へしがみつく若葉。
 トロールは彼を振り放そうとするが、損なった片脚では踏ん張ることもかなわず、かえってその体勢を崩すばかりである。
「ん、任せて!」
 薙の放った疾風怒濤の矢に両眼と喉を突き抉られた巨人は低く唸り、ついに崩れ落ちた。


 かくてふたりは最後の敵たるオークと対する。
 強靱な筋肉の鎧をまとう怪物。しかし、ここまで互いの背を思い描き、己の全力を重ねてきたふたりにとっては敵と呼べるような存在ではありえなかった。
「あとひと息、全力で行くよ」
 薙の言葉に若葉が強く「ああ!」。
 ライヴスソウルを握り潰し、同時にリンクバースト。実戦においては多大なリスクを背負う行為だが、この仮想空間ではなにを賭ける必要もない。
「来い、化物」
 まっすぐ踏み出した若葉の肩口にオークの一撃が食いついた。
 この痛みは薙がいつも引き受けてくれてる痛みだ。その後ろにいつも守られてる俺だからこそ、心に刻むよ。そして今このときだけは、俺が拓くから。
 オークの腕を下から肘で跳ね上げると同時、体を翻す。
 がら空きのオークの脇腹へ突き立った矢は、若葉が体を張って押しとどめている間に狙いを澄ました薙の弓によるものだ。
 若葉はいつだって誰かのために自分を尽くしてくれる。支えられてばかりの僕だからこそ、心に刻むよ。そして今このときだけは、僕が繋ぐから。
 ライヴスに彩どられた刃と矢が無尽に躍り、やがて一なる軌跡を織り成した。
 オークはその内で追い立てられ、それでも得物を振るって必死にもがいた。
「はっ!」
 若葉の魔剣が螺旋を描き、オークの得物を絡め取る。
 ガア! 雄叫びをあげたオークはとっさに得物を手放し、短剣を抜き出した。刃は細く、短かったが、毒を塗り込めたそれはかするだけでエージェントを数十秒行動不能に陥れる。これで若葉を――
 が。たった今アクションを終えたはずの若葉の手に、剣はなかった。
 なぜだ? どこだ? オークがとまどった、そのとき。
「終わりだよ」
 横合いから薙の声がして。
 オークが振り向くよりも速く、三連矢がこめかみに吸い込まれていた。
 ああ、こちらが斬り合っている間に回り込まれていたのだ。オークはそう気づいていたのかもしれなかったが。
「テレポートショット、手動版ってところかな」
 上へ投げ上げていた剣を取り戻した若葉の一閃が、すべての可能性を断ち斬った。


 リアルを取り戻すフィールドのただ中、若葉は薙へ笑みを向ける。
「やったね、お疲れさま!」
 こちらも笑みを返した薙は、右手をかるく挙げたまま踏み出して。
「ん、やったね」
 ぱん。ハイタッチを決めた。
「ちょっとだけだけど、前衛の気持ちがわかった気がするよ。誰にも負けない薙の勇気がさ」
 あらためてそれを心に刻むと誓い、若葉は友へ語る。
「支援の難しさが少しは学べたんじゃないかなって思う。誰よりも強い若葉の意志も」
 同じ思いを胸に、薙は友へ応えた。
 互いにそれ以上の言葉を重ねるつもりはない。
 薙は刃で、若葉は矢で、それぞれの思いを戦場にて語る。それが許される相手だと、互いに感じていればこそ。
「なにか食べて帰ろうか? なにが食べたい?」
 薙の言葉に若葉は眉根を引き下ろして「うーん」。
「訓練よりそっちのほうが難しくない?」
 どうやらこの問題については、まだまだ息が合うには至らないようだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【魂置 薙(aa1688) / 男性 / 17歳 / Gerbera】
【皆月 若葉(aa0778) / 男性 / 20歳 / 大切な日々と共に】
  
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2018年10月15日

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