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『縛めの幸 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

「女子は身だしなみに気をつかうもの、だったな」
 居間のソファに体を預け、日暮仙寿は唐突に言ったものだ。
「まあ、時と場合によるかなって感じだけど?」
 テーブル越しに彼へ応えたのは、大きく目を開いた不知火あけび。
 仙寿はかなり深刻に困惑する。
 1年半前、ふたりで出かけたグロリアモールの「苺フェア」。
 当時は仙寿もひねくれたガキだったから、いらぬ騒ぎをあけびと演じることになった。
 だから。
「……ショッピングモールに行くぞ」
 あえてあのときと同じ口調で言う。ただし、口調はなるべくやわらかく、気づかいを前面に押し出しつつもさりげなく。
「あ」
 ここまで思わせぶりにわざとらしく「あのとき」を再現されれば――仙寿の演技レベルなど、所詮はその程度である――さすがにあけびだって気がついた。
 そっか。これっていわゆる、お出かけのお誘いだね!?
 とと、あわてちゃだめでしょ私。ここはひとつ、仙寿様の顔を潰さないように、気づかないふりで。
「苺もないのに!?」
 あー! いきなり核心突いちゃった!! せめてどこかでいい苺見つかった? とか、夏苺おいしかったよねー。とか、いくらでも切り口あったはずなのに!
 胸中でじたじたもだもだ、あけびは転げ回る。
 さらに。
「苺はない」
 憂いをまとう睫がやけに艶っぽかったりするわけだが、あけび的には「仙寿様色っぽすぎでしょ!」と盛り上がるどころじゃない。
 私、余裕なさすぎ! これじゃ、付き合ってなかった微妙な時期とぜんぜん変わんないでしょー!
「これ以上やらかすと恥ずか死ぬから確認するね?」
「はずかしぬ……? まあ、わかった」
「これからふたりでお出かけするんだよね?」
「ああ」
 つまりは彼氏彼女のおデートだよね? 訊きたくなる気持ちをぐっと抑え、神妙な顔で。
「行く場所の雰囲気って和? 洋? その他?」
「南瓜フェアだからハロウィン調ってことになるんだろうけどな。和でも洋でもその他でもいいんじゃないか?」
 あけびはサムズアップで了解の意を伝え。
「私は和で行くよ。仙寿様は?」
「合わせる」
「それじゃ3時間後に門前で」
「さん!? かかりすぎだろ!?」
「女子にはいろいろあーるーんーでーすーっ!!」
 声音だけを場に残し、あけびは姿を消した。
 ……鍛え抜かれた仙寿の動体視力をもってすれば、あけびが跳ぶと見せかけてしゃがみ、ソファの裏へ隠れてそのまま居間を駆け出て行ったことなど丸わかりだったが。
「女子はいつでも、いろいろあるってことか」
 心のメモに彫刻刀で刻みつけ、仙寿は深くうなずいた。
 失敗するのはしかたない。なにせ誰かの彼氏になったのはこれが初めてで、なにが失敗なのかもわからないのだから。ただ、失敗したままでは終わらない。その姿勢を見せられれば、あけびをきっと安心させられる。
 そういう男に、ならなければいけないのだ。
 だから落ち着けよ、俺。目的は苺の仇を南瓜で取ることじゃないんだからな。
 そんなことより大事なものが、今日はあるんだから。

「バクハツするかと思った!」
 ばくばく跳ね回る心臓を両手で押さえつけ、あけびは自室のただ中でうろうろする。
 いいかげん慣れなきゃ! そう思うのに、いざとなるといろいろなかなかうまくできなくて……理由はもう知っている。結局のところ、心のどこかに歳上ぶりたい自分がいるせいなのだと。
「だって、私がリードして手、繋いでなくちゃ――」
 仙寿様がどこかに行っちゃうかもしれないって、思うから。
 そんな弱気が、仙寿からの思わぬ接近に彼女を過剰反応させてしまう。
 私、仙寿様のこと縛りたいわけじゃないのに。なんでこんなに不安なのかな。
 決まっている。あけびは男じゃないから。
 先日再会した自分の師匠と仙寿の間には、不可思議な縁があった。それこそ言葉どころか思いすらも要らぬほど強い、刃という名の絆が。
 すぐそばにいて。いっしょに力を合わせて。それでもあけびはどこか置き去られた子どものように寂しくて。
 私と仙寿様の縁はどうなんだろ? お互いに察するどころか、言ったって通じないことばっかりなのに。
 告白されるまでも、いろいろと不安だった。勝手にあれこれ悩んで怖がって、「言ってくれなきゃわかんない」、そう思っていた。
 でも、ちゃんと言ってもらった後も、あけびはなにも変われていない。
「私、もっとしっかりしなくちゃ……だよね」
 なにせ初めてのデート! 姐さん女房ならぬ姐さん彼女として、仙寿に幸せを感じさせてやらなければ。


 南瓜のからし色が満ち満ちたグロリアモールは平日にも関わらず、カップルでいっぱいだ。
「仙寿様、はぐれないように手、繋いでようね」
 努めてさりげなくあけびが右手を差し出せば、仙寿はもう一歩踏み込んで自らの右手で彼女の左手を取って。
「行くぞ」
 ここで左側、守ってくれちゃうかぁ。
 普通の彼氏彼女であれば車道側やら歩道側やらを気にするところなのだろうが……剣士にとって左は剣を佩く側であり、死角である。さらに言えば右手を塞ぐということは、その剣を抜く手を塞ぐことにもなる。
「ありがと、仙寿様」
「俺にまたノスケの話、させるつもりか?」
 ぐ。
「アリガト……仙寿」
「ああ」
 ようやく薄笑んだ仙寿の手をそっと放し、あけびは朱の刺した頬を空になった手で扇いだ。
「少し暑いか?」
 自分の手が汗ばんでいないことをそっと確かめつつ、仙寿はあけびに問う。
 今日の彼女は、黄と黒の半身の着物に黒白格子の帯を合わせ、さらには和装「大紫」を羽織っていた。秋晴れの今日、ここまで衣を重ねては普通に暑かろう。そう、嫌がられて手を払われたわけではない、はず。
「綺麗だけどな」
 あらためてあけびの姿を見やり、仙寿は遅ればせながら添えた。
 カジュアルにまとめられた和装はいつものあけびとまたひと味ちがった趣があって、しかも大紫の華やかさをこの上なく引き立てている。
 ――うん。大紫、着てくれてるんだよな。
 贈った大紫を身につけてくれていることはうれしいし、そこに込めた意味を思えば心が逸るところもあるのだが、今がまだ“そのとき”でないことは弁えている。なにせきちんと着つけているわけではないのだから。
「仙寿もすっごくかっこいいし!」
 あわててあけびも褒め返す。
 銀鼠の紬をゆるりと着流した仙寿は、どこかお忍びで街へ繰り出した若武士を思わせる立ち姿で、なんとも言えない艶やかさを湛えていた。
「でもね、剣士が簡単に右手を預けちゃだめだよ。常在戦場、これ忘れることなかれ!」
 そう。けして嫌だったから手を放したわけじゃない。ましてや自分の手汗が気になったとか、そんなこと思いもしなかった!
 言い張るあけびに、仙寿は肩をすくめてみせて。
「別に敵なんかいないだろ」
「心構えの問題だから! 行こ、仙寿っ!!」
 むしろ自分の心構えの問題なのだと知りながら、あけびは仙寿を急かす。


 追いかけあうようにふたりはさまざまな店を巡り、競い合うように興じた。
 互いの一歩と共に時は刻まれて、やがて夕刻を越え。
「店を予約しておいた」
 かくて仙寿に連れられていった先は、ショッピングモールの端に建つ高層ビルの最上階、レトロモダンな風情漂う創作割烹店だった。
「やっと落ち着いたな」
 卓を挟んで座した仙寿のひと言に、あけびはまた言葉に詰まる。
 最初にかけちがえてしまったボタンをまさぐりながら、それを正すことなくここまで来てしまった自覚がある。
 だって、ぜんぜん思ったみたいにできないんだもん。これじゃぜんぜんだめだって、わかってるから。
 それでも大紫を着込んでいるのは、せめてもの誠意のつもりだった。仙寿にだめなとこなんてなんにもなくて、全部私のせいで。
「すまない。気ばかり遣わせて」
 あけびは知らぬ間にうつむいていた顔を上げた。
「ちがうよ――私が勝手に、いろいろ考えちゃって空回りして! 仙寿はぜんぜん悪くないから!」
 ほろり。仙寿が笑んだ。
「え?」
 虚を突かれたあけびに、仙寿は笑んだまま言う。
「それでも様づけじゃなくなったのは、悪くない」
 不意討ちすぎでしょー!!
 完全にオーバーヒートしたあけびの前へ、仙寿は茶を注いだ涼しげなガラス製のぐい飲みを置いた。
「今日はまだ水杯だけどな」
 自らも水を注いだぐい飲みを手に、そう語る。
「?」
「もうすぐ10月23日だぞ?」
「うん」
「おまえの誕生日で、20歳になるだろ」
 あ。
 普通に忘れていた。愚神との戦いが終局を迎えつつある今、そんなことを考えていられる暇はなかったし、今日だけを見てもそんなことを思い出せるような余裕もなかったから。
 って、そんなことも気づかないって私、ほんとにだめだ。だめだめだ。
「どうした?」
「……うん。もう、サムライガールじゃなくなっちゃうんだなって」
 サプライズしてくれないのかって言われるかと思ったのにな。苦笑する仙寿に、あけびは神妙な顔でうなずいてみせた。
「大事なことだから」
 心を正すために。どうしようもなく子どもな自分を律するために。
 しかし。
「そんなのぜんぜん大事じゃねーよ」
 ぞんざいに仙寿が言い放つ。
「言葉遣い、あらためてるんじゃなかったっけ?」
「無理矢理あらためるとか、やめた」
 仙寿は自らの右手を握り込み、見下ろした。
「ノスケと二回刃を合わせて……今日って日をあけびと過ごして、思った。焦って背伸びしたって届かねーし、意味もねーんだってさ」
 お互い様だったみてーだけどな。もう一度浮かべた彼の苦笑はすぐに真摯で塗り潰される。
「しっかり足を踏みしめて、もっと強く踏み込みたい。もっと迅く、もっと鋭く。この剣がどこまで届くものかを試したい」
 仙寿様、気づいてないよね。言葉があらたまってるの。
 正された言葉は、仙寿の剣に対する思いの顕われだ。自らをわずかにも崩したくないほど、この少年は剣へ入れ込んでいる。
 ――気づかされずにいられなかった。
 目の前の少年が、自らの道を定めたひとりの男であることに。
 私、仙寿に追いつかれただけじゃないのかも。
 悔しいとは思わなかった。
 しかし、このままでいたいとも思わない。
「仙寿の手は私が預かってるんだよ。だから、試すのは仙寿の剣じゃない。仙寿と私の剣」
 仙寿と水杯と合わせ、あけびは強く語り上げる。
「ふたりでお師匠様に勝つ。それまではサムライガールに留年ってことで!」
「そうか……」


「早く仙寿もいっしょに飲めるようになるといいね」
 素面のくせに浮かれた足取りのあけびを見やり、仙寿は胸中でため息をついた。
 いっしょに飲んだら多分、俺が先に潰れるだろうな。
 でも、つまらない男のプライドなんて、まるで大事なことじゃない。
 大事なのは手――繋がりだ。
 あけびが手を繋ぐことをためらうのは、彼女と自分が剣士だからというだけではあるまい。
 不安なのだ。
 塞いでしまうばかりでなく、縛ってしまうことが。このあたりは歳上だからこそのいらぬ遠慮もあるのかもしれない。
 縛ってくれていいのに。
 言わなければ伝わらないことは骨身に染みているが、言うばかりでは染まないことも、なんとなしに思い知ってはいた。だから。
「寄っていきたいところがあるんだ」

「俺に似合う指輪を選んでくれないか?」
 グロリア社傘下のジュエリーショップで、仙寿はあけびにそう頼んだ。
 当然あけびは悟っている。仙寿が手ではなく、安心で縛らせてくれようとしていることを。
 まだまだ甘いね、仙寿。気づかいが一方的すぎるよ。すっごく、うれしいけど。
「ペアリングにしたいなぁ」
 あけびは仙寿の金瞳を見上げ、笑んだ。
「リングは約束でしょ。私の約束で仙寿を縛るから――仙寿の約束で私も縛ってほしい」
 そうか、俺もあけびを縛っていいのか。今さらながら仙寿は気づいて。
 そうだよ、仙寿のこと縛るんだからね。あけびが想いを重ねて。
 ふたりは迷うこともなく、互いのリングを選び取った。

 ふたりは肩を並べ、今度こそ帰路につく。
「デザイン、どうするか考えなくちゃね」
「ああ。23日までに仕上げてもらわないとだし」
 応えた仙寿の左手は、しっかりとあけびの右手に繋がれている。
 約束で縛り合うと決めたそのときから、妙なこだわりや悩みはどこかへ失せていて……自然にそうできていた。
「ただ、指輪した左手だと下緒に引っかかりそうなんだよな。持ち替えたとき柄糸にも」
「だったらチェーンでペンダントみたいにするのは?」
「いいな。あと、ペアっぽいしかけも欲しくないか?」
「だったら――」
 ああでもない、こうでもないと語り合うふたりの歩みは、月明かりすらも置き去るほどに軽いのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / かわたれどきから共に居て】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 19歳 / たそがれどきにも離れない】
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2018年10月18日

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