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『 ■ a chair ■ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


「何を見てるんですか?」
 朝食の後のコーヒーを頂きながら写真を眺めていた師であり姉のような存在でもあるシリューナの手元をのぞくようにしてティレイラが尋ねた。
「ちょっと頼まれてね」
 シリューナはそう言って写真をティレイラに見せてくれた。
「椅子…ですか?」
 写真に写っているのは1脚の安楽椅子だった。はてさてどんな頼まれ事をされたのか写真からは想像も出来ない。しかしそれ以上にティレイラの首を傾げさせたのは。
「これじゃぁ、座れないですね」
 写真の椅子がワイヤーで天井から吊されていたからだ。
「曰く付きの椅子なのよ。座ると必ず1週間以内にその人は死ぬんですって」
 本当か嘘か不用意に確認も出来ないまゆつばな話だ。しかし万一の事もあるので子どもがうっかり座れないようにしているらしい。ティレイラは得心がいった。
「そんな椅子さっさと処分しましょう」
「だから、頼まれたのよ」
 座るだけではなく壊そうとしても死ぬかもしれない。怪談ではある意味セオリーだ。迂闊に試すわけにもいかず持ち主は処分に倦ねているのだという。だから原因を特定するためにシリューナに声がかかったのだ。
 もちろん呪術や心霊的なものが原因であればその道のプロに頼めばいい。これまでもいくつか調べたその結果、シリューナに声がかかったのだから、これは恐らく魔術的な仕掛けがあるのだろう。たとえば、座った者の魔力を吸う椅子だとか、魔力のない者は代わりに生命力を吸われてしまうとか。
 シリューナが営むのは魔法薬を扱う店だが、たまにはこんな出張依頼もある。
 依頼主は馴染みの店の主人だというから仕事の範疇かと問えば今一つ判然としないところだが。
「ティレも荷物持ちに来てくれるかしら?」
 尋ねたシリューナに。
「もちろんです!」
 ティレイラは元気よく応えた。


 ■


 風が稲穂をそよと揺らして小さなさざ波を作っていた。都会の縦長な世界と違って郊外の田園風景はどこまでも横長だ。その店はそんなのどかな時間の中にひっそりと佇んでいた。客は来るのかといらぬ心配をしてしまうほど通りに人影はなく、野良仕事をしている人がちらりほらり。
 年代物といった感じの看板のかかった鄙びた店の扉を開くとチリンチリンとベルが鳴った。
 中に入って最初にティレイラの目に飛び込んできたのは椅子だった。といっても写真で見た安楽椅子ではない。
 どこにでもありそうな木製の椅子だ。それが目に止まったのは写真の椅子同様に天井からワイヤーで吊り下げられていたからだろう。これも何かしらの曰くがあるのかと思ったが、ティレイラは店内を見渡してそうでもないかもと思い直した。どう見ても置き場がなくて吊ってあるようにしか見えなかったからだ。
「いらっしゃい」
 と店の奥から顔を出したのはこの店の主人で気さくな感じの壮年の男だった。
 彼が特段咎める事もなかったのでティレイラは椅子に触れてみた。木の滑らかさとぬくもりが伝わってくる。やっぱりただの変哲もない椅子に思われた。
 店主と話をしていたシリューナがこちらを振り返る。
「じゃぁ、用事を済ませてくるわね。ティレは店内を見てる?」
 シリューナに問われ道具の入った鞄を手渡しながらティレイラは「はい!」と応えた。
 店の奥へ消えるシリューナの背を見送りティレイラは改めて店内を見渡す。
 ここに来る途中シリューナが言っていた事を思い出した。古いものを扱っている店だが「アンティークショップというよりはガレージセールかフリーマーケットよ」というのが何ともしっくりくる。使い古されたゴミ寸前のものから何に使うのか検討もつかないガラクタ、あやしげな儀式で使いそうなあやしいものたちばかりが所狭しと乱雑に散らかっているのだ。
 一体どこに需要があるのか。しかしシリューナが時々訪れては買い物をしているというのだから、この中にも眠るお宝があるのだろう。
 そう考えると宝物探しをしているようでティレイラは楽しくなってきた。
 とはいえ、やっぱり欠けた茶碗を高値で置いている意図がわからない。一見使い古された使えなくはないけどどうなんだという代物なのだ。たとえばこれが歴史上の偉人が使っていたお宝――だったとして、誰がそれをどうやって証明するのか。
 欠けた茶碗以上の何か付加価値が皆目検討もつかないティレイラはそれを手にとって上から横から裏からと眺め回し、結局わからず仕舞いで元の場所に戻した。
 その隣に並ぶのは木彫りの面。インディアンとかアフリカンを連想するような面だ。茶碗があるからといってキッチン用品で集められているというわけでもない。とはいえ用途はどちらも同じである可能性もある。
「…たとえば…魔術触媒みたいな?」
 ティレイラは考えるように首を捻った。欠けた茶碗と木彫りの面。散らかった店内。陳列棚から通路まで溢れ出すガラクタ。特に意味があって並べられているわけではないのだろう。そんな気がした。
 そうしてよくわからないものたちを片端から眺めていたティレイラはやがてオルゴールのような木箱にたどり着いた。裏にねじ巻きがついている。どんな音が鳴るのだろうと少し回して開けてみた。
 しかし飛び出してきたのは残念ながら可愛らしいメロディなどではなかった。
「キャァッ!?」
 中から勢いよく飛び出してきた何だかよくわからないものに驚いてティレイラは飛び上がるようにして後退る。しかし狭い店内にそんなスペースはなく、何か丸いものを踏んづけていた。傾ぐ体にとにかく掴まるものを求めて手を伸ばす。前には見あたらなかったので後ろ手に何かを掴んだ。それが吊られた椅子だと気づけるほどの余裕はなく、椅子を吊っていたワイヤーは残念ながらティレイラの体重を支えるほどしっかり固定もされておらず。
 だがうまい具合に落ちた椅子にティレイラは尻餅をついて「ホッ…」と人心地吐けた。
「もう! びっくり箱だったのね!!」
 箱の裏のネジはフェイクだったのか中のおもちゃが勢いよく飛び出すための仕掛けだったのか。ティレイラは頬を膨らませてびっくり箱に文句をぶつけた。
 と、それも束の間。
 箱から飛び出してきたものを確認しようと立ち上がりかけてティレイラはそれが上手く出来ない事に気づいた。
「え? なんで?」
 力が抜けていく感覚に目を見開く。椅子に魔力を吸われているのか。それから。
「…なんなのこれぇ!?」
 椅子から蔦のようなものが這いだして自分を絡め取るように巻き付いてきた事に慌てふためいた。
 ティレイラは抵抗を試みたが全く歯が立たない。ならばと竜の姿に戻って力で引きちぎってやろうとしたが、吸われた魔力に力及ばず。
 声をあげる余裕もシリューナを呼ぶ事も出来ぬまま、体の外を這っていた筈の蔦が自分の中に溶け込んでくるような嫌悪感を最後にティレイラは意識を手放した。


 ■


「助かったよ」
 店主が言った。曰く付きの安楽椅子に深々と腰かけながらシリューナは笑みをこぼす。
「よかったわ」
 無事に安楽椅子の解呪を終えてシリューナはやれやれと立ち上がる。それからふと怪訝に首を傾げた。店主が不振そうにシリューナを見る。
 一瞬魔力放出を感じた気がしたのだが。しかし椅子の解呪は完璧だ。気のせいか。
 シリューナはなんでもないとばかりに肩をすくめて店主を促した。
「お礼に好きなものを持ってってくれ」
 店主は椅子の処置が無事に終わって気前がいい。
「じゃぁ、入口のところにあった欠けた茶碗を貰おうかしら」
 店に来た時からシリューナが目を付けていた代物だ。
「さすがシリューナには適わないな…あれに目を付けられるなんて」
「魔鉱石を製錬する手間を惜しんで置いておかないでよ」
 あの欠けた茶碗には希少な魔鉱石が含まれていた。魔法薬や魔法道具を作るのに必要なレアメタルである。茶碗を作った者も使っていた者も茶碗の材料にそんなものが混ざっていたとは気付かなかったのだろう。勿体ない事だ。
 そしてそれを茶碗から魔鉱石を取り出す手間を惜しんで茶碗のまま陳列している店主のズボラっぷりに不満を漏らすシリューナであった。
「その分安くしてるだろ」
 それは確かにそうなのだ。入手難易度を考えれば全然お安い。そして。
「今回は無償なんでしょ?」
「はいはい、今後ともご贔屓に」
 なんてやりとりをしながらシリューナは店主と連れだって店の方へ戻った。
「ティレ、お待たせ」
 しかし店内にいる筈のティレイラの姿が見あたらない。
「おや? お嬢さんは?」
 シリューナの後ろから顔を出した店主も店内を見渡す。ドアのベルは鳴っていないから外に出たという事もあるまい。
 そしてもう一つないものがある。来た時にティレイラが撫でていた木製の椅子だ。
 もしかして先ほど感じた魔力放出は安楽椅子ではなくこちらの椅子が発したものだったのか。
 シリューナの背後で店主が目頭を押さえながら天を仰いでいたのだが、それに気付いた風もなくシリューナは店内を歩きだした。先ほど目にした木製の椅子はティレイラと共に消えたのか。
 代わりに興味を惹いたのが奇妙な形をした椅子だ。こんな椅子は先ほどまでなかった。
 背もたれの部分に翼と角の装飾。それから尻尾までのびている。
「………」
 どこかで見たことのあるフォルムにシリューナは店主を振り返った。
 店主は視線をそらせた。
「説明を求めてもいいのかしら?」
「…お嬢さんはあの椅子に座っちゃったみたいだねぇ」
「あの椅子?」
「断っておくけど僕のせいじゃないよ? 僕はずっと君といた」
 主人のホールドアップ。
「わかってるわよ」
 シリューナとて主人がティレイラをはめたなどとは微塵も思ってはいない。
「結論から言うと、彼女はあの椅子と同化してその椅子になった」
「それで?」
「注いだ魔力量にもよるけどだいたい1週間くらいで元に戻るかな」
「…そう」
 シリューナは深い深いため息を1つ吐き出した。
「元に戻るまで持ち帰ってもいいかしら?」
「どうぞ」
 店主は二つ返事で頷いた。


 ■


 荷物持ちを頼んだはずが荷物になって帰ってくるとは。
 注意力が足りないのか迂闊なのか、どういう経緯で天井に吊られていたはずの椅子に座ってしまったのかはわからないが、何とも相変わらずなティレイラに呆れるばかりのシリューナである。
 しかし、一見ただの装飾品のように付随している翼や角に尻尾を見る限り椅子と同化する際に少なからず抵抗したのだろうと伺える。幾ばくかの成長があったのだろう。
 だが竜の力をねじ伏せて同化させたという事は椅子の方がよほどの上手。強力な魔法道具だったという事だ。
「まだまだね」
 とにもかくにも折角なので中庭を一望できるオープンデッキにティレイラの椅子を置いて腰掛けてみた。
 まるでオーダーメイドの椅子のようにしっくりくる事に驚く。
 元は木製の椅子だったが、今は木目があるわけでもなく、木の肌触りもない。皮というのでもなくどちらかといえば人肌のような。そんな手触りと温もりがあった。
 それが心地よくて肘掛けに両腕を乗せ背もたれに深々と体重を預け目を閉じると、抱かれているような抱きしめられているような錯覚さえ覚える。
 最高級の椅子でもこうはいくまい。どんな匠の腕をもってしてもこんな椅子は作れまい。
 1週間後ぐらいには戻ると店主は話していた。その前に魔法で解除する事も出来なくはない。しかし、座り心地も触り心地も全てが素晴らしすぎて、他の椅子に戻るのが惜しまれて、勿体なくて、酔いしれる。
 上体を捻って背もたれに額をつけた。そうしてティレイラの翼を優しく撫でる。
 どんな表情で抵抗していたのだろう。いつものように泣きそうな顔をしていたのだろうか。
 背もたれからのびる角に指を這わせる。シリューナを呼んでいたかもしれない。
 後ろから前へと巻き付くようにのびた尻尾に頬を寄せた。ティレイラの悲壮感が伝わってくるような気がした。
「本当に世話の焼ける子ね…」
 だけどそれが愛しくもある。

 かくてシリューナは早く戻してあげると思いながらも結局じっくりたっぷりティレイラの椅子を堪能したのだった。





 ■END■



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもありがとうございます。
 楽しんでいただけていれば幸いです。


東京怪談ノベル(パーティ) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月18日

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