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『彼女の小さな楽園 』
ベアトリーチェ・ヴォルピjb9382

 ――“あの日”から、ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)は何度も何度も“あの場所”に足を運んだ。

「は、ふぅ……」
 その日は記録的な猛暑の日だった。
 夏用のワンピースに、麦わら帽子。召喚獣のヒリュウに日傘を持たせて、その影の中で、ベアトリーチェは腕で額の汗を拭った。
「ひと、だん、らく……」
 やかましいほどのセミの声に半ば掻き消される呟き。軍手を付けてしゃがみ込んでいた彼女は、草むしりをしていたのだ。近くで焚いている蚊取り線香のにおいが、吹きもしない風に真っ直ぐ立ち昇っている。
 ベアトリーチェは草を毟った地面にレジャーシートを敷いて、座り込んで、一休みをする。クーラーボックスから取り出した冷たいスポーツドリンクを一気に飲んだ。碧い山、真っ青な空に、もくもく伸びた入道雲。
 冷やしタオルを首にかけたベアトリーチェはしばし空を眺めて。それから、視線を移した先には先ほどまでは伸びた草に埋もれていた“墓標”。
「今日も……あっついね……水分補給……ジャスティス……」
 もそもそと墓標の前にまで移動する。お線香に火を点けて、胸の前で十字を切って、アーメンジーザスナムアミダブツ、と和洋折衷な弔い方。
 お供え物は今回もアップルパイだ。が、今回はバリエーションがあった。爪楊枝を脚のように四本刺したキュウリとナス――すなわち精霊馬だ。
「日本……今……お盆っていう……故人の霊魂の為のカーニバル……」
 言いながら二拝二拍手一拝。神仏習合。
「私は……夏休み……宿題テンコモリ……暑いのにやってられない……。人天魔の戦争が……終わって……平和になったけど……やることとか課題とか……めいっぱい……まだまだドタバタしそう……たいへんだ……」
 とりとめない、近況報告。それは日傘を持ち続けているヒリュウが、いい加減に腕が痺れて来てキューと鳴くまで続いた。
「うん……忙しいけど……ガンバルゾー……」
 また来るね、とベアトリーチェはムンとガッツポーズをして見せた。







「来たヨー……」

 その日のベアトリーチェは秋服だった。ヒリュウと共に草むしりをして、アップルパイを備えて、墓標の前に座り込む。
「……」
 いつもならすぐにあれもこれもと話し始めるベアトリーチェだが、その日の彼女は塞ぎ込むように三角座りのままだった。
「あのね……」
 長く伸びた髪を指先で弄びながら、ベアトリーチェは元気のない声で呟き始める。
「久遠ヶ原の……高校生になって……最初のクラスで……仲良くなった子……前に話したよね……」
 毎日教室でお話をしたり、グループで一緒になったり、時折一緒に依頼に行ったり。そう、“気の合う友人”ができた。自分はあまりオープンでない方だと自覚がある、だからこそ歩み寄ってくれるその子は珍しくて、そして、嬉しかった。
「だけど……」
 三角座りのまま、顔を突っ伏す。
「……事故で……死んじゃった……」
 川で溺れた子供を助けようとして、そのまま。
「……なんだか……なんだろう……あんまりにも……あっけなくて……」
 これまで幾度と人の死に遭遇してきた。だからこれもその一つだ。そう思おうとした。なのに。あまりにあっけない死。これが任務で、凶悪な存在との激闘の果てならば、まだ何か納得がいったんだろうか?
「……弱く……なっちゃった……かな……」
 自虐のように笑む。本当に、もっと前は、人の死でこんなに心が揺らぐことなんてなかったと思う。死は不可避で平等なもの、人間であればいずれ至るもの、だから大げさに悲しむ必要なんてないもの、そう思っていたのに。
「これも……成長なのか、な……」
 誰かが居なくなるって悲しい。側で心配そうに見上げてくるヒリュウを抱き上げて、ギュウと抱きしめて。
「……う」
 ポロ、と涙が込み上げてくる。
「う。う。うう、うあぁあああーーん……」
 彼しか見ていない。彼の前でなら、ベアトリーチェは感情をそのまま表すことができた。悲しい、が整理できるまで、彼の前で泣き続けた。







「ジャン。なんと、次の春から大学生になります……」
 久遠ヶ原学園の大学生用冬季女子制服。それを着て、ベアトリーチェは墓標の前でくるんと回った。高校の時から伸ばし始めた灰銀の髪は、今や腰の位置より長い。今日は緩く三つ編みにしてオシャレをしている。
「うーん、ナイスバディ……」
 片手を頭に、片手を腰に添えて、この自画自賛である。しかし実際、ベアトリーチェは背もぐんと伸びて、体つきも女性らしく成長した。すらりとした手足に、黒タイツを履いた制服が良く似合う。
「こないだ、男子生徒から告白されたりして……ううん、魔性の美……傾国の美女……」
 ちょっとドヤ顔である。「ちなみに好みじゃなかったのでフリました」と告白された結果も報告。
「……」
 それから、スッと墓標の前に座る。
「……愛って何だろうね……? 愛の告白とか、初めてで……恋愛って、どういうことなのかな……? まだ私には早いよね……?」
 いつか旦那さんができるんだろうか……とボンヤリ呟いて。チラホラ、雪が降り始めている。寒さで赤い鼻をしたまま、少女ははにかみながら墓標を見やった。
「ねえ……。私、綺麗になった……? 成長した、かなあ……」







「なんと、社会人になりました」

 バッサリと首元で揃えた短い髪。桜の季節と共に、ベアトリーチェは真新しいスーツ姿を披露した。
「撃退庁の撃退士……国家公務員です、勝ち組です、出世ロード爆進です、ブイブイ」
 得意気にダブルピースしてみせる。今の時代、昔のような危険な任務や激務こそないけれど、それでも立派な仕事だ。所属された部署、仕事の内容、同僚のこと、上司のこと、先日初体験した“仕事の飲み会”というヤツ。学園生活とは何もかもが違う世界。
「これから大変だけど、ガンバルゾー。出世ジャスティス」
 そう、頑張らねばならないのだ。ここからがようやっとスタートラインだ。“自分の夢”を叶える為には実績を積まねばならぬ。
「うぅん……仕事が忙しくなって、前より頻繁に来れなくなっちゃうかもだけど、祟らないでね……? お盆にはちゃんと来るから……」
 それでも弔い方は、やっぱりアーメンジーザスナムアミダブツ二拝二拍手一拝なのだった。







「夢が叶ったよ」

 幾度目かの夏だった。入道雲と、記録的な猛暑と、蝉の声。
 汗だくになりながら草むしりを終えた彼女は、スポーツドリンクを一気飲みした後にニッと笑ってそう言った。
「私の親友……天王の右腕になったの。ずっと、ずっと、夢だったんだ。なんだか今でも夢みたい」
 また伸ばし始めた髪はセミロング。日傘を持つのも慣れてきたヒリュウを傍らに、少女から乙女に成長したベアトリーチェは堂々と立つ。
「次の夢はお嫁さん……ナンテネー」
 くすっと微笑んで。少女の時より鮮やかになった表情で。メイクも覚えたそのかんばせは、あの太陽よりもまぶしくて、美しい。
「今日もあっついねー……。そうそう、聴いて。もう本当に仕事が目一杯あってね。しばらくドタバタしそう。たいへんだー」
 とりとめない、近況報告。それは日傘を持ち続けているヒリュウが、そろそろストレイシオン辺りに交代してくれという意味を込めてキューと鳴くまで続いた。
「うん。忙しいけど、ガンバルゾー」
 また来るね、とベアトリーチェはムンとガッツポーズをして見せた。



『了』




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ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)/女/12歳/バハムートテイマー
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エリュシオン
2018年10月18日

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