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『やきもち 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 H.O.P.E.本部、受付。此処はいつも多くのエージェントたちで賑わっている。
 あけびと仙寿も先日こなした依頼の報告書を提出に訪れていた。
 受付で手続きにいった仙寿をロビーのベンチにて待っているあけびがぼんやりと大型ディスプレイに表示されるH.O.P.E.の広報映像をみていたときのことだ。

「仙寿くん」

 唐突に馴染んだ名前が耳に飛び込んできた。
 反射的に声のするほうへと顔を向ける。声は少し離れた柱の近くで輪を作っている女性たちから。
 何やらとても盛り上がっている。
 一体なんの話をしているのだろうか――気になってそちらをじっと見てしまう。
 そのうち一人と―実際そんなことはないのだが―目が合ったような気がして慌てて視線を自身のつま先へと落とした。
(いけない、いけない……)
 忍としての鍛錬を積んだあけびは元々耳が良い――が己はサムライガール。盗み聞ぎや人の会話に耳をそばだてることは礼儀に反する行為だろう
 だから人々のざわめきも川のせせらぎや風に揺れる木々の葉音のように一つの音として捉えることにしているというのに。
 気にしない、気にしないと言い聞かせていても、女性たちの会話を耳が拾ってしまう。
 彼女たちの話題はエージェントの中で誰が気になるか。その中で仙寿の名前も挙がっていた。

 とっくに知っていた。

 知ってはいたのだ――かなり前から。それこそ出会った頃から。
 彼が――あけびが誓約を交わした日暮仙寿が女性の間で人気があることは……。
「とっくに知ってましたしー」
 軽く尖らせた唇から漏れた呟きはざわめきにすぐに紛れて消える。しかし自分の耳に残った声は、予想以上に拗ねたような響きを孕み、あけびは戸惑わずにはいられない。

 どうしてこんなに気になってしまうのだろう……。

 どうしてもなにも……。浮かんだ理由にあけびは「……っ」と息を詰めた。
 ぱたぱたと足を泳がせる仕草を子供のようだと思う余裕もない。
 だって、だってあけびと仙寿は所謂恋人同士なのだから……。
 カっと熱くなった耳を手で隠す。まるで耳をふさぐように。
 自分たちの関係を確認するたびに気恥ずかしさでいてもたってもいられなくなるのだ。
 やはりいまだに慣れない。いつか二人の関係に慣れる日がくるのかな、と心配になるほどに。

「ちょっと無愛想なとこがいいよねぇ」
「でも結構礼儀正しいとこもあって」
「ギャップ萌え?」

 盛り上がる会話に反してあけびの胸の内に広がっていく得体のしれぬもやっとした気持ち――確認するように袷あたりに手を置いた。
 例えば面と向かって「彼って素敵な人ね」と褒められたらとても恥ずかしいだろうがこんな気持ちにはならない……ような気がする。
 でもこうして自分の知らないところで仙寿が話題にあがるのは……。

「少し……」

 いやだな、と思う自分は心が狭いのだろうか。もっと心を広くもたないと――と無理に思ってはみるのだが。

「でもなんだか減る気がする……」
 そう減るったら減るのだ、仙寿様が――などと理屈ではないことを心の中で力説していたら影が落ちた。
「何が減るんだ?」
「へ……? 仙寿さ、ま……」
 書類の提出を終えた仙寿が戻ってきたのだ。
「……様?」
「あ……え、と」
 二人の時は「様」をつけてくれるな、という彼の言葉を思い出し言い直そうとしたところ「仙寿くんだ」と先ほどの女性たちがさんざめく。
 仙寿がそれを気にした様子はないのだが再び胸に靄が広がって――
「早く帰って稽古しよ」
 早口に告げると立ち上がり先に一人で歩き出してしまう。
 彼が悪いわけではない、これは八つ当たりに近い感情だともわかっているのだが自分の気持ちがどうにもならない。

 あけびの様子がおかしい。
 稽古の後、道場の裏手にある井戸の傍ら仙寿は思い出す。
 稽古中もふと心ここに在らずといった様子であった――いや思い返せば本部からか……。
「待たせ過ぎたの、か……?」
 確かに本部はいつもより混んでいた。だがそういったことで臍を曲げるような人物ではない。
 ならどうして――。
 何か嫌な事でもあったのだろうか。
「……っ!!」
 突然何かに閃いたように仙寿は顔を上げる。
 どこかの不埒者があけびをナンパしようとしたのか。
 そう美人でコミュニケーション能力の高いあけびはもてる。二人で街を歩いているときでも彼女を振り返る男たちがいるし、本部でその名前を耳にしたことも一度や二度では済まない。
 その度に仙寿は気が気でならなかったのだ。
 彼女の師匠の例もある――どこからともなく現れた年上の男にさらわれはしないかと……。
 あけびのことは信頼しているし彼女のまっすぐな性格も知っている。だがそれは理屈ではないのだ。
 気が付けば手拭いが悲鳴を上げるほどに捩じり上げていた。
「……っと」
 物は大切に、大切に……手を緩め手拭いで顔を拭う。
 原因はわからない。でも彼女が元気がないのならやることは一つ。
「苺も悪くないが――」
 涼しくなってきた風に頷く。ちょうど良い栗がたくさん手に入ったところだ。
 急ぎ着替えると仙寿は足早にキッチンへと向かう。

 自室にてあけびは抱きしめたクッションに顔を押し付けていた。
「ばか、ばか……」
 自分のことだ。本部での出来事からずっと気持ちがうまく制御できない。
 剣筋は乱れまくりだし、仙寿には心配をかけてしまうし。
「もう、なんだろう……」
 ぷぅっと膨らませる頬。
「……だめだ。落ち着かないよ」
 一心不乱に打ち込みでもすれば……と立ち上がったところでノック音が響く。
「珈琲を淹れたのだが……」
 少し間をおいてから「一緒にどうだ」と続いた。
 今顔を合わせたらまた八つ当たりをしてしまうかもと心配になり、でも声をかけて貰ったことが嬉しくもあり、何故かそれを知られるのが悔しくもあり。ドアを開けて少しだけ顔を覗かせ返した言葉は「甘いものもある?」
 我ながら可愛くないな、と思った。

 リビングのソファに腰かけたあけびの前に並べられた淹れたての珈琲とモンブラン。
「わぁっ! 手作りモンブラン?!」
 この時ばかりは心の中でもやもやしている感情も忘れて声を上げた。
 あけびは甘いものと珈琲が好きなのだ。
 その中でも一等好きなものを選べ、と言われれば迷わず「仙寿様の作ってくれたお菓子」と答えるであろう。
 そこは照れることなく宣言できる。
「良い栗が手に入ったからな」
 愛想のない返事だが初めて会った時とは違い照れているのがわかる。
(そうだよね……)
 自分たちが積み上げてきた時間を思う。それは決して短いものではない。
 だから本部で聞いた女の子たちの話は気にすることなど――……。
「いただきます」
 ちゃんと手を合わせてからフォークを手に取った。
 少し固めのマロンクリームを掬って口に運ぶ。
 控え目な甘さに濃厚な栗の味が口一杯に広がって「美味しぃ……」頬を抑えずにはいられなかった。
 マロンクリームの元になるマロンペーストも手作りだろう。そしてケーキの上に乗っている渋皮煮も。
 季節に合わせ用意してくれていたものだと思うと心の中がじんわりと温かくなってくる。
「仙寿さ、ま……とても美味しい……」
「仙寿」
 仙寿からの訂正。
「…………。 仙寿」
 フォークを握りしめたままちらっと見た彼は、何故かそっぽを向いている。それでも月の光を宿したかのような髪がかかる頬に朱がさしているのが見えた。
 途端に自分の頬にも熱を覚える。
「……ほ、ほんと、美味しい、ね」
 丼一杯でもいけるよ、などと色気もなにもないことを口走った自分を呪いたいと顔を覆いたくなったあけびの肩に仙寿の肩が触れた。
「天高く馬肥ゆる秋……」
 聞こえよがしに言う仙寿の肩が小刻みに震えている。
「こゆ……! それは女の子に禁句ですーーっ!」
 言い返したあけびの頭に仙寿の手が乗せられた。
「やっといつものおまえになった。今日――というか本部で何かあったのか?」
 仙寿が視線の高さを合わせてくれる。
 淹れたての珈琲も手作りのモンブランもあけびのため……。
 「言いたくないのなら無理に言わせるつもりはねーよ。だが俺はそういうとこ鈍いからな」と頭を撫でる手の大きさ。
 黙り込んだあけびを待つように手はずっと頭の上に。
 子供にするような仕草だよ、とか自分だって恋人同士がどうするかわからないというのにあけびは勝手に思い、そして――……。

 こんな風に甘やかしてくれるのはきっと私だけなんだろうなぁ……

 ふふ、と柔らかい笑みが零れた。
 そして気付く。納得する。胸の内側ずっと占領していた感情の正体に。
 なんてことはない「やきもち」だ。自分が特別であることを自覚して知る。その気持ちに。
 「あのね……」あけびは口を開く。そして本部でのことを話し始めた。

 話を聞いている間、仙寿にしては珍しく緩みかける口元を引き結ぶのに聊か努力要すことになった。
(それはひょっとして、ひょっとしなくとも「嫉妬」した……ということか?)
 恋人が話してくれたのは紛れもなく「やきもち」。
 そんな気持ちを持っているのは自分だけだと思っていた。
 「嫉妬」をするたびに自分はガキだと言われているような気持に勝手になっていたのだ。
 まだまだあけびの隣に立つには足りない、と。
 でも実際はあけびも。
 お互い様か――焦っていた気持ちに生まれる安堵。
 自分もやきもちを妬いて良いのだ。恋人なのだから。
 それに嬉しくもある。あけびも同じような気持ちを自分に対して抱いてくれたことが。
 心を落ち着かせるために仙寿は珈琲を一口飲む。
 マロンクリームを甘さ控えめにした代わりに珈琲は苦みよりも果実感を優先したのだが……もっと苦くてもよかったかもしれない。
 それにしても今日のあけびは可愛い。
 ドアの隙間から顔を覗かせたときの上目遣い。
 美味しそうにモンブランを頬張る姿。
 「やきもち」を告白した時の少し恥ずかしそうな表情。
 どれもが可愛い。
 もとより彼女のことは美人だと思っていた。
 剣を構えるその凛とした姿は美しいとも思う。
 あけびは剣の先達であり、追うべき背中――だった。しかし隣に並ぶことを約束した彼女はこんなにも……。
 花がほころぶようにそして咲き誇るように広がっていくこの感情は……。

 愛しさ。

 というものかもしれない。
「笑いごとではないからね」
 あけびが膨れる。どうにも笑みを隠しきれてなかったらしい。くるくる変わる表情に彼女が少し年上だということを忘れる。
 抱きしめたいと思うより先にあけびの肩に手を回していた。
「ぁっ……」
 驚きを滲ませた声が上がる。
 仙寿の胸に感じるあけびの重みと温もり……。
 流石に「重み」などと言ったら怒るよな程度のことは仙寿でもわかる。
「あけび」
 低い声で名を呼ぶ。顔を上げた彼女の緋色の双眸に映り込む己の顔はいつもと同じだろうか……。

 不意に肩を抱かれたあけびはバランスを崩し仙寿に寄り掛かってしまう。
 「ケーキを食べているときだったら大惨事だよ」という言葉は名前を呼ぶ声に飲み込んだ。
 心臓が早鐘を打つ。あれ、これどっちの心音――互いの距離が近すぎてわからない。
「俺だっていつも嫉妬してた……」
 なんてことないように言う仙寿にこれは当たり前の感情なのかな、と思う。
 そして私だけじゃなかったんだ――と嬉しい自分は子供っぽいのかもしれない。
「紅葉……」
 あけびが不意に口にした言葉に仙寿が瞬き一つ返した。
「紅葉狩り行きたいな。大紫の着物を着て……」
 大紫が描かれた薄衣は仙寿が贈ってくれたものだ。
 男性が女性に着物を贈る意味は――口にしなくともお互いきっとわかっているだろう。
「ああ、一緒にな」
 仙寿の手が伸びあけびの頬を支える。顔が近づく。あけびはそっと瞳を閉じた。
 仙寿様は本当に自分ばかり格好良くなってずるい……。
 あけびの心臓は落ち着かないまま。
 仙寿の髪が頬をくすぐる。
 おずおずと仙寿の背に回す手はまだ彼の服を掴むので精一杯。

 互いの吐息がわかるほどの距離になって――そして唇が重なる。

 重なる直前、ちょっとだけ歯がぶつかったのはお互い気付かないふりをした。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4519     / 日暮仙寿     】
【aa4519hero001 / 不知火あけび 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます。桐崎です。

お二人のやきもちノベルいかがだったでしょうか?
初めましてのお二人だというのに、容赦なく思春期――そんな感じにしてしまいました。
やりすぎではなかったでしょうか?

話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2018年10月18日

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