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『■符術師と収穫祭と、困ったロバ 』
パトリシア=K=ポラリスka5996


●ブドウ畑で

『行動が突発的で、社交性がない』というのが、ロバに対する一般的な認識だという。
 小柄で粗食でも力は強く、農耕や運搬などで人々を助ける彼らは、ほとんど鳴かない。
 そんな滅多に鳴かないロバが、一面に広がる緑の生垣の真ん中で鳴いていた。

 ――ヴォーヒー、ヴォーヒー。

 最初のヴォーは低音で、次のヒーは高い音。
 空を仰いで幾度も繰り返す鳴き声は、どこか哀しげで。

 ――ピィ。

 何かを問うような、控え目な聞き慣れぬ声に黒毛のロバが振り返る。
 そこにいたのは、自分より大きな二足歩行の鳥の幻獣。
 当然ロバは鳴くのを止め、脱兎の如く駆け出した。
「あぁっ、待ってヨー!」
 逃げる相手に、慌ててパトリシア=K=ポラリス(ka5996)は手を伸ばす。
 しかし聞く耳を持たないロバは、ただ一目散に生垣の間を走る。
 その行く手を、脇からひょいと低木の列を飛び越えた幻獣が塞いだ。
 ……一瞬の沈黙が、両者の間に流れ。
 いきなりロバが反転し、再び逃走を試みる。
 追う幻獣は軽快に疾走し、難なく生垣を避けて先回りをし。
 不毛な追いかけっこが繰り返されること、数回。
 観念したのか、耳をパタパタさせながら尻込みをするロバへ、幻獣から降りたパトリシアがにっこり笑いかける。
「だいじょーぶダヨ。驚かせちゃって、ごめんネ?」
 優しく話しかけ、手を伸ばして首をそっと撫でると、不安げに動いていた耳がようやく落ち着いた。

 先導するようなロバの歩みに任せて道を辿ると、やがて丘陵地の窪地に低い石垣で囲まれた小さな町が見えてきた。
 石垣の上に登った小柄な少年がこちらに気付き、手を振り、そして凍り付く。
 そして自分の背丈ほどの石垣をわたふたと降りて、見えなくなった。
「アレ? どうしたのカナ」
 パトリシアが小首を傾げても、もちろんロバや幻獣から返事はない。
 難なくロバは石垣を回り込んで町へ入り、一羽と一人もとっとこ後に続いた。


●迷子の行く先

「ロロっ、ロロー!」
 寝床らしき馬屋に着くやいなや、駆け寄った少女がロバの首に抱きついた。
 黒ロバの様子は変わらないが、やや嬉し気に尻尾が揺れる。
「えと、ハンター、さん? ロロを連れてきてくれて、ありがとう」
 顔を上げて礼を言う少女に、パトリシアは笑顔で頭を振った。
「ううん、ロロがパティ達を案内してくれたんダヨ」
 ――通りすがりに聞いた鳴き声が、哀しげで。
 何だか、とても困ってるように思えて。
「迷子のロバさん、無事に帰れてよかったネ」
 ほっとして馬屋を離れようとすると、不意に上着が引っ張られる。
 振り返れば、キラキラと目を輝かせた――おそらく石垣の上にいた少年が、上着の裾をぎゅっと掴んでいた。
 その向こうでは、物珍しそうな住人達が何故か遠巻きになっている。
 ぽかんと口を開けた子供らの視線が幻獣に釘付けなので、理由はその辺だろう。
 思わぬ人垣に困惑していると、ふっくらした年配の女性が野次馬をかき分けて進み出た。
「ハンターのお嬢さん、うちのロバが世話をかけたね。お礼と言っちゃあ何だけど、泊まっていかないかい?」
「明日はお祭りなんだ」と付け加える少年に、「だから少し騒々しいけどね」と女性は苦笑する。
「お祭り!?」
 思わぬ魅惑的な言葉に、パトリシアの心が揺らいだ。
「ちょうどブドウの収穫が終わってね。収穫祭をやるんだよ」
「うちのねーちゃん、祭りのパリオに出るんだ! て、かーちゃん痛ぇ!」
 横から口を挟む少年の耳を、母親が引っ張った。

 町では毎年、収穫祭にロバのレース『パリオ』が開かれる。
 騎手は、ある程度の年齢に達した町の子供。
 優勝すればジェオルジなどへ特産のワインを出荷する時、ロバの世話役として同行できるのだ。

 姉だという少女は黒毛のロバを馬屋に入れ、もう一頭の灰色のロバに声をかけていた。
 ――それが何故か、気になって。
「せっかくだから、ハンターさんもパリオに出ればいいよ。ロバならロロがいるし!」
 こりずにしゃべり続ける少年へ、首を傾げるパトリシア。
「お姉さんも、出るよネ?」
「ねーちゃんはルフに乗るんだ。去年までロロだったけど、いつも二着でさ」
「こら、いい加減におし!」
 聞き分けの悪い少年の尻を母親が引っ叩き、やれやれといった笑いが人々の間で起きる。

 そして祭の誘惑やモロモロに押し切られ、パトリシアはパリオへ飛び入り参戦する羽目になった。


●収穫祭

「じゃあ、楽しんでおいで」
 祭りの当日。
 夫妻に送り出され、一足先に消えた少年の後からパトリシアも祭りへ繰り出す。
 収穫祭は、小規模ながら華やかな盛り上がりを見せていた。
 路地はカラフルな小旗が飾られ、中心の広場には屋台が並び、数人が陽気な音楽を奏でている。
 パリオはこの広場からスタートし、ぐるっと石垣を一周するシンプルなコースだ。
「お、ハンターの嬢ちゃんじゃないか」
「今日は頑張れよ!」
 既にパトリシア参戦の話は知れ渡っているのか、方々で声をかけられた。
「何だか、照れるんダヨー」
「ハンターが町に立ち寄るなんて、滅多にありませんから。皆、浮かれてるんです」
 祭りの定番、焼き栗の屋台の青年が笑って、サービスだと包みを渡す。
 あつあつの栗を頬張れば、口の中がほっこり幸せになった。
「……でも、ロロのことは気になるんだヨ」
 悩みながら歩く足は、自然と馬屋へ向かう。

 午後になると祭りの目玉、ロバのパリオが始まる。
 出場する10頭のロバにまたがる少年少女のうち、最年長はパトリシアだ。
「位置について、よーい」
 高く白旗を掲げたスターターが、一呼吸置き。
「スタート!」
 その合図で、ロバ達は一斉に走り出した。

 見た目より遥かに速く、ロバ達は路地を駆け抜ける。
 スタートでダッシュをかけた灰ロバは先頭争いに加わり、パトリシアの黒ロバは中ほどの位置。
 順位を保ったまま町を出て、石垣の外周に入った。
 半分過ぎた付近で、ペース配分を誤ったロバが遅れ始め。
 徐々に、黒ロバは順位を上げていく。
(頑張るヨ、ロロ。もう少しで追いつけるカラ……!)
 ブドウ畑での追いかけっこを思い出しつつ、パトリシアは黒ロバが存分に走れるよう手綱を調整する。
 ぐぃぐぃとスピードを上げ、風景は飛ぶように流れ。
 石垣の切れ目を曲がれば、先頭を走る灰ロバの後ろ姿が、見えた。
 黒ロバの追い上げに、通りや窓から声援が飛び。
 あと、もう少しで並ぶ……そう思った瞬間。
 速度が、落ちた。
(……ロロ?)
 力み過ぎた訳でもなく、怪我でもなく。
 自分の意志で速度を緩め、トップを灰ロバに譲る。
 そしてそのまま、ロバ達はゴールした。

「おめでとう!」
「これでアンタも街へ行けるね!」
 同年代の子供達が灰ロバを引く少女を囲み、祝福する。
「惜しかったなぁ、パティねーちゃん」
 残念そうな少年へ、静かにパトリシアは頭を振った。
「ロロがそうしたかったんだカラ、いいんダヨ」
 ――勝てなかった理由と、勝たなかった理由。
「パティにも分かったヨ。あの子が好きで、離れたくなくて……でも、ロロは『卒業』を認めたんだネ」
 そっと首を撫でてやれば、黒ロバは鼻面を頬へすり寄せた。

 そうして、賑やかに収穫祭は終わる。
 小さな独り立ちに少ししんみりしながらパトリシアは町の人々と別れ、再び幻獣と緑の生垣を抜けていく。
 さわさわと、秋の風がブドウの葉を揺らした。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【PCID / 名前 / 性別 / 外見年齢 / 種族 / クラス】

【ka5996/パトリシア=K=ポラリス/女/16歳/人間(リアルブルー)/符術師(カードマスター)】

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2018年10月19日

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