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『 ■ born free 〜前編〜 ■ 』
工藤・勇太1122


 学校帰り、いつものように草間興信所に顔を出すと所長の草間さんに猫を見なかったかと尋ねられた。
 興信所が猫捜しなんてやるのかと少し驚く。こう言うと怒られそうだが俺はてっきり草間さんは怪奇現象専門の探偵なのかと思っていたからだ。壁に貼られた『怪奇ノ類 禁止!!』は今流行りのツンデレというやつなのかと…。
 冗談はさておき珍しいですねと言ったら「平和が一番なんだけど、毎日家賃は発生するからな」なんて返ってくる。世知辛い世の中だ。
 妹泣かせのゴミ山みたいな事務机から面倒くさそうに立ち上がり、事務所を出て行こうとする草間さんに、手伝いますよと声をかけたら「宿題が優先だ」と返されて留守番を言い渡された。
「受験するにしてもしないにしても勉強はしておけ高校生」
 なんて言われたら引き下がる他ない。工藤勇太はしがない高校生でしかないのだ。憧れていた普通の…とかいう湿っぽい話は横に置こう。
 とにもかくにも俺は草間さんを見送ると申し訳程度の応接セットに腰を下ろして宿題の教科書を開いた。並ぶ文字は音読出来るが意味はさっぱりわからない。古文なんてこの先の人生にどれほど有用なのかと考えたら…俺は反射的に教科書を閉じていた。
「…やっぱり猫捜しに行こう!」
 気分転換は大事だよな、と誰にともなく言い訳して俺は事務所を出た。
 草間さんの話だと探しているのは首に白い三日月の模様がある濃灰色の猫という事だ。学校からここまでの道でそんな猫は見なかったから、逆方向へと歩き出す。
 夕暮れ間近の雑踏は帰宅ラッシュで喧騒としていた。警戒心の強い猫なら人混みにはいないだろう、人気のない路地に入る…その前にコンビニで猫缶などを調達してみた。逃げ出した猫ならお腹をすかしているかもしれない。もちろん無駄になる可能性のが高いけど。
 特に当てはない。ただ人の少なそうな道を選んで歩くだけだ。力を使えば多少は楽に見つけられるかもしれないが、反動とかあれやこれやを考えると今は緊急を要するわけでもなさそうだし普通に足で探そうという気分になった。
 路地裏を赤く染めていた陽は西の地平に最後の光を放ち、東の空には月が顔を出す。解体工事中のビルを見つけて俺はこっそり忍び込むことに。こういう所に隠れてそうだよな、なんて。
「何をしている?」
 突然背後から肩を掴まれ俺は一瞬全身が強ばった。だけどどこか聞いたことのある声だったから脅かすなよと内心で悪態を吐きながら振り返る。
 そこにはIO2が誇るトップエージェントが立っていた。
「宿題は終わったのか?」
 ディテクターの問いに。
「まだ…ですけど…」
 答える内容に自然視線が泳いでしまう。終わったと誤魔化すことも出来ただろうに俺はまたなんてバカ正直に…とセルフ突っ込み。
 それからふと疑問が過ぎる。「あれ?」と内心で首を傾げたのは何故彼が宿題の事を知っていたのか、という事だ。普通は勉強と言わないか? たまたま…なのか?
「なら、さっさと帰れ」
 彼は俺を追い払うように手を振った。
「…何をしているんですか?」
 俺は聞いてみた。あの人と同じ煙草の匂いを纏ったこの男に。
「仕事だ」
 答えた彼のサングラスの向こうに隠された視線がどちらを向いたかは伺い知れない。俺をじっと見下ろしているだけなのかもしれない。
「猫を探す?」
 俺はまっすぐ彼のサングラスを見返して重ねて聞いた。さっき草間さんはそう言って出かけたんだ。
「帰れ」
 彼はその問いに答えてはくれなかった。ただ、帰れと言って背を向けただけだった。
「……」
 俺は踵を返して逃げ出すみたいに走り出していた。水面に投じられた一石によって波紋が広がるようにささやかな疑念が俺の中に静かに染み渡っていくのを感じながら。
 夜道をただ闇雲に走って息が切れて立ち止まった公園の街灯の下。荒い息を吐いていると、その合間に葉擦れの音がして俺は一瞬ドキッとしてそちらを振り返った。
 嗅ぎ慣れた煙草の匂いはなく人影もない。
 ただ低木の陰に猫の姿を見つけた。探している猫だとすぐにわかって俺はその場に膝をつく。両手も地面について猫と同じ高さまで目線をさげ、優しく声をかけた。
「大丈夫。何もしないよ」
 猫は警戒するようにこちらを睨みつけていたが、一向に動き出さない俺に安堵したのか、やがてその場にうずくまった。
「怪我…してるのか?」
 前足が赤く濡れているのに気づく。だが、まだ完全に警戒を解いたわけではない猫はなかなか俺を近づかせてはくれない。
「手当してやるよ」
 もちろん言葉が通じるわけはないのだが、少しでもこちらの気持ちが伝わればいいと思って静かに優しく声をかけ続けた。びっくりさせないように、そろりそろりと手を伸ばし間合いを詰めていく。
 猫は最初は威嚇するようにこちらを睨みつけていたが、長い攻防と俺の説得の甲斐あってか、最後には伸ばした俺の指をぺろりと舐めるまでに至った。
 ようやく猫と打ち解けて傷の手当てをさせてもらう。水で洗って持っていたハンカチを巻くだけの手当と呼べるかも怪しいしろものだったが。
 公園の土管型の遊具の中で猫缶を開けた。膝を抱えて座り、餌を食べる猫の背を優しく撫でているとそれだけで癒される気がする。
「お前はなんで逃げてきたんだ?」
 俺は猫に話しかけた。猫は夢中で餌を食べている。当たり前の話だが猫の返事はないから俺は勝手に想像を膨らませるだけだった。
 自由に歩き回れず飼い主の手の中で窮屈な思いをしていたのだろうか。それで逃げてきたのだろうか、と。
 俺は勝手に猫に自分を重ねていた。自由はなく、窮屈な生活に。
 俺を捕らえていた研究施設から俺を助け出してくれたのはIO2だ。その件については感謝している。だがその一方でIO2は何かと俺を監視しようとした。余りある力を人は畏れるからだ。そこに自由はなく人目を気にした窮屈な生活。
 だけど。
 草間さんは違うと思っていた。好きにしていいと言ってくれた。今普通に高校に通って普通に友達を作って普通の生活が送れているのは草間さんのおかげだ。だからこそ、この普通じゃない力を人助けに使えるならと前向きに考えられるようにまでなったのに。
 それは。
 草間さんとディテクターは同一人物なのか、という疑心。
 俺はずっと自由にと言われながら結局IO2に監視されていたのか、という暗鬼。
 それは確信へと変わる。
「信じてたのに…」
 選択権は自分にあると勘違いさせられて、本当はそこに誘導されていただけだったんだ。
 俺は泣きたい気持ちになった。
 ずっと騙されていたんだ。
「一緒に…どこか行こうか」
 誰も俺たちを知らない場所へ。自由になれる場所へ。
 餌を食べ終えた猫を抱き上げ土管の外へ出た。猫の頭を撫でながら、猫を届ける気にはなれなくて、ひとまずは家にでも連れて帰ろうと歩き出す。
 夜風がヘビースモーカーの煙草の匂いを運んできた。
 土を踏む音に顔をあげる。
 刹那、俺は限界まで目を見開いた。

「帰れと言わなかったか?」

 ディテクターの、彼の手に握られた古いリボルバーの銃口が俺の胸に向けられていた。



 ――やっぱり俺に自由なんてなかったんだ。





■To be continued...■





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1122/工藤・勇太/男/17/超能力高校生】
【NPC/草間・武彦/男/30/草間興信所所長、探偵】
【NPC/ディテクター/男/30/IO2エージェント】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 born free...
 それは主張か願いか無い物ねだりか諦念か――。

 いつもありがとうございます。
 楽しんでいただけていれば幸いです。


東京怪談ノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月19日

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