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『Cocytus 』
氷鏡 六花aa4969)&アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001)&オールギン・マルケスaa4969hero002

●百鬼夜行
 それは、ブリザードの吹き荒れる深夜の事だった。唸る風に乗って響く甲高い叫び声を聞きつけ、氷鏡 六花(aa4969)は跳ね起きる。イグルーの狭い入り口から、ひたひたと澱んだ霊力が沁み込んで来る。六花は傍で目を閉ざしていたアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の肩を揺すぶる。
「……ん。起きて。外が……」
『えぇ』
 眠い目を擦っていたアルヴィナだったが、彼女もすぐに異変に気付いた。素早く起き上がると、彼女の手を取って共鳴する。白い羽衣に身を包んだ、氷の妖精とでも言うべき外見となった六花は外へと飛び出す。
『来たか。六花、アルヴィナ』
 外では、蒼色の戦装束に身を包んだオールギン・マルケス(aa4969hero002)が、吹雪の中に直立していた。その眼は南極点の方角へ向けられている。警戒中だった南極点のドロップゾーンが、これまでに無いほど拡大している。嵐がその闇を中心にして渦巻き、万年氷を削って宙へと舞い上げていた。
「ドロップゾーンが……活性化してる」
『あの巨大さならば、もうじき愚神や従魔が大挙して押し寄せてくるだろう。最早一刻の猶予もあるまい』
 オールギンが言う間にも、百鬼夜行の大合唱が始まっている。六花は思わず呟く。
「護らなくちゃ」
 南極支部を固めているのはH.O.P.E.の職員だけ。一般人がいる訳ではないが、研究者のような職員は只の人だ。襲撃を受ければひとたまりもない。六花は通信機を取る。
「……ん。ドロップゾーンが、活性化してます……このままでは、敵襲が」
[こちらでも確認している。君の位置が最も近い。今から合流するから、それまで――]
「それだと、間に合いません……先に、対応します」
[氷鏡さん、それは無茶だ――]
 彼らの言葉は聞かずに断ち切り、六花は幻想蝶から絶零断章を取って駆け出す。軽やかな足取りで雪を踏み分けていくが、強い風が彼女の脚を遮る。
『待て』
 覚束ない足取りの六花の背後から、エンジンの爆音を響かせオールギンが追い付く。振り返ると、オールギンは彼用にリサイズされたスノーモービルに跨っていた。その姿はまるで氷原を征く騎士のよう。アルヴィナは戸惑って尋ねる。
『どうしたのよ、それ』
『この世界では鯨を駆って海を飛び回るというわけにもいかぬのでな。危急の時に備えて一台用意してもらっていたのだ』
 彼はアクセルを回し、六花のそばにスノーモービルを横づけする。
『乗れ。その足取りでは攻撃を避ける事もままならん』
 オールギンは後部席を叩く。六花は吹雪に煽られて一度立ち止まりながら、その背中に掴まった。オールギンは再びアクセルを全開に回し、迫る雪嵐をカウルで切り裂きながら走り出す。アルヴィナは恐る恐る、と呟く。
『大丈夫? その……練習とか』
『憂う事は無い。淑女を背中に乗せるというのに、格好の付かぬ事はせぬ。修練もそれなりに積んできた。さあ、もう飛んできているぞ』
 吹き荒れる風に乗り、無数の眼が浮いた、アメーバのような怪物が飛び掛かってくる。オールギンはハンドルを切り、その突撃をひらりと躱した。
「……気持ち悪い」
『人は、これをバスタルドとか呼んでいたかしらね』
 六花は断章を開く。吹雪が集まり、氷の翼が背中に開く。舞い散った羽根は一片一片が氷の鏡に変わり、闇の中で煌いた。
「消えてよ」
 その手の先から放たれた純白の槍が、鏡の煌きを受けて砕け散り、鋭いナイフの雨と化して次々とバスタルドの粘体に突き刺さる。くぐもった悲鳴を上げたそれは、瞬く間に吹雪の渦に掻き消された。
『気を付けて。まだ来るわ!』
 アルヴィナの叫びに応じて、オールギンは再び回頭する。暗闇の中から、背中に翼を生やした異形が、宿木に似た槍を手にして飛び回る。
――時は満ちた
――全てを王に捧げん
 虚空を直接震わせて叫び、異形は六花へと迫る。しかし、六花は容赦無く氷の刃を放ち、易々と異形を打ち砕いてしまった。
『まだ来るわ』
 六花は言葉も無くその手を掲げる。雪原の底から氷の竜の幻影が飛び出し、異形の群れを睥睨する。それらがたじろいだところへ向けて、竜は白く凍った炎を吐き出す。炎は細かい氷の針と化し、異形の肉に突き刺さり、引き裂いていく。
 一騎当千の働きを見せる少女。同じくスノーモービルに乗って駆け付けたエージェント達は、その働きぶりを見て驚嘆する。
「すごい……」
「俺達が驚いてる場合か。続け!」
 ドロップゾーンが霊力の波動を放ち、それに合わせて新たな従魔や愚神が次々と闇の中から吐き出されてくる。南極支部の機動部隊は、勇猛果敢に突進を始めた。
「殺す……愚神は皆……」
 オールギンの背後で、六花はぽつりと呟く。先陣を切った彼女は、冷たい槍衾で次々に敵を穿つのだった。

●コキュートスの氷獄

「応援を頼む!」
「こっちも手一杯だ! 踏ん張れ!」

 数度に渡って続いた闇の波動はやがて止み、何倍にも膨れ上がっていたドロップゾーンの規模もやがて収束していく。しかし吹雪はいよいよ勢力を増し、機動部隊の面々も避けようのない窮地へと追い込まれていくのだった。
『見渡す限りの従魔だな。数百はいるか』
 オールギンは眉間の皺をさらに深くする。スノーモービルに備え付けられたガトリング型AGW、後方に乗ったリンカーの遠距離攻撃で従魔や愚神を排除し続けているが、多勢に無勢だ。今にも粘液型の従魔の群れに呑み込まれようとしている。
 見渡して一拍黙り込んだ六花は、遂に一つの決断を下す。
「“アレ”を使うね。……力を貸して、アルヴィナ」
『ええ。分かったわ。オールギン、周りを避難させて』
『あいわかった』
 六花はふわりと雪原へ飛び降りる。同時に、オールギンはエンジンを唸らせながら旋回した。同時に六花は氷槍を放ち、迫る従魔の群れを凍てつかせた。その瞬間、オールギンが駆るスノーモービルの重厚な車体が突っ込み、凍り付いた粘体をぶち砕いた。それが形を戻さぬうちに、オールギンは敵の群れから離れていく。
『離れろ。巻き込まれればお前達も死ぬことになるぞ』
 彼の警告に合わせ、エージェント達はスノーモービルで前線から退いていく。入れ替わるように、六花は敵の群れを縫うように氷原を駆け抜け、絶零のページを繰っていく。
『冥府に流れる嘆きの川……その一端をも司る私の力、全て六花に委ねるわ』
「うん」
 六花の背に生えた雪の翼が全て飛び散る。撒き散らされた雪の羽根は少女を取り囲んだ従魔に降り積もる。その瞬間、幻影の氷河がどこからともなく流れ込み、従魔や愚神の群れを次々に呑み込んでいく。ある愚神は頭まで、或いは首まで。或いは全身を。少女はその手を天に掲げて、ただ一言唱える。
「氷獄」
 幻影の氷河は、一瞬にして全ての従魔を凍り付かせた。氷河が光となって消え去ると共に、従魔達もまた白銀の世界へと紛れていく。
 群れを一瞬で無に帰した六花。愚神と従魔は共に叫び、威嚇しながら少女の元へと殺到する。六花は懐からライヴス結晶を取り出すと、その手の内で握り潰した。
 開いた傷口から溢れる血。そこに大量のライヴスが融け込み、彼女の力を目覚めさせた。激しい冷気に包まれながら、断章を捲った彼女は囁くように唱える。
「見よ、“クレタの老人”から流れ落つるその河を。裏切り者達を罰する河を」
 深蒼のドレスに身を包んだ六花は、迫る群れに向かって飛び出した。氷雪を身に纏って敵の攻撃を往なしつつ、再びその身の周囲に魔力を行き渡らせていく。
「カイーナ」
 雪原から鋭く伸びた無数の刃が、次々と従魔達の身を貫く。その傷口から流れ込んだ凍気が従魔達を凍らせ、百舌鳥の早贄にしてしまう。
 消え去るそれらを見届けぬまま、六花はさらに方向を転じた。頭上から飛び掛かる蝙蝠。躱し切れないところだったが、どこかから飛んだガトリングの弾丸が蝙蝠を弾き飛ばした。
「アンテノーラ」
 雪原に飛び込んで構えを取った六花は、氷雪にその掌を当てる。更に冷たさを増した風が四方八方から吹き寄せ、愚神の全身を氷に閉ざす。一点から亀裂の入った氷は次々に砕け散り、その肉体をバラバラに引き裂いた。
 飛躍的に高まっていくライヴスが、二人の共鳴を次第に不安定にしていく。アルヴィナのライヴスが六花の魂を呑み込み、押し潰そうとしていた。それでも六花は雪原を駆ける。
「トロメア」
 冷酷な悪霊の幻影が、次々と浮かび上がる。六花の気迫に恐れをなした従魔にさえ悪霊は憑りつき、狂乱するその身を物言わぬ氷像へと変えていく。
 誰もが言葉を失っていた。幼くも酷薄な冬の女神と化した六花は、彼らの前で愚神と従魔の群れに向かって最後の裁きを下す。
「ジュデッカ」
 彼女の身を包み込むように、絶対零度にも等しい冷気が舞い上がる。その冷気はルシフェルの姿を形作った。その翼が羽ばたいた瞬間、彼女を包む冷気が周囲に舞い広がり、次々と従魔を氷の中へと閉じ込めた。更に翼がはためくと、舞い起こる突風が次々と敵の身体を引き裂き、白い雪原に深紅の霙を撒き散らす。
「……この四つ円こそ、地獄の涯の氷獄なり」
 断章の最後のページに浮かび上がった言葉を、六花は厳かに詠み終える。本を閉じた時にはもう、何百もいたはずの群れが跡形もなく消え失せていた。かっと見開かれた眼で、彼女は周囲を見渡す。既に吹雪も止んでいた。
「もう、終わり……?」
 六花が呟いた瞬間、リンクが弾けるように解ける。雪原に投げ出された六花は、倒れ込んだままぴくりとも動かない。
『六花』
 どうにか起き上がったアルヴィナは、慌てて彼女のそばへ駆け寄る。助け起こすが、気を失った六花はぐったりとしたまま動かない。その身はみるみる内に熱を帯びていく。色を失ったアルヴィナは慌てて周囲を見渡す
『オールギン』
 その名を呼んだ時にはもう、彼はモービルで傍に駆けつけていた。代わりに六花を抱き起し、その苦しそうに動く口元を見つめる。
『いかんな。……霊力がかなり弱っている』
『戻りましょう。看病してあげないと』

●一縷の頼み
 アルヴィナは六花の額に冷やした布を当てる。渾身の氷獄を何度も使った反動か、その全身が熱を持っている。オールギンは小さな乳鉢で薬草を磨り潰しながら、肩で息をする少女の横顔を見つめた。
『氷獄とは……同じ名だな。斯の愚神……雪娘が使っていたという技と』
『そうね。もしかしたら六花は……雪娘になりたいのかもしれないわ』
 アルヴィナは頷く。ディープフリーズの技術を会得した時、六花は真っ先にその名を付けた。嘗て雪娘が使っていた、己の周囲を無差別に氷へと閉ざし、全てを凍結させる業。
(今の六花には、とても相応しい力かもしれない)
 愚神従魔を討ち果たす為なら、六花は迷わずこの力を行使する事だろう。しかしアルヴィナは気付いていた。この力を最も活かすには、一人身で数多の敵中へ踏み込まなければならない事を。
 同じ魔法に対する備えはともかく、刀剣銃撃に対する備えは初めて六花と共鳴した時から、殆ど変わりが無いのだ。
 今日も、支部のエージェントの援護射撃が無ければどうなっていたか分からない。
 額を押さえ、アルヴィナは悩ましげに俯く。オールギンはそんな彼女を横目に、薬草の汁を六花の口に含ませていた。
『それにしても凄まじい力だな。周囲のエージェントまでもが震えていたぞ』
 アルヴィナは六花の寝顔を見つめる。熱に浮かされている彼女の表情は、年相応のか弱い少女と変わりない。しかし一度目を開けば、錐のように研ぎ澄まされた氷槍で敵を貫く。
 そもそも、六花の霊力は攻めに優れていた。優しい心を持ちながらも、復讐を願わざるを得なかった少女の境遇や意志がそうさせたのだろう。
『これでも、一度は雪融けした時もあったのよ。彼女を思いやってくれる“人”達が、いたお陰でね。でも……』
 雪娘の裏切りを経て、彼女の憎悪はより研ぎ澄まされてしまった。彼女自身が、凍れる刃と化してしまったかのようである。
 オールギンはしばらく腕組みをしていたが、やがて重々しく口を開いた。
『貴公と共鳴した姿が雪娘に瓜二つなのも、或いは六花にとっての、強さの象徴が……両親の命を奪った雪娘だった故。か』
『おそらくはね。それに雪娘は六花にとって……最後には、ある意味恋敵でもあった訳……だから』
『……斯の猿の獣人か。うむ、何とも……居た堪れぬ話よ』
 雪娘に裏切られた時点では、それでもまだ踏み止まっていたはずだった。そんな少女を人修羅の道へと突き進ませたのは、他ならぬ“彼”の死だ。想いを寄せる先を失い、世界にさえ憎悪を向けて戦い続けるようになったのは、彼の亡骸を見た時からだ。
『でも、本当に恋敵だったのかしら』
 しかしアルヴィナは思うのだ。それは本当に恋心だったのかと。大切な絆の一つが、愚神に引きずられて消える。その恐れを恋慕の情に読み違え、心を狂わせてしまったのではないかと。
『難しいものだな。……六花はそれが慕情であったと考えている。然らばそれは慕情なのだ』
 オールギンは腕組みをさらに強く固める。彼自身、恋慕の情が齎す激情に焦がされ、全てを失ってしまった身だ。顎髭を撫で、彼は渋面を作る。
『……氷獄が、六花自身をも捕える牢獄にならなければ良いのだけれど』
 ふと、アルヴィナは呟いた。行く末を憂うその眼は、彼が微かに覚えている女神の眼と同じだ。今なら解る。彼女は、誇りを以て己の定めを全うしながらも、どこかでその為に失われる命を見て嘆いていたのだ。
『そう心配するな』
 そっと手を差し伸べ、アルヴィナの細い肩を指先でそっと叩く。
『六花の心根は……今尚優しい。そなたの真の心のようにな』
「……みん、な」
 眼を閉ざしたまま、六花は譫言のように呟く。彼女が想う仲間達の名前を。それを聞いたオールギンは、僅かに愁眉を開いた。
『この世に対する憎悪も、人々を守る事も……六花の幸せも。同じ道の先に、きっと両立し得るものと……我は思う』
 アルヴィナは固く口を閉ざしていたが、やがて観念したように呟く。
『そう信じたいわね。……いえ。そうなってほしい、わ』
 三人の頭上で、イグルーに吊るされたカンテラが揺れる。内に灯された炎の細く頼りない光は、吹き込む刃のような寒さの中でも、煌々と光を放ち続けていた。



 数日後、ようやく六花はリンクバーストの反動から回復する。その頃にはエージェントと王を名乗る存在との間に行われた“極地の謁見”作戦も終了し、いよいよ愚神勢力の侵略も最終段階へ至ろうとしていた。
 六花はアルヴィナ、オールギンと共に戦地を駆ける。従魔と愚神の蔓延るこの世界へ、憎悪を余さず露わにしながら。

 その果てに待っている未来を、三人は知らない。しかし英雄達は、一人の少女に幸いあれと、至上の神に奏し続けるのだった。

 Cocytus おわり



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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氷鏡 六花(aa4969)
アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)
オールギン・マルケス(aa4969hero002)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
アドリブをお許しいただけるとの事でしたので、オールギンさんにも少し出張ってもらいました。
おじいさんがごつい乗り物転がしてる絵が好きなんです。
氷獄といえば……という事で、ダンテの神曲をイメージしながらスキル描写はさせていただきました。上手い事描けていればよいのですが。
私も六花さんの幸せを願うばかりです。
アドリブなど含めて、問題ありましたらリテイクお願いします。

ではまた、御縁がありましたら。



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2018年10月19日

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