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『メリー君の電話』
満月・美華8686


『その掲示板にね、電話番号が書き込まれているわけ』
 月刊アトラスの編集長が、電話の向こう側で言う。
『かけたら繋がるらしいから、ちょっと確かめてみなさい』
「繋がる……って、どこに」
『それを調べるのが、貴女の仕事でしょうが』
「仕事として引き受ける……なんて私、一言も言ってないんだけど」
 満月美華は、文句を言った。
「まあ、その掲示板の話なら私も聞いた事あるけどね。繋がったが最後、それが少しずつ近付いて来ると。こっちに何度も電話かけながら……もしもし、わたし今、駅にいるの。今、学校の近くにいるの。コンビニの前にいるの。あなたのお家の前にいるの。今、あなたの後ろにいるの」
 言いつつ、美華は呆れ果てていた。
「って感じに……うん、どこかで聞いた話よね」
『単なる都市伝説の類かどうか、きっちり調べて報告書を上げる事。いいわね? 今までの情報提供料だと思えば安いもんでしょ』
 一方的に、電話を切られた。
 美華は溜め息をついた。ライターとして仕事をするに当たり、あの編集長には確かに世話にはなっている。これからも頼る事になる。
 良好な関係を、保たなければならない。
「これからも私……美貌の女流作家として、バリバリ活躍しなきゃいけないわけだしね」
 美貌。恥ずかしげもなく、そう言って良いだろうと美華は思う。
 数多の命を孕んだまま美華は、かつての体型を維持していた。綺麗にくびれた胴、形良く膨らんだ胸と尻。すらりと伸びた両脚。
 その身体をゆったりとソファーに沈めながら、美華はスマートフォンを放り出した。
 この体型を保ったまま、長電話も出来るようになった。家の中を歩き回るのも苦にならない。
 外出は、まだ恐い。人混みの中で、元に戻ってしまうかも知れないからだ。
 物書きの仕事は、出来る。足を使わない取材は可能だ。
 あの電話番号は、覚えている。
 放り出したスマートフォンを、美華は手に取った。
「……やってみましょう。メリーさんでも何でも来いよ、もう」


『おう、俺だよ。枕営業で仕事もらって駄文書いてやがる腐れ×××女の満月美華。俺っつっても、わかんねえか? 俺ももう自分の名前、忘れちまったぁ……とにかく今よ、駅前にいるからよぉ』
 そこで1度、電話が切れた。
 自身の名前を忘れてしまったという相手の男に、美華はしかし心当たりがないわけでもなかった。
 女が世間に向かって文章など書いていると、様々な男が絡んだり噛み付いたりしてくるものだ。
 またしても、スマートフォンが震えた。
『俺だよ。今よぉ、何か金持ち気取りなパン屋の前にいるからよ。ったく高級住宅街ってのぁ気に入らねえ』
 美華が、よくメイドに買い物に行かせる店の1つである。あの男は順調に、この家に近付いているようだ。
『俺だよ。今テメエん家の前だよ。クソでけえ家に住みやがってよぉ、働かねえで食ってやがる金持ちがゴミみてえな文章書いてんじゃねえぞ、バカ女が!』
 懐かしい、と美華は思った。
 あの時も、この男は、こんな電話をかけてきたものだ。日に何度も。
 電話番号や住所など、非公開でも調べ当てられる時代である。
 スマートフォンが、震えた。
『俺だよ。今、テメエの後ろにいるからよ』
 振り向いたら、殺されるのだろう。
 振り向かなければ、どうなるのか。このまま、付きまとわれるのか。
「……それも、鬱陶しいわね」
 美華は振り向いた。
 おぞましいものが、そこにいた。
 爪か、牙か、手持ちの凶器か、わからぬものが美華の身体をズタズタに切り裂いていた。
 すらりと格好良く伸びた手足が、美しい胸と尻の膨らみと優美にくびれた胴体が、完全に原形を失った。
 そして、ショゴスのように蠢きながら再構成を開始する。美しくない、綺麗にくびれてもいない、巨大なものへと。
 美華を切り刻んだばかりの男が、おぞましい姿を硬直させ、息を呑む。
 口から、目と鼻と耳からも血を垂れ流しながら、美華は微笑みかけた。
「命が……1兆円あっても買えない、命が……1つ、無くなっちゃったじゃないのよぉ……」
 血の涙の中で、左右の瞳が黄金色の光を発する。
 巨大な肥満体として再構成された……元に戻った、とも言える姿で美華は1歩、男に迫り寄った。床板が鳴った。
「でもまあ、貴方も1度……命を、無くしちゃってるのよね……」
「てめ……な、何だ一体……」
 おぞましいものと成り果てた男が、美華の巨体に圧されたかの如く、後退りをする。
「貴方の嫌がらせがね、ちょっと度を越してるから110番して……私お金持ちだから、裁判も有利に進んだのよね」
 思い出しながら、美華は言った。
 床板が、美華の体重に負けて破裂した。その破片を飛び散らせながら、黒いものが大量に、床下から伸び現れて来る。
「貴方ほら、法廷でも暴言吐きまくってたから裁判官の人たちも心証最悪で。何年か懲役もらう事になって」
 暗黒色の、樹木であった。
「刑務所で、リンチに遭って死んじゃった……と。性犯罪とかストーカーとか、それ系の犯罪者って虐められるみたいじゃない? 刑務所って聞くところによると」
 鋭利な枝が、男を串刺しにした。
 おぞましい姿が、枝に切り裂かれながらバルコニーへと運び出されて行く。
 美華は、のそりと歩いて、それを追った。
「あの電話番号は……かけた人と、何かしら因縁のある死者に繋がっている」
 死者の中でも、最もおぞましい種類のものと化した男が、ズタズタに切り裂かれながら、黒い枝に吸収されてゆく。
「クソ女……バケモノ女がぁ……金持ちの暇つぶしでクソ文章書いてやがるゴミ女がよおぉ……くそがっ! カスが、ゴミが! クズがぁ……」
 罵声を吐きながら男はこれから未来永劫、暗黒の樹木の養分になり続ける事となる。
「私が、あの番号にかけたせい……よね。ごめんなさい」
 美華は謝罪した。この身体では、ぺこりと頭を下げる事も出来ない。
 空を見上げる事は、出来る。
「私と因縁のある、死者……こんな奴じゃなくて、お祖父ちゃんに会いたかったな……」


 登場人物一覧
【8686/満月美華/女/28歳/魔女(フリーライター)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月22日

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