『おめでたきDreamer 』

カイ　アルブレヒツベルガー（aa0339hero001）＆御童　紗希（aa0339）

●ご希望の人生はいかがですか？
　何だか柔らかい感触がある。ぽんぽんと、何か綿のようなもので叩かれているような感触だ。カイ　アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は静かに目を覚ます。
『ん〜……？』
「ねえ、早く起きて？」
　見れば、御童　紗希(aa0339)が大きなテディベアを抱え、カイの頭の上で何度もバウンドさせていた。カイは慌てて起き上がる。何かがおかしい。口をぱくぱくさせながらカイは紗希を指差した。
『ど、どういう風の吹き回しだ？』
「え？　なに？」
『いやだって、普段だったら、フライパンを振り下ろしたり、鍋を投げつけてきたり……』
「何言ってんの。カイにそんな事しないってば。早く起きてよ。朝ごはん出来てるんだから」
　口調が柔らかい。穏やかだ。こんな声色の紗希はこれまで見た事も無かった。カイは胸いっぱいに深呼吸する。まだ何か裏があるに違いない。普段が普段なだけに、警戒心の強いカイは中々心を開けない。紗希の後に続いて、そっとふすまを開いた。
「ほら、早く食べよう？」
『お、おう……？』
　カイはちゃぶ台の上に広がる朝食を見つめた。炊きたてご飯に目玉焼きとプチトマト二つ。まあラインナップは普段と大して変わらない。しかしカイにとっては衝撃的な点があった。
「ごめんね。フライパンのテフロンが剥げてて、目玉焼きちょっと崩れちゃったんだ」
　紗希はバツが悪そうに苦笑いする。確かにカイの分の目玉焼きは、黄身が少し崩れている。だがちゃんと目玉だ。それでいて紗希の分は完全に潰れて黄身と白身が一体化しかかっている。確かに酷い出来だ。
（おかしい。普段だったら逆のはず……）
　出来の良い方を自分が取り、ダメな方はカイに押し付ける。それが紗希のやり方だったはずだ。カイはそそくさと腰を下ろすと、紗希の皿と自分の皿を取り換える。
『俺が崩れた方でいいぞ。マリはこっち食えよ』
　普段は文句の一つもつけて、鋭く引っ叩かれるところだが、こうもしおらしくされると大人としての対応を取りたくなる。すると紗希は小さくはにかむのだ。
「ありがとう。カイはいつも優しいね」
『ああ、俺はいつも優しいけどよ……』
　カイは言葉尻を濁す。その眼は食事を始めた紗希に釘付けだ。
（おかしい……マリが優しいJKになっている）
　本当の彼女はそんなんではない……とカイは信じたかったが、紗希のカイに対する扱いは、最近はとみに酷い。多少荒っぽくしても怪我しないのを良い事に、ボディーブローやビンタは当たり前、釘を打ち付けた特製の折檻バットでお尻を痛めつけたりもする。良さげに言ってじゃじゃ馬娘、悪く言えば暴力女だ。
（何かあったんだろうか……？）
　箸を取りながら、カイはじっと紗希の様子を窺う。幸せが目の前に転がっているのに、素直に受け取ることの出来ない悲しい男の性である。
「食べ終わったらお掃除とかして、一緒にデパートに行こうね。フライパンとかさ、そろそろ古くなってきたから新調しないと」
　表情が柔らかい。窓から差し込む朝日を受けて眩しい。カイは思わず目が眩みそうになった。徐々に猜疑心が解きほぐされ、もう何でもいいのではないかという気になってくる。
「だから、お皿洗ってくれる？」
　ドストレートなお願いが炸裂。胸を打たれたカイは急いで熱い白米を掻き込む。
『当たり前だろ。……マッハでやる。すぐ終わらせる』
　乱暴な鬼娘にこき使われ、可愛い美少女JKにも体よく扱われる中年男なのであった。

●周りの視線は気になりますか？
　そんなわけで、紗希と手分けして家事をやっつけ、カイはデパートへとやってきた。普段は女子らしさを主張しつつも、どこか地味な所もある服装を選んだりしていた紗希であるが、今日はまさに少女らしいふんわりとしたシルエットのワンピースを着ていた。ゴスロリではないが、これはこれでカイの好みである。
（今日のマリは分かっている……俺の胸をガンガン突いてきている……）
　平静を装いつつも内心で悶絶するカイ。歩みが遅れ、紗希に何度も取り残されそうになる。いや、普段は取り残されてしまうのだが。
「どうしたの？　さっきから変な顔してるけど」
　今日の紗希はちゃんと引き返してくる。調子のおかしいカイを気遣おうとすらしてくる。カイは慌てて首を振った。
『何でもねえ。何でもねえよ。……強いて言うなら、今日はアイツ来ないんだな』
　二人とは少し離れたところで暮らしている、もう一人の英雄。買い物の時にはひょっこりと現れて、カップ麺とか大量に買い込んで紗希と共にカイに荷物持ちを押し付ける小悪魔女が居るはずだった。
「何言ってるの？　今日は一日中バイトだって言ってたじゃん？」
『そ、そうか』
　カイは戸惑いを掻き消すように何度も頷く。都合がいい。出来過ぎている。誰の邪魔も受けず、こんなに素直な紗希と新婚のように新しい調理器具を選ぶ。いつかいつかと思い描いていたような一瞬だ。
（……ま、待て。これは幾らなんでも……マズいのでは？）
　咄嗟に周囲を見渡す。見知らぬモブ系家族連れが沢山だ。普段のようにどつかれながら買い物をする分には、煙たがられる親父と実の娘のように見えるかもしれない。
（これじゃあ……イケない犯罪のカホリがするのでは……）
　いよいよ思考の歯車が狂ってきているが、もうカイは気付かない。とうとう紗希に頭をこつんと小突かれてしまった。
「ねえカイ、さっきからどうしたの？　話しかけてるのに」
　普段なら尻に割と強い膝蹴りが入ってるところだ。それを思えば今日は余りにも優しい。カイは何やら泣けてくる気分になった。
『な、何でもねえよ。フライパンは決まったのか？』
「うん。と言ってもいつも買ってるフライパンだけどね。フライパンはやっぱりこのブランドじゃないと」
　そう言って、フライパンを抱えた紗希はレジまで歩き出す。
「次は食材買いに行くよ。今夜はハンバーグにするね。新しいフライパンだから、すごく上手く作れる気がするんだよね」
『ハンバーグ……』
　普段は表面が焼けすぎだったり、割れてしまったり、何かと減点ポイントのある紗希のハンバーグ。しかし、今日こそは何だか期待が持てる気がした。
『ハンバーグ……！』

●料理に愛は込もってましたか？
　カイはちゃぶ台の前に座り、待てと言われた犬のように鼻をひくつかせていた。台所から漂ってくる香ばしい匂い。油の弾ける音。聞いているだけで口元から涎が垂れそうだ。
（あー、最高ではありませんかねぇ……）
　普段なら風呂掃除をさせられているタイミングだから料理をしている背中を見る機会など無かった。JKがエプロンつけて料理している背中を眺めている。自分は一体どこのラブコメ星系の主人公となってしまったのだろう。買い物を終えてすっかり舞い上がったカイは、そんな事まで考え始めていた。
「やった！　出来た！　過去最高の出来！」
　自分の料理を見て盛り上がっているのも風情がある。屈折しない紗希はこんなにも屈託がなく愛らしい仕草を見せるのか。カイは小さく震えた。紗希は素早く盛り付けを済ますと、軽やかな足取りでプレートをカイの前に差し出す。
「はい、どうぞ」
『ん？　これ……』
　カイはハンバーグの形を見て首を傾げる。それは、どこからどう見てもハート型だ。バレンタインデーの日に食べさせられた、真っ二つに裂けたハートではない。中心がふっくら膨れ、チーズのとろけた円満なハートだ。
「バレンタインデーの日さ、ハート形のハンバーグ作ろうとしたけど割れちゃったでしょ。フライパンも新調したし、リベンジ……と思って」
『あああ……そんな事もあったよな……』
　まあばっちり覚えていたのだが、そこは忘れていたフリをする。だが歓喜のあまり目頭は熱くなる。その涙をごまかすように、カイは突っ張った。
『バレンタインデーの時から思ってたんだが、そもそも、何でハンバーグなんだ？』
「だってカイ、甘い物嫌いじゃん？　私の料理のレパートリーで、一番喜んでくれそうなお料理って、これかなぁ……って思ったから」
『うっ』
　頬をちょっと赤くして、照れを隠して紗希は横を向く。しかしその口からはストレートな思いが駄々洩れである。カイは胸が締め付けられるような気がした。
『別に、チョコレートでも、マリが作ったんなら俺は喜んで食うけどな』
　本当に大人げないと自嘲しつつも、カイは素直になれずにまた突っ張る。そうすると、紗希はいよいよ耳まで赤くして、ぼそぼそと呟く。
「好きな人の嫌いな食べ物なんか、作んないよ……」
『ふごもっ』
　いよいよカイは変な鳴き声を上げる。足蹴にされながらも常に思い描いてきたゴール。気付けば、彼はそのテープを破っていたのだ。耐え切れず、カイはおいおいと泣き始める。
「ちょ、ちょっと、どうしたの？　ダメだった？」
『……夢みてえだ……』
　カイはぽつりと呟く。その瞬間、世界が全て静止した。換気扇の回る音が途絶え、ハンバーグから漂う匂いも断たれる。紗希もカイの顔を覗き込もうとしたまま、中途半端な姿勢で固まっている。カイは茫然としたまま、その右手を頬へと伸ばす。
『夢……？』
　頬をつねってみる。痛いような気がしたのも束の間、指の感触は消え去り、それどころか全身が金縛りに遭ったかのように動かなくなる。ついにカイは触れてはならない真実に気づいてしまった。
『夢……！』
　正気度チェック。耐えられなかったカイは、思わず世界全てに響き渡る絶叫を放つ。
『Nooooooooo！』
　その瞬間、目の前の世界が捩じ切れ、暗転する。闇の中に放り出されたカイは、涙を零しながら底へ底へと落ちていくのだった。

●夢なら覚めてほしいですか？
『のぉぉぉっ！』
　叫びながらカイは目を覚ました。しんとした静寂が狭い寝室に立ち込めた。夢。あの幸せな一時は全て夢。寝起きの重たい頭がカイにその事実をぐりぐりと突きつけてくる。カイは青褪めて再び絶叫した。
『嘘だ、嘘だぁあああ！　嘘だそんなことぉー！』
「うるせぇ！」
　ガラッとふすまが開かれ、小さな鍋がすっ飛んでくる。正確無比なコントロールで鍋の底が頭にクリーンヒット。怪我はしないが頭は痛い。カイはその場で昏倒した。
『うげぇ……くそ。今まさにこの瞬間こそが夢じゃないのか……？』
「何ぶつくさ言ってんの？　もう朝ごはん作っちゃったんだから早く起きてよ」
『はい』
　空返事をしながら、カイはむくりと起き上がる。現実は非情であった。
『あー……起こすためにテディベア投げられたい人生であった……』
　カイはのろのろと居間まで向かう。ちゃぶ台の上に朝食の準備は整っていたが、何やら妙に焦げ臭い。見れば、表がまっくろくろすけな塊が皿の上に乗っている。隣にはそこそこ綺麗な焼き色のムニエルが。カイは恐る恐る尋ねた。
『あのー、何ですかね、これは』
「わかんないの？　白身魚のムニエルだけど？　冷凍してたけどそろそろ怪しくなるから使わなきゃと思って」
『いや、あの……こんげこげになっとりますが』
「しょーがないでしょ。フライパンのテフロン剥げてるんだから」
『ええ……』
　そんな事は言っているが、紗希の分は割と上手く焼けている。カイの分ときたら外は焦げ焦げのくせに中は少々生焼けともうどうしようもない出来になっている。半解凍のまま無理矢理作ったに違いない。英雄だから食べてもあたりはしないが。
「食べ終わったら朝一でデパート行くよ。新しいフライパンとか買わないと」
　リンゴの皮をむきながら紗希は言う。カイは畏れ多くも申し上げる。
『えー、あの。マジで食わなければならないのでしょうか……？』
　刹那、目の前に鋭く包丁が振り下ろされる。包丁は木のテーブルに鋭く突き刺さり、びぃんと剣呑な音を立てた。
「あ？」
『……ナンデモナイデス』
　食べない事さえ許してくれない。ある意味でそれは愛情なのかもしれない。しかし幸せたっぷりの一日を過ごしたカイにとっては酷な話だ。しかし、目の前に刃がギラリと光っていては、口応えさえままならない。
　本物の紗希が夢の中に出てきたようになるのはもっと先の話らしい。いや、一生訪れる事が無いのかもしれない。俯きながら、カイは箸を手に取った。
『イタダキマス』

　失敗ムニエルは涙の味がした。



　おめでたきDreamer　おしまい



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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カイ　アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)
御童　紗希(aa0339)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵　企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
やれとおっしゃったのでやっときました。
カイさんの理想ってどんなんだろう……と思いながら書いていましたが、もしかしたら無難なところに落ち着いてしまったかもしれないなどと思いつつ。夢から覚めて現実を突きつけられた瞬間から逆算で描いた結果こんな感じになりました。
何かありましたらリテイクをお願いします。

ではまた、御縁がありましたら。

パーティノベル

影絵　企我

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2018年10月22日