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『■其ハ、誰ソ彼時ニ。 』
エアルドフリスka1856)&ジュード・エアハートka0410




「う〜ん。今回の依頼は、ちょっと大変だったね」
 ハンターオフィスを出たジュード・エアハート(ka0410)は細い指を組み、澄んだ秋空へ大きく伸びをする。
「そうだな。お疲れ様だ」
「エアさんも、お疲れさま!」
 続いて扉をくぐったエアルドフリス(ka1856)が同意すると、ジュードは肩越しに疲れを感じさせない笑みを返した。
「さて。問題は、この後だが」
 エアルドフリスが傍らへ並び、そのまま二人は並んで歩き出す。
 夕暮れが近いリゼリオの街は遅い買い物をする人々や、一日の仕事を終えて片付けを始める店もあって、雑然としていた、
「今から食事を作るのもな。どこかで食べるか、何か買っていくか……」
「食べたいものとか、ある?」
「今は特にないね」
「うん。実は俺も、思いつかなくて」
 ちょっと困った空気を混ぜて、傍らの横顔を見上げる。
 ひどく腹が空いている訳でもない――というのも、億劫になる理由の一つだ。
 とはいえ、あっさり軽食で済ませてしまうのは少々味気ない。
 テーブルを挟む相手がいるなら、なおのこと。
「歩きながら、決める?」
「それもいいかねぇ」
 相談に他愛もない会話をまじえながら、賑やかな通りをそぞろ歩く。
 路上にまで張り出した陳列台やカフェスペースを避け、古い壁面を補修する足場を迂回し。
 時おり道の真ん中を過ぎる馬車や荷車は路肩に寄り、足を止めて見送った。
 よくある、平凡な日常の光景。
 そんな雑踏の中で、「あぁっ!」と短い悲鳴のような声が上がる。
 目をやれば、若い女性が底の抜けた紙袋を抱き、穴から零れ落ちるリンゴになす術なく狼狽していた。
「わぁっ、大変だ!」
「ずいぶんと、活きのいいリンゴだね」
 彼らの足元まで転がってきた一個をエアルドフリスが拾い上げ、ジュードは道の反対側まで弾んでいった数個のリンゴを追いかける。
 車輪に潰されそうなリンゴを『救出』する姿を横目で見ながら、エアルドフリスも足元に転がった数個を拾い、持ち主の女性へ渡した。
「うぅ、やっちゃった……すいませんっ。美味しそうで、つい買い過ぎちゃって……」
「旬の物なら致し方ない。代わりになりそうな袋か籠は……」
 わいわいと周囲にいた者たちもリンゴを拾い集め、近くの店番が手頃な麻袋を持ってきて、あっという間にハプニングは収束する。
「ありがとうございます。あの、よければもらって下さい」
 麻袋に入りきらないからと、女性はリンゴの一つをエアルドフリスに渡した。
 近くにいる人々にも同様に配って、彼女は恐縮しながら去っていく。
「さて、あのリンゴの行く末はジャムかパイか……」
 手元に残されたリンゴから、傍らのジュードへ視線を移すが。
 いるはずの相手は、そこにいなかった。
「ジュード……?」
 人が行き交う通りの反対に目を凝らしても、見慣れた人影はない。
 ただ沈みかけた夕陽が、街に深い影を刻んでいた。




「これで最後の一個、と」
 ずいぶんと転がっていったリンゴを拾い上げ、ジュードはそれを軽く袖で拭う。
 そして、いざ返そうと振り返れば。
 リンゴを落とした女性も、拾っていた人たちもいなくなっていた。
 それどころか、長身の連れの姿も見えない。
「エアさん……? どこに行ったんだろ」
 きょろきょろと、ジュードはあたりを見回す。
 通りを行き交う人の流れは相変わらずで、街の風景に変わりはない。
 ただ、いつの間にか石畳には長い影が落ち、日没が近い事を告げていた。
「面白がって、どこかに隠れてる……とかだったら、怒るよ?」
 頬を膨らませてみても、エアルドフリスが現れる気配はない。
 からかわれているのか、はたまたリンゴの女性に誑か(たぶらか)されでもしたのか。
 後者はあながち「ない」と言えないのが、何ともだが。
 けれど、いつも彼がまとっている煙草の香りも――ついさっきまでジュードを包むように漂っていたはずなのに、遠かった。
「エアさん……っ」
 大声で名を呼ぶのも迷子のようでためらわれ、でも小さく口にしてみる。
「エアさん、どこ?」
 胸の奥でジワリと広がる、小さな不安。
 それに背中を押されるように、ジュードは黄昏の街へ歩き出した。

   ○

「やれやれ、迷子か」
 しかしこの場合、果たしてどちらが迷子にあたるのか。
「もし見ていたのなら、教えてはくれないかね……といっても、相手がキノコではな」
 聞かれた路傍のパルム達は「きゅー」だの「にゅー」だの鳴きながら、頭を左右にゆらゆらさせている。
 ふと魔道スマートホンを取り出しかけるが、それも大袈裟かと思い直す。
 リゼリオの繁華街で、はぐれた程度の事だ。いくらなんでも過保護が過ぎる。
 いざとなれば一足先に彼の菓子店へ行ってもいいし、自分のねぐらで待つのもアリだ。
「だとすれば、いっそ状況を楽しむとしようか」
 どこか面白がる口調で呟き、人通りの少ない路地を選んでエアルドフリスは進み始める。
 さながら、かくれんぼで隠れた相手を捜すように。

   ○

「ああ、もう。ここどこ!?」
 リンゴを持っていない方の手を壁に突き、うなだれる。
 いくらリゼリオが広い街だといっても、見知った賑やかな通りから少し外れただけでこんな事になるなんて、ありえない。
「エアさんどころか、来た道まで見失うなんて」
 夕暮れ時の混雑もピークを過ぎたのか、いつの間にか歩いていた人々もいなくなり。
 橙色の日差しと、長く濃い影だけが街路を覆っている。
 確か、東方にはこの時間帯を示す呼び名があった。
 ――逢魔が刻。
 思い当たった一瞬、背筋に薄ら寒い感覚を覚えたが、頭を左右に振る。
 落ち着こうと大きく深呼吸をして、改めて街並みを見回した。
 建物に挟まれて、空と路地の先しか見えず、見慣れているはずなのに知らない風景。
「今の時期なら、カボチャ頭の行列とか出てきてもおかしくないかも」
 言霊という訳ではないが、あえて独り言を呟くと。
 不意に、視界の片隅で何かが動いた気がした。
 ぱっと振り返れば、「にゅいにゅい」「きゅーきゅー」鳴くパルムが数匹、風船のようにふよふよ漂い流されていく。
 リゼリオでは不思議でも何でもない光景なのに、それが妙におかしくて、思わずくすりとジュードは笑った。
 そして、光と影が交差した『路地迷宮』の探索を再開する。
 先で待つのがおとぎ話でもホラーでも、どっちに転んだって気にしない。
 彼がいない今より酷い状況なんて、滅多にないから。

   ○

 秋の黄昏時は落日が早いくせに、時間の感覚が狂う。
 別れてから随分と時間が経った気もするし、思うほど過ぎていない気もする。
 慌てなくても、幾らもしないうちに会えるだろうと高をくくっていたが、彼の影すらまだ見いだせていない状況。
(人ならざる者の仕業……とも、考え辛いのだが。リゼリオで不可解な失踪でも起きれば、噂か何かの形で耳に入るだろうし)
 しかしハンターオフィスでも薬局でも、もちろん友人達の間ででも、そんな話は聞いた覚えがない。
「もし悪戯のつもりなら返してくれないかね。これからの時期、一人寝は寒いんだが」
 嫌な思考を断つように、姿なき相手へそれとなく愚痴る。
 たとえ千歩譲っても、今の彼は姿のない存在あるいは実体のある何者かに、安易に浚われるような手合いでもない。
 ――それより。前触れもなく見失っただけで、何を疑心暗鬼になっているんだか。
 探し物をするなら、最初の場所へ。
 ふと頭の片隅に浮かんだ故事にのっとり、踵を返した。
 来た路地を引き返しながら雑念を払い、余計な気配を排除し、意識を凝らす。
 石畳に響くのは、ブーツの音。
 ゆっくりと重い足取りと、それより間隔の短い軽快な音。
 少し遠くから聞こえる軽い靴音は徐々に早くなり、そこの角の先まで近付き。
「エアさんっ!」
 耳に心地よい声が名を呼び、胸に飛び込んできた。




 街の喧噪が、急速に戻ってくる。
 飛びついた拍子に落ちたリンゴを、少し身を屈めてエアルドフリスが拾い上げた――もう片方の腕には、細い腰を抱いたまま。
「……この場合、おかえりと言うべきかね」
 怒る訳でもなく、問い詰められもせず、普段と変わらぬ調子で彼は思案する。
「思ったより遠くまで、リンゴを拾いに行っていたようだね」
 ここまで導いた香りを吸い込んだジュードは顔を上げ、小さく笑んだ。
「集めたリンゴ、返さなきゃ」
「それなら問題ない。持ち切れないからと、逆にもらってしまったよ」
「じゃあ、アップルパイか焼きリンゴか……エアさんはリクエストとかある?」
「難しい質問だな。でもそれは、夕食でも食べながら考えるとしよう」
「そういえば、俺もお腹が空いたかも」
 安堵したせいか歩き回ったためか、改めて空腹を覚えた二人は賑やかな雑踏に加わる。

 ――あの黄昏の空白は精霊の悪戯か、それとの別の現象なのか。
 何だったのかは、分からぬまま。

 夕陽は既に西の地平へ隠れ、空を残照が染める。
 薄暗闇に紛れながら、パルム達がふよふよと漂っていった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【PCID / 名前 / 性別 / 外見年齢 / 種族 / クラス】

【ka1856/エアルドフリス/男/30歳/人間(クリムゾンウェスト)/魔術師(マギステル)】
【ka0410/ジュード・エアハート/男/18/人間(クリムゾンウェスト)/猟撃士(イェーガー)】
おまかせノベル -
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2018年10月22日

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