▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Mind does not change. 』
フェイト・−8636

 朝が来た。
 普段どおりの穏やかな朝であったが、フェイトにとっては慌ただしいものとなった。
「な、なんで目覚まし鳴らなかったんだ……っ」
 目が覚めてスマートフォンへと手を伸ばし、画面で時刻を確認すると、笑えない時間であった。
 慌てて飛び起きたフェイトは、身支度も適当にそんな独り言を漏らしながら部屋を出て、朝食なしの状態だ。
「……ああ、もう……っ アメリカに居た頃のほうが、ちゃんと起きれてたな……っ」
 アパートの階段を駆け下り、その先も走りながら独り言を続ける。
 途中で何かに気づいて、彼は視線をわずかに落とし口を噤んだ。

 ――ユウタ。起きろよ、朝だぞ。

 そう言って、起こしてくれる存在がフェイトには居た。
 テーブルの上には毎日必ず朝食が用意されていて、彼はそれを食べて出勤していた。
「恋しいなぁ……」
 トーストと卵料理とベーコン。それからコーヒー。
 シンプルながらも温かい朝食を作ってくれていた人物は、元同僚であり、恋人でもある一人の男性だ。
 料理上手で顔が良くて――何から何まで良く出来た男であった。
 そんな彼が、何よりの存在として選んでくれたのが自分だった。

 ――いつでも会えるさ。

 そう言って、笑って送り出してくれた彼の顔を、忘れた日など無い。
 あの言葉を笑顔が記憶に強く残ってるからこそ、寂しくともやっていけるのだ。
「……っと、まずい、遅刻しそうだったんだっ」
 いつの間にか歩みが止まっていたフェイトは、再び走り出して職場へと向かった。

 IO2日本支部は、本部に比べるとかなりの人手不足であった。
 それ故に、フェイトに割り当てられる任務が多く、休暇も潰されてしまうことが多々ある。
「あぁ……流石に腹減った……」
 職場について早々に任務を与えられたフェイトは、やはり今日も一人きりでそれをクリアした。
 朝食抜きだったために、一息ついたところで腹の虫が鳴く。
「やっぱり何か食べておこうかな……午後も任務あるしな……」
 そんな事を言いつつ、フェイトは腕時計に視線をやった。
 午前11時過ぎ。朝食というには遅すぎるが、何も食べずに午後を迎えるよりは良いと判断した彼は、馴染みの喫茶店へと足を向けた。
「いらっしゃいませ」
 ドアベルを鳴らして扉を開けると、奥から優しい声が出迎えてくれた。
 長い付き合いになる知り合いは、この喫茶店のマスターを務めている。美形のマスターとして近所では有名だ。
「そろそろ、来てくれると思ってましたよ」
 マスターがにこにこと笑いながら、フェイトが注文をする前にホットサンドとコーヒーが差し出された。
「妻が作っておいてくれたんです」
「今日、寝坊しちゃって朝抜きだったから嬉しいです! 早速ですけど、頂きます!」
 フェイトは目の前の朝食に手を合わせ、元気よくそう言ってから温かいホットサンドを口にした。そしてコーヒーを飲んでから、大きなため息を吐いた。
「あ〜……生き返る……」
「相変わらず、忙しそうですね」
 カウンターごしに立つマスターがそう言った。その表情は心配顔だ。
「うん……最近、ちょっと色々立て込んでて……」
「勇太君は昔から頑張りすぎるところがありますから、無理はダメですよ」
 マスターの言葉は、穏やかな声だった。
 彼の優しさを頷きと共に受け入れて、再びカップに口をつける。
「……確かに、余裕なんてなかった気がする……。会いたい人にも会えないし」
「おや、それは初耳ですね」
「あ、いや……ええと、その……」
 マスターの言葉に、フェイトは焦って言い繕おうとした。うまく纏まらずに、言葉の並びが悪くなってしまう。
 対するマスターはそんな姿のフェイトを見ながら、楽しそうに微笑んでいた。
「あ、そうだ。……マスター、ごちそうさまでした。また改めて来ます!」
「ええ、待っていますよ」
 マスターと話しているうちに、フェイトはとある事を思いついてしまった。
 そして彼は慌てるようにして立ち上がり、テーブルの上にモーニング代をきちんと置いて、小走りで店を出ていく。
 マスターは笑みを崩さず、そんな彼を見送ったのだった。


 23時過ぎ。午後からの任務がようやく終了した。
「つ、疲れた……」
 アパートの部屋に戻ってこられたのは、それから更に30分が過ぎた頃だった。
 さすがのフェイトにも、疲労が見える。
 上着を脱いで椅子の背もたれにそれを置くと、内ポケットから何かがするりと滑り落ちてきた。
「あ、と……こっちに入れてたんだっけ……」
 フェイトは床に落ちたそれを慌てて拾い上げ、そのまま傍のベッドへと倒れ込んだ。
 思っている以上に、疲れが出ているらしい。
「……シャワー……浴びなくちゃ……」
 言葉が既にたどたどしい。見る間に瞼が重くなっていき、フェイトはそのまま眠り込んでしまう。
 そこから時間は流れ、やがて朝になった。
 窓の外から、鳥のさえずりが聞こえてくる。
 それをぼんやりとしながら聞いていたフェイトが、ゆっくりと意識を覚醒させていた。
 ――ピピピピ……。
 スマートフォンが鳴った。
 その音が合図になったかのように、フェイトは体を起こしてそれを手にする。
「!」
 画面に浮かんでいる文字を見て一気に覚醒した彼は、慌てて通話ボタンを押して耳にそれを持っていく。
『モーニン、ハニー』
 何ヶ月ぶりになるのか。
 耳に心地よい声があった。すぐには聞くことが出来なくなってしまったその声の主は、ニューヨークから電話を掛けてくれていた。
「おはよう。そっち、まだ夜でしょ?」
 時計を確認しつつ、フェイトはそう言った。もちろん、嬉しいという感情は抑えつつだ。
 向こうとは13時間も時差がある。相手側は当然、夜の時間帯だ。それでも、夕方の任務がちょうど終わったくらいかと考えていると、だいたいそんな時間帯だと返事があった。
『そっち、どうだ?』
「うん、昨日はちょっと苦労したかな。でも、そっちにいた頃とあんまり変わらないよ」
 何気ない会話であっても、こんなにも嬉しいと感じる。
 そう思いながら、相手の声に張りがないような気がして、フェイトは顔を上げた。
「なんか、元気ない?」
『いや?』
 問いかければ、即答であった。
 逆に取れば、こういう時の『彼』は、嘘をついている。
「何かあったんじゃないのか」
『……そうだなぁ。お前が居ないからな』
「!」
 そう返されて、フェイトは瞠目した。
 彼もまた、もどかしいと感じているのかもしれない。
 当たり前なのだ。嫌いになって別れたわけではないのだから。
「俺だって……寂しいよ」
『わかってる』
 元々、研修期間としての本部配置だった。
 その決められた時間が終わりを告げたために、本部から日本支部へと異動してきた。それだけの事だったのに、あちらで得たものは、フェイトが思っていた以上のモノであったのだ。
『なぁ、ユウタ』
 彼がフェイトを呼ぶ。プライベートの時は、いつも本名を呼んでくれた。彼が呼ぶその響きが何より好きだと思いながら短い返事をする。
『好きだよ』
「……うん」
 ――俺もだよ。と心で続けながらの返事だ。
 どんなに離れていても、自分の気持は変わらない。
 相手もきっと、同じだろうから。
『会いに行くからな』
 そんな言葉に、フェイトは小さく笑った。
 彼が会いに来てくれる前に、自分からのサプライズを用意した。当日までは明かさないつもりだ。
 そして彼は、寝落ちる直前に床から拾い上げてそのままでいた、あるものへと指を伸ばした。
 昨日、喫茶店で思いついた事のそのものでもある。
 彼の指先にあるものは、一枚の航空チケットであった。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【8636/フェイト/男性/22歳/IO2エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お久しぶりです。この度はご依頼ありがとうございました。
視点違い的なお話を書かせて頂けて大変嬉しかったです!
少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
また機会がございましたら、よろしくお願いいたします。

紗生
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.