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『それは、もう一つの結末。 』
橋場 アイリスja1078

 ――狂乱の喧騒――

 それが天使の兵なのか、悪魔の兵なのか、そうではない何かなのか、最早判別は付かない。
 ただ、それに襲われている只中である人間らにとっては、そいつらは人間を喰らうおぞましい怪物であり、日常を破壊した慈悲なき侵略者であり、それ以上もそれ以下もなかった。
 言葉も通じず、命乞いも顎の露に消える。老若男女の隔たりなく、ただ人間というそれだけで、人間は化物に無残なほど食われてゆく。

 橋場 アイリス(ja1078)は。
 そんな悲劇の渦中にいた。
 その日は月蝕の日で。
 ドス赤い月が、印象的だった。

 かつ、こつ、ヘモグロビンが染み込んだアスファルトを、少女のブーツが踏み犯す。
 生者の気配。倒れた者らに覆い被さっていた化物が、血濡れた顔を持ちあげる。
 刹那だった。その首が椿のように落ち転がる。その化物だけでなく、周囲の化物を諸共に含めて。
 アイリスは――少女の形をした何かは――顔色一つ変えることなく、幻想的な銀の髪を月蝕の夜に靡かせる。その煌きに誘われるように、化物共が暗がりから湧いて出る。

 ――造作もない。

 物言わず、歩みを止めず、襲いかかって来る煩わしい異形共を、片っ端から斬り捨てて行く。
 それは正義の執行ではなく、人間を助ける為でなく、ただ、抜き身の刃がゆえに斬るというものだった。
 既にアイリスは“ただの剣”。夢も理想もガランドウ。武器は言葉を口にしない。口にして、願って祈って足掻いた先には空虚しかないのだと、既に彼女は知っていた。
 無機質なほどに仄暗いアイリスの目は、敵の黒山が唯一染まり切っていない場所を見詰めていた。
 子供が抱いていたのだろう人形を踏みつぶし、化物を斬り、返り血に染まり、倒れている人間の生死を確かめることも、救助に来たと声を張ることもなく、歩き続ける。

 人を斬らないのは、人が既に喰われ尽くされているから。
 唯一陥落していない場所に向かっているのは、斬れるモノが集まっているから。

 ……ただ、それだけ。

 アイリスが化物を斬って斬って斬り続けても、それらは無尽蔵に湧いてくる。
 知能はケダモノ並のようで、阿修羅が如き剣技を見せるアイリスに、それらが臆することはない。新鮮な肉。ただ、そんな風にしかアイリスを見ておらず、誰かの血と脂でぬめった牙を剥き出して、襲いかかって来るのだ。その報いは死と果てるのだが。

「――」

 アイリスの唇は引き結ばれたままだ。息を弾ませることもない。これよりもおぞましい窮地には何度も何度も遭遇した。化物に襲撃されて町が壊滅、そんなの、よくある悲劇じゃないか。
 そう、だから……
 抱き合ったまま事切れている夫婦の亡骸も、そんなありふれた悲劇の一欠片。
 この町に来て初めて、アイリスの瞳が前以外を向いた。感傷も懺悔も何もない。ただ、体が残っているのは奇跡のような幸いだろうとだけ感想を抱いた。食い尽くされて骨も残らぬ犠牲者もいるだろうに。
 そしてアイリスには死体を嬲る趣味はなかった。だから視線はすぐに亡骸達から外れ、目的地を見据えた。

 ――靴音と、化物の唸りと、それが斬り捨てられる断末魔――

 目の前の有象無象を切り裂いた先に、おそらくこの町最後の生存者がいた。
 それは、少年と少女である。
 少女の方は銀の髪が印象的だが、その顔は髪の色よりも白く染まっていた。一見して致命傷は見られないが、ぐったりとしたまま目覚めない。
 少年の方はそんな少女を大切に抱いて、もう片方の手には折れた剣を握り締め、砕けた切っ先を化物共に突き付けている。少年の全身にはおびただしいほどの傷があり、血で染まっていない部分を探す方が難しかった。
 二人は化物共に取り囲まれ、絶体絶命。歯列を噛み締めた少年は化物を睨み付けるも、その刃は震えていた。

 直後。
 ひときわ巨大な化物の鋭い爪が、少年の薄い胸をいとも容易く貫いて。

「う、――!?」

 少年のくぐもった悲鳴、口唇の隙間から噴き出した鮮血。
 アイリスが動き始めたのは、化物が彼から爪を引き抜いた瞬間。
 その化物の胸に、アイリスが投げ付けたオリエンスの魔剣が突き刺さる。
 乱入者に化物共が一斉に振り返った。途端、飛来する干将莫邪の刃が回りながら、それらの首筋を切り裂いてゆく。
 血飛沫の雨に隠れて、あるいはその血を吸うように、ブラッディクレイモアの重い刃が磔刑の杭の如く化物を貫く。
 それから、次はツヴァイハンダーFEが、別方向の化物の脳天に突き刺さった。

 瞬く間の蹂躙劇。

 獲物に突き立てられた剣、そしてそれを放った主も、刀身の色が分からないほどに血で染まっていた。
 血の滴る最中、アイリスは残った巨躯の化物共を見上げる。雑魚の掃討は済んだ。後は、こいつらだけだ。数は三。容赦は、しない。慈悲も感嘆も、救済もない。

「――ッ!」

 血のようなアウルを燃焼させる。アイリスが被った数多の血は、天然のカモフラージュにして戦武装。赤い月の夜に身も心も紛れ溶け、目で鼻で辿ることを赦さない。
 一瞬の間に巨体の背後に回り込み、その胸に力の限り刃を突き立てる。流し込むアウルによって超常の切れ味を得た剣は、巨躯の骨すら薄紙のように両断した。

 ――はて、私はこんな巨大な、黒い刀を持っていたか。

 愚鈍な巨体を蹴り飛ばして、躍りかかろうとしていた奴等への牽制とし、アイリスは強く地を蹴り跳び出した。倒れゆく一体目を足場にして、姿勢を崩した二体目へ――擦れ違うと同時に、その首へ刃を一閃。赤く赤く、散華させる。

 ――私はこんな赤い片手剣を持っていただろうか?

 疑問は、最後の一体の猛烈な咆哮に掻き消える。それは同胞を全てやられた悲哀の嘆きか、刺激された闘争本能が成した獣性か。
 ビリビリと空が震える。アイリスは平然と、その正面に立ちはだかる。

「……だれだ、あんた」

 咆哮の残滓が未だ大気を戦慄かせる中、掠れた少年の声が、アイリスの背に投げかけられた。
 それは羅刹が如き戦劇への畏怖か、窮地を救わんとしているように見える救世主への驚嘆か。

「……――」

 良く生きているものだ。そんな感想だけを抱いて、アイリスは何も答えなかった。
 なぜならば、「貴方は誰」に対する「答えがない」からだ。

(私はすでに、誰でもないから……)

 名前も。
 夢も。
 理想も。
 希望も。
 願いも。
 誓いも。
 理由も。
 意味も。

 もう、何もない。ここには何もない。

 まっさらだ。
 まっしろだ。

 ――ただ、冷たさだけがそこにある。

 彼女が最後に握り締めたのは、そんな彼女を表したかのような、深く冷たい、どこまでも白い、凍て付いた剣だった。
 返り血すらも凍る剣で、最後の化物を両断し。
 これにて、御仕舞。剣は全て消え果てた。
 どさり、背後で倒れる音。
 嗚呼、泡沫の泡として消えるこの身が、見られなくて良かった。
 ひとりきり、月蝕が終わりゆく月を見上げた。
 美しいまでの黄金色。まぶしくて、まばゆくて。
 静かに瞼を降ろした。劇の最後には必ず、幕が下りるように。
 カーテンコールもアンコールもない。
 瞼の裏という生暖かい闇。それだけが、ここにある。

「……さようなら。最後に、救わせてくれて、ありがとう」




『了』




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橋場 アイリス(ja1078)/女/17歳/阿修羅
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2018年10月22日

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