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『空に丸い月 』
砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192

 二〇一八年秋。
 それは、砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)が冥魔空挺軍ケッツァー入団を認められてベリアルの配下になってから、一年と少しが経ったことを示していた。

「もう一年……かぁ……」

 甲板で一休みしつつ、竜胆は夜空を見上げて呟いた。夏が終わり、夜になるのも早くなってきた。茹だるような暑さも嘘のようになくなり、この時間帯になると肌寒いほどである。「う、寒っ」と身震いしつつも、竜胆はこの一年を何となく振り返る。
 初めて叶った夢――久遠ヶ原学園を卒業して――とにかく、とにかく忙しかった。なにせ新人、覚えることが山のようにありすぎる。ので、この一年に想いを馳せると、「いやぁ大変だったなぁ……」というしみじみとした気持ちになってくるのだ。ちなみに言うと今日もあれやこれやとやることがたくさんあった。
「ふぅ……」
 ぐ、と伸びをする。次いで首を回していると――夜空に丸く浮かぶ月が目に映った。丸い、と言ったが完全な満月ではない。明日か明後日にでも満ちそうな月だ。
「わー……綺麗」
 思えば仕事でバタバタしていて、叶った夢に張り切りすぎていて、月をのんびり眺める余裕もなかったような。ちょっとそのことを反省しつつ――そうだ、と竜胆は手を打った。

 お月見でも準備してあげるか。

(お頭も皆も何かと理由つけて宴会するから、特別感はないかもだけど……)
 なんて心の中で苦笑しつつも。折角、人間と冥魔と天使とで平和条約を結んだのだ。お互いの文化を楽しむことがあったっていい。
 とはいえ、だ。
(何準備したら良いんだっけ……)
 お月見、と言われても漠然とイメージは湧くが、細かい話になるとどうにも。というわけで文明の利器、スマートホンを取り出した。なお、電源はポータブルソーラー発電機を持ち込んで確保しているのだ。ちょちょいっと慣れた手つきで検索検索。
「……ススキに団子、野菜や果物? ふんふん……」
 色々、調達に行く必要がありそうだ。どういう風にしようかなぁ、と早速想いを馳せつつ。ちょうど明日は非番だ。明日は早起きをして頑張ろう。

 イベントって、最中はもちろん楽しいけど、計画してる時も最高に楽しいよね。

 喜んでくれるかな、楽しんでくれるかな、と考えつつ。
 というわけで有言実行なのだった。
 こんな朝っぱらからどこいくんだ、と仲間の言葉に「ちょっとね」と濁しつつ――今は、人気和菓子屋店に早朝から並んでいる。折角なのだから妥協しない男。ここの和菓子屋店の月見団子は超名物とネット知識でゲットしたのだ。
 だがしかし(菓子なだけに)。
(和菓子屋とか苦行だわ……)
 竜胆は甘いモノが大の苦手なのである。あのあま〜いにおいを嗅ぐだけでウッとなるのである。
 それでも竜胆は仲間の笑顔の為に頑張った。皆の笑顔の為だから……と甘いにおいを我慢した。
 最初の難関にして、最大の難所さえ突破してしまえば、後はどうにでもなる!

「さて次は……と」
 あらかじめスマホ内のメモ帳機能につけておいた文字を確認。ピックアップした月見料理のレシピと、その材料。要はその材料調達。つまりは月見うどん。あと、ちょうど季節なので柿も。もちろん酒も忘れちゃいけない。皆、お酒が大好きだから。
 折角なので安いものを揃えるよりも、いいものを揃えたい。ちょっと意識の高いスーパーに行ってみたりなんかして。お酒も酒屋に寄ってみたりなんかして。

「……ふう」
 ふう。そう、「ふう」と口から出るような状況だ。
 なにせ大人数の食材と酒。両手いっぱいどころの話じゃない。めちゃくちゃ重い。撃退士の膂力でなければ潰れている。
「重……ッ……」
 装備コストのオーバーしたV兵器でガッチガチにフル装備した時みたいな……。
 でも、あとは帰るだけ――なんてことはない。
 あと一つだけ、やることがある。

 というわけで――竜胆は重たい荷物にゼェハァしつつも、とある山野に訪れていた。
 時間はもう、すっかり夕方になっている。早めに切り上げなきゃ……と思いつつも。
 坂道を登った先の光景に、竜胆は一瞬、呼吸を忘れた。

「わ――あ……」

 広がっていたのは、夕暮れ時の光に眩いほど輝く、ススキの野原。穂先はキラキラ黄金に煌き、コオロギの音色と共にそよいでいる。
 スマホスマホ。竜胆はすぐにポケットをがさがさして、スマホを取り出すと、その光景を写真に収める。
 それから、荷物を一度降ろして、休憩がてら景色に見入った。赤とんぼが静かな空を過ぎっていく。向こうの山に、赤い太陽が沈んでいく……。
(ああ、秋だな〜……)
 人が変わっても自然のは変わらないのだ――なんて、ちょっとセンチで哲学なことを頭に思い浮かべてみたり。
 ……さて。
 帰りを待っている人達がいる。正しくは“ヒト”ではないんだけども。
 ススキの穂を、幾つか失敬する。さあ、これで、本当にあとは帰るだけ。まあ、帰ってから準備があるんだけどね。

 ――重たい荷物を担いで、夕暮れの帰路を歩く。
 朝から大変だったけど、仲間達の喜ぶ笑顔を想えば、ちょちょいのちょいで頑張れる。
 お月見に興味を持ってくれるだろうか。人間の文化を楽しんでくれるだろうか。料理に美味しいって言ってくれるだろうか。皆がどんな反応をしてくれるか楽しみだ。
「あ、ロウワンとかに団子作らせても面白かったかも。……また来年考えるか」
 独り言と、こぼす笑みと。
 先のことを、希望と一緒に考えることができるのは、本当に幸せだ。
 来年は、皆で買い出しに行くのもいいかもしれない。というのも、荷物持ちを誰かに頼むべきだったとさっきから絶賛後悔中だからだ!
 とはいえ心は軽い。体は限界に重いが。いやほんと、来年は皆で。絶対皆で買い出し行こう。お兄さんとの約束だ!
 そして、船に戻った竜胆は、出迎えてくれた仲間達に笑顔でこう告げたのだ。

「お月見するから皆、手伝ってー」







 夜も更けて。
 丸い月は尚も、夜を明るく照らしている。
 宴は賑やかで、甲板ではそこかしこでワイワイと楽し気な声が響いている。
 仲間達は月見というものを気に入ってくれたようで――まあ、単にギャースカ騒ぐのが好きなだけかもしれないけど――その笑顔を見られただけで、竜胆は「良かった」と思えるのだ。
 さて、そんな竜胆はというと。

「うっ……飲み過ぎたかも……」

 甲板の縁にぐったりともたれて、酒に火照った体を夜風で冷ましていた。
 竜胆はお酒好きだがあんまり強くないのである。でもお月見に皆が喜んでくれたのが嬉しくて、ついついいっぱい盃を交わして、結果的にいっぱい飲んじゃったのである。
「はふぇ〜……」
 なんとも言えない吐息を零しつつ、酒気帯びの視界で空を見上げた。
 綺麗な月、真ん丸な月。
 これから、自分は何度も、この船から丸い月を見上げることになるのだろう。
 それは自分の人間としての命が終わって――ヴァニタスと化してからも。
 長い長い、永い永い、そんな時間のひとつひとつが、これから自分の財宝になっていく。そう思うと、本当に、ああ、自分は幸せなんだなぁ、と涙腺が緩みそうになる。なんて、酒のせいだろうか?

 おーい。竜胆が呼ばれたのはそんな時だ。仲間達が手招いている。そのそばには、竜胆がとってきたススキが月を浴びて煌いていた。「はーい」と返事をして、彼は仲間の元へ歩いて行く。



『了』




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砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)/男/25歳/アストラルヴァンガード
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2018年10月23日

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