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『不知火の宴』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194


「お嬢様ーっ! いずこにおわしますかーっ!?」
「かくれんぼの時間はおしまいにございますー!」
「出て来てくださぁーい!」

 それは二十年ほど前の、不知火家の日常。
 当家のお転婆娘、不知火あけび(jc1857)は好奇心旺盛かつ活発で、今そこに座っていたかと思えば次の瞬間には煙のように消える、まさに忍者のような子供だった。
 不知火の屋敷は別名「忍者屋敷」、その内外には侵入者を阻み欺く数々の罠が仕掛けられている。
 どんでん返しに隠し扉、落とし穴や秘密の通路などなど、幼いあけびにとって、そこはまるで遊園地のような楽しい遊び場だったのだ。
 しかし実際の忍者屋敷は遊園地のアトラクションとは違う。
 一歩間違えば死に至るどころか、間違わなくてもデッドエンド一直線の恐ろしい罠が満載なのだ。

 当時の当主、あけびの祖父は決断を迫られた。
 忍の伝統か、それとも孫の安全か。

 結局、非情をもって知られた当主も、孫可愛さのジジ馬鹿ムーブメントには勝てなかったのだ。
 忍者屋敷のからくりは、仕掛けはそのままに、ゲームだったら「死んで覚える」ような危険な罠――空井戸の底に仕掛けた竹槍や針天井、ギロチン等々――を取り除いて、安全なものに生まれ変わった。
 だからと言って、不知火の屋敷が難攻不落であることは今も昔も変わりがないけれど。


 そして現在。

「坊っちゃまーっ!」
「お返事を! お返事をーっ!」
 屋敷では主人公を変えて、同じ光景が繰り返されていた。
「さすが、蛙の子は蛙だな」
 捜索に駆り出された不知火藤忠(jc2194)は、慣れ親しんだ騒動に苦笑いを浮かべつつ、妻――不知火 凛月(jz0373)の腕に抱かれた娘を見やる。
 この子もあけびの息子も、共に三歳になったばかりだ。
 二人は双子のように仲が良いが、男の子よりも女の子の方が総じて成長が早いこともあって、今のところは娘の方が姉貴分といったところか。
 この姉貴分は、好奇心旺盛な鉄砲玉の行方を示してくれる、優秀なナビゲーターでもある。
「どこに行ったか、わかるか?」
 父の言葉に、落ち着いた様子で周囲を観察していた彼女は、ある部屋の天井近くを指差した。
「あそこ」
 そこには隠し部屋や地下空間に空気を送るための通気口があった。
「私もああいうとこに入り込むの好きだったなー」
 あけびが懐かしそうに目を細める。
 しかし屋敷内の抜け道を完全制覇したあけびも、ここだけは探検することが出来なかった。
「こんなところ梯子でもないと入れないし、そんな知恵がつく頃には狭くて通れなくなってたし」
 ここに入り込めるのは翼を持つ幼児と、もうひとり――
「お父さん、出番だね!」
 あけびは夫である不知火 仙寿之介の背中をぽんと叩く。
 飛行と物質透過が出来る彼なら、物理的な障害は無いも同然だった。

 暫しの後、入ったところとは全く別の場所から、息子を抱いた仙寿之介が姿を現した。
「仙寿様! よかった、見つかったんだね! 怪我はない?」
 駆け寄ったあけびが息子を受け取り、しっかりと抱きしめる。
 白銀の髪は埃と蜘蛛の巣にまみれ、ぷくぷくした肌や服は汚れ放題だが、どうやら怪我はないようだ。
「こいつを探しに入って、迷子になったらしい……本人に迷子の自覚はないようだが」
 仙寿之介が妙に膨らんだ袂を持ち上げて見せると、そこから「みゃー」という声が聞こえた。
 袂の内側を自力で這い上がった声の主が袖口から顔を出す。
「にゃんこ! にゃんこ!」
 両手を伸ばして来た息子に痩せて薄汚れた三毛の子猫を抱かせてやると、仙寿之介は着物に付いた埃と猫の毛を払いながら言った。
「どこからか迷い込んだのだろうな。親や他の子猫の姿は見当たらなかった」
 通気口の途中には何箇所かに侵入防止の柵が設けてあるが、長い年月の間に朽ちて壊れたのだろう、近頃ではそこを通って野良猫が屋敷の中に顔を出すこともあった。
 と、またしても息子が何かを要求する。
「おとーしゃ、ぼーゆ! りんりんのぼーゆ!」
「ぼーゆ……ああ、ボールか。それがどうした?」
「ぼーゆ! ぼーゆ!」
「そっか、お気に入りのボールだね!」
 未だ言葉で表現するのが苦手な息子に代わって、あけびがその意思を代弁した。
「仙寿様、鈴入りのボールが玩具箱に入ってると思うから、悪いけど――」
 しかし息子は顔を真っ赤にし、火を噴かんばかりの形相で癇癪を起こし始めた。
「ちがうのぉぉ! ぼーゆうぅぅ!!」
 伝わらないもどかしさに、赤い瞳から止めどなく涙が零れる。
「ごめんちょっとわかんないどうしよう」
 ギャン泣きする息子を揺すって宥めつつ、あけびは藤忠の娘に助けを求めた。
 彼女は弟分の居場所だけでなく、未だ上手く表現できないその心の内までも言い当ててしまう天才なのだ。
「んー……あのね、すずのボール、にゃんこにもっていったの。それで、おいてきちゃったんだって」
「もしかして、子猫の気を引こうと思ったの?」
 あけびの問いに、けろりと泣き止んだ息子はこくんと頷く。
 大人の言うことは殆ど完璧に理解し、子猫を誘うために鈴入りのボールを用意するほどの知恵もあるのに、それを言葉にして伝えることが出来ないバランスの悪さは三歳児ならではだろう。
「お前と子猫がいた場所にあるんだな?」
 父の問いに息子は首を振る。
「わかんない……ころころって、いっちゃった」
 これは通訳を介すまでもなく理解できた。
 子猫を遊ばせているうちに、どこかに転がってしまったのだろう。
 迎えに来た父の姿を見た瞬間に抜け落ちた記憶が、今になって蘇ったというところか。
「わかった、取って来るから良い子で待っていろ」
 息子の頭をくしゃりとかき回し、姉貴分に通訳の礼を言うと、仙寿之介は再び迷路の中に姿を消した。
 直後、あけびを呼ぶ声がする。
「会長、そろそろお時間です」
 秘書の言葉に、あけびは慌てて時計を見た。
「そうだ、今日は出かける予定だったんだ! 姫叔父、この子達お願い! 仙寿様が戻ったら、お風呂と着替えよろしくって!」
 問答無用で押し付けられた子供と子猫を腕に、藤忠はその後ろ姿を呆然と見送る。
「慌ただしい奴だな」
「仕方ないわよ、会長さんだもの」
 凛月がくすりと笑う。
「ところで、社長さんは仕事に戻らなくて良いの?」
「今はこの子達と遊ぶのが仕事だ」
 そう言って、藤忠は二人の子供をいっぺんに抱えると、軽々と左右の肩に乗せた。


 その夜。
 四人はようやく寝静まった子供達の枕元に座り、その安らかな寝顔に癒されていた。
 姉貴分と弟分は仲良く枕を並べ、その真ん中に三毛の子猫が潜り込んでいる。
 弟分の手には、取り戻した大事なボールが握られていた。
「ほんとに仲がいいね。以心伝心だし……って言うか相思相愛?」
「だが嫁にはやらん」
 あけびの言葉に藤忠が小声で返す。
「もう、気が早いんだから」
 凛月に脇をつつかれてもその決意を変えることなく、藤忠は「こうして枕を並べるのは小学校に上がるまでだ」と言いながら、子供達の頭を愛おしそうに撫でた。
 この時間がいつまでも続けばいいと、叶わぬ願いをその手に込めて。

 寝間の襖をそっと閉じた大人達は、いつものように座敷の一角で晩酌を始めた。
 だが今夜はいつもと少しだけ様子が違う。
「ブランデーなんて珍しいな、どうしたんだ?」
 しかもかなりの高級品だという藤忠の問いに、あけびは少し照れたような笑みを浮かべた。
「仙寿様このごろ洋酒も気になってるみたいだし、それに昼間はみんなに迷惑かけちゃっ――あぅ!?」
「迷惑だなんて誰も思ってないわよ?」
 あけびが言い終わる前に凛月が軽くデコピンを食らわせた。
「うちの子だって自由気ままで、時々ふらっといなくなるんだし」
 その時は逆に、弟分が見付けてくれる。
 たまに二人揃っていなくなる時には、それこそ屋敷中が上を下への大騒ぎになるのだが、それでも迷惑などと思う者はいない。
「うん、それはわかってるよ。でもほら、何て言うか日頃の感謝的な? みんながいてくれるから仕事も子育ても頑張れるんだし……あと、お祝いも兼ねて、かな」
「何の祝いだ?」
 仙寿之介が首を傾げる。
「誕生日でも結婚記念日でもないしな」
「お前それ忘れたら即三行半だぞ」
「わかっている、大切な日を忘れたりはしない」
「じゃあ言ってみろ、初デートは何月何日だ?」
「なに!?」
「覚えてないのか」
「当たり前だろう、そんなことまで……」
「ところがな、女は覚えてるんだ。俺もこの前それで――」
「はいはい仲良しなのはわかったから」
 凛月がパンパンと手を叩き、二人のじゃれ合いと情報漏洩を阻止する。
「ほら、奥様が何か言いたそうにしてるわよ?」
 その一言で、座の注目があけびに集まった。
「あ、うん、あのね……」
 咳払いをひとつして、あけびは仙寿之介をちらりと見やる。
「実は今日、産婦人科に行って来たんだ」
 それを聞いて、仙寿之介は慌てて姿勢を正した。
 藤忠と凛月も思わず膝を揃え、昼間の外出はその件だったかと次の言葉を待つ。
「また、家族が増えることになりました……!」
 止めていた息を盛大に吐き出し、仙寿之介は妻の身体を労るように抱きしめる。
 おめでとうの声が先輩夫婦からかけられた。
「まだわからないけど、次は女の子がいいな……って」
「そうなると、お祖父様がまた大変なことになるわね」
 凛月が楽しそうに笑う。
 第二次ジジ馬鹿ムーブメントが来ちゃった先代当主は、今や曾孫のためだけに生きていると言っても過言ではない。
 隠居して暇を持て余していることに加えて、二人ともそれはそれは見目麗しく、何を着せても驚くほど良く似合うのだ。
 おかげで二人はファッションモデルのごとく、毎日のように新しい服を着せられて写真や動画を撮られまくるという日々を過ごしていた。
 ただし姉貴分の方は女の子らしい格好はあまり好まないようで、自我が芽生え始めてからの写真はどれも「麗しの王子様二人」にしか見えないのだが。
 ならば尚のこと、ここに可愛い女の子が加わるとなれば、そのジジ馬鹿ぶりがどれだけ加速するかは想像に難くない。
「私としては思い出コレクションがたくさん増えて、助かってるけどね!」
 祖父のターゲットから外れた家族や友人達との思い出は、藤忠がしっかり記録し続けている。
 いつか全てが過去となった時、なお現在を生き続ける者達にとって、それが少しでも心の支えとなるように。
 とは言え、あけびの息子はハイハイの頃から小さな翼で飛び回っていたから、恐らく天使の血が濃いのだろう。
(「だとすれば、寿命も永い……か」)
 これから生まれて来る子供達もそうだとすれば、仙寿之介の周囲は百年後でも賑やかであり続けるのかもしれない。
 友の未来に希望を見た藤忠は、密かに安堵の息を吐く。
「よし、今夜は俺がとびきりのカクテルを作ってやろう」
「えっ、姫叔父カクテルなんて作れるの!?」
「俺だって漫然と日々を過ごしてるわけじゃない。それに……あけび、お前は当分禁酒だからな。飲み納めだ」
「そうなんだよね、子供はたくさん欲しいけど離乳までお酒飲めないのがちょっと」
「なら、子供はここで打ち止めにするか?」
 こつんと額を合わせた仙寿之介が、笑いを含んだ声で問う。
「だめ! お酒は好きだけど、仙寿様の笑顔には代えられないもん!」
「子供達の、ではないのか?」
「仙寿様、子供を抱っこしてる時すごく良い顔で笑うんだよ? 自覚なかった?」
 当惑気味に振られた仙寿之介の首に、あけびは思い切り抱きついた。
「私ね、そんな時のアディーエの笑顔がすごく好き。ああ、お父さんなんだなぁって感じで」
 他の誰にも聞こえないように耳元で囁く。
 が、その甘い時間を藤忠の声がぶち壊した。
「お二人さん、続きは部屋に戻ってからにしてもらえるか?」
 まずは折角のブランデーを楽しもう。
 あけびと凛月には甘めのカクテル、藤忠と仙寿之介は贅沢にストレートで。
「では……仙寿様、姫叔父も凛月さんも、会社のみんなも! 仕事も子育ても一緒に頑張ってくれてありがとう! かんぱーい!」

 夜の忍者屋敷にグラスを合わせる軽やかな音が響く。
 いつか子供達が大きくなったら、こうしてみんなで酒を楽しもう。
 大勢いるから、きっと毎日が宴会のように賑やかになるに違いない――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢二十代前半/仙火の母】
【NPC/不知火 仙寿之介/男性/外見年齢二十代後半/仙火の父】
【jz0373/不知火 凛月/女性/外見年齢二十代半ば/楓の母】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢二十代後半/楓の父】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

本文中ではお子さんがたのお名前を出すことが出来ないため、苦肉の策で人物データに入れてみました。
初登場がノベルなら、仙寿之介のようにNPC扱いで出すことも出来たのですが……!

誤字脱字、口調や設定等に齟齬がありましたら、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

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エリュシオン
2018年10月25日

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