▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『新婚旅行は天界で』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194


「まるで中国の山水画みたい……!」
 不知火あけび(jc1857)は口が開けっ放しになっていることにも気付かずに、その光景に圧倒されていた。
 目の前に聳えるのは頂上が見えないほどに高い岩山。
 剥き出しになった無数の岩がにょきにょきと立ち上がり、そのあちこちに松に似た低木が張り付いている。
 まるで地面から天空に向かって逆向きに伸びる氷柱か鍾乳石のようにも見える。
 この、下からでは頂上を仰ぎ見ることも出来ないほど高い岩山の頂に、仙寿之介が生まれ育った里があるという。
「なるほど、飛行種族に特化しているわけか」
 不知火藤忠(jc2194)も思い切り首を反らせて上を見上げる。
「確かにこれでは翼でもない限り登るのは不可能だが……それはそうと、なあ仙寿?」
「何だ?」
「これはお前とあけびの新婚旅行だったよな?」
「そうだが?」
「お前達二人のたっての頼みとあれば、無粋なこととは思えども同行するに吝かではない。だが……」
 藤忠は足に纏い付くヒラヒラした布切れを指先で摘み上げた。
「これは、本当に必要なのか?」
 その質問は、これで何度目になるだろう。
 尋ねる度に同じ答えが返って来るのはわかりきっているはずなのに、やはり何度も尋ねずにはいられない。
「ほんっとおぉぉに、必要なんだろうな?」
「必要だ」
「何故」
「俺の里には、外部の男は問答無用で攻撃し排除すべしという不文律がある。お前とてここで骸となりたくはなかろう」
「それはそうだが……」
 やはり、解せぬ。
「姫叔父、そのドレスほんとに似合ってるよ!」
「うむ、さすが藤姫の名に恥じぬ」
 などと褒められても、やはり解せぬ。

 この女装は本当に必要なのか?


 事の起こりは数週間前。
 あけびと仙寿之介が新婚旅行の相談をしていた時に遡る。
「仙寿様はどこか行きたいところある?」
「いや、俺は……」
 山と積まれたパンフレットをパラパラとめくりながら、仙寿之介は気のない様子で答えた。
「こちらの世界はまだわからないところが多いし、お前に――」
「私だって箱入り娘なんだからね、こう見えても!」
 丸投げしかけた仙寿之介に、あけびが猛然と異を唱える。
「新婚旅行って言ったらハワイかグアムだよねって言ったら笑われたくらい情報が古いんだから!」
 選択肢に熱海が入らなかっただけマシだと言わねばならないレベルなのである。
 なお笑ったのはもちろん藤忠だ。
「でも仙寿様、ほんとは行きたいところあるんだよね?」
「わかるのか」
「わかるよ、なんたって妻だもん! まだ予定だけど!」
「ならば、どう思う」
「行きたい」
 行き先も聞かずに言い切った。
「私も仙寿様の生まれ育ったところ見てみたいし、もし出来るなら……お義父さんやお義母さんになる人に会ってみたい」
 認めてもらいたいし、祝福してもらいたい。
 それが簡単なことではないとしても。
「お前も知っての通り、俺は任務に失敗した挙句、敵に寝返った反逆者だ。身内にとっては恥さらし者でしかない」
「でも、私達はもう敵じゃないよ? 戦争中に堕天した人達だって罪に問われなかったし、仙寿様だってそうでしょ?」
「だが俺の父はそう考えない。頭が古くて固い上にプライドが高い。しかも滅法強い」
「え、まさか仙寿様より?」
「俺は一度もあの人に剣で勝てたことがない」
 仙寿之介よりも強い人がいる。
 その事実に衝撃はない。どんな世界にも上には上がいるものとわかっているから。
 ただ、怒りのような悔しさのような感情がじわりと滲むのは抑えられなかった。
「そんなの、やだ」
 子供のように言ってみる。
「ああ、俺も嫌だった」
 仙寿之介が笑った。
「だから死に物狂いで修行を積んだ。あの人に勝てなければ、己の主張を通すことも叶わぬからな」
 だが、自分の剣では届かなかった。
「人を殺す剣でなければ、あの人は超えられぬ」
「だったら……」
 あけびは仙寿之介の袂をぎゅっと掴んだ。
「いいよ、勝てなくて」
 反逆者のままでも、認めてもらえなくても、失ってしまうよりはずっといい。
 しかし仙寿之介は。
「それでも、俺は勝ちたいと思ってしまうのだ」
 穏やかな声に、袂を掴む手が怯えるように震えた。
 その手に仙寿之介の手が重なる。
「大丈夫だ、危ない真似はしない。俺には俺の、勝ち方がある」
「ほんと?」
 顔を上げたあけびに、仙寿之介は微笑み返す。
「ただ、そのためにはお前の協力が必要だ。お前と、藤忠の」
「協力する! 姫叔父だってきっと、ううん絶対!」


 そして今、藤忠は天を目指して羽ばたいていた。
 正確には天を目指して羽ばたく仙寿之介の左腕に支えられ、その身体にしがみついていた。
 反対側にはあけびが同じように張り付いている。
 二人を抱えてバランスをとるためには、なるほどこれが最も安定するのだろう。
 そうなれば仙寿之介も男だ、両手に花と思った方が気分も軽く、楽に飛べるのかもしれない。
 なるほど、それで女装……なのか?

 などと考えているうちに、三人は山の頂上に辿り着いた。
 いくら翼があると言っても飛行高度は三十メートル程度、足場があればそこから更に三十メートルの上昇が可能だが、ここは千メートル級の山の上。
 頂上まで飛ぶには、そんな足場をいくつも経由して少しずつ高度を稼ぐしかない。
 しかも大人二人を抱えての飛翔はかなりの体力を消耗するだろう――と思いきや、仙寿之介は呼吸を乱すこともなく静かに佇んでいた。
 痩せ我慢か。
 嫁の前では良い格好を見せたいという男心か。
 それにしても、頂上まで来たというのにこの静けさは何だ。
 周囲には東洋の建築物を石造りで再現したような、白い街並みが続いている。
 そこから見ても、この場所が里の中心地であることは間違いないのだが。
「外部の男を問答無用で排除するという、物騒な輩も見当たらないな」
 それどころか動くものの影さえない。
「誰もいないのかな……」
 あけびが不安げに周囲を伺う。
「俺がここを出る前は、もう少し活気があったのだがな」
 仙寿之介が少し寂しげな口調で呟いた。
「こうも早く寂れ果てるとは思わなかったが……取り巻き連中と、生活の維持に必要な程度の人数は残っているだろう」
 二人を伴い、仙寿之介はゆっくりと歩き出す。
「父の……里の長の屋敷はこの奥だ」

 それは周囲に比べて少しばかり大きく立派な建物だった。
 だが、特に目立って豪華ということもなく、家具や調度もどちらかといえば質素にまとまっている。
「この里では絶対の権力を誇ってはいるが、所詮は最下級だからな」
 上位の天使に戦力を提供し、その見返りに様々な便宜を受ける。
 それがこの里の、昔からの暮らし方だった。

「去れ」
 通された広間で聞いた、それが父の第一声。
「家畜に情を移し、一族の名を穢す賊子に、我が里の土は踏ませぬ」
 姿は見えず、ただ声だけが空虚な広間に反響し、崩れるように消えていく。
「そこの家畜どもを連れて今すぐに去るのであれば、今回だけは見逃してやろう」
 だが仙寿之介は構わずその真ん中に膝を折った。
「それには及びません」
 広間の奥、見えない影に視線を据える。
「父上……勝負を」
 父の剣は命を断ち切る剣。
 仙寿之介が選んだのは、命を活かし繋げる剣。
 真逆を向いた剣同士、優劣を競うことに意味はない。
 だから。
「私の得物は、これで」
 あけびの手からラタン製のピクニッックバスケットを受け取ると、仙寿之介は厳かにその蓋を開けた。
 途端に甘酸っぱい香りが周囲に溢れ出す。
「これは、ここにいる私の妻が作ったものです」
 出て来る出て来る、型崩れしないようにカップに入れた苺のショートケーキに、冷めても美味しい苺ソースのパンケーキ、果肉の粒入り苺クリームをサンドしたしっとりクッキー、苺を丸ごと巻き込んだロールケーキ、そして忘れちゃいけない苺大福などなど、苺尽くしのスイーツがずらり。
 奥の部屋からは何の反応もない。
 展開が予想の斜め上を行き過ぎて、反応しようにも理解が及ばないのだろう。
「あなたが家畜と見下す人々は、殺して奪うのなく、活かして分け合うことを選びました」
 それに同調する考えは世界を超えて広がり、戦争は終わった。
 この里にも、そうした結論に至る者は多かったのだろう。
 彼らはもはや、自由を得るために頭の固い長の許可など求めなかった。
 そして、里は寂れた。
 残るのは、輝かしい過去を閉じ込めたままに朽ちゆく廃墟と冷たい玉座のみ。
「この二人も、人間界で歴史のある古い家柄に生まれました」
 仙寿之介は、後ろに控えた二人に前へ出るようにと手振りで示す。
「過去も未来も縛られ、自分の手足さえ自由に動かせず、巨大な壁に阻まれて息が出来ないこともあったでしょう」
 だが、彼らはそれに呑まれなかった。
 自らその軛を壊し、新たな道へと進み始めた。
「そんな勇気ある者を妻とし、友とすることを、私は誇りに思います」
 そう言って、仙寿之介は立ち上がる。
「今日はそれだけを伝えに来ました。もしもこの菓子を気に入っていただけたなら――いつか、我が家にお越しください」
「いつでも歓迎しますよ! その時までにもっと腕を磨いておきますからね、お義父さん!」
 あけびの元気な声が、広間に大きく響いた。

「まるで沈没寸前の船だな」
 屋敷を出た藤忠が、色のない街を評してそう言った。
「さしずめ、長は最後まで船に残った船長といったところか」
「そんな格好の良いものではない」
 仙寿之介が吐き捨てるように言う。
「あの親父は沈むことがわかっているのに、それでも意地を張っているうちに降りるに降りられなくなった……ただの阿呆だ」
「言うじゃないか、仙寿」
 先ほどの丁寧口調から打って変わった毒舌に、藤忠がくすりと笑う。
「このまま共に沈んでも俺は一向に構わんのだが……まあ、最後に浮き輪のひとつでも投げておかないと、寝覚めも悪かろうと思ってな」
 そう言うと、仙寿之介は改めて二人に向き直った。
「付き合わせて、すまなかった」
 自分なりにケジメを付けておきたかった。
 沈んでしまう前に二人に見せておきたいと、そんな思いもあった。
 ぎりぎりだったが、何とか間に合った。
「でも、私はこのまま沈んだりしないと思うな」
 あけびが屋敷を振り返る。
「だって、さっきの勝負は仙寿様の勝ちだもん!」
 長は今頃、苺の誘惑と必死に戦っているに違いない。
 そして負けるのだ。
「イチゴスキーの血は争えないからね!」
 負けた後に、きっと考える。
 息子がこんな勝負を持ちかけた意味を。
「それで、もしかしたら気付いてくれるかもしれない。まだ終わりじゃないんだって。今までと違うやり方でも、上手くやっていけるかもしれないって」
 不知火も変わったのだ。
 この里だって、きっと。
「里が変われば、出て行った人達も戻って来るよね!」
「ああ、そうだな……」
 そうなるといい。
 やはりここは、自分の故郷だから。
 失いたくは、ないから。

「あけび、藤忠……ありがとう」
「何だ、急に?」
「お前達のどちらが欠けても、今の俺はなかった」
 本当はただ、父に自慢したかっただけなのかもしれない。
 自分が選んだ、そして自分を選んでくれた、伴侶と親友を。
 自分が今、こんなに幸せであることを。

「……さて、降りるか」
「うん、また来られると良いね! 今度は子供達と一緒に!」
 その時には是非とも義母と仲良くなって、仙寿様の幼い頃の話を聞くのだと、あけびは野心を抱く。
「だって仙寿様、自分のことちっとも話してくれないんだもん! ふふ、仙寿様ってどんな子だったのかなー楽しみだなー」
「いや、聞いても面白くないと思うが……ごく普通の、一般的な……多分」
「自分でそう思ってる人ほど面白いトンデモエピソード満載なんだよね!」
 と、そこに藤忠の咳払いが。
「あー、仲が良いのは大変結構だが……ひとつ、訊いて良いか?」
「何だ?」
「俺のこの格好は、本当に必要だったのか?」
 何度目かの問いに、あけびと仙寿之介は顔を見合わせる。
「ないな」
「うん、ないね!」
 強いて言えば、罰ゲーム?
「姫叔父、私の新婚旅行知識を笑ったでしょ!」
「そんなことでか!?」
「まあ、そう怒るな」
「そうそう、姫叔父の大事なお月様が下で待ってるよ! 一緒に天界巡りの甘々旅行を楽しもう!」

 それはちょっとしたサプライズ。
 嬉しいけれど、でもその前に――これ、着替えて良いよね?



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢22歳/愛こそものの上手なれ】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢28歳/いつまでも女装が似合う男】
【NPC/不知火 仙寿之介/男性/外見年齢?歳/大事な勝負はイチゴを武器に】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもありがとうございます、STANZAです。
エリュシオンでの不知火家ラストノベルをお届けします。

思い返せば仙寿之介の過去については殆ど触れたことがありませんでした。
お任せいただいたのをいいことに、ここで書かねばもう機会がないとばかりに、つらつらと綴らせていただきました。
当初の予定では格好良く剣で勝負をするはずだったのですが、どうしてこうなったんでしょうね、ええ、ほんとに。

誤字脱字、口調や設定等に齟齬がありましたら、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
パーティノベル この商品を注文する
STANZA クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年10月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.