▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『響き絶やせぬ海の音と 』
笹山平介aa0342)&齶田 米衛門aa1482)&ウィンター ニックスaa1482hero002)&スノー ヴェイツaa1482hero001)&ゼム ロバートaa0342hero002)&柳京香aa0342hero001


 突き抜けて青い空、街路樹の木漏れ日、降り注ぐ蝉しぐれ。

 暑い暑い夏。

 ウィンター ニックスが近所の公園へ到着すると、約束の場所にはすでにゼム ロバートの姿があった。
「やあ、ゼム殿! 良い天気だな!!」
「暑さってものを感じないのか、あんたは……」
 日に焼けた、ウィンターの小麦色の肌は実に健康的だ。
 白い歯を見せる『色男』へ、ゼムは驚きとも関心とも取れぬ反応を示し、ゆっくりと立ち上がった。
 10分ほど先に到着していたゼムは、暑さに弱いつもりはなかったが思いのほかダメージを受けている。
「あらあらあら、2人とももう来てたの!?」
「いやだわぁ、おめかしに時間が掛かっちゃって!!」
 そこへ、歓声を上げながら淑女たちが現れた。
「約束の時間は守る。当然だろう」
「お姉さま方をお待ちするのが、我々の役目ですから」
「「きゃ――!!」」
 真顔で応じるゼム、紳士然と一礼するウィンターへ、淑女たちのテンションは軽く気温を超えた。
「若い子って本当に良いわぁ」
「暑かったでしょう? 梅シロップのソーダ割りを作ってきたの。ほら、飲んで飲んで!」
「……理由もなくもらうわけには」
「ウフフ、ゼムちゃんたら真面目な子ね。これは前払いよ!」
「……ふむ」
 水筒やら食べ物やら、暑さ対策の知恵袋を取り出す淑女たちを、ウィンターはニコニコと見守る。
 いくつになっても女性は可愛らしいものだ。
「ゼムくんの白い肌も綺麗だけれど、ウィンターちゃんの健康的に焼けた肌も羨ましいわ〜」
「どんなケアをしているのかしら? シミひとつなくて憧れちゃう〜〜っ」
「おっ、おい、気安く触るな……」
 不意に首筋を撫でられ、ゼムが後ずさる。
「私たちが若いころ……あっ、もちろん心は今でもティーンズよ? そのころは、美容品なんて高くて買えなくってねぇ……」
「でも、今からでも遅くないって、テレビで視たのよぉ」
「今でも充分にお美しいが、お姉さま方の美しさに対する探究心は素晴らしいな!」
「ありがとうウィンターちゃん♪ 販売所は遠くって、私たちじゃ電車で行くにも足腰が辛いの」
 淑女のひとりが、テレビ番組で仕入れた情報を書き留めた紙を、ウィンターへ渡す。
 前回は福袋の代理購入だったが、今回は美容品を買ってくることが彼女たちの『お願い』らしい。
「ほほう、『深海クラゲパック』か。必ずやお持ちしましょう!」
「もちろん御礼は弾むわ!!」
「報酬をきちんと貰えるなら異論はない。前払いも受け取ったことだしな」
 梅ドリンクの2杯目を飲み干したところでゼムも頷いた。自家製の梅シロップだというが、これはなかなか美味い。
 正月の煮物も思い出し、彼女たちの『報酬』は信頼できる。ゼムはそう認識している。

「では、さっそく参ろうかゼム殿!」
「ちょっと待て」
 お姉さま方を見送ってから、ゼムはウィンターの手からメモを奪い取る。
「目的地は遠いぞ。色男、どうやって行くつもりだ?」
「電車やヒッチハイクで辿りつけるであろう!」
「無茶を言うな。距離はあるし電車を使えば遠回りになる。車があれば別だが……」
 人付き合いに関してはウィンターは頼りになる、と思う。
 しかし、行動を共にする上で気を付けねばならない部分もゼムなりに感じ始めていた。
(2人だけで行動するなら、俺がしっかりしないとな……)
「さすがにバスはあるだろう。乗り継ぎ経路と時間を割り出してから動かないと無駄足を踏むことになる」
 それに遠出するのなら、平介へ伝えなければ。
 おまえは違うのか?
 契約相手の名を出され、さすがにウィンターも唸った。




「クラゲパック?」
 齶田 米衛門との通話を終えた笹山平介へ、アイスコーヒーを入れていた柳京香が振り返る。
「ええ。ゼムが『お姉さま方』から依頼を受けたそうです。報酬の前払いも受け取ったと」
「ああ、あの煮物の! 美味しかったわよね」
 グラスの1つを平介へ差し出し、京香は賑やかな正月を思い出していた。
「ついては目的地が遠方のため、齶田さんが車を出してくれることになりまして」
 聞けば、米衛門は8人乗りワゴン車を所有しているという。
 夏だし海だし、よければ皆で行かないか? 出発は明朝。
 そんな誘いの電話だった。
「へぇ……。ずいぶん遠いけど、行った事ない場所ね……。皆で行けるならうれしいわ」


 一方、齶田家。
「……で、今度はどこへ?」
 猫集会という名の散歩から帰宅したスノー ヴェイツは、鼻歌交じりに荷造りをしているウィンターの背を見下ろして米衛門へ訊ねた。
「姉さん、おかえりッス! 明日は朝イチで出かけますよ。海ッス、海!!」
「海!」
 ぴっ、とスノーの耳が反応する。
「新鮮な海産物が食えるかな!」
「笹山さんに聞いたんスけど、『海の家』があるそうです。潮風に吹かれながら食べるのって良いッスよね〜」
「おっ、もしかして京香たちも一緒か」
「兄さんが、ゼムさんと一緒に海へ行くってことになったらしくて。それなら、皆で行けば楽しいかなって思ったんスよね」
「でかした米衛門。暑い日が続いて参ってたんだよなぁ。で、海ってどこの?」
 ネットでダウンロードした地図を見せられ、スノーは息を呑む。遠い。
「だから、朝イチで車を出して」
 到着は、昼頃になるだろうか。
「ま、海だしな! 遠出も楽しいゼ!!」




 米衛門がハンドルを握り、道路地図を手に助手席の平介がナビゲート。
 6人を乗せたワゴン車は途中休憩をはさみながらも昼前には目的地へ着いた。

 公共交通機関がやや不便ながらも、海水浴場は家族連れやカップルでにぎわっている。
 幾つものビーチパラソルや小さなテントが砂浜を彩り、子供たちの笑い声と波音が寄せては返す。
「癒されるゥ――っ!!」
「気持ちの良い潮風ね……」
 ぐいっと伸びをしてスノーが叫び、隣で京香が風になびく髪を抑えながら微笑む。
「齶田さん、運転お疲れ様でした」
「なんのなんの、長距離は慣れてるッス! 案内してもらえで、こっちこそ助がりましたぁ」
 平介からのねぎらいに、米衛門は照れた笑いを返した。
「それにしても腹が減ったなぁゼム殿!!」
「依頼品を置いてる店の場所も調べなくちゃならねえが、先に腹ごしらえするか」
 ざっくりとした地図では、店の場所特定は難しかった。
 ネット販売はしておらず、だからこそお姉さまたちはゼムたちへ依頼したわけだ。
「海の家で聞けばわかるッスかねぇ?」
 米衛門が首を傾げる。浜辺へ行けば人がいる、大勢を相手に聞き込みをすれば成果はありそうだ。
「それじゃ、みんなで行きましょうか。現地メニューが楽しみよね!」
(……やけに浮かれているな……)
 スノーと並んで先導する京香の背を眺め、ゼムはボンヤリ思う。
 友人であるスノーが一緒だからだろうか。……京香が、ここまで慕う姿も珍しい。
 自分や平介の前では頼りがいが目立つだけに、不思議な感じがする。
(平介も)
 畑の男は、今日もニコニコしている。ウィンターやスノーたちと気心の知れたやり取りを見るに裏表のない人間なのだろうとは思う、思う、けれど。
 平介はそんな彼と共に過ごすことを楽しんでいるように見える。
 信用していいのか……まだ警戒が必要なのか……ゼムは決めかねていた。
 ウィンターやスノーが善良だからといって、その契約者も然りとは限らない。
 善良な人間だからといって、平介を傷つけないとは限らない。
「カレーも良いッスけど、やっぱラーメンッスよね!」
 米衛門の屈託のない笑顔を、ゼムはじっと見つめていた。


「兄弟はしょうゆラーメンか。ならば某はカレーだな! シーフードカレーだ!!」
「予算は厳守しないとな。……うん? 岩牡蠣があるのか……?」
 齶田家の家計簿を握るスノーの目が、キラリと光った。
 夏の味覚・岩牡蠣。
 かつてスノーが居た世界では海鮮物に巡り合うことが難しく、ゆえに海の幸は大好物。
「一緒に頼みましょうよ、スノー」
 友人の好物を知ることができて嬉しい。京香は、ふふっと笑んで悩む彼女の背を押す。
「二人前ならたくさん食べられるな!」
「スノー殿、某も食べたい!」
「よし。京香、三人前を2人で分けよう!」
「何故!!!」
 2人の会話へ入り込んだウィンターのオーダーは通すが岩牡蠣はゆずらぬ考えで、スノーは他に焼きそばを頼む。
「私は冷やし中華にしようかしら。それから、かき氷ね。イチゴミルクがいいな」
「おっ、大事なモノを忘れるところだったゼ。オレは……かき氷は牡蠣を食べてからにすっかな」
 いくらでも食べる自信があるから、ブレーキブレーキ。
 存在は知っていたが、実は海の家へ来るのが初めての平介は、みんながメニューを決めていく様子を見てから後に続いた。
「それでは、私は焼きそばを。ゼムは何にしますか?」
「んー……ラーメンと焼きおにぎり。がっつり食いてーな」
 動いていないとはいえ、長時間移動の疲労はそれなりに。
「あ! それ良いッスね! オイも焼きおにぎり追加ッス!!」
「追加もいいのか? カレー1つでは腹が膨れぬと思っていた。では、塩ラーメンを頼もう!」
 ウィンターは、スープ感覚でラーメンを追加。
 こうして、6人が囲むテーブルには絶え間なくフードメニューが運ばれることとなった。




「ウィンター。残すなよ」
 スプーンを動かす手元に飽きを見抜いたスノーが、テーブルの下でウィンターの脛を蹴る。
「ぐッ、残しはせぬ。食への冒涜は決してしないぞ!!」
 シーフードカレー、塩ラーメン、タコの唐揚げ、味噌ラーメン、ホタテのバター焼き、カツカレー。
 興味の向くまま腹の鳴るままオーダーを重ねていたウィンターだが、少しばかり動きが鈍っていた。
 が、スノーの喝を受けて背筋を伸ばす。
 大丈夫だ、食べきれる分しかオーダーしていない。まだ。
「ゼムも無理していませんか? いつもより多いようですが」
 米衛門とサザエのツボ焼きを食べていた平介が、隣に座るゼムを案じる。
「色男や京香に負けてたまるか……」
「食事は楽しく味わうものよ? 勝ち負けを持ち込むだなんて」
 冷やし中華の皿を重ねていた京香に軽くたしなめられ、ゼムは小さく呻いた。
 そんな3人の姿を、米衛門は微笑ましく見守っていた。


「兄さん、食べ終えました? そろそろお会計ッスかね」
 ウィンターが同行する時点で多めにお金を用意していた米衛門だが、6人分の食事量を甘く見ていた。
 女性陣もここまで食べるとは。
「ここは私が」
 車を出していただいたんですから。
 平介が、財布を取りだそうとする米衛門より早くクレジットカードをテーブルに出す。
 それを一瞥し、店主が一言。

「お兄さん、うちでカードは使えないよ?」
「え」

 平介、笑顔のまま固まる。
 米衛門、改めて己の予算をチェックして固まる。
 現金が足りない事件、発生。

「でも、看板には――」
 平介は慌てて振り返る。
 『当店ではクレジットカードが』の先は砂で汚れており、
「ほれ」
 店主が砂を払うと『使えません』と続いていた。


「……店主。ここのメシ、美味かったゼ」
 そこでスノーが、やおら立ち上がった。
「食っちまったモノを返すわけにはいかねぇ。が、ただ飯を食うつもりはなかった。ここは働いて返すってことで場を収めちゃくれねぇか?」
「ふむ……」
 店主は、しばし考え込む。
「ウチの時給はコレだ。おたくら6人で働いてくれりゃどうにかなるだろう」
 看板の不備は店にも責任がある。妥当な落としどころと言えようか。
「……申し訳ありません」
「笹山さんドンマイッスよ! おーっし! 働くッスよ!」
 こんなに落ち込む平介の姿も珍しい。
 その背をドーンと叩き、米衛門はTシャツの袖をまくった。
 田舎に居た頃の娯楽はバイトくらい。慣れている分、平介のフォローも出来るだろう。
(面白そう! と言ったら、笹山さんはまた落ち込むッスかね……?)

 


 昼を過ぎて、泳ぎ疲れた人々が腹ごしらえに来る時間帯。
「やあやあ、そこの綺麗なお嬢さん方! 海の家で休んでいかれませぬか?」
 露草色の髪をなびかせ、ウィンターが爽やかなスマイルでナンパ 違う、客引きを。
「ところでとても美しい肌をしていらっしゃるが……『クラゲパック』はご存じであろうか。なんでも近隣で販売していると聞いて、某は探し求めて来たのだが」
 情報収集も欠かさない。
(……なるほど)
 バイトと聞いて、当初はどう動けばいいのかわからなかったゼムも、ウィンターの要領の良さを見て学習したようだ。
「おい」
「きゃあっ」
(『きゃあ』?)
 10代くらいの少女たちへ声を掛けたところ、悲鳴を上げて逃げられた。どういうことだ。
「兄さん……引き締まった良い体してるじゃねえか」
 呆然とするゼムの背へ、野太い声が掛かる。
「その割に日に焼けてないな? まだ泳いでないのかい」
「……俺は海の家でバイトをしている」
 振り向くと、数名のガタイの良い男たちが立っていた。ウィンターとはベクトルの違う筋肉質。鍛えることに目的を置いたタイプ。
「なに!? 海の家で、その体を……!?」
「いったい、何を食べさせてくれるんだ!!」
「あ。ああ、カレーとかラーメンとか……岩牡蠣なんかもあるな」
「ふむぅ」
 店のメニューは、メンバーでほぼ食べつくしたと言っても過言ではない。
 記憶を辿るゼムの言葉は、そのまま店の案内になる。
「そうだ。お前たちは『クラゲパック』を売っている店を知っているか?」
「クラゲ? クラゲ製のプロテインなどあっただろうか」
(プロテイン……? あいつらはコラーゲンがどうとか言っていたような……)
 男たちと依頼主と、話す内容が一致しない。
 どういうことかと考え込む間に眉間にしわが寄り、男たちが慄く。
「そっ、それじゃあオレたち、さっそく行かせてもらいますね!!」
「全メニュー制覇して、アニキのようなモテマッチョ目指します!」
「……もて……なん、だ? あ、おい!」
 そそくさと、海の家へ向かってゆく男たち。追掛けようにも機を逸したゼム。
 後方では、ウィンターが腹を抱えて笑っている。
「ゼム殿! アチラのお嬢さんにタオルケットを持って行ってくれないか? 顔色が良くなさそうに見受けられるのでな」
「タオルケット……?」
 笑いながらも、ウィンターの声は真剣だ。パラソルの下で1人、荷物番をしているらしい少女が震えている。

「……平気か?」
 警戒させないよう、しゃがみこんでからゼムは声を掛けた。
「これは海の家から借りてきたものだ、寒かったら使えばいい」
「あ、ありがとうございます……。えへへ、友達と順番に荷物番をしてたのに、戻ってこなくって」
 バスタオルを羽織るだけでは足りなかったようで、唇が紫色になっている。
(こんなに暑いのに……か?)
「その……友達、も、心配だな。海でトラブルに遭ってなきゃいいが」
「あ。そうか。その可能性もあります……よね。あたし、遊んでばっかりーっておもっちゃってた……どうしよう」
「気にするな、今のは物のたとえで……あー……他に頼れそうな奴を呼んでくる。お前は自分の心配をしていろ」
 震えながら涙ぐまれてしまうと、完全にお手上げである。
(平介か、獣の女辺りが適任か……? ヘタな事はできねぇ)
 少女の体調にしても、少女の友人にしても。




「これとこれなンかどうだァ? なァに、こんくらい食った所で太りゃしないゼ」
 景気の良いスノーの声に、女性客がクスクス笑い、隣の男性が『2人で分ければ大丈夫』と甘く囁く。
「特製塩焼きそば、お待たせしました!」
 背まである銀髪を一つ結って、京香もきびきびと動きながらスノーの様子を気に懸けていた。
(色んな知識を持ってるのねぇ……)
 スノーが案内する組み合わせはお釣り不要の明朗会計。色んな味を楽しめるよう工夫されている。
「おねえさーん、ビール3つ追加ー!」
「はぁい!」
 奥のテーブルで、青年の団体客が京香を呼ぶ。
「飲みすぎには気を付けてねー?」
「あははは!」
 京香目当てで、オーダーしつつ長居してくれるのはありがたいが周囲へ迷惑をかけるに至れば彼女が働けなくなってしまう。
 ときおり彼女が飛ばす注意も、年下男子にはご褒美のようだ。
「べっぴんさん、そのまま客寄せしててくれ。皿運びはオレに任せな」
「スノーったら!」
 からかってるつもりではないにしろ、スノーにまで言われてしまって京香は頬を染めた。

 ラーメンや丼物など、重いメニュー運びは米衛門の仕事。
 絶妙なバランス感覚で狭い通路を素早く抜けて、熱々のうちにテーブルへ。
「海鮮あんかけラーメン、お待ちッス!!」
「お兄さん、聞きたいことがあるんだが」
 マッチョ集団に呼び止められ、なんだろうかと身を乗り出す。
「『クラゲプロテイン』を売っている店は、この近くにあるか?」
 ……。似て非なるものの情報を、米衛門たちも求めているのだが。

 電卓不要の素早い暗算で、平介は会計を担う。
 自分は上手く笑えているだろうかなどと、こんな場所で考えることになるとは。
 笑顔は体が覚えた癖のような物だから、大丈夫だと思うけれど……
 ときおり浜辺へ目を向ければ、ウィンターを真似て笑顔を作ろうとしては失敗するゼムの姿があって、彼もまた修行中なのだとあたたかく見守りながら。
「5名様お帰りでーす」
「はい〜♪」
 スノーの声に、はっとして顔を上げる。


 そうこうしているうちに、顔色を変えたゼムが飛び込んできた。




 先ほどまで青ざめていた少女は、タオルケットに包まりながら熱いラーメンをすすっている。
 その表情は、実に幸せそうだ。
「ごめんね〜〜っ。幻の『クラゲパック』の店を探していたら、あたしたちも迷子になっちゃったの……」
 少女の友人2人が、その向かい側で平謝りしている。
 ウィンターの聞き込みが逆クチコミとなっていたようで、ビーチでもちょっとした噂になっていたらしい。
 スマホで検索しても明確な情報はなく、マップを頼りに歩いているうちに充電が切れてしまった。
 彼女たちの事情は、そういうことだった。
「ま、みんな無事でよかったゼ! オレたちも探してた店の場所を知ることができたしなっ」
 歩きつかれた少女たちの足には、スノーが氷水を用意する。ビーチサンダルで足の指が擦り切れてしまっていたから、軽く手当もして。
「ううう、おねーさんありがとう……」
「お兄さん、ありがとうございます」
 ラーメンで体を温めていた少女は、ゼムと平介へ礼を。
 怯える彼女を、穏やかに宥めてここまで連れて来たのは平介だ。
(平介に迷惑かける訳にいかねえって思ってたんだけどな……。結局、頼っちまった)
 普段と変わらぬ笑顔の平介に対し、ゼムはきまり悪そうだ。
 周囲に張り合って自分も食べ過ぎてしまったから、ここで巻き返したかったのに。


「ゼム殿、紳士的でカッコよかったな!」
 再び客引きに戻ってきたゼムへ、ウィンターがニカッと笑う。
「色男の真似をしただけだ」
「……なんと?」
「2回は言わねぇ」
「ゼム殿ー!!」
(あんたのやり方を取り入れた方が、たぶん、平介たちに迷惑をかけることも減るんじゃないかって……思ったんだよ)
 相手に警戒させない距離感。話し方。上手くできたとは言い難いが、結果は悪くない、ハズだ。


 客足が引けてきた頃合いを見て、平介は看板の塗り直しに取り掛かった。
「手伝うッスよ、笹山さん」
 影が差したと思ったら、看板を支える米衛門の姿だった。
「もう少しで約束の時間ですし、売り上げもかなり良さそうッス。大勢で働くのって楽しいッスね!!」
「この度は、本当に申し訳なく……。そう言って頂けると助かります」
「え。あ、いや、気遣いとかじゃねッスよ!? うまく言えないッスけど、オイは本当に楽しんでるんで!」
「……はい。ふふ、ダメですね……私もうまく言えなくて」
 謝り合戦になってしまい、2人は顔を見合わせて今度こそ笑った。

『当店ではクレジットカードが使えません』

 塗りなおされた看板は、潮風を受けて乾くのを待つばかり。




 海の神秘・くらげ館。小さな白亜の建物は、海水浴場から徒歩20分ほどの場所にあった。
 位置が解からなければ確かに迷いやすいところだろう。
 情報収集のお陰で、一行は無事に目的地へ到着した。
「見つけたぞ『クラゲパック』!! ゼム殿、こちらだ!」
「叫ばなくても聞こえるっての……」
 ようやく、今回の最終目的の品を手にした。
 ゼムの身体から力が抜ける。
(表情がやわらかくなったかしら……。ウィンターさんのおかげね)
 反対側に居た京香が、視線を流してその様子を微笑ましく見ていた。


「食事代を超えるバイト代が出て良かったですね〜♪」
 大入り袋を手に、平介がニコニコと。
「京香。お土産を買うなら、これを」
「え……」
 考えを見透かされている。平介から封筒を手渡され、京香はぎこちなく頷いた。
 今日の思い出を、伝えたい人がいる。話だけではなくって、何かを届けたい。そう考えていた。
 ここは地元関連に限らず、海に関する様々な商品を置いているらしい。
 京香は、ゆっくりと店内を見て回った。


(ゼムさん、健康的になったなぁ)
 ウィンターに振り回され慣れてきただろうか。
 米衛門もまた、見守る一人だ。
「帰りは私が運転しますよ。行きは一人で疲れたでしょう?」
「そいじゃあ、お言葉に甘えて。帰りは疲れが一気に来ますから、様子さ見て交代しながらにしましょう」
「ええ」
 日付が変わる前には帰れるだろうが、夜遅くなれば眠気も来る。
 互いに無理をしないで、頼りながら。平介は米衛門の言葉へ素直に頷いた。
「平介、次は中華とか食いに行かねぇかな?」
「中華! 某は大歓迎だ! 今度はクレジットカードが使える店d」
「一言余計だ」
「ぐはッ」
 おごられ大前提で続くウィンターの腹部へ、スノーは後ろ回し蹴りを見舞う。
 2人のコミュニケーションは、いつでもどこでも平常運転である。




 帰りの車内。誰のものともつかぬ寝息が響く。
「スノー、起きてる?」
「ん?」
 隣のシートに座るスノーへ、京香が土産に買っていた袋を1つ、取り出す。
「さっきね、星の砂を買ったの。あなたにも持っていてほしくて」
 いつもありがとう。
 大切な友人へ、感謝を込めた京香からの贈り物。
「お互いの、何かの願いが叶いますように」
「……ありがとよ」
 声を潜めて伝えられた思いは、なんだかくすぐったい。照れ笑いをしながらスノーは気持ちを受け取った。

 潮風も波の音も遠く遠く離れて行っているはずなのに、耳の奥では今もまだ、どうしてか響き続けていた。



 日焼け止めを忘れた平介とゼムが痛みに悶えたことと、お姉さま方から『報酬』として頂いた手作りのフルーツゼリーが絶品だったのは、その翌日の話。




【響き絶やせぬ海の音と 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa1482hero002/ウィンター ニックス/ 男 / 27歳 / クラゲパック入手ミッション 】
【aa0342hero002/  ゼム ロバート  / 男 / 26歳 / クラゲパック入手ミッション 】
【aa1482hero001/ スノー ヴェイツ / 女 / 20歳 / 海の家・看板娘 】
【aa0342hero001/    柳京香   / 女 / 24歳 / 海の家・看板娘 】
【aa1482    /   齶田 米衛門  / 男 / 21歳 / 海の家・上級者 】
【aa0342    /   笹山平介    / 男 / 25歳 / 海の家・明朗会計】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待ちいただき、ありがとうございました!
賑やかな海の思い出をお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
パーティノベル この商品を注文する
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年10月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.