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『クローディオ;ジャック 』
クローディオ・シャールka0030)&ジャック・J・グリーヴka1305

 とっくに引いたはずの頬の腫れが夜になるとズキリと痛む。
 それはクローディオの胸の痛みを、治りかけの傷が肩代わりしてくれているかのようだった。

――他に何がある?

 ジャックにそう問われた時、返す言葉がなかった。
 それが彼にあって自分にないもの――ある種の人間としての芯であることには気づいていたはずだった。
 人間を形作るのは結局は他者だ。
 自分がどのような人間であるのかは、他者との関係性の中でしか語ることができない。
 だが芯は違う。
 芯は自分自身の中に見出すものであり、他者が関与できる余地はない。
 そして今、クローディオ・シャールには芯がない。
 それこそが2人の間の溝であると痛いほどに理解していた。

 ジャックは出会った時からすでに芯があった。
 歪であるとは内心感じていたものの、芯を持たないクローディオにとっては眩しいばかりのことだった。
 対等にありたいと願いながらも心の中には憧れがあった。
 そのことが、よけいに自分をみじめにした。
 私はジャックと肩を並べる人間でありたい。
 願えば願うほど目に映るのは彼の背中ばかりだった。
 いつからだろう、彼の顔をまともに見ることができなくなったのは。
 考えれば考えるだけ自分が不釣り合いな人間であることを知る。
 彼は眩しかった。
 自身だけでなく、周りの暗がりすらも照らすそれを羨ましいと思った。
 私もそうありたいと願った。

――自分のしていることは、その輝きを消すことではないか?

 それでも、そうだとしても、カネに捕らわれる友の姿は見たくなかった。
 彼以外の存在が彼自身を歪めていくのを見て見ぬふりすることはできなかった。
 だが自分の言葉は彼には届かない。
 それは、自分に人間としての芯がないからに他ならない。
 私と彼は、対等ではない――
「……いいや、違う」
 違う。違う。違う。
 自分は何を言っているんだと、ばからしくなる。
 そうじゃない。
 自分は何のために芯を得ようとしているのか?
 芯を得ることは彼と対等になることだろう。
 だが“対等になるために芯を得る”のではない。
 得るこそ、はじめて彼と対等になれるのだ。
 手段と目的を履き違えるな。
 叱咤するように心に刻む。

――未来の自分が何を成したいのか。

 その純粋な願い、夢を、もう一度だけ思い返す。
 彼と出会って彼から得たもの。
 それが今の自分を作っているのだとしたら、私の望みは――
 
 
 
――他に何がある?

 口から出て、ジャックの心に残ったのは激しい自己嫌悪だった。
 カネだけがすべてだと信じてここまで生きてきた。
 カネのためならば何でもやった。
 なのに、今さらになって「他に何がある?」。
 そんな言葉が出て来たこの口を切り落としてやりたくなる。
 他に無いからこそカネを求めて来た。
 なのにまるで“他にも道があるかのような口ぶり”が零れるなどと、過去の自分が見たら張り倒されるだろう。
 貧困は悪だ。
 貧困であることが己の大切なものを奪っていった。

――だったらそれを駆逐してやる。

 そう心に決めてこれまで必死に生きて来た。

 クローディオという男は、そんな道半ばで出会った友人。
 彼は人間として貧窮していた。
 カネの話ではなく、心が貧しかった。
 貧しさとは蓄える余地がいくらでもあるということ。
 それが幸福なことだとジャックは微塵も思うことができないが、それでも共に過ごす中でクローディオは多くのことを学んでいった。
 俺様から、他の仲間から、そして刃を交えた敵から。
 時に迷う姿もあれど、そのたびに彼は決断をし、一歩ずつ足を踏み出す。
 彼には定められた道がない。
 そのことをどこか羨ましいと思う自分がいた。

――道を選ぶという行為がどれほど幸せなことかジャックは知っている。

 それは自分自身が迷うという行為を封じたから。
 そう生きることを彼自身が決めたのだ。
 自らの芯を自ら挿して、その先に火をつけた。
 周りの蝋がすべて燃え尽きるのが先か、望みを叶えるのが先かを賭けて生きる人生。
 溶けた蝋も燃え尽きた芯も元に戻すことができないように、もう後戻りはできない。
 誰にも邪魔はできない。
 邪魔をすることができるとしたら、燃えている命のともし火を消すことくらいだ。

 それでも、残りの蝋燭が減っていくのに気づくたびにふと我にかえるときがある。
 この道は本当に正しかったのか――と。
 道は確かに先へ続いている。
 困難はあれど、それを乗り越える覚悟もある。
 しかし、その先にあるのは光なのだろうか。
 いや……それでも。
 そこにあるのが光であるかどうかは問題じゃない。
 求めるのは救い。
 カネの力ですべての人間を救うこと。
 それは、あの日の自分自身をも――
 燃え始めた蝋燭は止めることができない。
 それでも、それでも、それでも――
 
 
 
 酒場のカウンターで1人、ジャックはグラスを傾ける。
 先日の騒動から、今は隣で酒を酌み交わす友人の姿はなかった。
 柄にもなく店に入るのもやや躊躇したが「修繕分の金は貰っている」と店主は快く中に入れてくれた。
 酒場ならここに頼らずともいくらでもある。
 だけどここへ足を運んでしまうのは、偶然アイツの顔を見れる機会があるかも……そんな煮え切らない気持ちによるものだ。

 袂は分かった。
 もう2人の道は交わることはない。
 自分が火を消せないように、クローディオもまた疑念の火を消すことはできないのだ。
 男の拳は友情と決別のためにある。
 今回は後者であった。
 それだけの話。
 だが、それだけで済ますには割り切れない思いが彼の中にはある。
 それは友人に言葉として自覚させられた己の道への不安だったのかもしれない。

「――マスター、同じのを2杯」
 グラスの残りを煽って店を出ようと思っていた時、聞き馴染みのある声が背後から店主へ語り掛けた。
 店主は何も言わず、いつも通りの仏頂面を変えもせずに、新しいグラスとジャックの前にあるグラスへ琥珀色の液体を注いだ。
「景気の悪い顔をしているじゃないか」
 クローディオは落ち着いた様子でジャックの隣の椅子に腰かける。
「ちっ……商売人になんてこと言いやがんだ。オヤジだって気持ちのいい単語じゃねぇだろう」
 店主が小さく相槌をうつと、クローディオは含んだ笑みを浮かべながら謝罪した。
「確かに失言だったな。詫びにこの1杯は奢らせてくれ」
「そりゃ景気のいい話じゃねぇか」
 吐き捨てるように言って、ジャックは注がれたばかりのグラスに口を付けた。
「それで……答えは見つかったのかよ?」
 その問いと共に流れる沈黙。
 クローディオは琥珀色の水面を見つめたまま動くことはせず、ジャックもまたそれ以上酒を舐めることもしない。
 他の客がテーブル席でやんややんやと酒を酌み交わす中で、店主が麻布でグラスを拭く音だけがカウンターの2人にはやけに大きく聞こえていた。
「見つけた……はずだ」
「煮え切らねぇ答えだな」
 被せたジャックの言葉にクローディオは苦笑する。
「私なりに考えた。カネ以外で人を救う方法を」
「それで?」
「道はあった」
 グラスを掴みかけたジャックの手が止まり、視線がクローディオを追う。
「だが、私にそれだけのことができるのか……情けない話だが自信がない。だからこそ、これが答えなのかどうか判別することができない」
 素直な気持ちを口にする。
 取り繕ったところで仕方がないのだ。
 自分の気持ちを――自分の向いている道を、彼に知ってもらいたかった。
 それを知らずか察してか、ジャックも口を挟むことはしなかった。
「人を救うとはどういうことなのかを考えた。命を救う。心を救う。意味だけ取れば多くの救いが世の中には存在する。その1つ1つであれば、救いを求めるものと共に解決していくことはできる。それは我々がハンターとして、これまで多くの依頼で成してきたことだ。だが、お前の言う救いはきっとそういうことじゃないのだろう。もっと根源的な――人が人として生きることを肯定するような、そんな救いだ。誰もが自分の生きたいように生きる。仕事も、趣味も、喜びも、悲しみも、時に生や死だって。そのすべてを自ら選択することで後悔のない生き方――お前の言葉を借りれば、折り合いをつけた生き方ができる。それを成せるのがカネであると」
「はっ、そんな大層なことは考えちゃいねぇよ。ただただ純粋に“恵まれていることは幸せ”だ。それだけの話だぜ」
 一蹴するジャックを、クローディオは責めはしない。
 ジャックが何と答えようともクローディオの心にはそう見えた。
 その想いを大切にしたかった。
「そして、私は考えた。カネ以外の方法で……私が、同じように人の生き方を肯定することができるのかと」
 そこまで言って、クローディオは言い淀んだ。
 彼の中の迷いを感じ取り、ジャックは発破をかけるように問う。
「あったんだろ?」
 クローディオは頷く。
「答えは私の経験の中にしかない。だから自分の事を考えてみた。私はなジャック、救われているんだ。お前と出会ったことで」
「あん?」
 突然自分の名前が出てきて、ジャックは虚を突かれたように眉を寄せる。
「お前と出会い、お前が見る世界を共に見るまで、私の世界には色がなかった。すべてのものがくすんで見えて、すべてが無価値なものに思えていた。自分自身の価値も、命すらも、すべて、すべて……」
 絞り出すように1つ1つ口にする。
 それはクローディオにとって最も辛い言葉。
 色のない世界のまま、色あせた自分が朽ちていく。
 命の意味を知った今だからこそ、耐え難い恐怖であると心が訴える。
「だがな、お前という光と出会い、私は世界に色があることを知った。人間は光がなければ色を知ることができない。私にとっての光はジャック、お前だったんだ」
「大げさだ」
「大げさなことか。私はお前に救われた。私が生きていることを肯定してくれたんだ」
「そんなわけが――」
 あまりにも真っすぐなクローディオの眼差しに、ジャックは出かけた言葉を詰まらせた。
 子供だと思っていた弟や妹が不意に大人びて見えるような――そんな一瞬の光を、彼の青い瞳の奥に見たような気がした。
「それが私の答えだ、ジャック。私は誰かに教え、導く存在になりたい。その者の生や道の価値を共に考え、肯定するような存在になりたい。時に迷いが生まれたなら、その者の足元を灯すランタンの炎となりたい」
 ジャックは気圧されたように息をのむ。
 そしてどこか試すように……静かに言い添えた。
「それは、俺様の道であってもか?」
「当然だ」
 クローディオはすぐさま答えた。
「惑うな、歩め」
 たった二言の返事。
 ただそれだけなのに、ジャックの目の前を覆っていた霧がさっと晴れたような気がした。
「ぷっ……はっはははっ! なんだよそりゃ、この間と言ってることが正反対じゃねぇか! 俺様の道は正しいのかとか言っておいてよ、くくくっ」
「いや……それは……すまない」
 突然ジャックが笑いだして、クローディオは決まりが悪そうに視線を逸らす。
 そんな様子を見て、ジャックは腹を抱えながらも彼の背中を強く叩いた。
「率直な意見だがよ、辛ぇぞその道。自分1人じゃねぇ、他人の人生も一緒に考えようってんだ。人間のキャパシティを超えてやがる」
「分かっている。だがそれでも私は私の見た色を、世界を誰かに伝えていきたいんだ」
「そうかい」
 笑いを落ち着けて、ジャックはグラスを掴む。
 そしてクローディオの鼻先に、まっすぐ突き付けた。
「だったら、ここから商売敵だ。いや、カネ稼ぎするわけじゃねぇから商売――は間違いか。まあ、この際なんでもいい。お様かお前か、どちらかが望みを叶えた時、それは相手も救ってるってことになる。なら“どちらが先に救えるのか”勝負だな」
「勝負……か。そうだな」
 胸に刻むように呟いて、クローディオもまたグラスを掴む。
「救ってみせるよ。お前も含めてな」
「はっ……言ってろ!」
 グラスが交わり、同時に2つの道は分かれた。
 だが互いに悪い気はしなかった。
 目指す場所が同じなら、いくらでもまたこうしてグラスを交える機会はある。
 その瞬間が、互いに間違った道を進んでいない証明となるはずだから。
 

 ――了。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0030/クローディオ・シャール/男性/29歳/聖導士】
【ka1305/ジャック・J・グリーヴ/男性/22歳/闘狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターののどかです。
この度は発注まことにありがとうございます!

3部作、ということで初めにお話をいただいた時に嬉しさと共に興味不安ともどもありました。
ですが1作目、2作目といただく発注文とそこから物語をかき上げていくうちに、クローディオさん、ジャックさん双方の想いや相手への葛藤、願い、そういったものを含めた2人の絶妙な距離感と関係に魅入られてまいりました。

これまでも何度かお2人の物語を書かせていただく機会はありましたが、それらの中にもあったであろう2人の胸の内を伺い知り、また描かせていただくことができたというのはライターとしてこれ以上幸福なことはありません。
企画としてもやりがいがあり、とても貴重な経験をさせていただきました。
本当にありがとうございました!

明確な答ではないながらも、道を見つけたクローディオさん。
答えも道もはっきりしていながらも、歩むことを迷うジャックさん。
2人の歩んでいく未来と勝負の行方はとても気になるところです。。。
ただ今は、そのきっかけとなる物語をお楽しみいただけましたら幸いです。

改めまして、この度は3度にわたる発注ありがとうございました。
またのご縁を心よりお待ちしております。

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2018年10月25日

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