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『望が七歳になる年 』
星杜 焔ja5378)&星杜 藤花ja0292

「ここが久遠ヶ原学園だよ〜」

 久遠ヶ原学園の正門をくぐって。
 星杜 焔(ja5378)は、手を繋いだ息子にそう言った。
 今年は息子が七歳になる年。久遠ヶ原学園の初等部に入学することとなる年だ。
 わあ、と小さなその子は呆気に取られている。背負いたいと駄々をこねたので、真新しいランドセルを小さな背に負って。
「お父さんとお母さんは、ここの生徒だったんだよ」
 その様子に表情を綻ばせるのは星杜 藤花(ja0292)だ。ゆったりとした服のお腹の部分がふっくらしているのは、そこに新しい命を宿しているからである。
「なつかしいなぁ……」
 藤花は久々に見た学園の風景に目を細めた。ここを卒業した後、保育士になる為に他の大学に入学して……現在は妊娠中ゆえに休学している。既に安定期に入ったので、今日は息子と夫に同行したのだ。
「もうすぐお兄ちゃんにもなるし、大人の階段をのぼるイベントが目白押しだねえ」
 焔は愛妻から息子へ視線を落とし、微笑みかけた。もふらのお兄ちゃんもよく頑張ってるね、と愛犬のお世話をちゃんとやっている彼を褒める。「でしょ!」と息子は、“望”という名前の通り、希望を目に一杯にして胸を張る。
「ぼく、おにいちゃんだもん! いもうとのおせわも、いーっぱいする!」
 藤花の妊娠が分かってから、望はずっとこの調子だ。毎日、朝起きたら藤花に「あかちゃんいつ!?」と聞いてくるほど。
 それにしても……。
「……妹なの?」
 藤花は自らのお腹を撫でながら、息子に問うた。まだ“この子”の性別は分かっていない。なのに望は「妹が産まれる!」と主張するのである。
「わかるの!」
 とまあ、毎度の返事をされるのだが。幼児の突拍子もない思い付きなのか、本当に超自然的な理由で分かっているのか……。
 なんにしても、息子が幸せそうならそれでいい。夫妻は見合い、微笑むと、小さな手を引いて学園内を歩き始めた。







 こっちが購買で、あっちが運動場で、そっちが学食で、あれが美術室で、これが家庭科室……。

 広い学園内をゆっくり歩く。
 望にとっては全てが初めて見るものばかりだけれども、夫婦にとってはどこもかしこも懐かしい場所。それでも時折、改修や新築と風景や変わっている場所もあり、ああ、あれから時間が流れたのだなぁとノスタルジックな気持ちになる。
 休日だけれど、校舎内には生徒達が見受けられた。彼らは部活だったり、暇潰しだったり、あるいは任務の作戦会議だったり、補修だったり……廊下をぱたぱた通り過ぎる制服の子らを、焔と藤花は目で追った。そこにかつての自分達を重ねて、懐かしさに浸る。
「なんだか……」
 ふ、と藤花が目元を笑ませた。
「そんなに昔のことじゃないのに、ずっとずっと昔のことみたいです」
「うん、そうだね〜、懐かしいな〜」
 そう、懐かしい。それに体が覚えているのだ。自分の教室への道を。「こっちだよ〜」と望の手を引いて、焔が案内したのは、彼がかつて使っていた教室で。

「ここはお父さんもお世話になった教室〜」

 何の変哲もない教室。ほかと変わったところなんてない場所。
 でも、焔にとっては、どこよりも特別な場所である。
「ぼくも、いつかこのきょうしつに、おせわになる?」
 キョロキョロと見渡す望が問うた。「なるかもしれないね」と藤花がその頭を撫でる。幼い子は無邪気に笑んだ。その笑みに、夫婦の表情もまた笑顔になるのだ。そして彼の未来の姿を思い描く。

(望が、学園生になったら――)

 これまでの学園生の任務記録を、目にすることがあるかもしれない。
 そのことで、自分の出生の秘密を知るかもしれない。
 望は、焔とも藤花とも血が繋がっていない。望は、夫妻が担当したとある任務で悪魔から救出し、そのまま引き取ることとなった子だ。……もともとの人の親の下では、虐待死の危険があった子だ。
 そのことを、夫婦は未だ、この幼い子供に話していない。あんまりにも複雑で、難しくて、ともすればこの子が傷付きかねない話だから……。
 でも、この子にも知る権利がある。それは二人の共通認識で。だからこの子が、本当のことをいつか知る時が来るのだろう。
「望」
「ねえ、望ちゃん」
 夫婦はしゃがんで、小さなその子を抱きしめる。
「きみはこの学園に色んな人に望まれて、ここにいるんだよ」
 焔が言う。赤ん坊だった彼を生かす為に、焔は、そして撃退士達は命を懸けて戦った。その時だけではない。平和な世界を作り出す為に、もっともっと多くの撃退士が死力を尽くして、この未来を勝ち取ったのだ。アウル覚醒者も、そうでない人も、天使も、悪魔も、混血も、自分らしく生きていける世界。
「お母さんもお父さんも、望ちゃんのことを愛してるよ。あなたは、わたし達の宝物」
 藤花が言う。絆というのは、血の繋がりだけに非ず。例えその絆に血がなくとも、藤花と焔が望に注いだ愛情は“本物”で。絆とは、血で繋ぐだけじゃない。魂で、愛で、繋ぐものなのだ。
「えへ」
 望ははにかむように笑って。大好きな父と母を、幼い手と心でぎゅうっと抱きしめ返した。

「ぼくも、おとうさんとおかあさんが、だーいすき!」

 その無垢な心と、無垢な望みに。
 どうか、いっぱいの愛といっぱいの祝福と、いっぱいの光がありますように。
 両親は、そう願わずにはいられない。







 良い具合の昼下がり。小腹が空いてくる時間だ。
 一家は屋上で一休みをしていた。秋晴れの日和、朗らかな太陽が心地いい。
 さっきから「懐かしい」と言ってばかりだけれど、こうして屋上でのんびり過ごすのもまた、懐かしかった。
(ここの屋上で、色々あったっけ……)
 焔が思い返すのは、とある教師との思い出。教育的指導()とか、プールとか。
「棄棄先生、元気かなぁ〜……」
 秋の高い空を見上げて、焔はふと呟いた。その手にはアンパンがある。家で焼いて来た特製アンパンだ。あの教師はアンパンが好きだから、よく彼に作ってプレゼントしたものだ。美味しそうに食べてくれた笑顔を想い出す。
「きっと元気ですよ。わたし達の先生ですから」
 隣の藤花が、ウグイス餡のアンパンを望とはんぶんこしながらそう答えた。
 と、そんな時だ。「あんぱん!」と、望が半分のアンパンを手に声を張る。どうしたの、と問えば、どうも棄棄にアンパンをプレゼントしたいとのことらしい。小さい小さい頃、両親と一緒に棄棄にアンパンを贈っていたことを覚えているようだ。
「うーん……」
 夫婦は顔を見合わせる。というのも……棄棄は既に久遠ヶ原学園から退職している。旅に出たとかなんとか、そんな風の噂はあるが。一つ確かなことは、かの教師は――そう長くは生きられないこと。既に学園生活において、限界に近い体調をしていたこと。
(もしかしたら、もう先生は……)
 藤花は目を伏せる。焔はそんな妻の顔を見てから、両親の沈黙を不思議そうにしている息子へ向き直った。
「先生は旅に出てるから今年は渡せないかもしれない、それでもいいかな〜?」
「いつかえってくるの?」
「うーん……いつだろうね〜。でも、先生のことだから、もしかしたらひょっこり現れるかもしれないねえ……なんて〜」
 そうだ、また、いつか、ひょっとしたら、会えるかもしれないんだ。「そっかぁ」と望は藤花に甘えるように寄り添って座り、アンパンをもぐもぐと食べ始めた。
「うん、いつか会えるよ……きっと」
 藤花は息子の背中を優しく撫でながら、はんぶんこしたアンパンを頬張った。
「望ちゃんは、大きくなったら先生になりたいんだよね」
 ほっぺをいっぱいにする息子を見守りつつ、藤花が言う。「ん!」と望が力強く頷く。
「そういえば望は棄棄先生と同じ、桃色の瞳だねえ」
 これの何かの縁だろうか。焔はしみじみと呟いた。その傍をスイと通り過ぎて行くモノがある――「おや、赤とんぼ」と焔が見上げれば、妻と息子も顔を上げた。

 ――昼下がり、金色の太陽に照らされる、微睡むような秋景色――

「……今日の晩ご飯、何が良い?」
 赤とんぼを眺めながら、焔が言った。他愛もない家族の会話。けれど彼には、何よりも尊い会話。
「さばのみそに!」
「え……?」
 幼い回答に、焔の表情が固まった。さばのみそに……にはちょっとトラウマがあってですね。
「幼稚園で出て、好きになったみたいで……」
 藤花が苦笑する。「そうか〜」と焔は遠い目をした。
「ガスマスク着ければ作れるよ、うん」
 それはトラウマ克服と呼べるのか否か。

 さておき、そんな時である。

「おたくら、棄棄先生って……」
 ふと夫妻らに話しかけてきたのは、用務員のおじさんだ。ちょうど屋上でお弁当を食べていたらしいが、夫妻の会話に気になるワードがあったようである。
「ええ、棄棄先生の教え子でして……先生についてご存知なのですか?」
 藤花が問う。用務員は頷くと、「先生ならフィンランドに行ったって噂だ」と教えてくれた。そこからどうなったのかは不明だそうだが。
「そうなんですか。お教え頂きありがとうございます」
 と、藤花は丁寧にお礼を述べた。しかし直後に、隣で「ドサリ」と倒れるような音が聞こえて――否、実際に倒れていたのだ。焔が。なぜか。用務員のおじさんがお弁当片手に近寄って来たのはいいのだが、そのお弁当にサバの味噌煮があって、においをダイレクトに嗅いでしまったからだ。
「ほ、焔さーーん!?」
「めでぃっくを……めでぃっくを呼んでく…… ぐふっ」
「焔さーーーん!!」

 この後、彼は野良メディックという謎の部活集団に助けられることとなり。
 望が「にゅうがくしたら、のらめでぃっくぶにはいる!」と言うようになったとか、ならなかったとか。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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星杜 焔(ja5378)/男/18歳/ディバインナイト
星杜 藤花(ja0292)/女/16歳/アストラルヴァンガード
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2018年10月26日

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