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『トクベツの行方 』
ヴィルマ・レーヴェシュタインka2549

 至福の時間。その最たる物はやはり、仕事終わりの一杯だろう。背中を預けて戦った仲間や気の置けない友人、あるいは大切な相手と呑み交わすのは楽しいものだが、たまには一人で呑むというのも乙なものである。そういった経緯でヴィルマは一人、酒場の席に座っていた。盛況というほどではないが、マスターと常連客らしき数人の談笑が漏れ聞こえる、いい雰囲気の店だ。後で話しかけてみるのも悪くないだろう。そう考えながらグラスを持ち、唇がそっと縁に触れた矢先。店の扉が勢いよく開け放たれた。
「か、匿ってください!」
 ヴィルマが目を向けるのと同時、扉の前の若い女がそう言って室内へ入ってくる。彼女はきょろきょろと周囲を見回した後、視線がかち合ったヴィルマの方に迷わず進んで。何か面白いことが起きる予感にヴィルマが黙って頷くと、疲弊で上下する女の肩が少し下がった。そして机の下、ヴィルマのスカートの影に隠れ込む。
「若い女が来なかったか!?」
 男がそう言って来たのは二分後のことだった。扉の前から動こうとせず、室内をくまなく捜そうとしている様子が見て取れる。十中八九、女の追っ手だろう。
「見ての通り、若い女は我以外にはおらぬよ。のぅ、マスター?」
 ヴィルマが水を向けると、マスターもすぐに話を合わせてくる。他の客も乗ってくる者はいたが告げ口をする者はなく、納得したらしい男はあっさり店を出ていった。正直拍子抜けだ。
「……行ったようじゃ」
 少しの間、また誰かが来るかもしれないという緊張感に包まれていたが、その心配がだいぶ薄れた頃合いを見てヴィルマは机の下を覗き込んで、女にそう声をかけた。掴んでいたスカートを離して、机に頭をぶつけたりしながら出てくる。
「ありがとうございました。助かりました」
「気にしなくて良いぞ。それよりほら、座るのじゃ」
 ヴィルマに向かいの席を指し示され、女は戸惑ったようだった。ヴィルマは言葉を次ぐ。
「話せば楽になることもあるじゃろう。無論、無理強いはせぬが」
 厄介事は厄介事だろうが、ハンターとして出る幕はなさそうだ。だから半分の親切心と半分の好奇心でそんな風に持ちかけた。何せ女はこの場に似つかわしくない豪奢な格好だ。彼女が何者か訊かれたら全員がお嬢様と答えるに違いない。そんな女がどんな事情を抱えているのか普通は気になるだろう。
「……えっと」
 しばしの逡巡を挟んで座った女が、ポツリポツリと話し始める。ヴィルマはそれに時々相槌や質問を入れつつ暫くの間、酒も呑まず聞き入っていた。
 要約すると身分違いの恋、という奴だ。女は見立ての通りお嬢様で、相手は使用人の息子。周囲に隠して交際していたが女に結婚の話が持ち上がり、拒否したのを怪しまれて調べられ、関係がバレてしまって。そして別れる別れないで親と揉めて、家出も同然に屋敷を出た。先程の男は親の差し金ということらしい。
「それで、そなたの想い人は何と?」
「必ずお父様を説得すると……でも、そんなこと」
 出来るわけない、と女は消え入りそうな声で言った。ヴィルマは恋人も父親も彼女の話を通して知っただけだ。それに、状況は説明出来ても当事者の感情まで伝え切るのは難しい。けれど縁もゆかりもない他人だから分かることもある。
「出来るかどうか、やってみなければ分からぬぞ」
「……無理ですよ」
「ならば、想い人を捨てるか?」
 ヴィルマが平然と問いかけると女は弾かれたように顔をあげた。瞳に涙が滲んでいる。唇を噛む彼女の顔をヴィルマは見返した。
「そやつの言うことを信じられぬのじゃろう? なら、別れた方がお互いの身の為じゃ」
 現実に不可能か可能かというのは重要な問題だ。けれど常に無難な選択肢を選ぶことに何の意味があるのだろう、とヴィルマは思う。病気に怪我、それに――歪虚。唐突に命が失われる理由など幾らでもあるのだ。ならば笑って生きたい。面白おかしくこの生を満喫するのだ。
「私は……あの人を信じたい。あの人と生きたい」
 そう言った女の目から涙が零れ落ちる。それは、悲劇を嘆いての物ではなかった。彼女を見て、ヴィルマはふっと笑って言った。
「そなたらの行く先に必ず幸が訪れると、この霧の魔女が保証しよう」
 ウインクのオマケもつければ、女は泣きながらも花のように笑った。

 程よい喧騒の中、グラスを傾けて酒を胃へ送っていく。結局、出されてから口を付けるまでにかなり時間がかかったので少々味は落ちてしまったが、何もそれは品質だけで決まるわけではない。場の空気や一緒に呑む相手、それから――。
「何かお作りしましょうか?」
「いや、結構じゃ」
 そう断り、今は誰もいない席に目を向ける。先刻まで三人でいた。三人目は女の恋人だ。慈愛に満ちた、しかし同時に腹を括った者の目をして、しっかりと手を繋いで帰っていった。
「酒の肴は充分にある」
 ただ、無性に自分も愛しい家族に逢いたくなった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2549/ヴィルマ・レーヴェシュタイン/女性/23/魔術師(マギステル)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
ヴィルマさんも若いんですが既婚者なので、人生の先輩として
悩める若者を導いてほしいなぁと思い、この形にしてみました。
最後はまだ酔ってないよ、ってことで口調はそのままでしたが、
酔っているところも書いてみたかったなぁと思います。
もしも話の冒頭から酔っていたらまた、全く違う展開になったかもですね。
そんな想像をしてみるのも楽しいです。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2018年10月26日

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