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『呪瞳 』
石井 菊次郎aa0866

 慕情、愛情の類は、人間にのみ許された特殊な免罪符だと思っていた。
 他生物にも求愛行動なるものが確認されるが、それとてより優秀な個体の遺伝子を残し、より進化した子孫による繁栄を目指してのもの。
 だが人間は違う。
 どこかのバカな女は、高学歴だとか、高収入だとか、そういった個人を好みとしてあげるが、そればかりではない。例えば、少々間の抜けたところに妙な愛着を覚える例だってある。それを庇護したい、あるいは共に歩みたいと考える感情こそ……。
 あの人はどうだっただろう。
 人間が、人間だけが感情を持つ。そのはずだった。
 奴らはどうだ。
 力を持たぬ人間など、奴らにとっては地を這う虫と変わらぬ存在だろう。人間ですらない奴らにとって、恋慕などという感情は存在しないはず。
 そうだ、そのはずだ。
 しかし奴は言った! 「愛している」などと、その穢れた口で呪われた言葉を放ち、その手を血に染めた。
 間違っている。間違っている間違っている間違っている!
 奴らは人類(我々)の感情をコピーし、曲解し、そして残虐な解釈によって暴虐にその力を振るう。
 そうだ、奴らは物言う物の怪だ。
 この憎悪は消えない。
 この虚しさは消えない。
 奴の全てを灼き尽くすまで、この旅は終わらない。終わらせることなどできない。
 だというのに。
「何で、見えないんだ……ッ!」
 苛立ちから、俺は手にしていたものを投げようとし、我に返った。
 愚神によって植え付けられた十字の目は、徐々にこの肉体を蝕んでいる。
 契の印として、愚神の瞳を与えられてしまったが、それは到底、人間の身体に順応するものではなかった。
 最初は、疼痛だけだった。
 しかしそれにも慣れた。ライセンサーとして駆け回る内、その痛みなどすっかり忘れていた。
 視力が加速度的に落ちていることに気が付いたのは、いつのことだろう。
 この瞳を周囲に知られぬよう、色の濃いサングラスで隠し続けてきたが、その調子でも悪いのかと思った。
 あるいは単純に近眼かとも思った。
 目が見えなくなったことなどない。嗚呼、視力が落ちる時はこうして一気に落ちるものなのだな、と感じたものだ。
 そうではない。医者にも診てもらった。
 視力だけではない。視野、眼圧、眼底写真。眼病検査項目、その数は十六。
 全てに異常は見られなかった。
 とすれば、原因は一つしか考えられない。
 この十字の瞳。角膜か、硝子体か、そんなことはどうでも良い。
 問題は、どのように治療するか、ではない。
 全ての光を失う前に、どのようにして恨みを晴らすか、だ。
 ぼやけた視界では、あらゆるものの形を正確に捉えることはできない。
 失ってしまったあの人と共に撮った写真さえ、見ることができない。
 手にしたアルバムには、写真の収まっていないページがたくさんある。この全てを埋めることが夢だった。
 やたら表紙が分厚くて、ずっしりとした重みがある。しかし中は空虚だ。
 ここに収められた僅かな枚数の写真でさえ、見ることができない。
 彼女の顔を、もう一度見ることは叶わない。
 大切なあの人の顔を、彼女を愛した証を、決して忘れることがないようにと、何度も何度も取り出したアルバム。このまま、彼女はただの思い出となり、その顔を経年忘却していくことは、とても恐ろしかった。
 彼女に会いたい。
 もう一度だけで良い。会いたい。
 だが、最早、会うことはできない。
 もしも方法があるとしたら。
 ……いや、馬鹿なことを考えるのはやめよう。
 周囲を見渡してみても、木目調の壁紙も、二つ並べてあった本棚も、風に揺れる淡い緑のカーテンも、椅子も、机も、ベッドも。
 そこにあるということは分かるのに、形が、大きさが、正確な色が、距離感が、分からない。
 おぼつかない手つきで、テーブルの位置を探り、すっかり色あせた、以前は鮮やかな赤だった表紙のアルバムをそっと置く。
 ずっと、ここに置いておこう。しまってしまうと、二度と取り出せなくなってしまうから。彼女を思いださせるものさえ、失ってしまうから。
 あいつに言っておかないと。絶対に触るな、と。聞きわけの良いあいつのことだ。言いつければ守るだろう。
 さて。出かけるか。何事もなかったかのように。いつもと同じ俺を装って。
 上着は……いらないか。
 ドアノブ、ここだな。
 玄関を出て、振り向いた。
 石井 菊次郎(aa0866)と書いてあるはずの表札が、見えない。
 もう時間がない。俺の名前なんて、忘れてしまったって良い。
 だが彼女を忘れることだけは、恐ろしい。だから、急がねば。

 コツコツ、と地を叩く靴底の男。
 すれ違う人々とぶつかりそうになりながら歩く青年の背後を、季節外れの蝶が気遣うように舞っていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0866/石井 菊次郎/男/年齢/命中適正】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お初にお目にかかります。
触れたことのないPC様でしたので、内容はおまかせなのでともかく、雰囲気が合致していれば幸いです。
設定を拝見して、これを少しばかり掘り下げて、せっかくIFのおまかせなのですから、普通はできないところまでやってしまおう、と。
お気に召していただけましたら幸いです。
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2018年10月29日

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