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『せかいせいふくだん、ふたたび! そしてえいえんに!』
秋野=桜蓮・紫苑jb8416)&冲方 久秀jb5761)&ファウストjb8866)&キョウカjb8351)&百目鬼 揺籠jb8361)&天駆 翔jb8432)&蘇芳 陽向jb8428


 2028年、久遠ヶ原島。
 その海岸に、二艘の海賊船が横付けされている。
 様々なアトラクションを備えたそれは、2014年の春からずっと、小さな子供たちや大きな子供たちを乗せて楽しませていた。
 その船がデビューして間もない頃、甲板に特設プールが設けられたことを覚えているだろうか。
 そこに集いし「せかいせいふくだん」のことを。

「海賊船の花火、まだやってたんですねぃ」
 夏の夜空を見上げて、秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)が懐かしそうに目を細めた。
 海賊船の甲板から打ち上げられる花火は、少し離れたこの砂浜からもよく見える。
「ええ、懐かしいですねぇ」
 傍らで百目鬼 揺籠(jb8361)が呟いた。
「紫苑サン覚えてますかぃ? あんときゃ皆サン、まだこーんなちっちゃくて」
「そうそう、揺籠さんロリコンて言われてましたっけねぇ」
「そう言って笑い転げてたのは紫苑サンでしょォが」
 その二人が今では夫婦である。
 世の中何が起こるかわからないというか、なるべくしてそうなったと言うか。

 今日はその時のメンバー+αが久しぶりに顔を揃えていた。
 浜辺に敷いたレジャーシートに足を投げ出して座っている者、デッキチェアに寝転がっている者、空を見上げるよりもバーベキューの準備に忙しい者――
「さて、久しぶりですっかり様子が変わっちまったモンも多いですから、まずは自己紹介と行きやしょうかねぃ」
 当時は背の順だったが、今回はまず団長から。

「一番、世界征服団団長! 蘇芳 陽向(jb8428)!」
 当時は小等部4年生、つるつるぴかぴかの膝小僧がチャームポイントだった少年も、今ではすっかり大人になっている……が、中身は基本的に変わっていないようだ。
「酒は飲んでも飲まれるな! だぜ!」
 実はまだ、飲み方がよくわからないのだけれど。
「次は俺だな! 二番、天駆 翔(jb8432)!」
 小等部1年だった天然ポジティブシンキングの彼は現在、外見年齢二十歳のイケメンに成長していた。
 目下、大学生と撃退士の二足の草鞋を楽しんでいるリア充である。
「勉強に依頼に、どっちも忙しいけど充実してるよ。え、彼女? えっと、それは……」
 合コンに参加する機会もあると聞くから、その方面も充実しているのかもしれない。
「あ、お酒はそこそこ強いよ! 合コンのおかげで!」
「三番、キョウカ(jb8351)です。お酒は色々お試しの最中、だよ?」
 すっかり大人の女性となったキョウカも、やはり大学生で撃退士。
 うしゃぎスキーは相変わらずのようだが、大学生ともなれば昔のようにウサギそのもののデザインを身に付けることは減っている。
 その代わりにワンポイントやさりげないモチーフなどを取り入れて、身の回りのウサギ度は却って上昇しているかもしれない。
「だって好きなものは好きだもん、ね、しーちゃん」
「そうですねぃ」
 昔と同じように、きししと笑った紫苑も、好きなものを好きと言い続けて今に至っている。
「俺の場合はモノじゃぁなくて、ヒトですけどねぃ」
 紫苑が思い定めた存在は、ヒトとヒトならざるモノの間で揺れた時期もあったが、今ではすっかりヒトの側に立っている――本人はまだ、ヒトであるとも言い切れないと思っているようだが。
「それはそうと、四人揃ったところで……あれ、いきやしょうか」
「うん、ちゃんと持ってきたよ!」
「俺もまだ持ってるぞ!」
「俺も!」
 四人が揃って取り出したのは、懐かしの「世界征服バッジ」だ。
 結社の証であるそれを高く掲げ、四人は声を揃える。

「「「「われら、せかいせいふくだんー!」」」」

 夜の浜辺に、元・子供たちの笑い声が弾けた。
「キョウカさんは別嬪になったもんでさ」
 あっ、あっ、浮気じゃないよ!?
 成長を素直に喜んでるだけだからね!?
「翔さんも陽向さんも大きくなって、これじゃ俺が歳とるわけですねぇ」
 そう言う揺籠の見た目は全く変わっていないのだが、ここは子供の成長に驚く大人の常套句的なあれで。
「……やはり人の子は育つのが早いな」
 ファウスト(jb8866)がしみじみと呟く。
 悪魔視点ではあっという間だが、人間視点でもあっという間であることに変わりはない。
 特によその子供の成長はとりわけ早く感じられるものだ。
「くっくっくっく……」
 弾ける笑いに何とも胡散臭い笑いが紛れ込む。
「あっ、冲方のおっちゃん!」
「おっちゃん全然変わってないなー!」
「くっくっくっく……」
 冲方 久秀(jb5761)は当時も今も、変わらず胡散臭いおっさんだった。
 ファウストのような悪魔やオーレン・ダルドフ(jz0264)のような天使ならば、十年やそこらでは、それどころか百年たっても見た目に変化はないだろう。
 しかし人間はそうはいかない……はずなのに、このおっさんは何故こうも変わらないのだ。
「久秀さん、本当に年取ってますかぃ?」
「百目鬼殿、私の上にも時は平等に流れているのだよ」
 ただし流れるだけで影響は受けない。
「はて、貴様は天魔の生まれだったか?」
 いいえ、人間です。
 でも四十を過ぎてから年をとるのをやめました。
「やめられるものなのか、それは」
「くっくっくっく……」
「まあ、冲方のおっちゃんならやりかねないよな」
「冲方のおっちゃんだもんなー」
 陽向と翔は納得しているが、それでいいのか。
 いいんだろうな、冲方のおっちゃんだし。
 なお、おっちゃんは相変わらずの黒スーツで全身真っ黒、夜の砂浜ではほぼ見えない。
 夜に紛れて一体何をするつもりなのか、一応ネクタイはシルバーだが……
「昔馴染みの結婚式ともなれば、盛装せぬわけにもいかぬであろう?」
 ご祝儀と手土産を持ってホイホイ来ました、新郎新婦ともに古い付き合いであるし、新婦の父親とも顔見知り……だったかな? まあいいや。
 とにかくめでたい、めでたいけれど、会場が夜の砂浜というのは一体どんな趣向なのか。
「おっちゃん、なんか勘違いしてんな?」
 陽向が、そのどこで間違えたのか見当もつかない誤情報を一刀両断。
「結婚式とか全然関係ねーし」
「そうだよ、ってゆーか紫苑と揺籠さんとっくに結婚してるし?」
「くっくっく……くっくっくっくっくっくっくっく……」
 おっちゃん笑って誤魔化してます。
「とにかくめでたい、めでたい席には酒であろう」
 ほれ、大吟醸のすっごい良い酒の二本セットだ有り難く受け取るが良い。
「こいつはどうも、気ぃ使ってもらってすいやせんね」
 おめでたい柄の風呂敷に包まれた一升瓶を、揺籠が恭しい手つきで受け取った。
「なーんだ、おっちゃんも持って来たんだ」
 翔が少し悔しそうに、自分の手元にある一升瓶を見る。
「俺もけっこう良いやつ持って来たのになー、おっちゃんのには負けるよなー」
 銘柄を見ても良し悪しはわからないが、社会人と学生の「良い酒」は多分、根本的に何かが違う。
「……って、おっちゃん……社会人だよね?」
「くっくっくっく……」
 一応、こう見えてもどっかの会社の役員とかしてるよ、基本的にふらふらしてるけどね!
「まあまあ翔サン、酒はいくらあっても困らねぇってことで有り難く頂戴しますよ」
 揺籠が翔の頭をくしゃりと撫でる。
「俺もほら、皆集まるって聞きまして、少し良い酒持って来やしたぜ」
「樽で担いで来た強者もいるしな、しかも両肩にひとつずつ」
 あれは皆に振る舞うためのものか、それともマイ樽なのかと、ファウストはダルドフをちらりと見る。
 大酒飲みのオッサンは今宵バーベキューの仕切人、いわゆる網奉行を買って出ていた。
 傍らにはなんだかんだで付かず離れず一緒にいるらしい、元妻リュール・オウレアル(jz0354)の姿もあるが……多分あれは見ているだけだろう、相変わらず。
 それはともかく、火起こしが無事に済んだらしく、コンロの上には肉や野菜が並び始めていた。
 マシュマロを焼く順番について何か揉めているようだが、まあ仲がよろしくて結構なことだ。
「ああ、我輩はこれだ」
 相も変わらぬ友の姿に安堵したファウストは、傍らに置かれた広口瓶の蓋をポンポンと叩いた。
 ほんのり赤く色付いた液体の中に、梅の実がゴロゴロと入っている。
「梅酒だね、もしかしてファウおじいちゃんの手作り?」
 覗き込んだキョウカに、ファウストは自慢げに胸を張った。
「そうだ、材料を吟味し完璧な計量と下準備、そして日頃の管理まで、徹底して行って来た。美味いぞ」
「わぁ、早く飲んでみたいな!」
 片眉を上げ、三白眼を四白眼にして口を開こうとしたファウストの切っ先を制してキョウカは続ける。
「ファウおじいちゃん、わたしもお酒が飲める歳になったんだよ?」
「……、……ああ……そうであったな……」
 歳月が、ようやく実感を伴って胃の腑に落ちた。
 孫娘が結婚したと聞いた時にも、どこか現実離れしたような、いつかのハーフウェディングのような真似事の延長という気がしていたのかもしれない。
 揺籠がロリコン状態を脱してからは、その交際も結婚も認め、応援して来たはずなのに……何故か孫娘はいつまでも「ファウのじーちゃ!」とコロコロ纏わり付いて来たイメージのままで。
「……わかる、わかるぞファウの字……っ!」
 いつの間にか傍に来ていたダルドフが、目を潤ませながらファウストの肩をばしばし叩いた。
 どうやら食事の準備が出来たようだ。

「せっかく飲めるようになったんでさ、乾杯、いきやすぜ!」
 紫苑の音頭で皆がそれぞれの盃を掲げる。
 男性陣と紫苑はおっちゃんのめっちゃ良い酒を、甘いもの以外はのーさんきゅーなリュールは梅酒のジュース割(ほぼジュース)を。
「わたしも久秀おじさんの良いお酒飲んでみたいけど、最初はファウおじいちゃんの梅酒がいいかな」
 キョウカは今一番好きなすっきりと甘い味がする、梅酒のソーダ割りで。
「しーちゃん、そっちも後で飲ませてね?」
「わかりやした、でも早くしねぇとなくなっちまいやすぜ?」
 へーい! 乾杯でさ!

 \ かんぱーーーい! /

「で、お前達ひ孫はまだか」 
 祝宴の開始早々、ファウストが孫夫婦に爆弾を投下する。
 が、しかし。
「ファウの字よ、とうとうボケたか?」
 それとも冗談のつもりかと、ダルドフが複雑な表情でファウストの顔を覗き込んだ。
 他の面々も、笑うべきか心配すべきか判断に困ったように見つめている。
「……何だ、どうしたのだ貴様ら……」
 あ、これマジボケだ。
「ファウのじいちゃん、じいちゃんもうとっくにひぃじいちゃんですぜ?」
「なん……だと……!?」
 にししと笑うと、紫苑は傍らのベビーカーを指差した。
 言われてみれば、それは最初からずっとそこにあった気がする。
 砂地では上手く転がせないと、揺籠がベビーカーごと抱えて運んでいた気もする。
 その中身はもちろん赤ん坊だ。
「へへっ、うちの娘でさ。もう一歳になったんですぜ?」
 そっと覗き込むと、確かにその赤ん坊は紫苑と揺籠の特徴を引き継いでいる。
 花火が上がり、バーベキューの煙が立ち込め、大人たちが大騒ぎするこの場に放置されてもスヤスヤと寝息を立てる、この図太さはどちらに似たのかわからないが。
「お義父さんが名付け親になってくれたんですよ」
「なん……だと……!?」
 いつの間にそんなことになっていたのか。
「ファウのじいちゃん、この二年くらいこっちの世界にいやせんでしたからねぃ」
「……確かに、このところは行き来が忙しかったが……」
 終戦後、しばらく気楽な学生生活を楽しんだファウストは、卒業後に研究者の道に進んでいた。
 魔界と地球で行った研究や、そこで得た経験と知識を活かし、今は植物と薬学の研究を行っている。
 その仕事は三界の親交が深まるにつれて忙しさを増し、時には魔界や天界に出張することもあり――確かに今回も、つい先日まで魔界に行っていた。
「じゃあ今日は久しぶりのお休みだったの?」
 キョウカの問いに、ファウストは呆然と頷いた。
 今度の魔界行き、本人はほんの数週間の感覚だったのだが……実際は丸二年にも及んでいたのだ。
「ぬし、のめり込むと周りが見えなくなる性分であったか」
 ダルドフがその手をファウストの肩に置く。
「だがそのおかげで、某は孫娘の名付け親になるという栄誉にあずかれたわけだのぅ、礼を言うぞファウの字」
「貴様に礼を言われる筋合いではないのだが」
 べつに悔しくもないんだからね、多分。
 次の子が生まれたら頼まれてやらないこともない、なんてことも考えてない、多分。
「抱っこしやすか?」
「いや、しかし……起こしてしまうのではないか」
「大丈夫でさ、起きたらじいちゃんがあやしてやってくだせ」
 紫苑が赤ん坊を抱き上げて、ファウストの腕に抱かせる。
 おっかなびっくりのひいおじいちゃんは、戸惑いながらも嬉しそうに、小さな命をその腕に包み込んだ。
「さ、これで俺も心置きなく飲めるってもでんでさ」
「それがいい、紫苑さんはしっかり羽目を外しなせぇよ」
 ちゃっかり子守を押し付けた体の紫苑は、いそいそと酒盛りの輪に戻っていく。
 揺籠に言われるまでもなく、今日は元ちみっこ達との初めての酒宴。これが自重などしていられようか。

「まあそんなわけで、俺は非常勤で撃退士やってる若きお母さんってやつでさ」
 ダルドフと久秀にお酌をしつつ、紫苑は自らの近況をざっくり話す。
 ファウストは……ひいおじいちゃんポジションが気に入ったようだし、しばらくそっとしておこうか。
「紫苑サンが出てる時には俺が娘の面倒をね。ええ、相変わらずバイトの掛け持ちですが、そういった時にゃ都合が付きやすいんで」
 揺籠は定職に就くことも考えないではなかったが、フットワークの軽さを重視した結果そこに落ち着いたようだ。
「撃退士も続けてますよ、あっちは一度に入るモンが大きいんでね」
 日々小金を貯め込んで、金儲けに余念のない商人気質は相変わらずだが、今はただの「けちけちおめめ」ではない。
「この先、子育てにいくらかかるかもわからねぇですし……」
 それに、少し前までは古巣への仕送りも行っていた。
 多くの妖怪たちが住む古い旅館、静御前。
「もう長いこと住まわせてもらってたってぇのに、今じゃもう、どの目を使っても見えなくなっちまいやしてね」
 紫苑と一緒になってから半妖は少しずつ人間へと傾き始め、とうとう妖ではなくなったらしい。
 そのせいか、外見が年輪を刻むことはないものの、僅かに老いたような印象がある。
「お父さんになって、落ち着きと貫禄が身についたってことでさ、ねぇ?」
 紫苑はそう好意的に解釈しているが。
「こう見えて、家じゃすんげぇツンデレ子煩悩なんですぜ? ひとりで風呂に入れる時なんかまぁ鼻の下伸ばし放題で、でも上がると役割分担だから仕方ねぇって顔して」
「紫苑サンそういうことはバラさねぇでいいですから! って言うか見てたんですかぃ!」
 脇腹をうりうりと小突かれて、揺籠は紫苑を羽交い締めにする。
 そんな風にじゃれ合う姿は昔と変わらないようだ。
「ま、後悔はしてやせんがね」
「当然であろう、後悔などしようものなら某が……!」
「ま、まあまあお義父さん落ち着いて!」
 立ち上がりかけたダルドフに、揺籠は慌てて酒を勧める。
 その呼び方も、今ではお互いにすっかり慣れたようだ。
「あの、ファウさんもその遠隔攻撃はちょっと」
 後頭部が三白眼ビームで焼かれてる気がするんですけど!
「気のせいだろう、我輩は何もしておらぬぞ」
 闇の中で目だけが怪しい光を放っているように見えても、きっと気のせい。
 それよりも、赤ん坊を抱っこする手つきがすっかり板について見える方が怖い気がする。
「とにかく、お二人が心配するようなことは、これっぽっちもありやせんから」
 口はばったいようだが、全てを捨てる覚悟で一緒になった最愛の人だ。
 泣かせるようなことは絶対にしない。
「誓いまさ、紫苑さんを……娘も、幸せにするって」
「当然だ。そしてダルドフ、貴様もな」
「む?」
「大事にしろよ」
「うむ、わかっておる」
 そこは大丈夫、と言うかむしろ大事にしすぎて拗れた前歴があるくらいだし。
「と言うかだな、貴様らこそ早く孫の顔を見せろ、じれったい」
「ぬぉっ!?」
 まさかのヤブヘビに、ダルドフは思わず手にした酒を零しそうになる。
「そ、それはその、なんと言うか……のぅ?」
 誰にともなくオロオロと同意を求めるダルドフ。
 そこに助け舟を出したのは、イケメンリア充の翔くんだった。
「ダルドフさん、一緒に飲みましょー! 揺籠さんも!」
「おぉ、助かったわぃ」
 安堵の息をついたダルドフは、額の汗を拭きながら改めて翔に向き直る。
「ぬしも久しぶりだのぅ、ずいぶんと大きくなりおったわ」
 かつてダルドフの胸にダイブし、その腹筋やら大胸筋やらをペタペタ触りまくり、ついでにキョウカと一緒に腕にぶら下がってグルグル回っていた姿が思い出された。
「えっ、それ覚えてたんですか!?」
「当然よ。どれ、今一度グルグルしてみるか?」
「や、遠慮しときます! ダルドフさんなら今でも余裕で出来そうだけど、さすがにこっちが恥ずかしいから!」
 慌てて首を振る様子に目を細め、ダルドフはしみじみと呟いた。
「それにしても、あのチビスケがのぅ」
「ええ、ほんとに立派になってまぁ」
 揺籠はその頭をわしゃわしゃ撫で回す。
「こうして一緒に酒が飲めるのは嬉しいですねぇ」
 ついでに陽向の頭もわしゃわしゃわしゃ。
「うん、なんか過ぎ去りし時の重み、みたいなのを感じる……けど、揺籠さん長いよ!」
 いつまでやってるんだと、翔は口では怒りつつ、でも顔は笑いながらその手を払いのける。
「俺も! セットが乱れちまうだろーが、百目鬼のにーちゃん!」
 陽向の髪は昔と変わらず自由奔放に跳ね回り、かき回されても変わらないように見えるけれど。
 本人にはきっと、余人には預かり知れぬ何かがあるのだろう――が、言った後で皆と一緒に大笑いしているところをみると、実は全然そんなことはないのかもしれない。
「くっくっくっく……」
 おっちゃんは、うん、楽しそうで何より。
 久しぶりに見る顔がたくさんで、実はすっごい楽しみにしてたらしいよ!

「みんな変わらないね」
 楽しそうな皆の姿を絵に描きながら、キョウカが微笑む。
 実際に見えている姿の向こうに、かつての姿が透けて見えるような気がした。
 変わった部分も変わらない部分も、全部全部ひっくるめて、今がある。
 積み重ねた時間も記憶も、今の想いも、全部全部、この絵に込めて残したい。
「キョウカ、最後の大規模ん時みてぇに、空にでっかく描いたらどうでさ?」
「あっ、そうだね!」
 紫苑に言われ、キョウカは背中の翼で舞い上がる。
 今夜のように、あの時の空にも花火が上がっていた。
「わたしね、天魔と人間の橋渡し役になりたいの」
 夜空いっぱいに虹の橋がかかる。
「今はそのために勉強中! もちろん絵も描いてるよ!」
 色々な経験を積むためと資金集めも兼ねて、撃退士活動も継続中だ。
「時々現場でしーちゃんと一緒になることもあるよ」
「俺とキョウカが組めば鬼に金棒でさ!」
 そんなところも昔と変わらない。
「俺はもうすぐ卒業だけど、そのあとはできれば安定した職がほしいな」
 翔の希望はわりと切実だった。
「そうだ、おっちゃんさっきどっかで役員してるとか言わなかった?」
「くっくっくっく……」
「おっちゃんの伝手でどっか良いとこ……とか」
「くっくっくっく……」
 イエスなのかノーなのか、さっぱりわからない。
 それでも多分、伝わったことは確かだろう……と思うので、そのうち何か連絡があるかもしれない、多分。
「みんなすげーなー! 俺はまだまだだー!」
 どうやら酒に弱いらしい陽向が、ほろ酔い加減で声を張り上げた。
 撃退士は酒に酔わないという事実は、天魔も酔わせる酒が大量に流通し始めたことによって半ば伝説と化していた。
「俺はどうしよっかなー」
 思い通りのヒーローにはまだ程遠いけれど、いつかはなりたいし、絶対なってやる。
 だがヒーローにも食べていくための生業は必要だ。
「プロの撃退士が一番ヒーローっぽいかなーとは思うけどさ、まだちょっと決めかねてる感じなんだよなー」
 その点、しっかり将来を見据えて決断し、そこに向かって真っ直ぐ進んでいる皆の生き方は尊敬に値する。
「みんなまだ若いのになー……って、あれ? もしかして俺が一番年上?」
「もしかしなくてもそうだよ、団長だし?」
 翔に言われて、陽向は「そうだよな!」と胸を張った。
「うん、大丈夫! 生きてればなんとかなる!」
 根拠? ないけど?
「陽向、俺のポジティブがうつったのかなー」
「元からこんな感じだったでしょぉよ」
「うんうん、陽向兄さんはずっとかっこいいリーダーだったよね」
 褒められた。気分が良い。
 気分が良いから、良いこと思いついた。
「翔! 一緒になんかできたらいいなー! なー、相棒!」
 相棒って呼んで嫌がられたらやべーなって思ったけど、もう言っちゃったもんね!
「なんかって何だよー?」
「そうだなー……せかいせーふく!!」
「変わってないじゃん!」
 そうそう、変わってないと言えば。
「学園もぜんぜん変わってないよ。昔と同じで、みんなが自由を謳歌できて、大体何をやっても許される場所で……だから、ちょっぴり卒業したくないなって気持ちもあるんだけど」
「うん、それわかるー」
「なー」
 翔とキョウカが笑顔で語り合う。
「お父さんは今、学園で実技を教えてるんですぜ!」
 紫苑が言った。
「ファウのじいちゃんも、何か学園で教えられるようなこと、あるんじゃねぇですか?」
「我輩が教師、か」
 想像してみる、が……埃が積もる音さえ聞こえそうな静まり返った教室で、魅惑の低音が読経のごとく滔々と流れる光景しか浮かばなかった。
「我輩には、やはり研究職が向いているようだ」
 が、科学室の元主が医師になったと聞いた。
 医療には薬が付き物、その線で何か関わることは出来ないだろうか。
「リュール……いや、ダルドフ」
 このオカンは面倒がって動いてくれないかもしれない。
 動いたとしても何年先になることか……頼むならダルドフだ。
「ふむ、新薬の研究とな? あいわかった、帰ったらすぐに伝えるとしようぞ」

 花火の最後の一発が夜に消える。
 空にはキョウカが描いた楽しげな絵だけが残された。
「これ、持ち帰れたら良いんですけどねぃ」
「うん、でも写真撮ったし……はい、しーちゃん!」
 キョウカはいつものように、個別に描いたスケッチを差し出す。
「もちろん、みんなの分も描いたよ!」
 楽しい気分を閉じ込めるように、それがずっと続けば良いと願いを込めて。
 ダルドフに渡すとき、キョウカは何か秘密を打ち明けるように、小さな声でそっと囁いた。
「あのね、わたし……ずっと躊躇っていたことがあるの」
「む?」
 その言葉に、ダルドフは目線を合わせるようにそっと背を屈める。
(ママの言ってたことは今だけ忘れて……)
 キョウカは大きく息を吸うと、満面の笑顔で言った。
「お父さん、今日も楽しかった!」
 ダルドフの目が丸く見開かれる。
「今度お酒を持って遊びにいくね!」
 その目が潤み、やがて線のように細くなる。
「おぉ、おぉ、いつでも帰って来るとよいぞ。待っておるからのぅ、キョウカ」
 大きな手が、キョウカの頭の上にそっと置かれた。

「俺、やっぱみんなのこと大好きだ!」
 唐突に陽向が叫ぶ。
 大事な仲間と今でも一緒にいられることが嬉しかった。
「ええ、また集まりやしょう」
 紫苑と二人寄り添い、夜空の絵を見上げながら揺籠が頷く。
 なんとも楽しいこの時間を、またいつか――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8416/秋野=桜蓮・紫苑/女性/外見年齢20歳/綾芽の母】
【jb8361/百目鬼 揺籠/男性/外見年齢25歳/綾芽の父】
【jb8428/蘇芳 陽向/男性/外見年齢20歳/世界征服団、団長】
【jb8432/天駆 翔/男性/外見年齢20歳/団長の相棒!】
【jb8351/キョウカ/女性/外見年齢20歳/大天使の次女】
【jb5761/冲方 久秀/男性/外見年齢40歳/永遠の胡散臭いおっさん】
【jb8866/ファウスト/男性/外見年齢28歳/ひいじいちゃん】
【jz0264/オーレン・ダルドフ/男性/外見年齢53歳/娘が増えました】
【jz0354/リュール・オウレアル/女性/外見年齢27歳/いつもの】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもありがとうございます、STANZAです。
エリュシオンでのラストノベルをお届けします。

未来シナリオでは登場可能だったお子さんのお名前ですが、ノベルでは登場不可ということで……でもどこかに残したいと、苦肉の策で一覧データに忍ばせました。
皆様に出会えたこと、皆様の人生に深く関わらせていただけたこと、本当に嬉しく、感謝しております。
またいつか、新たな出会いに恵まれることを願って――

誤字脱字、口調や設定等に齟齬がありましたら、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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エリュシオン
2018年10月30日

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