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『ピースを組み替えて 』
神代 誠一ka2086)&クィーロ・ヴェリルka4122

 ──それは。あの時の俺には、何気ない一言のつもりだったんだ。


 ……怒濤の日々も一息ついたし、のんびりと。
 窓からの日差しを感じながら、神代 誠一はぐて、と手足の力を抜く。
 彼の自室。傍らに、何となくこの時間を共に過ごしている相棒のクィーロ・ヴェリル。とりとめのない雑談も一区切りして訪れた、優しい沈黙の時間。
 ……。
 ぼんやり、暫くしてそうして。ちらり時計を確認すると、先ほど確認したときから幾らも進んでいなかった。
 つい先日まで、ひっきりなしに依頼に戦場にと駆り出され、戻っては次の作戦のために資料をかき集めては整理する日々だった。
 それも漸く一段落だ、ということでの充電期間だが。何分長く忙しくしていたせいで、こういう余白を以前はどう過ごしていたんだっけ? を脳と身体が若干忘れている。
 ……ふむ、と、誠一は手を伸ばせば届くところにあったクリップボードを引き寄せた。挟まったままの白紙に、さらさらと何かを書き始める。
「ん?」
 クィーロが興味を持ったらしく覗きこんでくる。
「不思議な紋様だね。何が描かれるのかな」
「んーああ……暇だから三次方程式の解の公式を自力で導いてみっかって」
「……惨事砲帝指揮?」
「いやちょっとまてお前今どんな変換しやがったその顔」
 ax^3+bx^2+cx+d=0。これをxについて解けば、あとは指定されたabcdの値を当てはめていけばどんな三次方程式を解くことも可能になる。二次だと誠一にはすぐに終わってしまうが、三次、四次となるとかなり難しくなる。
「ふうん?」
 そのふうん? は理解したのふうんなのかは分からない。誠一だって、一からの奴に説明するならこの程度で理解出来るとは期待していない。そんなものなら数学教師の人生はもっと謳歌出来ていた筈だ。これはあくまで会話のキャッチボールの一環として応えただけ。わかってなくてもそれで良いという空気が、二人の間にはある。
 クィーロは実際、ついていけずとも誠一の手から次々と描かれていく数式を面白そうに眺めていた。どこか焼け野原を眺める心地もあったが。惨事砲帝。複雑怪奇の炎に世界は包まれた。
 尚、実際その解はどうなるのかというと……長すぎるのでここには書いてられない、とだけ。
 ゴロゴロとそんな時間を過ごして、凝り固まった身体を解すように一度ぐぅ、と伸びをすると、また持て余す空白が忍び寄ってきた。
 ──机の上の片付かない書類からは意図的に意識を反らすようにして別のところへ視線を向けて。
「ん? これ……」
 手に取ったそれは、いつか入手した東方の情報誌だった。
「お。クィーロ、幻の地酒だってよ!」
 何気なく開くなり、誠一は歓声を上げる。

「東方かー……長らく行ってないなぁ」

 続くそれは誠一にとって何気のない呟きのつもりであったし。
「ふうん?」
 クィーロのそのふうん? は、先ほどのそれとどれ程違うものかという程度に、思えた。

 ──……それから、さほども経たない後。
「誠一、準備は出来たかい?」
「は? 準備って、何が?」
「何って、何を寝ぼけた事を言ってるんだい? 幻の地酒を探しにいくんだろ?」
「は? え。行くっておま……今からか!? 早ぇぇよ!」
「行けないの?」
 行けないの、てそりゃ……行くか行かないか、を聞かれるならば──
「や、行くし!」
 誠一には、そう答えるしかなかった。
「んじゃ、小旅行としゃれこむか」
 突発的な小旅行は、こうして開始された。



 慣れたリゼリオと明確に異なる東方の空気は気分を新鮮にさせた。普段と違い、地図を見ながら目的地を目指す道行き。幻の、なんて言われるだけあって進むほど景色は知らないものになっていき、いよいよその正しさを覚束なくさせていく。
「……本当に、こっちの道であってるの?」
「その筈だって。俺の調査能力を疑うのか?」
「うーん、基本的には信じてるんだけど、誠一はたまにとんでもないポカをやらかすからなあ……今回は突発だし」
「突発になったのはお前のせいだろ!?」
 だけど交わす軽口に深刻さはない。信頼できる相棒との道のりは、こんなことすら楽しい。多少迷ったってきっと、お互い悪態をつきつつもなんだかんだ笑い話に出来るんだろう、そんな安心感。分け入る山道は紅葉がよく映えて、ああ、そんな季節だなあと染み入るように堪能する。
 ……今回は、軽口の危惧も杞憂に終わったようで。
 異国の空気が、何処かを境に、これまでとまた異なる香りを運んでくる。温泉、それから、蔵人の風。気付くと視線が前を向く。
 目指していた景色は、そうして今、目の前にあった。
 落ち着いた佇まいの温泉宿。情報誌で見た通りの。
「ほれ見ろ! 大丈夫つったろ!」
 誠一が笑いながらクィーロの肩を小突く。
「うん。勿論。信じてたよ誠一?」
 クィーロが臆面もなく言った。
「コンニャロ、調子良いこと言いやがって!」
 ふざけあいながら宿へと近づいていく。
 ここまで来て実は違いましたとか満室でしたとかいうオチも無く。
 そして今、二人は宿の一室で、地酒の瓶と共に自慢の料理の数々と対面していた。
「「カンパーイ!!」」
 ここまでお疲れ、と、互いに明るく杯を交わして。そうして各々、酒に料理にと口を付ける。
「うっま……! うわ。これは思ってたより……うん。これは、いいな……」
「誠一、これは中々の味だね」
 高く声を上げて感激する誠一。対して、自身も料理に拘りがあり、東方の料理に興味深々だったクィーロはじっくりと向かい合う構えだ。
「これは味付けに何を使ってるんだろうね」
 野菜に添えられた自家製味噌を味わいながら呟く。味噌の作りの上等さだけじゃない、風味は明らかに何かを刻んで混ぜこんでいる……が、控えめながらスッと突き抜けてくるその香りと味わいはクィーロに覚えの無いものだ。
 煮物は良く味が染み込んでいて、しっかりとした味わいながらくどくは無い。特にねっとりとした芋で味わうそれが酒に合わせるには絶品だ。
「上品な味わいながらこの食べ応え……鳥かな。でも多分大鍋じゃないとこの味は出ない……」
 川魚はシンプルに塩焼き。炭火の香りと絶妙な焼き加減で身はふっくら。
 酒も。蔵本が一つでも種類は様々だ。工程や原材料によって値段の差はあるが、必ずしも優劣を表すものではない。この料理ならこれ、と、合わせながらクィーロは存分に堪能して……。
「これ旨いなー。お、こっちも旨い!」
 どの料理も酒も、ただひたすら旨い旨いとご機嫌の相棒を見ていると、なんだかなあ、という気持ちになる。
「誠一」
「ん?」
「この煮物なら、こっちの酒と一緒に味わうといい」
 クィーロの言葉に、誠一は面倒臭がらずにへえ? と言われた通りにして。そうして一際、「うおお!」と目を見開いて旨そうに食べるのを見て、クィーロは少し気を持ち直して。
 ……けど。
「やっぱ飯はお前と食うのが良いよな!」
 そんな風に言われると。やっぱり、なんだか、どうでもいい気も、してくる。
 〆は焼おにぎり。醤油香ばしいそれを、まずはそのまま。それから、特性の出汁でお茶漬け風にして頂く。数々の品々をどれもじっくり堪能して。
「あー……極楽」
「ホンとにねー……」
「景色もいいし、突発だったけど来て良かったよなー」
「ふふ。感謝してよね」
「おおー。感謝感謝」
 あまりのいい気分に、憎まれ口を叩く邪気すら無くなったのか、誠一はだらりとした声でそう答えるのだった。



 と言って、まだ終わりではないのだ。
「温泉に入りながら紅葉を眺めて相棒と一緒に酒を飲む……ふふ、幸せ過ぎて後が怖いね」
 この宿自慢の温泉である。露天の湯がそれぞれの部屋に設えてある、大の男二人で入っても問題の無いそこに、桶に酒を浮かべて二人、文字通り浸る。リアルブルーと違い夜ともなれば少し先の景色は真っ暗だ。明かりに照らされた紅葉のみが浮かび上がり、なんとも幽玄な景色を生み出している。
「おー……」
「あー……」
 暫くするとそんな風に、ろくな言葉も出なくなる。訪れる静寂。闇。
 そこにふと、誠一の脳裏に忍び込んでくるものがある。
 ──モットナニカデキナカッタノカ?
 伸ばして、掴めなかった手。停まっていく風景。
(……やめろ)
 駄目だ。誠一は思考を停止しようとする。今はそんなのはいい。大体、考え直そうにもここには資料だって無い……──
 ……そうだ。無い。ここに来たから、離れられた。目をそらしながら、でも、片付けられなかったそれらから。

『東方かー……長らく行ってないなぁ』

 ──それは。あの時の俺には、何気ない一言のつもりだったんだ。

 だけどあの時。
 相棒は何処を見ていた?
 俺は……どんな顔をしていた?
(ああ、俺、心の底で、思ってた)
 ……心残すことが、あったんだ。だけど、疲れたんだ。休みたいんだ。遠くへ……行きたいんだ。
 だけどしがらみに囚われて縮こまる俺に、この相棒は容易くも『大丈夫だよ、行こう?』と、その片翼を広げて羽ばたかせてみせるのだ。
「クィーロ、お前さ……」
「うん?」
 思わず呟いた言葉を、しかし誠一は一度止める。だってこいつは言わなかった。この旅行中、大丈夫? なんて一度も聞いてこなかった。なら、心配してくれたのか? なんて聞いてどうする? そんなこと確かめなくていい。
 それよりも。
「あのな……?」
 誠一は更に声を小さくして、聞き取りにくいクィーロは顔を近付けていく。そして。
「ぷわ!?」
 その顔に、誠一が手を組んで作った水鉄砲が炸裂した。
「はっはあ引っ掛かったな!?」
「なっ……この、やったな!?」
 クィーロはお返しにと、腕で水面を薙いで盛大な波を作って誠一に頭から浴びせかける。
「うぶぼっ!? んにゃろ……!」
 そして始まる大人げない騒ぎ。
 だって。
 大丈夫。
 俺は大丈夫だよ。
 そんなのだってやっぱり、お前には言葉にして伝えることじゃないだろう?
 二人の戦いは、すみません別室のお客様もいるのでもう少しお静かにと従業員が恐縮して伝えに来て、その十倍ほど恐縮して二人が同時に謝るまで続いた。

 そんなこともありながら、さっぱりと、本当に何かさっぱりと洗い流した心地で、誠一は風呂から上がる。同じく上がってきたクィーロはほろ酔いもあってもう床に就くつもりのようだが、妙に気分の冴えた誠一は、もう少しと手慰みに、部屋にあった木製パズルで遊び始めた。
 一つの型に嵌まっていた図形が、バラバラな形に分かれていく。
 一見、関係なさそうな二つの形を、ピタリと嵌め合わせて。
(そう言えば……──)
 そうしながら、また、思い返していた。
 手を伸ばして、掴めなかった。その戦いのすぐ近くで。
(──支えてやれた背中も、有ったなあ)
 相棒の安らかな寝息が聞こえてくる。しみじみと実感する。
 駆け抜けていくような数々の戦いの中で、一つ。
 本当に、かけがえのないものを一つ、守れたんだよ。
 ああ。大丈夫。今は少し、違う気持ちで向き合える。
 ピースを嵌め込んでいく。心の在処を探すように。同じピースから、違う形を作っていく。
 激しい戦場には、いつも頼もしい仲間の息遣いが近くにあった。
 その戦いの準備は、仲間たちと騒がしく相談しながらだった。
 そういえば、彼も、彼も……それから彼女もか。高く評価されていた。誇らしかったなあ。
 同じピース。違う形。違う見え方。
 一つ違う形を完成させるたびに、違う顔が思い浮かぶ。
 そのどれもが、愛おしくて。
 最後に作るのは……箱に収め直すための、基本形。シンプルにして、やっぱり最も馴染むような。そこに思い浮かべるのは。
「……ありがとうな」
 呟いて、大事に蓋を閉めて。

 ──そうして彼は、幸せな眠りに就く。


 帰りの道もその旅を祝福するような快晴の空の元だった。
「そういえば、みんなにお土産を買っていくかい? 木刀を買うのが礼儀なんだっけ?」
 クィーロが、冗談ともつかない真面目な顔で提案する。
「木刀? こっちで流行ってんのか? それなら皆に買ってくか」
 対して誠一は、思った以上に素の調子で応えてきた。
 ああそうだ。お土産。いいな。買っていきたい、皆に。浮かれている様でどこか昨日とは違う暖かさを感じる誠一の背中に、クィーロはふ、と微笑む。

 ……果たして彼らは本当に木刀を買っていったのか。それはまあ、敢えてここには記さない、という事で。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2086/神代 誠一/男/32/疾影士(ストライダー)】
【ka4122/クィーロ・ヴェリル/男/25/闘狩人(エンフォーサー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご発注有難うございます。
受注を受けたとき、え? 神代さん? え、良いんでしょうかそんなまだ付き合いの浅い私めなどが承って、等と思ったのですが。
いざ書いてみれば字数みっちり書いてる自分が我ながらちょっとキモいな、と思いました。すみません。
ここ最近はPC様は怒涛の大規模グラシナラッシュ、
自分もそこに、メインストーリーへ自NPCを絡めての参戦という事で、思えば凪池にってはFに参加してから最も濃ゆい期間ともいえるわけで、その期間に集中してご縁があったPC様という事で、自分の中で結構印象付いていた模様です。
そんな想いが溢れてこんな形になってしまいましたが、いや普通にほのぼので良かった、とかだったら申し訳アリマセン……。
いやでも本当、大規模、グラシナ、PCの皆さま、ここ数ヶ月本当にお疲れ様でした!
少しでも慰安の旅行となりましたら幸いです。
改めまして、ご発注有難うございました。
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2018年10月31日

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