▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『アザミの国にて』
カーディス=キャットフィールドja7927)&ザラーム・シャムス・カダルja7518


 この国の空は猫の目のように変わる。
 その日も朝焼けから突然の雨、そしてまた日差しが降り注いだかと思えば雨粒が落ちて来るような目まぐるしい天気だった。
「おや、雨が上がりましたね」
 レースのカーテンを開けて、カーディス=キャットフィールド(ja7927)はハリエニシダの黄色が点在する丘の向こうに目を向ける。
 雨に洗われた丘の緑は鮮やかに輝き、その上に七色の光が弧を描いていた。
「ほら、ごらんなさいマイエンジェル。虹が出ているのですよ」
 陽の光を呼び込むように振り返ったカーディスは、暖炉のそばに置かれた古い揺籠に微笑みかける。
 祖母の代から使われていたという柳で編んだ素朴な籠には、妖精よけの鉄の鋏が括り付けられていた。
 この土地には悪戯な妖精が美しい人間の子供を浚って醜い妖精の子供とすり替える「取り替え子」の伝承がある。
 揺籠で黒猫のぬいぐるみと共に眠る赤子は、妖精ならずとも浚って行きたくなるほどに見目麗しく、まさに天使のようだった――というのは親の贔屓目だろうか。
 そう、その子はカーディスとザラーム・シャムス・カダル(ja7518)との間に生まれた娘。
 彼ら二人のエンジェルに相応しい名を戴いた彼女は、元気にすくすくと成長していた。

 カーディスの故郷はブリテン島の北部にあるスコットランド。
 その実家は昔ながらの素朴な造りではあるが、部屋数は多く手入れも行き届いているため住み心地は上々だった。
 家具や調度も丁寧に使い込まれたものばかりで、決して豪華ではないが上質で使い勝手の良いものばかり。
 総じて古びてはいても古臭くはない、その古さが安心感に繋がるような、そんな温かな家で、二人は結婚生活を送っていた。
 妻の出産を前に一年間の育児休暇を取得したカーディスは、ただいま立派なパパ(&主夫)になるための修業の真っ最中。
 そちらが本体と信じて疑わない者もいるらしい黒猫の着ぐるみも、今は封印中だ。
「着ぐるみと本体の区別が付くようになるまでは、お預けですの」
 わたしのパパは猫です、なんて言い出したら大変ですもの。
 きちんと理解しながら、それでもそう言ってのける未来が見えなくもないけれど――
 と、娘が急にぐずりだした。
「オムツは取り替えたばかりですから、きっとミルクですの」
 ラフなシャツの上に猫のイラストが付いたエプロンを着けて、カーディスはいそいそとキッチンへ。
 慣れた手つきで湯を沸かし、哺乳瓶を消毒して粉ミルクを計り入れ、人肌に冷ましてはい出来上がり。
「完璧ですの」
 今ではゲップもお手の物だ。
「ああもう、この無心にミルクを飲む姿も本当に可愛くてマジ天使ですの!」
 もちろん最初から上手く出来たわけではない。
 今も部屋の隅に山と積まれたままの、手引書片手におっかなびっくり。娘の反応が本とは違うと悩み、本によっても書かれていることが違うと迷い、時には失敗しながら、ここまで何とかやってきた。
 ひとりではなかったから。
 いつでもザラームが見守ってくれていたから。
(「ですから……ね、ザラームさん」)
 カーディスはいつでも開かれている、隣室へ続くドアの向こうに目をやった。
(「ザラームさんは体を癒すことを第一に考えてくださいね」)


 陽の当たらない、牢獄のような部屋。
 鍵の開く音がして、誰かが食事を運んでくる。
「まったく気味が悪いったら」
 嫌悪の表情を浮かべ、その人は冷めた食事を乗せたトレイだけを残して去った。
 再び鍵がかかる音を聞きながら、ザラームは安堵の気を漏らす。
 今日は叩かれなかった。
 その人は、そうすれば娘に取り憑いた「おぞましいもの」が追い出せるとでも言うように、いつでもザラームを叩く。
 時には皮膚が裂けるまで叩かれることも珍しくなかった。
 今日は機嫌が良かったのだろうか。
 だとしても、自分はその良い気分を台無しにすることしか出来ない。
 自分が母の気分を良くすることはできないのだ――この「異能」がある限り。

 ふと、ザラームは瞼を柔らかな日差しがくすぐる感触を覚えた。
 そっと目を開けると、そこには午後の光が溢れ――
「ああ、夢を見ておったのじゃな」
 うたた寝から覚めたザラームは、安眠グッズの海から浮き上がるように身を起こす。
 レースのカーテンが引かれた窓を見やると、そこから透けて見える遠くの空には綺麗な虹がかかっていた。
 隣室から続くドアはいつでも開け放たれ、甲斐甲斐しく娘の世話をする夫の姿が見える。
 ザラームはもう、閉じ込められてはいなかった。
 ただ、自力でそこから動くのが難しいというだけで。
(「出産というものが、これほどの重労働であったとはのう」)
 痛くてキツいとは聞いていたが、まさかそれが産後にまで尾を引くものとは思いもよらなかった。
 こんな状態を、産後の肥立ちが悪いと言うのだそうだ。
 幸い命に別条はないが、常のように動き回ることは出来ない。
 おかげで家事全般、育児を含めて何から何まで夫の世話になっていた。
 いや、もし寝込んでいなかったとしても、家事は夫にお任せだったかもしれないが。
 ザラームさん、家事全般は壊滅的に苦手だった。
(「仕方なかろう、そのようなもの覚える機会などなかったのじゃから」)
 普通は家族のやることを見て、ある程度は自然に覚えていくのだろう。
 だが自分はそんな機会も与えられなかった。
 家族の繋がりというものも、よくわかっていなかった。


「おや、ザラームさん」
 お目覚めですねと、気配に気付いたカーディスが顔を出す。
 その腕にはミルクをたっぷり飲んですやすやと眠る娘が抱かれていた。
「さあ私達の天使さん、女神様におはようのご挨拶をいたしましょう」
「……女神じゃと?」
「ええ、そうですよ。ザラームさんは私達の最高に可愛い天使を産んでくれた、最高の女神様なのです」
 とろけるような笑みを浮かべ、カーディスは娘を抱いたまま「二人分のおはようを女神様に」と、ザラームの両頬に口付ける。
「抱っこしますか?」
 問われて頷くと、カーディスは「はい、今度はママに抱っこしてもらいましょうね」と言いながら、娘をザラームの腕に預けた。
 ずっしりと重く温かで、ミルクの匂いがする赤ん坊を腕に抱きながら、ザラームはカーディスにお返しの口付けを。
 そして娘の小さな額にもそっと唇を寄せた。
 その頬を、我知らず温かいものが流れ落ちる。
(「これが家族というもの……」)
 少しずつ実感が湧いてきた気がする。
 けれど一方で、こんな自分が幸せになってもいいものだろうかと、そんな思いもある。
 温かな家族に陽の当たる部屋、温かくて美味しい食事。窓から見える庭は綺麗に手入れされ、季節の花で溢れている。
 もう充分に幸せだ。
 目にするもの、触れるもの、聞こえる物音、何から何までその全てから、常に「愛している」と言われているような気さえする。
 だからこそ、これは夢ではないかと不安になるのだ。
 目覚めたつもりが、本当はこちらの方が夢の世界なのではないかと。
 あの暗い部屋で一人怯える少女が紡ぎ出す、儚い夢なのではないかと。
(「もし、夢ではなかったとしても……わらわにそんな資格があるのじゃろうか」)
 ふと傍らに温もりを感じ、ザラームは目を上げた。
「ザラームさん、何も心配はいりませんの」
 ぴったりと身を寄せてベッドに座ったカーディスは、母と子を丸ごと抱え込むようにそっと抱き寄せた。
(「時々ザラームさんが思い悩んでいらっしゃることがあるのは存じておりますの」)
 何も力にはなれないけれど。
 自分は美味しいご飯を作って、一緒に食べて、いつでもそっと傍にいる。
(「ただ、それだけですの」)
 それだけのことが、どれほどの力を与えてくれるか、それを知っているから。
 自分もこの家で、そうして育てられたから。

「もう少し気候が良くなったら、三人でお散歩に参りましょう」
 天使の頬を指先で撫でながら、カーディスが言った。
「小さな頃に駆け回った丘や、登った木、探検した洞窟……それに妖精さん達にも、私達の天使と女神様をご紹介差し上げますのよ」
「妖精……そのようなもの、本当におるのか?」
 ザラームの問いに、カーディスはただ穏やかな笑みを返す。
 窓辺のカーテンの陰で、何かがちらりと動いたような気がした。

 それは隙間風の悪戯か、それとも――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【ja7927/カーディス=キャットフィールド/男性/外見年齢20歳/アンジェリーナのパパ】
【ja7518/ザラーム・シャムス・カダル/女性/外見年齢20歳/天使を産んだ女神様】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
いつもありがとうございます、STANZAです。
エリュシオンでのラストノベルをお届けします。

ノベルではお子さんのお名前指定をお受けすることが出来ませんので、データ欄に残すという形で対応させていただきました。
伏せっておられるという状況から、ご期待されたほどの甘さには至らなかったかと思いますが、その分間接的な甘さはたっぷり仕込ませていただいた……つもり、です。
どうぞ末長くお幸せに……(何年かしたら黒猫三人組が学園を闊歩するようになるのかな、と思いつつ)

口調等、齟齬がありましたらリテイクはご遠慮なくご依頼下さい。
パーティノベル この商品を注文する
STANZA クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年10月31日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.