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『いっしょにごはん 』
緋打石jb5225




 天魔の成長は人間に比べるととてもゆっくりしたもので、己の意思で外見の成長を止めることもできる。
 緋打石は久遠ヶ原へ来た時から変わることなく、12歳の少女の姿を維持していた。
 外見こそ変化はないが、『渇き』を抱いた内面には小さからぬ動きが積み重なっている。
 表向きには平和へ向かっている世界の裏側を生きながら、昨日とは違う今日を過ごしている。



「おねーちゃん、ありがとー!」
「礼には及ばぬよ」
 『万屋トルメンタ』の活動開始から1年と少し。
 依頼を通じて保護した身寄りのない子供たちは、信頼のおける孤児院へ保護を頼むようになった。
 天魔、あるいは心なき能力者によって家族を失った・愛情を知らず育った子供たち。
 優しい場所で暮らし始めた彼らは、会う度に健やかに成長している。
 彼らの様子を見に顔を出すのは、石の楽しみの一つだった。
 今日は世話になっている各所や交友関係へ『お中元』を渡し歩いていて、孤児院が最後の場所となった。
「いつもありがとうございます。よろしければ、こちらをお持ちになりませんか?」
 孤児院の院長が、庭で育てた夏野菜を籠一杯に詰めてくれた。
「おおっ、これは美味そうじゃな!」
 太陽の日をめいっぱい浴びた、トマトやナスは艶やか。朝採りのトウモロコシからは大地の香りがする。
「今夜は料理の腕が鳴るぞ。ありがたく頂戴する」


(そういえば自炊は久しいの)
 籠を抱え、雲一つない碧空を飛びながら思い至る。
 普段は外食か出かけた先で美味しそうなものを見つけて買って帰るばかりだ。
 『喜んでもらえるだろうか』
 お中元を贈ることは、感謝の気持ちと共に喜んでほしい願いもある。
 この野菜も、石に対してそういった願いを込めて手渡されたはず。
「……ふむ」
 ならば。
 贈り物に、手料理を。
 それも表現方法ではないだろうか。
「良いことを思いついたぞ!」
 石も料理は不慣れだが、同様に技量のわからぬ相手がいる。
 彼も巻き込んだら、楽しいのではなかろうか!




「りょうりぎのうけんてい」
 呼び出された久遠ヶ原学園所属の少年堕天使・ラシャは、石が拠点としている風雲荘の前で彼女の帰りを待っていた。
 野菜の籠を受け取りながら、提案をオウム返しする。
「うむ。ラシャ殿がどの程度の腕前か、見たくなってな。技量次第ではトルメンタで請け負う仕事の幅も広がるぞ」
「ヒダは料理できないのか?」
「まままままさか! 自分からは華麗なる手料理を振舞って進ぜよう」
 少年の素朴な疑問へ、石は視線を逸らした。


 野菜以外に必要となりそうな食材は帰りがけに石が調達してきた。
 普段は自炊しないが、調味料や基本的な器具はそろっている。ほぼ新品で。
「ウーン……カレーライスとか、何を入れてもオイシイよな」
 級友たちと行ったキャンプの話をしながら、ラシャは慣れない手つきでスマホを操作している。
「うむうむ、無難なものが良いと思うぞ。初心者は奇をてらわぬのが一番じゃ」
「むぅ」
 そんな姿を鼻で笑いながら、石は野菜各種をザク切りしていく。深いことは考えず、完全な手癖だ。
 野菜を土鍋へ放り、くぼませた中央に牛・豚肉のコマ切れを敷きつめる。
(調味料は……コレとソレの組み合わせは試してなかったな。ふむ、アレも入れて見れば面白い反応が生まれるやも)
 石の動力源は好奇心である。料理とて然り。
 味見をしないのも、仕上がりのビックリが楽しいから。
 赤いのか茶色いのか黒いのかわからない液体に浸った具材を微笑ましく見守って、少女はそっと土鍋の蓋を閉じた。

 約10分後。
「……酸っぱい? いや、ナンカ、目がイタイ……」
 土鍋がコトコトと音を立て始めた頃、野菜を切ることに四苦八苦していたラシャが顔を上げた。
「か、換気が足りないようじゃな!! タマネギを切ると目に染みるからの!!」
「ニンジンだけど……」
「窓を開けるぞー! おお、ラシャ殿。見てみよ、一番星じゃ!」
「え、見る……!!」
 声につられ、ラシャは包丁をまな板に置くとキッチンとは逆方向の窓辺へ駆け寄った。
「今の時間帯の空は、本当にきれいじゃのう」
「ウン……。前に、ぼんやり飛んでたら電柱にぶつかって痛かった」
「わはは」
 黄昏時から紫紺へ。移り変わる空を飛ぶのは飛行能力を持つ者の特権。
 自分自身も空気と同化するような、不思議な気持ちになる。
 ほうっと見惚れるラシャの後ろで、石は酸味と苦みを生み出した刺激物をシンクへ流し込んだ。
 具材に罪はないので、液体だけ。
(しまった、つい自分本位で罪深き闇鍋を生み出してしまった……)
 ラシャは、どうやら気づいていないらしい。
「あれ? ラクになった……。換気は大事だな、ヒダ!!」
 無垢な笑顔が、石の良心にグサグサ刺さる。……こんなにも刺さるとは。
「今まで、自分の好きなように生きてきたからな……」
「え?」
 心臓を抑えながら零した独り言は、ラシャには届かなかったようだ。
「いや、うむ。ラシャ殿は、どういった味付けが好みか? 甘めや辛めなど、リクエストはあるかの」
「ヒダは何を作っているんだ?」
 さっきまで鍋で煮込んでいたように思うが……ここから方向転換するのだろうか?
「下準備は終えたゆえ、ここからが本番よ」
「甘い鍋なんてあるのか?」
 リクエスト内容に、少年堕天使はふふっと笑う。
「鍋だったら、アレがいい! 肉じゃが!!」
「……それは……鍋料理か……?」
「鍋で作るだろ?」
「たしかに、まあ……。ふむ。では『肉じゃが風』とするか」
 トマトもナスも入っているし、肉に至っては種類が混ざっているしシラタキも無いけれど。
「ヒダは何がスキ? オレ、がんばるよ」
 リクエストを聞かれたなら、こちらも。
 わざとらしくシャツの袖を捲って、ラシャが石の顔を覗き込む。
「そうじゃなー。夏野菜のカレーは好きじゃぞ」
「あーっ、オレの手元見て言ってるだろ!!」
「ラシャ殿が、どんなカレーを作るのか食べてみたいのじゃよ」
 野菜の皮むきに時間がかかっているが、選んだ食材やカットのサイズを見ればラシャの考えは見通せる。
 無理をさせるつもりはないし、どんなものを作るのか楽しみということだって本音だ。




 小さな土鍋から、米の炊ける湯気が上がる。
 もう一つの土鍋からは優しい和風の香り。
 深めのステンレス鍋では、ガラスの蓋の向こうでカレーがくつくつ煮えている。
「ヒダは、凄いな」
 皿の用意をしながら、ラシャが呟く。
「ヒトをたくさん幸せにしてる」
「うん?」
「味見をしたら、野菜が幸せな味をしてた」
 孤児院の菜園で作られた野菜たち。
 そこには、院長や子供たちの気持ちがたくさん詰まっている。
「……こうやって、形になって、味になるって……すごいナ」
「……そうじゃのう」

 誰かのために。
 誰かのおかげで。
 今まで出会った人々が、石へ少しずつ影響を与え、こころに小さな変化を生み出した。
 
「……オイシイ」
「眉間にしわが寄っておるぞ、ラシャ殿。たしかに味付けは濃いめだったやもな……雪国ではこうして冬を乗り切ると聞いてな」
「まだ夏……」
「ほれ、麦茶を飲め。水分をたっぷり摂ることは大事じゃ。ところでラシャ殿、ニンジンが大きすぎて火が通っておらぬぞ」
「よく噛むことは健康にイイってテレビでやってた!!」


 生き飽く暇もなく、知りたい学びたいことが増えてゆく。
 食卓を囲んで、石は幸せの味をゆっくりと噛みしめた。
 届けたい、たくさんの『ありがとう』を抱きしめながら。




【いっしょにごはん 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5225 /  緋打石  / 女 / 12歳 / 万屋トルメンタ 】
【jz0324 /  ラシャ  / 男 / 14歳 / 久遠ヶ原の撃退士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
闇鍋からの華麗なる変身!(仮)
アクシデントも含めて平和な、お料理エピソードをお届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年11月01日

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