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『地に足をつけて 』
イェルバートka1772

 ガタンゴトン、と足元が揺れる。それは基本的に一定のリズムを刻むのだが、時折思い出したように激しくなる。錬金術師組合を擁するとはいっても帝国の最重要課題は常に軍事関係の事柄であり、機導術の恩恵も帝都や各地方に点在する要塞都市から与えられる。――もっとも、人口が多い場所から優先的に技術が発展していくのは他国も同様だろうが。
 規則的な振動に眠りを誘われては、一際大きな揺れに見舞われて意識が引き戻される。イェルバートは何度目かのそれに一人肩を揺らした後、右方向に目をやり徐に手を伸ばした。ガタガタと音を立てて窓が開き、冷たい風が顔中に吹き付ける。その勢いに被っていたフードがめくれ、イェルバートは乱れた髪を戻しつつ席に座り直した。コートの前もぐっと締める。
 村を出て改めて思うのは、帝国領内は殺風景だということだ。森は多いがそこで生活するのはエルフが中心であり、都市と森以外の地域に至っては環境問題も深刻で、覚醒者でもなければ慎ましく生きるほかない。イェルバートが生まれ育った村もそうだった。今、都市部で使われている物より数世代古いだろう列車に揺られて向かう先。あの小さくも安らぐ工房が懐かしい――。ふわ、と小さく欠伸が零れた。

「――ル。イェル!」
 声と振動が伝わるのは同時だった。
「ごめん、寝ちゃってたみたい」
 欠伸を噛み殺してそう言うと、先程イェルバートの肩を揺らしていた人物は肩を竦め、しょうがないなと笑った。そして昨日は深夜まで起きていたことについて苦言を呈されたが、実際には本気で怒っていないのが分かる。何せその理由はホテルにあった最新式の冷蔵庫を調べていたからだ。無論壊すわけにはいかないので分解などはしていない。日常的な利用範囲で動作効率からその材料や構造を推測する。それを試していたのはイェルバートだが、彼も様子を見守っていた。元よりイェルバートが機械に興味を持ったのは彼――機導師である祖父の影響なのだから。
「……もうそろそろ着きそうだね」
「ああ。ばあさんがお待ちかねだ」
 祖父のその言葉に、ふとイェルバートの頬が緩む。錬金術師組合に所属する祖父に連れられて村を出て、そしてもうすぐ帰る。行ったのは帝都よりは近い支部だが、それでも子供の身にはなかなか堪える長旅だった。村にはない最先端の機械が見られたときは柄にもなく興奮してしまったものの、帰る段になればその熱も随分落ち着く。急に祖母の手料理が恋しくなった。
「ねえ、あれ見せて」
 隣に座る祖父の袖を引いて言うと、彼は後方へ流れゆく風景を気にしつつも頭上にある棚から大きな鞄を取り出し、その中身をイェルバートに手渡した。
 スイッチを押せば、光が漏れ出す。祖父が考案した機導装置の一種――小型照明だ。それ自体は特に珍しくないが、現在普及している物と比べて光量が強いのにエネルギー消費は少ない。新技術というよりも、構造を最適化した結果性能も向上した、といった代物である。派手さはないが安全性は高く、広まれば確実に用途の幅が広がる。そんな地に足の着いた祖父の研究方針は立派なものだとイェルバートは思う。
「あのさ、やっぱり僕も――」
 一瞬の躊躇いの後、言葉の続きを口にする。それを聞いた祖父は微笑み、手が伸ばされた。

 ピシャリと大きく鳴った音に、急激に意識を引き戻される。気付けば誰もいなかった筈の向かいの席に男がいて、こちらを一瞥し、腰を下ろすところだった。視線を巡らせるまでもなく窓がしっかり閉まっているのが分かる。眠気覚ましに開けたものの結局は寝入ってしまっていたらしい。寒さの余韻を感じながら癖のようにフードを被り、そっと隠れて自らの懐を探る。
 都市部に行けば人口が増える分、必然的に犯罪も増えるが、僻地は僻地で監視の目が行き届かない為に犯罪が起きやすくなる。男を疑ったというよりも単に、ハンターを生業にすることで得た教訓によるものだ。
 持ち物が無事なのを確認してほっと息をつくと、イェルバートは硝子越しの景色を懐かしんで目を細めた。子供の頃、祖父に連れられて村を出た時のことを思い出す。あの頃はまだ彼に対する憧れが強くて、ただ漠然と同じ機導師になりたかっただけだったと、今になって思う。錬金術師組合に入った時もそうだ。ハンターとしても活動するようになり、依頼を通して限られた狭い世界じゃない人々の暮らしを目の当たりにして。そこで初めて自分のやりたいことが見つけられた。胸を張って機導師と名乗ることが出来る。そんな話をしたら二人は何と言うだろう。子供にするように頭を撫でられそうだな、と思う。
(そういえば、何の夢を見てたんだっけ……)
 数分前まで覚えていた筈なのに、もう忘れてしまった。
 列車が減速し始め、イェルバートは立ち上がり出入口へと向かった。降りた後は暫く歩きになる。地に足をつけ、明かりを手に故郷へと帰っていく。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1772/イェルバート/男性/15/機導師(アルケミスト)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
祖父とのエピソードについて、だいぶ自由に書いてしまったので
イメージとかけ離れていないか凄く不安ですが大丈夫でしょうか。
冷静でしっかりしたところや顔立ちにも触れたかったのですが、
自然に入れることが出来ず、それが非常に心残りです。
過去を想像しつつ書き進めていくのが楽しかったです。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2018年11月02日

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