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『木漏れ日の花壇 』
浅緋 零ka4710)&神代 誠一ka2086

 神代は真っ青な空を仰ぐ。
 手の中には収穫したての朝顔の種。
 来年は地植えにしてやるからな、と見渡す庭はなかなかに広い。
 朝顔数株なんの問題もない――だがあれやこれやと騒いだりした結果……。
 見るも無残な、いやこれは日常の見慣れた光景だから問題なんてな……い――現実から目を背けかけた神代の耳に蘇る戦友の言葉。

「キレイに片付くと良いですね。その時は花壇でも作れればいいんですが……」

 そう庭にいつの日か花壇を――。その時から考えてはいた。
 夏には相棒にもその計画を伝え少しずつ準備も進めてきたのだ。二人で朝顔市で購入した兄弟朝顔もその一環。
 尤も今年はウッドデッキにて花を楽しませてくれたのだが。
 一応気付いたら大きな石を取り除いたり整備もしている。
 ただ一歩進んで二歩下がる――それは気のせいだろうか。
「まぁ、千里の道も一歩からだ」
 少し言い訳がましいのは自覚済。
 鼻歌交じりにぐるっと庭を回って石を拾っては隅に積み上げていく。
 誰に見られてなくともそんな気楽な態度が自然ととれるようになったのは……。
「……皆が……」
 いてくれたから。
 少し前、神代の心の内は荒野だった。荒れるままに放置された。
 表面上はなんとか取り繕えても、ふとした拍子にそれが表に顔をみせてしまう。
 別にもうそのままでもいいんじゃないか……そんな気持ちが過ったこともある。
 だがそんな自分を支えてくれた人たちがいた。
 乾ききった荒地に雨の如く潤いを与えてくれた人……。
 己の汚い部分をみせてなお、共に荷を背負ってくれた相棒……。
 傍らで共に拓き拡げていこうと言ってくれた友人……。
 彼らがいたから神代は再び一歩踏み出すことができた。
 この一年、なんとかまた心の内を整備しようと動き出すことができた。
 荒れ野のままこの日を迎えることがなくて良かったと思う。
 今日はまん中誕生日。神代と元教え子零の誕生日のちょうどまん中。
 二人で祝おうと約束した大切な日。だからこそこの気持ちで迎えられてよかった。
 ちゃんと心から笑うことのできる自分で。
 なんでもない一日を「まん中誕生日」と特別な日にしてくれた大切な元教え子のためにも。
「あー、でも花壇は全くもって間に合わなかった……」
 ホントすまん、心の中で謝罪した。

 窓から入ってくるのは秋のひやりとした空気と寄せて返す湖の波の音。
 ゆっくりと穏やかに時間は流れていく。
 折角だから、と少し遠くまで足を延ばし、評判の店で購入したケーキはとても美味しかった。
 零の唇から零れた控え目だが満足気な吐息は手にしたカップに満たされた紅茶を揺らす。

 ろうそく、いる?
 二人の年齢合わせたらハリネズミケーキが出来上がりそうじゃないか。

 お店でのやり取りを思い出し零は口元を綻ばせた。
 他に仲間もいれば賑やかだろうが、二人だけだと言葉は少なめだ。
 でもこうして聞こえてくる音に耳を澄ませながら一緒にいる時間はとても心地が良い。沈黙が重くない。

 せんせいも、同じだと、うれしい……な

 テーブル挟んだ正面。ブランデーをたっぷり利かせた甘さ控えめ大人味のパウンドケーキを食べ終えた神代が琥珀の液体の入った瓶に手を伸ばしている。
 気負った様子も居心地悪そうな様子もない。いたっていつも通り。瓶の中身にいたるまで。
 それがウィスキーだかブランデーだか零には判別つかないが酒であることは明白。
「せんせい。飲みすぎは、体に良く、ない……よ?」
「……紅茶に香り付けを少々だな」
 コホンと咳払いで誤魔化す神代に零は「ちょっと、だけ……なら」と許可を出す。
 ここは神代の家で神代の酒だ。零の許可を得るまでもないのだが神代は「サンキュ」と嬉しそうに瓶を引き寄せた。
 トクトク――琥珀の液体が注がれる音。柔らかくて嫌いではない……が。
「入れ、すぎ……」
「……同じ色なのでセーフ」
 理屈もなにもない弁明が返された。
 そして誕生日プレゼントの交換。
 神代からは手作りの問題集。
 示し合わせたわけではないが誕生日のプレゼントはいつも互いお手製のものだ。
「これも返しておくな」
 手渡される一枚の答案用紙。これは去年の誕生日にもらった問題集を終えた零に神代が作ってくれた復習試験の答案だ。
 恐る恐る手に取って表に返してみれば「100点」と隣に花丸が描いてあった。
「花丸……」
「たいへんよくできました、の判子が良かったか?」
 ううん、と首を振って答案を抱きしめる。
「よく頑張ったな。今年の問題集はちょっと手ごわいぞ」
 最後の問題は暗号になっている、なんて神代がにやりと笑う。
「がんばる……ね」
 こくりと頷く零の髪を風が撫でていく。
 窓の外、色づいた葉が一枚、二枚……ひらりひらりと。
 どこかで見た懐かしい光景。

 秋の陽射しを受けてきらきら輝く銀杏の葉。

 ああ、そうだ。と思い出す。

 保健室――……

 高校生の零は保健室通学をしていた。
 遠くに聞こえる喧騒、人気のない廊下に響くチャイムの音――教室棟から離れた保健室は零にとって高校での居場所だった。
 そんな零の日課は保健室前の花壇の水やり。
 少しずつ成長していく草花をみるのが楽しみだった。
 そんな零の学校生活に変化が訪れたのは神代が担任になってからだ。
 時間をみつけては神代は零に勉強を教えに保健室を訪ねてきてくれた。
 ある日、零が初めて小テストで満点を取ったときのこと。
 100点と並んで描かれた絵に零は首を傾げた。
「は、なまる……?」
「それは春に花壇に咲いていた――あれ、えっと」
「マリー、ゴールド……」
「そう、それだ」
 花弁が多すぎる花丸はマリーゴールドだったから。先生はちゃんと見ていてくれたのだと心の中がふわりと温かくなったように感じた。
 そうして一つ、一つ季節を過ごして、11月。
 先生が手作り問題集で零の誕生日を祝ってくれ、零も先生の誕生日を知り二人の誕生日のまん中の日を祝おうと約束したのだ。
 零には過去しかなかった。今は過去の延長にあるだけ。未来に道は続いていない。だがまん中誕生日のおかげで久しぶりに明日を楽しみに思う気持ちを感じることができた。

「せんせい……」
「どうした?」
「花壇、作りたい……な」

 とても、とても大切な時間を過ごした保健室――そこにあった花壇。
 暫くの沈黙。
「レイ、ちゃんと、お世話、する……よ」
 それはハンターが長期にわたって家を空ける可能性がある故の躊躇いかと思い零は訴える。
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」
 慌てた様子で顔の前で手を振る神代は、吃驚したと目を丸くする。
「俺もね、花壇が作れたらいいなって。そう思ってたんだ」
 先に言われちまった、と頭を掻く神代の双眸は嬉しそうに細められていた。今度は零が驚く番だ。
「……そっか」
 ようやく発した一言。同じことを考えていたことが嬉しい。だが元より饒舌ではない零は気の利いた言葉は出てこない。
 代わりにちょっと照れたように微笑む。
「じゃあ、みんなで……一緒に、作ろう」
 もちろん、と神代が頷く。
「……場所、どこがいい……かな?」
 ぐま、と零は神代の兎を呼ぶ。日当たりの良い場所に置かれたクッションを独占していたぐまがひょいと顔を上げる。
「お散歩……行こ?」
 立ち上がった零の後ろにぐまが身軽に続いた。

 零が軽やかに落ち葉を踏む音が響く。その足元を跳ね回るぐま。
「ぐま。日当たりの……いい場所、知ってる……?」
 ぐまはついてこい、とでも言うように跳ねていく。

 背、伸びたな……

 数歩後を歩く神代はぐまと話す零を見つめる。
 花が好きな零……。
 今年の誕生日プレゼントは12枚の手作りの栞。それぞれの月に咲く花を押し花にしてある。一年かけて零が選んでくれたのだと思うと少し使うのがもったいない。
 保健室前の花壇も零が面倒をみていた。
 だから庭にも花壇があれば喜ぶ気がして、そして驚く顔をみたくて準備が整ってから伝えるつもりだったに……。
 先手を取られるとは……。
「やられたなぁ……」
 しみじみと元教え子の成長を思う。

「せんせい……どう、したの?」
 零が振り返る。
「まずは零の好きな花を植えるとするか。何が良い?」
「ん……と……」
 合わせた両手を口元に。真剣に考えている表情だ。
「レイは、スノードロップが、いい……な」
「冬に咲く花か。これからの季節に良いな」
「うん。雪にも負けない、強い子……で、お花も、かわいい……から」
 はにかんだような笑みを浮かべる。

 表情も豊かになった……

 自然と神代の表情も柔らかさを増す。
 彼女らしくマイペースでゆっくりとだが保健室のころから変わってきているのが嬉しい。
 自分にも零にとってもこの世界で得た縁は悪いものではなかったと思う。

 大木から少し離れた落ち葉の上にぐまが得意そうに座り込んだ。ちょうど窓からも見える位置。
「花壇に、しても……いい?」
 屈んで尋ねる零の額にぐまが自分の頭を押し付ける。
 もしも屈んでいたのが神代だったら間違いなくジャンプ頭突きを食らったことだろう。
「せんせい、ここに、花壇を……作ろ?」
「あぁ、じゃぁそこで決まりだ。零、スノードロップを植える時期は?」
「8月……から10月、くらい?」
「うっ……それはもう間に合わないんじゃ。いやでも苗からいけば……まだ?」
 腕を組んで考え込む神代に「レイも、手伝う……」と頼もしい申し出。だが「でも……」と続く。
「……壁の穴は、自分たちで、直して……ね?」
 やれやれとでも言いたげな視線が向けられる。

 ……っとに豊かになって!

 誰に似たんだ、誰に――と思いかけて笑う。
 これではまるで……。いやそうなのだ。
 教師と教え子ではなく、同じ目線の高さで語り合える仲間――というよりも家族のように。
 誰にも言っていないが零の結婚式で父親役をするのが密かな夢だ。

 その前に零と結婚するなら俺と勝負しろ(むろんパズルゲームで)とか言うべきか……

 冗談交じりにそんなことを考えていたら

「……ぃでっ!」
 ぐまに後ろ足で思いっきり脛を蹴られた。心の中を読んだのか、というタイミング。
「ぐまぁ〜……」
 神代の声などどこ吹く風でぐまは零の腕の中に飛び乗った。

 兎と顔を突き合わせる神代の姿に零は笑みを零す。
 この世界にあの保健室の面影はない。
 大人に見えた『せんせい』にもダメな所が沢山あることも知った。

 今も、ぐまに、むきに、なってる……し

 あの頃と多くが変わってしまった。
 でも今も変わらず『せんせい』がいてくれる。
 「ありが……とう、せんせい」いつも心の中で繰り返す言葉。

 だって、レイは ――

 『せんせい』が居てくれるから歩いていける。

 まん中誕生日。明日へ踏み出すきっかけになった日。
 零にとってもう一つの誕生日なのかもしれない。
 また『今日』を『せんせい』と祝うことができた。
 胸一杯に広がる感情は温かくてどこかくすぐったい。
 自分の時間が未来に続いていると『せんせい』にも伝わっているだろうか。
 保健室から今日まで。そして今日から次のまん中誕生日まで――積み上げられていく『ありがとう』を込めて。

「せんせい。お誕生日、おめでとう」

 背伸びして少しでも視線を近づけようと。心の中、この想いが伝わるように。

「ありがとう、零。零も誕生日おめでとう」

 一瞬目を瞠って、それから神代がくしゃりと大きな笑みを返してくれた。
 来年もまた……こんな時間を過ごせるようにと願わずにはいられない。

 『花壇建設予定地』と書かれた小さな看板を零は神妙な面持ちで土にさす。
「皆が好きな花も植えていけるといいな」
「うん。……とても……賑やかに、なりそう」
「四季折々。色とりどりの花が咲いたら綺麗だろうね」

 目を閉じた零の脳裏に広がっていく色とりどりの花壇。
 一年中賑やかで。伸び伸びと葉を広げて花を咲かせて。

 それはまるで……

 まるで……

 この家のよう

 仲間が集まる……木漏れ日がふりそそぐ……

 せんせいの家――……

「せんせい。スコップ、どこ?」
「今から始めるのか?」
 情けない声をあげる神代に零が笑いかけた。
「善は、急げ……だよ?」
 零が腕をまくる。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4710 / 浅緋 零  】
【ka2086 / 神代 誠一 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます。桐崎です。
そして零様、神代さまお誕生日おめでとうございます。

大切な日のノベルをおまかせいただき大変嬉しく思います。
お二人の誕生日ノベルいかがだったでしょうか?
お二人を拝見しているとお二人の繋いだ人と人との輪が螺旋のようになって皆を進ませる力になっているのだなぁ、と仲間の皆様やご友人との素敵な縁を強く感じずにはいられません。

話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
誕生日プレゼントを勝手に設定してしまいましたので、実はほかにちゃんと用意してあるものが!などとありましたら一言ご連絡くださいませ。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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桐崎ふみお クリエイターズルームへ
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2018年11月02日

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