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『魔女と王子 』
リオン クロフォードaa3237hero001)&九重 依aa3237hero002)&エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001

 凄絶な戦いだった。
 数十組のエージェントがつま先立ちで死線上を渡り、渡りきれずに幾組かが地獄へ落ちた。だからといって天国がいいところだなんて保証はないし、少なくともこれ以上死に怯える必要もない。
 ――ですので、おめでとうございますと申し上げておきましょう。
 エリズバーク・ウェンジェンスは、先ほどまで骸が横たえられていた臨時の霊安室のただ中、薄笑む。
 この有様は彼女にとって実に喜ばしいものだ。この戦いで愛する者の仇たるヴィランが多数死に、愛する者の死を躙って正義を気取るエージェントのいくらかが死んだ。
 しかし。本当の喜びを享受する今日は、これから始まる。
 くつくつと喉を鳴らし、エリズバークは腿のホルスターに収めた魔導銃50AEの冷えた重みを確かめる。AGWとしては旧式の部類に入りつつある代物だが、弾切れの心配をせずにすむのは実に大きなメリットだ。
 まあ、引き金を引くのは4度だけ。メリットを感じることもないのですけどね。
 そして振り向いた。
「不躾な招きに応じてくださってありがとうございます。実は心配していたのですよ。あの戦場であなた様がお亡くなりになってしまうのではないかと」
 2メートルの距離から魔導銃の銃口を突きつけられたリオン クロフォードは息をつき、応えた。
「えっと、エリーさんだったよね? 意味わかんないんだけど、説明くらいはしてくれる?」

『このお仕事が終わりましたら、能力者のお嬢様に秘密でお目にかかりましょう。積もるお話もあることですしね、リオン王子』

 戦いに臨む直前、エリズバークからささやかれた言葉。王子? まさかこの人、俺の過去を知ってるのか?
 かくて逸る気持ちを抑えて戦いを生き延び、能力者にたどたどしい言い訳をしてエリズバークを探し回った末、ようようと見つけたところで……この有様だ。
「あら、私みたいな身分卑しい魔女を王子が愛称で呼んでくださるなんて、光栄至極ですわねぇ」
「別に貴賤がどうのなんて思ってないけど、喜んでもらえてよかったよ」
 エリズバークの敵意と殺意がこちらへ向けられていることを知りながら、なお棒立ちを保つリオン。
 ずいぶんとなめられたものですね。あなたから“いただいた”ものを忘れたこと、私は一秒だってありはしませんのに。
 胸の奥へ迫り上がる苛立ちを笑みに紛れさせ、エリズバークは平らかに言う。
「そろそろ知らないふりはやめていただいてもよろしくて? これでは私が理不尽なばかりの女に見えてしまいますから。……それとも、それが王子の正道ですかしら?」
 対してリオンは目をしばたたき。
「知らないふりっていうか、今日は初めてだよね? エリーさんがH.O.P.E.に来たのって最近みたいだし」
 その目を伏せて、言葉を続けた。
「俺、自分のことぜんぜん憶えてなくて。だから王子って言われて驚いたし期待したんだ」
 は?
 エリズバークは思わず目を見開いた。
 英雄という存在が大なり小なり過去の記憶を損なうことは知っている。しかし、あれほどのことをした王子が、まさかすべてを忘れているなんて。
「名前以外にもうひとつだけ憶えてることがある。命に代えても守らなきゃいけなかったものを守り抜けなかったこと。なにを守りたかったのかも、どう守れなかったのかもわからないけど……もしエリーさんがそれを知ってるなら教えてほしい」
 まっすぐな目で問うてくる。
「あなた様は」
 エリズバークの言葉は激情に蓋をされ、詰まった。
 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。
 もう私には復讐しか残っていないのに。ヴィランを殺す。エージェントを殺す。世界を殺す。そしてリオン様、あなたを殺す。それだけのために生き長らえてきたのに。
 エリズバークはすがめた目をリオンからもぎ離し、歩き出した。
 今のリオンはただの空箱だ。怒りにまかせて中身の失われた箱を壊したところで果たされるものはなく、未だ世界の形を保つだけの力を有するH.O.P.E.にあっけなく潰し返されて終わるだけ。
「待って! 俺は思い出さなくちゃいけないんだ。リオン クロフォードのこと、全部」
 元の世界で犯したのだろう罪を。
 エリズバークに銃を向けさせることとなった真実を。
 ああ。そうやってすべてを聞き出したら、きっと心から悔いるんでしょうね。私の足元へすがって、殺されても当然だと覚悟を決めてみせるでしょう。
 あなたはいつだって誰より実直で、灯火のようにあたたかかった。それが王者の傲慢だとも気づかず、ただ輝いて――
「エリーさん!!」
 もうどうでもいい。殺す悦びがもらえないなら、ちびの王子様になんてなんの価値もありませんもの。ですから。
 なにも思い出せないままうずくまっていなさい。何者かも知らないまま泥の中で息絶えてください。私の知らないところで、勝手に苦しんであがいてもがいて。


 部屋から踏み出したエリズバークは扉をロックし、リオンを内へと閉じ込めた。これで今日はもう、つきまとわれずにすむだろう。
「――まずは思いとどまってくれたことに礼を言う」
 言葉ならぬ首筋へ突きつけられた殺気に反応し、エリズバークは振り返る。
 待ち受けていたのは、扉の脇の壁に背をもたれさせた九重 依。
 彼はすがめた赤眼から絞り込んだ殺気を伸べたまま、ゆっくりと組んでいた両腕を解いた。
「私を追いかけてきてくれたのではなさそうですけど、いつからそこに?」
「リオンが部屋に入ったところからだ」
 依のことはすでにある程度を調べていた。リオンと同じ能力者の第二英雄で、シャドウルーカー。特にリオンと「なかよし」ではなさそうだったからノーマークだったが、読み誤ったかもしれない。
「お友だちを心配して? ずいぶんと過保護なんですねぇ」
「本当の最後が来るまで、ふたりそろってそばにいろと契約主に命令されてる。勝手に減られたら俺の負担が増えるだろう」
 それだけのことだ。
 ため息をついてみせる依の手が、いつでも目の前の女の首をへし折りにかかれるよう備えられていることは容易く知れた。
 隠さず知らせてくるあたりはリオンと似ている気もするが、この迷いのなさはリオンと真逆だ。エリズバークは袖口に押し込んでいた魔導銃をいつでも抜き出せるよう備え、笑みかけた。
「シャドウルーカーらしからぬ有様ですね。少しは隠しておくべきかと思いますけど」
「元は兵士でな。隠すよりも潰すほうが得意なんだよ」
 と、依は滾らせていたはずの殺気を消した。
 隠したのではない。収めたのだ。
「……どういうおつもりです?」
「俺がいるってことを知らせられればそれでよかった。別におかしなことはないだろう?」
 いざとなれば割って入り、ためらわずに殺す。その宣言ができればいいということですか。
 迅さ比べでシャドウルーカーに勝れる過信はない。1対1の今、しかけたところで相討ちに持ち込むのがせいぜいだ。だからエリズバークは依を刺激しないよう「そうですか」、袖から引き出した魔導銃をゆっくりとホルスターへ収めた。
 その間に依は、同じようにゆっくりと左手を横へ伸ばし、部屋の扉を解錠する。
「同じ言葉にはなりますけど、どういうおつもりです?」
 密閉が解け、開きゆく扉を横目で見やり、依は肩をすくめてみせた。
「リオンに答えてやれとは言わない。でも、あんたにはリオンを殺す以外にも果たしたい目的があるんだろう。なら、取引くらいはできるんじゃないか?」


「ヨリ、なんでいるんだよ?」
 部屋から出てきたリオンは、どこか申し訳なさげな顔を依へ向けた。
 実際、エリズバークに申し訳ないと思っている。銃を向けさせるほどの憎しみを、自分は綺麗に忘れてしまっているのだから。しかもそれを教えろと、当の被害者へ迫るなど……置き去られて当然だ。
「ハートの女王が迎えに行けとうるさいんでな。不敬罪で首をちょんぎられたらたまらない」
『不思議の国のアリス』に登場する女王は、寄ると触ると部下の首をちょんぎることで有名だ。ハロウィンを引きずる依の言葉に、リオンは力なく笑った。
「心配させちゃったんだな。いや、うん。早く戻らなきゃって、わかってるんだけど」
 わかってるはずなのに、揺らぐんだ。
 俺に殺されなきゃいけない理由があるんだったら、それでもいっしょにいていいのかな。
 それより俺は、この人になにをどうあやまればいいんだろう。
 そんなリオンの葛藤は、残念ながらエリズバークにも伝わっていて。
 彼女は信じられない気持ちを平静な面の裏に押し隠す。
 お気は確かですか、王子様? あなたを殺そうとした女に向ける顔ではないでしょう。いったいあなたはどこまで人を虚仮にするおつもりです?
 エリズバークはすでに自覚している。自分がしているのは無理矢理なあら探しだ。リオンがせめて憎悪を向けるに足る相手でいてくれなければ、自分はいったいどうすればいい?
「エリズバーク」
 教えていないはずの名を依に呼ばれ、エリズバークは身構えた。
 こちらが調べたように、相手にも調べられている。だとすればエリズバークがカオティックブレイドであることも当然知られているだろう。
 状況は1対2。通路だけに初手から挟み込まれる心配はないが、相手の組み合わせが悪すぎた。魔導銃ひとつでどこまで対応できるものか――
 しかし。
「最初に向き合ったとき、リオンはあんたを斬り飛ばすことだってできた。たとえ被弾しようともだ。それをできるだけの経験と力がこいつにはあるからな」
 噛んで含めるように説く。
「ヨリ、俺」
 依はこらえきれずに割って入ったリオンへ目線を移し。
「剣を抜かなかったのはおまえの甘えだ。この期に及んで迷うこともな。身勝手に死んでいい権利はないだろう、俺にもおまえにも」
 静かに語りあげられた依の言葉に、リオンはぐっと息を詰めた。
「死ぬつもりはないけど……聞きたかったんだ。俺の昔を、どうしても」
 両手に含めた苦い思いを握り締め、さらに声音を絞り出す。
「置いてきちゃった罪と向き合わなくちゃいけないって、思うから。償えるなんて思い上がってないけど、でも。逃げたりしない。俺は今度こそまちがえたくないから」
 エリズバークは胸中に吐き捨てた。
 償えもしない罪と向き合う? まちがえたくないから逃げない? お笑い種です。全部ここでぶちまけてあげたら、あなたはどんな顔をするんでしょう? きっとどうしようもなくなって命を断ちますとも。これで赦してくださいと泣きながら。
 ああ、それはおもしろくありませんね。どうせ死ぬなら、それにふさわしい死に様を晒してください。
「依様は私に言いました。リオン様とは取引ができるでしょうと」
 エリズバークの口の端が吊り上がる。果たして形作られたものは、思いつきへの浮き立ちとリオンへの悪意で飾られた、最悪の笑み。
「これから先の戦場で私の盾となりなさいな。ひとつ生き延びるごとに、ひとつ……対価として昔話を贈りましょう」
 彼女の契約した能力者は未だ幼く、心身共に脆い。使い勝手がよく、少々のことでは壊れない“盾”を早急に用意したいところではあったのだ。リオンがそれを務めるなら、どこかの野良エージェントをたぶらかす手間がはぶける。それに。
「もっとも、こちらはあなた様を気にしたりはしませんので、攻撃に巻き込むこともあるでしょうね。それでも能力者のお嬢様を説き伏せて立ち続けていただきますけど――」
 罪を償いたいといわれる方が、よもや嫌とはおっしゃいませんよね? エリズバークが続けるつもりだった言葉は、リオンの声音に吹き散らされ、消えた。
「そんなの取引にならないよ」
 は?
「みんなを守る。それって俺たちが戦場でしなくちゃいけないことだし、したいことだから。あ、攻撃の前にひと言かけてくれたらありがたいかな。そしたら敵のことできるだけ引きつけられるから」
 自身がそこへ巻き込まれることを前提に、あっさりと言い切ったリオンは続けて。
「だから取引は別のやつで。俺にできることだったらなんでもするよ」
 エリズバークは呆然とつぶやくことしかできなかった。
「馬鹿ですか」
「ああ、まちがいない」
 リオンに聞きとがめられないよう、ひそめた声で依がうなずく。
 そう、まちがいはなかった。今ばかりではなく、あのときにも――敵から味方からさまざまな感情をぶつけられ、揺らぎながらもけして膝を折ることなく立ち続けて笑み続けた、本当に馬鹿でまっすぐで強い、王子様。
 どれほどの悪意も傷も、彼の心の芯を侵すことはできはしない。のれんに腕押しではないが、これではこちらが馬鹿を見るばかりではないか。
「……もういいですわ。今日はもう時間がありませんので、このお話は後日また」
 怒気も毒気も息と共に抜けていってしまっていた。
 しかたなくエリズバークは歩き出す。リオンを置き去り、依の脇を抜けて。
「あんたの契約主によろしく伝えておいてくれ。いつでも挨拶に行くってな」
 依の言葉に含められた真意など、考えてみるまでもなかった。これ以上なにかをしかけてくる気なら、たとえ戦場の片隅でも寝室でも、業(わざ)を尽くしておまえの大事な能力者の命を刈りに行く。
 エリズバークにとっては依のほうが好ましい。ええ、あなた様は私と同じ側の住人ですものね。せいぜい互いに気をつけましょう。これ以上、手にした宝物を喪ってしまわないように。
「いらっしゃるなら晴れた日にどうぞ。あなたの足でも、雨に濡れず駆け抜けることはできませんでしょう?」
 私の無尽の刃、避けていただくつもりはありませんので。
 互いに薄笑みを交わし、引き剥がした。


「ごめん、ヨリ」
 エリーの背中が消えた後、リオンは依に頭を下げた。
「ほんの少しだけど、俺は迷った。殺される理由があるなら殺されなくちゃいけないんじゃないかって」
 どうしてそう、正体の知れないものにまで本気でかかる? 嘘をついてるだけかもしれないだろうが。
 言いかけて思いなおし、依は別の問いを発する。
「うちの女王に言うつもりは?」
「ない。あれ以上エリーさんはなにか言ってこないだろうし、いつもどおりにしてれば大丈夫だよ」
 つまりはこういうことだ。
 リオンの素直も笑顔も、ある意味で計算だ。“王子”という過去がそれをさせるのかまでは知れないし、今現在意識しているのか無意識なのかも謎ではあるが、リオンは本心を語らないまま誠意を尽くし、相手の意を煙に巻いて誘導する。おかげで誰も、リオンの敵にも味方にもなれやしないのだ。
 だからこそ、か。
 リオンと能力者の関係があれほどに歪んでしまったのは。
 けして向き合わず、背中合わせにぬくもりばかりを与え合う。
 互いが大切で、自らの心奥へ沈めた傷を見せることも、相手の傷を見ることもしたくない――友だちならそれでもいい。しかしふたりはもう、それで片づけられる関係ではありえない。
 さて。それを見てるだけだった俺は、これからなにを演じるべきなんだろうな?
 依は迷いを胸の内へ封じ、リオンを促した。
「帰るぞ。待ちきれない女王が駆け込んでくる前に」


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リオン クロフォード(aa3237hero001) / 男性 / 14歳 / 霧中の王子】
【エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001) / 女性 / 22歳 / 復讐の魔女】
【九重 依(aa3237hero002) / 男性 / 17歳 / 迷いの演者】
 
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2018年11月06日

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