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『1inch 』
リィェン・ユーaa0208

 リィェン・ユーはその頭部を覆うフルフェイス型ヘルム――なんの冗談か知らないが、日本の鬼を象っている――をこすった銃弾の行方を反射的に確かめた。
 あわやで眉間を撃ち抜かれずにすんだのは、彼自身が功夫を積んでいたこともあれど、なにより相手の弾が模擬戦用の弱装弾だったおかげだ。
 街を摸した訓練場、ビルの一角に潜り込んだリィェンは、そのまま止まらずに速度と角度を変え、駆ける。
 相手が熟達のジャックポットであることは今の一射で知れた。これは市街戦だ。直線をなぞるばかりではないスキルを積んできているはず。
 まずは顔が見えるところまで行く。相手が誰かを確かめたいところだしな――と、お互いに正体は秘密なんだったか。まあ、どうあれ挨拶はしておくべきだろうさ。


「模擬戦?」
 人の悪い笑みを湛えて告げた契約英雄に、リィェンは顔をしかめたものだ。
 ドレッドノートは前衛職で、体を張っての近接戦闘が仕事となる。その不利をカバーし、戦術を拡げるための屠剣「神斬」煉獄仕様“極”なわけだが、今回は使用禁止を申し渡された。
 得意のものを使っては、互いに正体を知らせることとなるからの。
 模擬戦には想定が必要となる。さまざまなシチュエーションや相手への対応を考え、為すことで経験を得るのだ。相手不明でなにをどう学べというのか?
 ちなみに勝利条件は敵の捕縛じゃからの。……そう言われて訓練場まで急き立てられ。
 初撃のヘッドショットを辛くもかわして、ようやく肚を据えたのだった。


 そして鬼ごっこが始まった。
 しっかりと防御を固め、撃たれてもひるまず鬼ごっこを投げ出さなければいい。
 迫るリィェンと、逃げる相手。気配を感じ取れるまでに近づけても、次の一歩を予測射撃で塞がれて、また突き放される。
 が、一度心を据えたリィェンはあきらめず、投げ出さなかった。執拗にライヴスの残滓を追い、軽功とガードで弾を弾き、時に外功で固めたその身で受け止め、ついには中距離にまで間合を詰めてみせたのだ。

 上体をすくめ、十字受けでトリオの弾をブロックしたリィェンは、撃ち終えた銃から抜け落ちる弾倉を見やる。
 無機質なフルフェイスと体型の知れない都市迷彩マントをつけた相手は、手元も見ずにアサルトライフルの弾倉を交換し、構えた。
 見える距離で弾倉交換。俺に「弾倉1本分の弾を使える」ことを見せたかったわけだ。だとしたらバレットストーム、もう一度トリオって線もあるか。
 対してこちらの武装はメギンギョルズ。別の大剣も携えては来たのだが、手練れへ対するには相応の手数を尽くす必要がある。加えて、それを為せる間合へ潜り込むステップワークも。
 踏み出した足先にひりりと冷たい予感がはしり、リィェンは足を横に開いて体をずらす。
 踏み込む足先への狙いを外されたことを察した相手はすぐに銃口を持ち上げ、備える。リィェンの拳が届く距離はまだ遠い。焦るつもりはないようだ。
 が、今のでわかったよ。スキルは有限だ。奥の手ととどめのどちらを撃ち込むにしても、見せ弾はもう使えない。最低でも一手、俺を崩す必要がある。
 とはいえこっちも余裕なんてないけどな。頭と胸にそこそこ喰らってる。あの距離でコロラド撃ちを決めてくるとまでは思ってなかったが、とにかくあと1発でもいいのをもらえば、俺たちを見張ってる勝敗測定器に負けを告げられるだろう。

 10秒だけ戻すぞ。
 英雄へ言い置き、リィェンは“人間性”という名のギアを下げた。
 人間は五感で取り込んだ情報を感覚や感情、箇々の性質を通して判断する。それをすべて封じてしまえば、残るものは反射。考えず、感じず、反射で動いて対応速度を高める――暗殺者として叩き込まれた業(わざ)だ。
 あんときとぜんぜんちがうってのに、思い出しちまう。
 言葉までもがあのときへ戻っていることに気づかないまま、リィェンは口の端を吊り上げた。
 あのとき香港で出逢った少女。父親と同じ正義を貫くと言い張って、実際に貫いて。ついにはリィェンがいた地獄の底へ一条の光をもたらした。
 ま、今はいらねぇ感傷ってやつだぜ――なあ!?
 名残惜しさを振り切り、ギアを一気にニュートラルへ。
 剥き出しの“鬼”と化したリィェンは空気の歪みを避けて跳び、テレポートショットを追い越して駆ける。
 しかし、それこそが相手の誘いだった。本命は、足元に落ちた空の弾倉。打つと同時に蹴り出されたそれはリィェンの眼前へ飛び、視界を数瞬を奪う。
 ためらわずに鬼面のアイガードで受けたリィェンは、なにも見ないままに跳んだ。
「おおっ!!」
 本能が滾るままに吼え、己のすべてを込めた右足を地へ叩きつけた。
 凄絶な“力”を踏み止めた右脚の内で筋繊維が引きちぎれていく。かまうかよ。力が上がってくるまで保ちゃいい。“力”が螺旋を描き、右脚から肚へ、肚から胸へ、迫り上がる。
 その“力”の路を塞ぐがごとく、無数の銃弾が撃ち込まれた。ライフルを捨てて二丁拳銃に持ち替えた相手の連撃だ。リィェンのダメージ判定が中傷から重傷へ跳ね上がり、さらに重体へ向かう。銃の威力が下がった分、即死判定が出なかったのは御の字だが――かまわねぇっつってんだろ!?
 砕けたアイガードに視界を塞がれたまま、リィェンは硝煙のにおいの向こうに在るライヴスを嗅ぎ取り。
 ああ、見つけたぜ?
 伸べた拳と相手との距離はおよそ1インチ。右脚はそろそろへし折れるだろうが、“力”はすでに手首まで到達している。あとはそのまま前へ倒れ込んで、自重を支えに打ち込むだけだ。
 ――リィェン、捕縛と言うたであろうが!
 英雄のあげた声音が、鬼に酔いしれた脳を揺する。
「ちっ!」
 我に返りはしたが引き戻せるはずもなく。
 リィェンはかろうじて畳んだ二の腕で相手のヘルムを押し上げながら押し倒すはめに陥ったのだ。


「重いんだけど」
 女?
 リィェンはあわてて自分のヘルムを脱ぎ捨て、声の主を見下ろした。
 テレサ・バートレット。H.O.P.E.が誇るジーニアス・ヒロインその人が、83キロの下敷きになって眉根をひそめていた。
「テレサ!? なんできみがここに!?」
「あたしが訊きたいとこだけど、とにかくどいて」
「あ、すまない!」
 あわてて左膝で転がり落ちたが、壊れた右脚だけはテレサの上に残されて……

「そういうことね」
 治療室でリィェンの右膝にヒールアンプルを打ち込みながら、テレサは息をつく。
 これは英雄たちの企みだった。リィェンには対遠距離戦を、テレサには対近距離戦を経験させる。慣れた相手では本気を出し切れまいから、互いに正体を隠させて。
「うまいやりかただったとは言わないけど、予行演習にはなったわ」
 それだけでリィェンには知れた。テレサが黒きボクサーとの再戦に臨もうとしていることを。
 それにつれ、この模擬戦に隠された意図も理解した。
 テレサに剥き出しの殺気と対する機会を与えることだ。……一度は刃弾を交わすことすらできず、打ち据えられるばかりに終わったあの男を摸した殺気と。
 なるほど、最後の最後まで止めなかったのはそういうことか。
 リィェンはようやく彼の膝から手を離したテレサに問う。
「で、いつ行く?」
「もうすぐ」
「了解だ」
 短い会話はあっさりと途絶えた。
 互いにもう決めていたからだ。
 女は自らの信じた正義の価値を取り戻すため、行く。
 男は自らの信じた光をあるがまま輝かせるため、支える。
 沈黙の中、ふたりは1インチの彼方にある互いの手を見やり、静かに意を噛み締めた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 23歳 / ジーニアスヒロイン】
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2018年11月07日

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