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『止まない雨はないように 』
浅黄 小夜ka3062

 しとしと雨が降る。顔をあげればどこまでも曇天が広がっていて、当分の間止みそうになかった。少し前に急に降ってきて、急場凌ぎに軒先へと逃げ込んで。うっすら濡れた髪や服を拭きながら小夜は息をついた。
 今日は何の用事もない日だ。親しいハンター仲間はみんな何かしらの依頼で出払っていて、小夜はといえばこの機会にとハンターとして、あるいはリゼリオの住民として必要な手続きの為に何ヶ所か回ってきたところだった。世界中から覚醒者が集まるこの街だ、よそから来た人間でも相当暮らしやすいほうだと思う。ここに“来た”当初は右も左も分からなかった小夜だけれど、それでも二年の時を過ごしてみて改めて実感するし、色々なことにも慣れたと思う。
 鞄から携帯用の雨傘を取り出して開き、街路に出る。ブーツが雨に濡れて光る石畳に触れ、音を鳴らす。リゼリオの街並みは、京都のそれとは似ても似つかない。けれど、ここには本当に、様々な人がいる。生きている。どういう生まれだろうが、どういう人間だろうが。歪虚という共通の敵を前に、折り合いを付けて日々を暮らしている。自分もその一人だ。
 普段よりもひと気のない道を歩きながら、家路につこうとして。ふと目をやった先に見慣れた横顔を見つけ、小夜は立ち止まった。その人にどんな顔をして会えばいいのか、今は分からないけれど。でもどうしても、見なかったことにしたくなかった。建物に近付き、オーニングの下で雨傘を仕舞う。
 扉を開けば、鈴がカラカラと音を鳴らす。それに気付いた店主とカウンター席に座っていた女性が揃って振り返った。小夜がぺこりと会釈すれば彼女も小さく返し、そして自分の隣へと小夜を導いた。
 そして小夜がお茶を飲んで一息つく頃には店主の姿は店の奥に消えて、二人きりになる。雨の中、新しい客が来る気配はなく、静寂の時間に生活音と硝子越しに雨粒が落ちる音が時折漏れて。まるで今は二人しかいないみたいだった。
「あの……どう、ですか?」
 小夜が訛りのある発音でそう訊くと、彼女は悲しげに目を伏せて首を振った。正直に言えばそう答えるのは分かっていた。だって、進展があったならとっくに彼女はそう言っている。目尻に皺を作って微笑んで。あるいは泣きながら笑っただろう。その後には口癖の「あの人はまた心配をかけて」と続いたに違いない。
「あれから……もう、ひと月になるわ」
 と、囁くように彼女は言った。小夜は視線を落とし、膝の上の拳をぐっと握った。
 彼女は観光者向けのレストランの店員だ。仲間と一緒に祝勝会でその店に行って、そして声をかけられた。小夜が彼女の夫と同じ訛り――リアルブルーの京の出身だったからだ。また、彼は同業者でもあった。とはいっても、小夜は彼と一緒に仕事をしたことはない。リゼリオに住むハンターの数は数万にも及ぶのだ。生活圏が近くても話したことのない相手は沢山いる。珍しい同郷の人だから勇気を振り絞って会ってみたいと思っていた。けれど、都合がつく前に彼は行方不明になった。任務中の出来事だった、らしい。
 大丈夫だとか、諦めないでだとか。そんな言葉を小夜はかけてあげられない。だって、自分だって残していってしまった側の人間だ。決して小夜自身が望んだ結果ではないけれど、それは確かな事実で、慣れたら慣れたでまた、悩みがつきまとう。
「もし帰れたんだったら、いいんだけど。でも、何も言わないのは薄情よね」
 言って、彼女は微笑む。一目で無理していると分かる表情だった。
「……あの。多分、旦那はんは……そんな酷いお人やないと、思います……」
 握った拳に力を込めて、小夜は顔をあげた。思考を巡らせ、必要な言葉を手繰る。きっと、同郷の自分にしか言えない言葉がある。
「だって……おばちゃん、言ってはったやろ。縁が、繋いでくれたんやって……ずっと、一緒にいるって。……だから、そんなこと」
 言葉を切った拍子に涙腺が緩んでくる。見せたくなくて目を伏せたけれど、温かい手が背中に添えられた。
 小夜ももう転移して長い。最初は馴染めるか不安で帰りたい気持ちしかなかったけれど、生きていく為にハンターになって、様々な人と交流を持つに至って。このままずっと帰れなかったらと考えるようになった。そうして思うのは自分と逆の立場だ。帰らない誰かを待つ人。今目の前にいる彼女のように。
「……言わんとって……」
 待っててほしいと帰りたい自分は思う。どっちを選べばいいとこの世界に居場所を見つけた自分は思う。悲劇でもいっそ暴かれればと待つ身を想像する自分は思う。エンドマークがつくのは命が終わる時だけだ。それすら他人には曖昧なまま。時は全てを飲み込んでいく。
「小夜ちゃんは優しいなぁ」
 彼女は京訛りでそう言い、小夜を抱き締めた。抱き返した手で先程されたようにそっとさする。せめてこの温もりが一時の安らぎになればと願った。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女性/16/魔術師(マギステル)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
色々描写を詰め込みたいなぁ、という気持ちはあったのですが
“設定3”の文章に強く心を惹かれて、こういった形にしました。
最初はもっとしっかりした感じでいこうかなとも考えましたが、
小夜ちゃんの境遇や性格、年齢を思うと不安定さもあるかなと。
あとは京言葉ですね……それらしく書けたか、とても心配です。
大阪弁っぽくなっちゃってたらすごく申し訳ないです。
今回は本当にありがとうございました!
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2018年11月08日

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