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『とある秋の一日 』
神代 誠一ka2086

 湖へ向かう途中、木立に挟まれた細い砂利道が脇へと伸びている。
 整備されていないその道を進んだ先にある苔むした大木。少年の心があれば秘密基地の一つでも作りたくなるような……。
 その大木の枝が作るアーチの向こうにみえるログハウス風の小さな家が神代の自宅だ。
 街外れでハンターズソサエティからも遠く不便なのはわかっていたが、射し込む木漏れ日が揺れる家を一目で気に入ったのだ。
 かつては風変わりな芸術家が住んでいたらしい。アトリエとして使われていた離れもある。離れは現在仲間たちが集まる場として開放中である。
 秋晴れのある日。
 湖に面した部屋で、ソファに身を沈め数独とにらめっこ中の神代は大いに一人の休日を堪能中だ。
 現在解いている数独はハンターズソサエティ内情報交換コーナーの片隅にひっそりと置かれていた小冊子。
 掲載問題は読者投稿によるオリジナル。編纂者は不明。
「ここを5と仮定して……」
 鉛筆で頭を掻く。
「いや違うな。じゃぁ……あ〜もう少しなんだが」
 大きく背を伸ばす。バキバキっと鳴る背骨。
 窓からは湖の対岸、青空背景に色づいた木々がみえる。
 今日は天気がいいなぁ、とか今更気付いた。
「……そうだな」
 神代は小冊子を手に立ち上がる。
 気分転換に散歩でもするか――と。

 ドアを開けると「らっしゃい」と店主の元気な声が響く。
 神代の馴染みの店。最大の魅力は店主が謎ネットワークによって仕入れた豊富な酒、日用品もあり「日用品のついでに酒を買いに来た」と言い訳が立つところも心にくい。
「東方の古酒を仕入れるがどうする?」
「一本確保をお願いします。それとこれにお勧めを頼みます。あと簡単な摘みも」
 店主は挨拶もそこそこ直ぐに酒の話にはいる。美味しい酒が好きでそれを人にも飲んでもらいたくて堪らないといった感じだ。
 当然間髪入れず頷いた神代はカウンターにスキットルを置く。
「どこかに行くのかい?」
「はい、湖畔辺りを散策しようかと」
 なるほど、と店主が奥に引っ込む。奥には樽ごと仕入れた酒があり、店主オリジナルブレンドも作ってくれる。
 戻ってきた店主からウィスキーの入ったスキットルと素焼きのナッツ、砂糖不使用のドライフルーツの入った紙袋を受け取る。
「試飲はどうする?」
「いいえ、親爺さんを信じてますから」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
 おまけだよ、と投げられた物は神代にとっては懐かしい鯖味噌煮の缶詰。地元のスーパーでよく見かけた銘柄だ。

 紅に黄色、橙に茶、そして時折覗く緑、木々の合間から降り注ぐ陽光の黄金――湖畔が一年のうち一番豊かな色彩に包まれる季節。
 足の裏に感じる落葉の少し濡れた柔らかさ。
 少し先を一度自宅に戻り声をかけたグラとその背に乗ったぐまが先行している。
 戦場ではともかく日常では先住のぐまに倣ったかのように自由に暮らしているグラも珍しくついてきた――のだが並んで歩くということはなく気ままに散歩を楽しんでいるようだ。
 それでも時折振り返って存在を確認してくれるだけ良かったというべきか。
「あまり先に行くなよ」
 返事代わりに長い尻尾がゆらりと揺れた。

 木立の合間から更に小さくなった自宅が見える。
 神代は落葉の上に腰かけ倒木に背を預けた。
 火をつけた小型バーナーに蓋を開けた鯖味噌煮缶詰を乗せる。
 一人引き籠り中は湯を沸かすことすら面倒に思うのに外では一工夫――神代の意識としては――しようと思えるのが不思議だ。
 スキットルから酒を煽る。口の中に広がるのは深い森林の香りと焚火の後のようなスモーキーな芳香。
 数独の小冊子を取り出して広げる。
 ぐまとグラは大きな松ぼっくりで遊んでいた。
 梢の揺れる音、湖の漣、鳥の鳴き声――鯖味噌煮缶が煮詰まる音……。
 少し傾きかけた陽射しはまだ温く、湖から吹き上げる風は冷たいが酒気帯びた頬には心地よい。
 ぐつぐつと言い始めた鯖味噌煮に卵の黄身と酢で作られたドレッシング――リアルブルーでいうところのマヨネーズだ――と黒胡椒をひく。
「……葱と七味もあったらよかった」
 案外自分のルーツは味覚に一番現れるのではないだろうか、などと思う。
 酒を飲みながら、暫く数独の升目を埋めていくことに没頭する。
 シチュエーションが変われどもやっていることは変わらないというツッコミは野暮というもの。
 脇をグラに頭突きされ我に返る。陽が黄金色から茜色になる頃合い。風にふるりと肩を震わせた。
「風邪をひく前に帰るか」
 来た道とは逆。ちょうど湖を一周するように。
 一番星が輝き始める頃自宅に到着。
「さてと……夕飯代わりに一杯っと」
 新しい酒をテーブルに並べる。肴は手間のかからない乾きものばかり。
 散歩もした数独も捗った料理までしてしまった――我ながら充実した一日だった。
 満足気に神代は酒の入ったグラスを引き寄せ数独のページを捲るのであった……。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2086 / 神代 誠一     】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます。桐崎です。

初めてのおまかせとなります。
いかがだったでしょうか?
今までノベルにちらほら出てきた酒店や木漏れ日の家、湖などをピックアップしてみました。
他にも金魚すくいをしたあたりなども出したかったのですが字数が……!
とても楽しく書かせて頂きました。
なので楽しんで頂ければとても嬉しく思います。

話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
おまかせノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年11月08日

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