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『刃交 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 息を吸う。
 生物が命を繋ぎ続けるため、常に繰り返さなければならない当然の行為だが、しかし。
 吸っている体は“動き出す”ことを始めとし、その運動が大きく制限される。すなわちそれは隙であり、襲撃者にとっては好機となるわけだ。
 だからこそ、吸うことで誘う。
 誘いながら探る。
 探りながらつま先を躙り、腰を据える。
 左に佩いた剣は刃を潰してあるが、刃の長さや重心はもちろん、拵――剥き身の刃を刀とする鞘、柄、鍔――までも愛剣たる守護刀「小烏丸」を摸していた。ゆえに、常となにを違えることもなく、抜ける。
 日暮仙寿はゆるやかに呼気を吹き、待ち受けた。

 仙寿がこちらを誘っていることは明白だ。
 彼も元は刺客。闇に紛れるが常道であろうに、あえて身を晒しているのはそう、どこからしかけられても斬り落とすという意志表示。
 ううん、ちがう。仙寿はもう刺客じゃなくて剣客だから。でも、それだけでもないよね。仙寿が昔に振り回されないくらい心を据えたんだとしたら……刺客の業(わざ)を使うことだってためらわない。
 不知火あけびは、枯葉に覆われた地上を音もなく渡る。
 実際のところ、音はたてているのだ。風がこの場をそよと揺らす一瞬に紛れさせているだけで。しかし、相手にその音と気配が届かない以上、やはり無音と言うべきなのだろう。
 あけびは抜き身の刀――こちらも小烏丸を摸し、刃を潰したひと振りである――を右手から左手に移す。照り返さぬよう、艶まで消した黒で塗り潰した刃を闇に溶かして息を絞り。
 誘惑は忍の得意だよ。それはしっかり見せとかないとね。
 ふわり。
 踏み出した。


 どちらからだっただろうか。
 決戦の前に、手を合わせておきたい――そう言い出したのは。
“王”との決戦なのか、宿縁の天剣との決戦なのか、むしろそのどちらもなのか。互いに考えてみる手間をかけることすらなかった。
 仙寿はその右手に握る刃で、あけびと行く先を拓くがために。
 あけびは刃を繰る左手として、仙寿と行く先を護るがために。
 すべてを晒し、分かち合っておく必要があったから。
 ゆえに、どちらからともなく言い出して、どちらからともなくうなずいた。
 かくて互いの業にふさわしい、夜闇の内で刃を交わすことを決めたのだ。


 肌をなぜる風にあけびの気が在る。
 仙寿は鯉口を切った小烏丸を強く握り込んだ。
 本来であれば、握りはゆるくする。力を込めれば筋肉は硬直し、柔軟性と迅さを損なうからだ。寝息を吐くように放つ――抜刀とはかくあらねばならない。それを知りながら力を固めたのは。
 風に乗せて横合から投げ込まれた殺気へ引き込まれぬがため。
 さらには、それに続いて弾き出された小石に背を突かれ、体軸を揺らさぬがためだ。
 忍術には声音を居所からずらして響かせる“山彦”なる術があるそうだが、これは声を気配に換え、小石を添えたフェイント。だとすれば。
 唐突に眉間目がけて降り落ちてきた剣圧へ、仙寿は柄頭をななめに突き上げる。
 果たしてあけびの刃は仙寿の刃に阻まれて十字を描き、次の瞬間、離れた。
 俺は全力で行く。この剣がなにをできるのか、知らせたいからな。

 さすがに“正攻法”は通じないか。
 闇に紛れて間合を取ったあけびは、構えなおした仙寿へ苦笑を向ける。
 つまらない手妻ではあるが、相手がただの剣士なら最初の二手で崩せていたはず。それができなかったのは、仙寿が対処できるだけの経験を備えていればこそだ。
 でも、忍の業はこれだけじゃないよ。全部使うから、全部憶えておいて。
 ちぃ。ちぃちぃちぃ。
 あけびの唇が鳥のごとくにさえずる。同じ音程で平らかに、しかし長さやリズムをかすかにずらしながら。
 立ち合いでの攻防は、動体視力を比べ合うばかりのものではない。相手の挙動を先読んでの、いわば先回りのし合いによって成り立つものだ。
 呼吸を読み、気配を読み、そしてなにより、相手が行動するリズムを読む。逆に言えば、そこまでしなければ機先を制することはかなわない。
 だから。
 あけびはそれを逆手に取るのだ。
 誤った情報を読ませ、相手に充分な体勢を整えさせないうちに攻め込ませ、迎え討つ。彼女の封じられた記憶の奥に在る、祖父から渡された業。
 ちぃ。
 声音からずらして足を繰り。
 ちぃちぃ。
 声音と足からずらして抜き身の切っ先を揺らす。
 仙寿が取った抜き打ちの構えは、いざ刃を抜くまで剣筋を読ませない利を持つが、しかし。
 始めから抜いていれば、その利を発揮する前に攻めることができる。相手よりも迅いことが大前提としても、その点で仙寿に劣る気はないし、「抜いて振る」作業の半分は終えているのだから、後れの取りようがない。
 ちぃ。ちぃちぃ。ちぃ。
 挙動の内で“ずれ”をいや増し、あけびは仙寿を誘う。

 誘われていることは十二分に理解していた。自分がすでに半ば崩されていることも。
 素人ならば、わけがわからないまま受け流していただろう。が、剣士として澄ましてきたその眼は、あけびの虚に惑う。なぜなら彼女の虚には、いちいち実なる攻め気が含められていたからだ。
 守りながら、いつでも攻めに出る“つもり”がある。やばいな、これ。フェイントってだけじゃねーのか。
 仙寿は一方的に焦らされていた。それに耐えきれず、リズムを読み切れないまま攻め込めばあえなく巻き取られるだろうし、我慢を続けたところで虚に押し潰され、実を打ち込まれるきっかけをつかまれるだろう。
 隠すだけが忍じゃねーってことだ。
 でもな。
 仙寿は抜刀の型は保ちつつ、その重心を鳩尾のあたりにまで上げた。
 そもそも刃を抜かれている以上、先の先はすでにあけびの手中にあった。後の先を取りにいけるかどうかは、彼女のしかけをどうかわせるかにかかっている。
 取りにいけるかどうかじゃねーよ。どう取るか、だろ。
 剣客の仙寿に為す術がなくとも、刺客の仙寿にとっては――かつて己が仕込まれ、演じてきた芸の範疇だ。
 さえずりの隙間、あけびが息を吸う寸毫を断つように、腰を据えた仙寿が大きく動いた。いや、ただ脚を曲げているだけで、とうに据えてなどいなかったのだ。ゆえに、相手にとってはありえない機動が実現する。
 それだけじゃねーぞ。
 あけびの内膝へ、ブーツで鎧われた左のつま先を蹴り込む。後ろに置いていた足での蹴りは、速さこそないが重く、強い。そして内膝には靱帯が通っているから、高機動を信条とする忍としても刃を繰る剣士としても無視はできない。
 蹴りを見切り、するりと足を引くあけびだが。
 そりゃ見切るよな?
 見切りの意義は、回避を次の行動に繋げることにある。つまりは大きく距離を開けるのではなく、反動に乗せて攻めを返すため、最少の後退に留めるわけだ。
 それこそが仙寿の狙いだった。
 蹴り足を踏み下ろし、体重のすべてを乗せる。あけびが前に置いた右のブーツの先を踏みつけ、縫い止めた。
 足踏むのは古流の常套だけどな。標的縫いつけるのによく使ってきた。だから、いくら忍だって逃がさねーよ。
 果たして固定したあけびの肩口へ自らの肩を打ちつけ、肝臓を柄頭で突き上げる仙寿だが。
 軽い!?

 仙寿があと30センチ小さかったら、普通にもらってたかもだけどね。
 ためらうことなく刺客の業を使ってきた仙寿に胸中で笑みを返し、あけびは仰向けに倒れ込んでいく。
 仙寿が柄頭を突いてきた瞬間を、あけびは見逃さなかった。単純な話だ。彼女は仙寿よりも身長が14センチ低く、おかげで仙寿の抜き手は丸見えだったから。
 そして仙寿からしてみれば、あけびの後頭部が遮蔽物となって下を見ることができない。自らの繰る柄頭があけびの剣の柄頭に叩きつけられたことも、胸を押されてあけびに逃げられたことも。
 あけびの右足は仙寿に踏まれている。自分よりも16キロ重い仙寿が膂力までも加えて固定してくれているのだ。これなら、少しぐらい動いたところで“ずれる”心配はない。
 行くよ。
 自由な左足を内から外へ振りだし、弾みをつける。その勢いで右膝を曲げ、体を反らして仙寿の腰に指をかけた。忍としての鍛錬の内には、指先だけで城壁や岩肌をつかんで登る潜入術が含まれる。幾度となく痛い思いをしながら鍛えあげてきた指が、すべって外れるような無様を演じるはずはなかった。
 仙寿に巻きついたあけびは、切っ先を彼の腎臓へ突き立てる。

 違和感を覚えた直後に身を引いたはずなのに、あけびは逃がしてくれなかった。ここからあけびが狙う急所はどこだ!? ――体勢と高さからしてひとつしかありえない、腎臓だ。
 狂おしいほどの焦りが仙寿の胃の腑を突き上げる。だからといって、このまま勝負を捨てるつもりなどなかった。
 俺の全部を知らせるって決めたからな。
 仙寿は己が背に巻きつくあけびへ、逆手に持った刃を突き込んだ。

「え?」
 あけびは思わず口に出してしまった。
 彼女の突き込んだ切っ先は、確かに仙寿の腎臓の上にある。しかし、突き込まれたはずの仙寿の切っ先はいつまでも彼女まで届かない。
 止まっていたからだ。仙寿の刃が、仙寿の脇腹の上で。
「……忘れてた。潰してたんだよな、刃」
 角度からして明白だ。あけびの刃を弾く。ただそれだけのために、仙寿は自らの腹を突き通そうとしたのだと。
「ただ負けたりしねー気持ち見せるつもりだった」
 これは仙寿の覚悟だ。剣客の技と刺客の業を尽くし、それでも足りなければ己を投げ打ち、勝利をつかむ。
「そっか」
 立ち上がったあけびは何食わぬ顔のまま、仙寿の額に拳骨を突き立てた。
「って、言うわけないでしょ!」
 あけびは大きなため息をつく。
 男ってこういうとこ、わかんないよねー。
 どこの世界に、勝利ごときのために愛する男を死なせる女がいるというのか。
 あけびという刃がここに在る理由が、はからずも思い知れた気分だ。
「これから反省会するから。今夜は寝かさないよー!」
 怪訝な顔をする仙寿を怒れる手で引きずりながら、あけびは夜の先へと視線を伸べた。
 死なせないよ。それに、死なない。あの先の先の先まで、ふたりで行くんだからね。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / かわたれどきから共に居て】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 20歳 / たそがれどきにも離れない】
おまかせノベル -
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2018年11月08日

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