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『灯籠アパートの1226号室の魔女 』
蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009


 のう、知っておるか?
 此の地にて根を下ろしたければ、一度、命の花を散らさねばならんのじゃ。

 然すれば、樹木の御霊なりとて、遠慮はいらぬよ。
 妾も……そうであるからのう。



**



 ――何? 事の発端を知りたいじゃと?
 ふむ……。

 妾は魔女でのう。
 昔、見聞を広める為、月沼の書庫蔵で知識を漁っておうた時のことじゃ。
 偶然見つけた其れは蒼に沈んだ世界の文献でのう。其の世界には、先祖還りという習わしがあったようなのじゃ。定められた時期に、定められた駕籠を使い、一時的ではあるが祖先が帰ってきよる――というものじゃ。

 其の吉日が今宵でのう。気紛れに事を起こしてみたのじゃが……駕籠の選別が悪したのか、呪文を違えたのか、其れとも帰ってくる祖がおらなんだか……このような戯れが起きたというわけじゃ。










 ふうー……と、軽く吹き出した紫煙が幾羽の蝶を象り、室内を羽ばたき消えてゆく。
 散らして燻る花曇りを数秒見つめたのち、未だ亢進する心の臓に意識を向けながら、妾は“其れ”に呟いておった。

「今一度、問おう。其方等は、やはり……“精霊菜”なのかのう?」

 我ながら、愚問じゃのう。しかし、何と無しの夜に訪れたゆくりない興に、妾の口許は心の様を浮かべておった。

『そうナス』
『わざわざ確認せぇへんでも見りゃわかるやろ』

 小さき成りで一丁前に物を申す、二つの色――駕籠の茄子と胡瓜が、妾を仰いでおった。……いや、申すとゆうても口は見当たらず、顔すら窺い知れぬ故(そもそも野菜に面のパーツというものは存在するのかのう?)、仰いでいるように見えるのは妾の思い違いやもしれぬが。

『なんや。まじまじ見て。うちの顔に何か付いとるんか?』

 待て。今、妾は此奴と目が合っておるということかのう?

『ナスア、おなかへったナスー。キュウジちゃん、ちょっとかじらせてくれナスよ』
『Σちょ、ちょうっ! ナスアの一口は洒落にならへんのやで!? うちの身体、逝ってまうわ!』

 共食いか……何時の世も弱肉強食じゃのう。しかし、野菜に死去という概念はあるのじゃろうか。いや……其れ以前に、妾の聞き違いでなければ此奴等は今、“名”で呼び合うてはおらんかったか?
 ふむ……動物も喋る時代故、野菜が言葉を話す程度で驚きはせぬが……此奴等の会話には妾の思考回路が追い付かぬ。
 抑も此奴等は野菜……して、種族=野菜ということになるのじゃろうか? よもや食物連鎖のヒエラルキーに加わる気ではあるまいな。

『ちぇー。じゃあ、しかたないからナスアのすいぶんをのむナス。んくんく……』
『うちらは水分多い野菜さかい、非常時は自足出来るから助かるわなぁ』

 ……ないのう。

『がふぅっ!? す、すいすぎた、ナス……ひからびちまった……ぜ……ナス、よ(ガクッ)』
『Σナスアー!? あれほど自分がぶ飲みしたらあかんてゆうたやないかー!』

 忽ち幾重の皺に刻まれた茄子が文机に転がり、棒なる腕をぴくぴくと痙攣させておうた。身体に刺した四本の割箸が手足となり機能しておるようじゃのう。何と面妖な。

『ちょう、そこのとんがり赤帽子の魔女! 見てへんで助けぇや!』
「んん? おや、すまぬのう。して、妾は何をすればよいのじゃ?」
『ナスアを浸せるようなあったかいお湯かお茶みたいなもんがあったら、用意してくれへんやろか』
「ふむ、茶か。其方等、運がよいのう。妾は茶房を営んでいる故、とっておきの一杯を淹れてやろうかのう」

 妾は硝子瓶から手鞠型に結んだ工芸茶をひとつ摘まみ出した。友の為に仕入れた茶葉であったのじゃが……茶よりも酒、酒よりも血を好む眷属じゃからのう。まあ、よかろう。

『茶房?』
「うむ。妾が住まう此のアパートの地下で商っておるのじゃ」
『ふんっ。こうなったんは全部あんたのせいやからな。きっちり落とし前つけてもらうで!』
「落とし前、じゃと?」

 大本についての反論をするつもりは無いが、萎びた茄子の件は妾にも非があるのじゃろうか。

『そうやな……そこは、まあ、アレや。暫く居着いてやるさかい、ゆっくり考えるよって。覚悟しぃ』

 ……ふむ。
 只では帰らぬと思うておうたが、厄介な事になったのう。まぁ、此れも流れゆく時の中での奇縁か。はてさて、此れからどうなることやら。










 灯籠アパート地下の花茶房『泡沫』――此の店から賑やかな声音が響いてくるようになったのは、また別の話じゃ。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4009 / 蜜鈴=カメーリア・ルージュ / 女性 / 外見年齢:22歳 / 泡沫の魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、ライターの愁水です。
摩訶不思議なおまかせノベル、お届け致します。

自分でもかなり風変わりな内容になったと自覚しております……。何故、茄子。何故、胡瓜。
魔女鈴様のネタは幾つかあったのですが、大釜とひたすら睨めっこするよりも、賑やかな存在につつかれている方が魔女鈴様“らしい”かな、と思い、今回の内容にさせて頂きました。
友情出演コンビは幾つかコンビを決めて運命のダイスに任せたところ、ナスアちゃんとキュウジさんになりました次第ですハイ。やはりですてぃにぃ。

僅かでも楽しんで頂けましたら幸いです。ご依頼、誠にありがとうございました。
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ファナティックブラッド
2018年11月12日

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