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『マリオネットの掌上 』
ジャン・デュポン8910)&ジェーン・ドゥ(8901)

 ――バカを言わないで! 私の方が先に彼を好きだったのに!
 ――みんなあの子の味方なの? こんなのってないわ!
 ――ひどい奴ら! あんた達なんてもう知らないわ! みんな消えちゃえばいいのよ!

「そんなつもりじゃなかったのよ、私。本当に、ただの口喧嘩のつもりで……本当に消えちゃうなんて、思っていなかったの」
 涙をこぼしながら、少女は隣にいる親友へと縋るように言葉をこぼす。友人達と大きな喧嘩をした少女は、しばらく彼女達と連絡を取らないでいた。だから、知らなかったのだ。まさかその間に、彼女達が続け様に失踪していただなんて。
 もともとそんなに素行が良い者達でもない集まりだったので、今回もただの家出だろうと今はまださして大きな事件にはなっていない。けれど、少女は今回の事件がただの家出ではない事を察していた。なにせ行方をくらましたのは、自分があの日喧嘩をし呪った相手ばかりなのだから。
「やっぱり、私が変な事を考えたせい? 私のせいで、みんな消えちゃったっていうの?」
「大丈夫よ、たまたまに決まっているわ」
 嘆く少女の手を取り、親友は優しげな笑みを浮かべた。おっとりとした、穏やかな笑み。けれど、いつもと変わらないその態度は、追い詰められていた少女の心に逆に安堵をもたらしてくれる。
「ありがとう、――ジェーン」
 少女は少しだけホッとしたように息を吐き、親友の名を呼ぶ。彼女、ジェーン・ドゥとは最近知り合ったばかりだが、不思議な程に気が合い、今では隣にいるのがお互い当たり前な存在になっていた。こういった相談事も、恐らくジェーン相手でなければ出来なかっただろう。
「そうだ。不安なら、おすすめの場所があるのだけど行ってみない?」
「おすすめの場所?」
「ええ。きっと、あなた……気に入ると思うわ」
 そう呟いたジェーンは、どこまでも優しげな笑みを浮かべている。どこか掴みどころのないその笑みは、だからこそ常と変わらず少女の心を癒やした。
 ジェーンは普段からマイペースであり、ふんわりとした雰囲気を崩さずのらりくらりと過ごしているが、その実相手の心の機微にはすぐ気付きいつでも他人を気遣ってくれる。少女の不安に気付いているからこそ、ジェーンはいつものように何でもないフリをして微笑んでくれているのだろう。
「……ジェーンも、ついてきてくれる?」
「ふふ、もちろんよ。私達、……親友でしょう?」
 いつだってこちらを気にかけ、欲しい言葉をくれる親友の存在が有り難く、思わず少女は瞳を潤ませた。ジェーンが言うのなら、きっと悪い場所ではないに違いない。

 ◆

 ジェーンに連れられ、辿り着いた場所は教会だった。美しいその建物は、日が暮れかかった中でも神々しく佇んでいる。
「別に、懺悔をしろって事じゃないのよ。この教会、いつも色々な人の相談に乗ってくれたり、話に付き合ってくれたりするの。胸に抱えたものを吐き出すだけでも、気が楽になると思うわ」
 未だ不安げな面持ちの少女にそう呟いた後、柔和な笑みを唇に乗せジェーンはまるで恋の話でもしているかのように楽しげに付け加える。
「それに、ここの神父さん。とてもステキな人なの」

 教会内に足を踏み入れた少女は、すぐに先程のジェーンの言葉に納得する事となった。
「初めまして。ジャン・デュポンと申します」
 丁寧にこちらに頭を下げ、そう名乗った神父は穏やかな笑みを浮かべ、少女を優しく迎え入れてくれる。
「少し遅い時間ですが、ご一緒にお茶でもいたしましょうか? ちょうど、美味しいクッキーを近所の方にいただいたばかりなんです」
 反射的に名乗り返した少女に、次いで降りかかる声音もひどく優しいもので、少女の緊張はすぐに解かれた。
 ジャンは一度奥に戻ると、例のクッキーとやらと何かを手にし戻ってくる。どうやら、温かな紅茶を淹れてきてくれたようだ。優しく、それでいて気さくで話しやすい彼に、好感を持つなという方が無理な話だと少女は思った。
 少女が何か相談事があってここにきたという事に恐らく気付いているだろうに、ジャンは決して彼女を急かすような事はしなかった。無理に話を聞いてこようとはせず、少女が話し始めるのを待ってくれているのだ。その優しさに勇気を貰い、少女は意を決し口を開く。
「実は、この前友達と喧嘩をしちゃって……」
 一度口に出してしまうと、後は穴の空いた水桶のように、少女は胸に秘めた言葉を止める術を失ってしまった。友人達との喧嘩、そして失踪。その事件に対する、不安と後悔。そして、悪気はなかったのだというほんの少しの言い訳。
 それは懺悔にもならない、ただの胸中の告白に過ぎない。だが、ジェーンの言った通り、言葉にした瞬間にすっと少女の心は晴れて行くような気がした。
 ジャンは時々相槌を打つものの、少女の言葉を邪魔する事なく穏やかな様子で聞き役に徹してくれている。好きに話させてくれる彼の態度が嬉しくて、少女はますます饒舌になった。

 一通り話を終え、少女はふぅと息を吐く。
「話を聞いてくださって、ありがとうございます。少しスッキリしました。……ジェーンも、ありがとう。あなたがいてくれて良かったわ」
 感謝の言葉を述べた少女に、隣に座るジェーンはいつものように言葉を……返す、はずだった。けれど、何故かジェーンは何も言わずに、どこかをじっと見つめている。
 不思議に思った少女は、ジェーンの視線の先を追う。そこには、先程までと変わらぬ表情で座るジャンの姿があった。
(……何? この違和感は)
 思ったよりも話し込んでしまったせいで外はすっかり暗くなってしまったが、先程までの穏やかな時間はまだ終わっていないはずだ。自分は感情を吐露出来てスッキリしたし、何も心配する必要はない。なのに、何故か教会内の雰囲気が先程とは変わってしまったような錯覚に陥る。
「ね、ねぇ、ジェーン。なんだか、おかしいわよ」
 隣を見る。そこにはやはりいつもと変わらぬ笑みを携えたジェーンがいる。いつもなら安心するはずのその笑顔が、何故か今は不気味に映り少女は小さく悲鳴をあげた。
「……ジェーン」
 不意に、少女の耳をくすぐったのは男の声だ。知らない声ではないはずなのに、何故か初めて聞いた声のように思えて少女は目を丸くする。少女の視線の先で、声の主、ジャンは笑っている。
「やっぱりボクの睨んだ通り、なかなか良さそうなエモノだねぇ」
「はい、ご主人様」
 神父と親友の不可思議なそのやり取りを、疑問に思う余裕が少女にはなかった。急に、ジェーンが少女に向かい腕を伸ばしてきたのだ。慣れ親しんだ親友の手が、何故か一瞬だけ凶器のように思えてとっさに彼女は避けてしまう。けれど、常と変わらぬからこそ異常なジェーンの態度が、少女にその考えがあながち間違いではなかった事を悟らせた。
(逃げなきゃ――!)
 瞬時にそう思ったが、腰が抜けてしまい思うように動けない。がくがくと足を震わせる少女に、ジェーンはにこりと微笑んでもう一度手を伸ばしてくる。
「な、何なの? 何しようっていうのよ!? ねぇ、ジェーン! 私達、し、親友でしょう!?」
 少女の訴えに、ジェーンは何も答えない。ぼんやりとした表情を浮かべて、ただ眼前を見据えるのみだ。親友であるはずの少女が怯えているというのに、その葡萄酒色の瞳には何も映ってなどいなかった。ぞくり、と少女は肌を震わせる。
 そして、はたと気付いてしまった。最近出会ったばかりで、けれど気が合う一番の親友、ジェーン。そんな自分の親友であるジェーンは誰相手でも優しく対応し、少女の他の友人達とも当然のように仲が良かった。
 次々と消えていった自分の友人達。自分が呪ったせいなのではと少女は不安に思っていたが、彼女達が消え始めたのは……ジェーンと仲良くなってからではないだろうか?
 彼女は今になってようやく気付いたのだ。消えていたのは自分の友人ではなく、ジェーンの友人、否、ジェーンに目をつけられた獲物だったのだという事に。
 そして、次の獲物は、恐らく――。
 伸ばされた手から逃れる術はない。もはやここは皿の上、少女は口に入れられる時を待つだけの、哀れな晩餐でしかなかった。

 ◆

「罪悪感に耐えきれずに他者への懺悔を口にする。他者のための感情と自分のための感情とが綯い交ぜになるなんて、人間は実にユカイだねぇ」
 食事を終え、教会に一人残った男はさも楽しげに微笑んだ。人の感情を糧とする異界の男は、舌鼓の代わりに笑声をあげる。男、ジャン・デュポンの顔には、先程までとは違い嗜虐的な色が浮かんでいた。
 感情の機微が大きい少女の味は興味深く、ジャンの欲を満たす。しかし、けれど、それだけだ。少女に対してジャンが思う事など、それ以上何もない。先程名乗られたはずの彼女の名前も、無駄な記憶に過ぎないのでジャンの頭からはすっかり消えてしまっていた。
 ディナーに使われた食材がどれだけ美味だったとしても、その一つ一つにわざわざ同情する者などいないだろう。少女の犠牲など、ジャンにとってはただの家畜の消費に過ぎないのだ。
「さて、次はいったいどんな味と出会えるのかなぁ。ボクを飽きさせないでくれれば良いんだけどねぇ」
 すでに次の獲物を探しに出ていたジェーンの目を通し、ジャンは次の標的を捉えて残虐な笑みを深めた。
 新たな獲物を、ジェーンは穏やかな笑みを浮かべながらまた手の上で転がすのだろう。その彼女自体すら、見えない糸に吊るされた操り人形に過ぎない。
 ジャンの手繰る見えない糸の先……マリオネットの手のひらの上で、今日もまた新鮮な食材は踊る。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8910/ジャン・デュポン/男/523/聖職者】
【8901/ジェーン・ドゥ/女/20/人形】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございます。ライターのしまだです。お待たせしてしまい申し訳ございません。
おまかせノベルという事で、ジャンさんのためにジェーンさんが晩餐をご用意するお話を執筆させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
お気に召す物語に出来ていましたら、幸いです。何か問題等御座いましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご依頼本当にありがとうございました。お二人に関するお話を自由に綴れるという素敵な機会を頂けて光栄でした。
またいつでもお声かけくださいませ。その時も是非、よろしくお願いいたします。
おまかせノベル -
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東京怪談
2018年11月12日

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