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『Relapse 〜夢から覚めて〜 』
鞍馬 真ka5819

「……うん、私だ」
 鏡を見て頷く。この三年で見慣れた顔。自分の顔だと認識できている。その事実を改めて言葉にする。
 あの夢は甚だ迷惑なものだった。
(最後のアレがなければ……!)
 イェジドの身体を体験することそのものは、とても楽しめていたのに。
「どうして都合の悪いところだけを忘れてくれないんだ、私の身体は!」
 そんな器用なことができるなら、そもそもはじめから困ってなんかいない。

 記憶がないという現実は、今では当たり前の事実として受け止めている。それは既に真の個性のひとつとして定着している。
 その前提の上でこの三年を重ねてきた。
 時の経過とともに、真を真として認めてくれる友人知人、自分の力として手に入れた能力は増えた。
 出来ることが増えて、出来ないと見切りをつけたことも増えて。少しずつでも、今の自分を構成しているものを自分なりに把握することに努めてきた。
 暇があれば仕事場、つまりオフィスに足を向けて。少しでもできることがあると思えば請けて、あるいは誰かに手を貸して。
 自分にそんなつもりが無くても、人に言わせれば我武者羅に……働いて来た。
 そうすれば新しい自分を知ることができるかもしれない。
 自分という存在がよりこの世界になじむかもしれない。
 本能のままに歩んでいるようで、実は自己認識の確立を、他者による自己の認定を望み目指し渇望して……たまに、足を止めなければいけなくなっても。動けるようになったらすぐ次へ、さらに新しい場所へ……それこそワーカーホリックと呼ばれるほどに、駆け抜けてきたというのに。
「それなのに、だ!」
 夢の中の自分への憤りは自己嫌悪と呼べるのかは知らないが。真は他にこの思いを向ける先を知らない。
(あの私は、私という認識を甘く見ていた)
 現実問題、今の真に影響が出てしまっているのだ。やはり自己嫌悪、なのだろう。

 自分の顔を自分のものではないと、その認識を薄くする。見慣れた顔を自分ではないと誤認すれば状況を打破できる。
 夢の中の真はそう考えて挑み、実際は出来なかった。それだけなら、よかったのに。
 だが。あの夢を見た現実の真は。今の自分は。
 夢の中の真が発した考えを。その言葉を。強く認識してしまった。
 なぜなら常に恐れているから。怯えを完全に自分の中から取り除くことができないから。
 自分が何者なのか……どんなに今の自分を認めようとしても、埋めることができない、思い出すことができない過去という空虚には、常に自分を認めるための努力を詰め込んでいたというのに。
 だから今の真は、これまでの三年で少しずつ認識できていた顔を、自己を。
 うまく捉えられないでいる。

「大体、挑戦すれば何でもできるのが私の身体のいいところだろう……」
 戦う手段として、真は既にいくつものクラスのインストールを行っている。それはどんな状況にも臨機応変に対応するための手段であり、どんな場においても役に立てることを証明するための明確な印として、真自身の自尊心を、承認欲を慰めてきた。覚醒者であれば皆同じともいえてしまうことではあるが、仕事漬けな真には効果があった。
 しかしそれも、今の真に何の平穏ももたらさない。
(このままじゃ、仕事に行くことができない)
 自分を認識できないまま、ヒトのために動けるとは思えない。
 ヒトが生きる上での根本、自分の為の行動も満足に取れない今の自分は、きっとちぐはぐなことをするだろうから。
 そうでなくとも。誰かに会う事も、きっと今の自分には難しいのだろう。
「真」と呼ばれて、返事ができるか自信がない。
 そんな状態で声を掛けられて、まともな会話ができる気がしない。
 この身体は、この声は、この力は。
(私は本当に鞍馬真だろうか?)

 わかっているのだ。
 今までと同じように、誰かと接し、話をして、もういちど自分を示す情報を集めて。繰り返せば元に戻せることくらい。
 むしろ今の自分が知る誰かは、皆自分を真だと認識している者ばかりだ。だから戻すのは三年もかからない。
 相手によるだろうが、一日で戻すことだってできるかもしれない。
 なぜなら皆は、真が覚えていない過去を知る筈がない。真本人の知らないことを知っている筈がない。今の真しか知らないのだから、齟齬が出ようはずがない。これまでの三年で築いた真の情報を、皆と接してかき集めればそれでいい。
「……私は、鞍馬真」
 ぽつり、言葉が零れる。けれど身体に力が入らない。
「うわっ!?」
 思いきりベッドに倒れ込む。いや、強引に倒れ込まされた。一対の金が、瞳と同じ蒼が、真を寝台へと沈み込ませていく。
「お前、何……っ」
 返事はないかわりに、背に温もりが触れた。隣で丸くなる気配に、小さく、聞こえない程の笑うような、吐息。
「……そうだな」
 隣で眠ってくれるらしい。休みの日の、いつもの通りに。
 ……おやすみ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819/鞍馬 真/男/22歳/闘技狩人/覗き込むほどに見失うなら、前だけを】
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2018年11月12日

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