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『愛の意味とは 』
アルヴィン = オールドリッチka2378)&藤堂研司ka0569

 初めて会った時からずっと、花が綻ぶような笑顔が素敵な、優しい女性だと思っていた。
 アルヴィンさん、と名前を呼ばれて振り返ると、小走りに彼女が目の前までやってきて、軽く息を整えてその手に持ったバスケットを渡してきた。サンドイッチを作り過ぎちゃって。そう言ってアルヴィンの好きな表情で笑い、良かったら、と言葉を添える。アルヴィンがお礼を言って受け取ると彼女はほっとしたように肩を下げた。
 ――この屋敷の人間から食べ物を受け取ってはいけない。
 母にはそう口酸っぱく言われていたが、彼女だけは例外でいいと思った。だって彼女だけは母譲りの尖った耳を嘲笑ったことがないのだ。他の伯母さん――腹違いの兄弟姉妹の母親なので伯母という表現は適切ではないがそう呼んでいる――は母やアルヴィンの前では綺麗だなんだと褒めてくれるけれど、二人がいない場所ではエルフなんかに手を付けるのはどうか、とか、雑種を次期当主候補にするのはいかがなものか、とか、色々好き放題言っているのを、アルヴィンはよく知っている。だから他の人間は信用しない。でも、彼女だけは特別なのだ。ただ、これだけはと思うこともあるけれど――。
 バスケットを自室に置き、ふと頬を緩める。しかしすぐに扉がノックされて、アルヴィンは追われるように部屋を出た。
 帝国貴族、その中でも名門と名高いオールドリッチ家の教育はまさに帝王学と呼ぶに相応しい。人類の守護者を自称し、軍事を中心に回る国家といえども貴族の良し悪しは教育の水準の高さを第一とし、歴史などの一般的な教養から礼儀作法、人心掌握術から武術全般までその内容は多岐に渡る。時間は有限で、身につけなければならない事柄そのものが多いのだから必然的にスケジュールも過密となり、一般市民が想像する貴族像からは程遠い日々をアルヴィンは送っていた。
 ささやか程度の休憩時間に思い出すのは、母と彼女のことだけ。単純に容姿の美醜で言うなら、母のほうが美しいとは思う。しかしアルヴィンにとって母は母で、それ以上にもそれ以外にもなることはない。けれどあの人は父の妾の一人だが若い方で、歳の離れた姉のような、もし自分がいつか誰かと結ばれることがあるならと想像したときに思い浮かぶ憧れのような、そんな一言では言い表せない感情がある。この狭くて味方と呼べる相手も限られる世界では、唯一無二の存在であることは確かだった。
 自室に戻り、バスケットからサンドイッチを取り出して。見るからに美味しそうなそれを傷む前に食べようと思ったその矢先、横から伸びた手に掻っ攫われた。勝手に部屋に入ってきてそんな行為をするのはただ一人――あの人の息子だけだ。あの人に似ずに意地の悪い性格で、エルフとの混血なのに後継者候補の中でも評価が高いと妬み度々嫌がらせをされるので、アルヴィンは彼のことが好きではなかった。年齢差もあって手が届かず、母親のお手製だと分かっているのかどうか、彼はそのまま、サンドイッチを口に運び――。
 後ははっきりとは憶えていない。ただ扉が開いてでもいたのだろう、倒れた彼を見て誰かが悲鳴をあげて大騒ぎになった。アルヴィンは彼の吐いた血で服を汚し、母に抱き締められていて。一体これは何だと思っていると聞こえたのはあの人の叫び声。
 ――愛してるから! だからこいつを殺せばあの子が幸せになれると思ったの!
 その言葉を聞いて、アルヴィンは妙に落ち着いた頭でこんな風に考えた。
 どんなに優しい人すらも鬼に変えてしまう感情。愛とはきっと、素晴らしくて尊いものに違いない――と。

 ◆◇◆

 ハンターズソサエティは兼業を推奨している。その為、ハンターが多く住まうギルド街には野菜に肉類、魚介類と見つからない物はないんじゃないかと思うほど様々な食料品が販売されていて、それはリアルブルー時代から馴染みのある、露天商の形式で行なわれていることも多い。クリムゾンウェストに飛ばされてからしばらくはサバイバル生活を営み、ハンターとして身を立ててからも長期任務の際などに遺憾なく培ったスキルを発揮している研司の趣味は勿論料理で、ゆえに彼らとは見知った間柄。店頭には並べていない良品を優先的に売ってくれる人もいる。
 そんなわけで食材を買い込み、研司は鼻歌混じりに勝手知ったる他人の家、調理設備が充実しているアルヴィンの屋敷へと顔を出した――のだが。
「ヤァ、ヨウコソ藤堂氏!」
 と玄関先で出迎える主の姿に、上手く言葉では表現出来ないが違和感を抱いた。ニコニコと屈託のない笑みに貴族然とした格好。上から下まで眺め直してみてもいつものアルヴィンだ。なのにしこりは払拭出来ず、食材でパンパンのマイバッグを抱えたまま首を捻る。
「遠慮セズに、ジャンジャン料理シテくれてイイんダヨー……アレ?」
 一人奥へと進んでいったアルヴィンが、研司がついてきていないことに気付いて振り返る。
「アルヴィンさん、何かあったんですか?」
 少し悩みはしたが、人の気持ちを察するのは得意ではないし、下手な言葉じゃ上手く相手に意図が伝わらないこともあると研司は知っている。だから直球で尋ねてみたのだが、当の本人はといえば、目を丸くして小首を傾げるばかりだった。彼は分かりやすいようでいて実は分かりにくい部類だとは思うが、さすがに付き合いが続けばある程度の表情は読めるようになる。だからこれはとぼけているわけではなく、本当に心当たりがないのだろう、と研司は思った。
 室内に足を踏み入れて、こっちへ、と言うとアルヴィンは素直に研司の後をついてくる。応接間にあるソファーのいつも座る側に腰を下ろし、彼はその正面へ。マイバッグはとりあえず脇に置いておく。
「最近……昨日とか今日にでも、何か変わったこととかなかったですか?」
 研司が改めてそう尋ねるとアルヴィンは顎に手を添えて目を閉じ、しばし黙考して。やがてアァ、とぽんと手を打った。
「今朝、スゴーク久しぶりに昔の夢を見たくらいかナ」
 でも別にそれは大したことじゃない、と言わんばかりの普通の顔。しかし研司はやはりモヤモヤとしたものを感じる。その原因が分からない代わりに、戦っている時の自分の姿が思い浮かんだ。普段はそうでもないが、死闘と表現されるような状況下に置かれると脳内麻薬の影響で一時的に痛みを忘れてしまう、という現象はある。今のアルヴィンもそれに近い状態かもしれない、と研司は思った。
 実際にアルヴィンが「全然面白くないカラネ」と前置きして切り出した話は、何の関係もない研司が聞いても胸の奥でぐつぐつとマグマが煮えたぎるような、そんな理不尽で血なまぐさい内容だった。彼が帝国貴族の血を引いていることやハーフであることは本人から聞いていたし、この世界のお国事情には明るくない自分でも権力者には権力者の苦労があるものだろうと考えてもいた。しかし実際に当事者から聞いた話は想像を絶する、と表現するのすらおこがましい気がする。
「あのアトすぐニ、二人とも亡くなっちゃったんダヨネ」
 そう言って話の途中で用意した紅茶を飲むアルヴィンの表情はきわめて普通だった。いや、普通でいられることこそ、異常である証左だ。しかし、研司は彼に対して悪感情を抱くことはなかった。同情とも違う。ただ無性に、俺はこの人の為に何が出来るだろうかと考え、そして答えが頭に思い浮かぶよりも先に、体が自然と動く。
「藤堂氏?」
 急に立ち上がった研司を見上げ、アルヴィンが声をかけてくる。研司はテーブルに両手をつき思ったことをそのまま口にした。
「こういう時は美味しいものを食べましょう!」
「……ハイ?」
 頭の上にハテナマークを浮かべるアルヴィンに「これ頼みますね」とマイバッグの中身を押し付け、空になったそれを持って応接間を出る。そして引き返し扉から顔を覗かせると、
「アルヴィンさんの分も買ってきます!」
 と宣言して屋敷の外へ向かった。
 食べ物の力は偉大だと研司は思う。動植物を犠牲にして命の糧を得るという目的は勿論のこと、悔やんでも悔やみ切れないような出来事があったとしても、美味しい料理を食べて充分な時間眠れば、いくらか気持ちは晴れるものだ。ちょっとした失敗ならそれだけで、次に活かそうと前向きな気持ちにもなれる。言葉は誰もが使えるのに、伝えることは本当に難しい。料理は多分、音楽や絵画のように万国共通で、そしてそれらよりもほんの少し身近で。だからきっと自分に出来るのはこれだ。
 ひとっ走りして食材を買い集めて、すぐに踵を返して屋敷に戻る。身支度を整え腕まくりをすると、アルヴィンが察して冷蔵庫に入れてくれた物と一緒に調理を始めた。こういう時、彼の性格なら覗きそうなものだが、研司の料理にかける情熱を知っているから余計なことは絶対しない。
「いただきます」
「いただきマス」
 挨拶をして手を合わせる。食卓に並ぶのはシチューに数品、それと蔵にあったワイン。料理は見た目も味の内に入るが、今回は時短を優先したため普通に日本の家庭料理といった感じだ。勿論、味にはこだわっている。
「ンー、美味しい!」
 咀嚼し終えてから言うアルヴィンの表情にかすかな翳りは見えなくて、研司は肩の荷を下ろして自分も食事に口をつけた。空きっ腹に暖かいシチューが沁みる。
「藤堂氏のコレも愛なのカナ」
 アルヴィンが独り言のようにそう言ったのは片付けも終わり、一息ついた頃だった。コレとは単に料理を指すのか、それとも研司の取った行動そのものか。確かに愛だなと研司は胸中で呟いた。料理に対する感情も、アルヴィンを心配する気持ちも。前者は熱情で後者は友情、または親愛と呼べるものだろう。
「他人を不幸にするだけが愛じゃないですよ」
 研司の言葉にアルヴィンも笑って頷く。青い瞳が柔らかく細められた。
「僕も最近、ソレが分かってキタヨ」

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2378/アルヴィン = オールドリッチ/男性/26/聖導士(クルセイダー)】
【ka0569/藤堂研司/男性/25/猟撃士(イェーガー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
かなり捏造増し増しのお話になってしまいました。
無自覚ながら過去を引きずっているアルヴィンさんと
理屈抜きに相手と向き合える研司さん、というイメージでした。
アルヴィンさんから研司さんへの呼び方は交友を参考にしましたが
逆は交友の詳細やユニオン/ギルドの中が見れなくて分からず……。
敬語で名前をさん付けにしましたが、違っていたら申し訳ないです。
今回は本当にありがとうございました!
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2018年11月12日

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