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『穏やかなる雨の縁 』
時鳥 蛍aa1371)&夜城 黒塚aa4625

●今回のあらすじ
 突然降った大雨。傘を忘れた一人の年端も行かない能力者が、英雄と共に滑り台の下で雨宿りをしていた。幼い英雄がそれを見つけ、ダイナーの開店支度をしていた相方に頼んで彼女達を迎え入れさせる。
 それが、青年と少女の穏雨の縁の始まりだった。

●ダイナーにて
 夜城 黒塚(aa4625)の英雄に連れられ、時鳥 蛍(aa1371)は人気の無いダイナーへとやってきた。雨の薄暗がりに囲まれた狭い空間を、蛍は恐る恐る見渡している。黒塚はカウンターに載せていた真新しいタオルを手に取り、彼女へと歩み寄っていく。
「……とりあえず、これで髪拭け」
 彼はタオルをぬっと突き出した。三白眼の悪人面に、ぶっきらぼうな物言い。思わず蛍は隣の英雄と共に竦み上がってしまう。
(完っ全に引かれてんな……)
 とはいえ、彼にはこれ以外の振る舞い方も分からない。タオルを片腕に掛けたまま、一度カウンターへと引っ込む。
「何か飲むか? 気まぐれついでだ。俺が奢るぞ」
 彼は戸棚を開いて、紅茶の茶葉やらブリティッシュクッキーやらを取り出してみせる。彼のそれなりに優しい態度を見て、徐々に蛍も黒塚が怖い人間ではないとわかって来たらしい。縮こまらせていた肩を、僅かに緩めた。
「この人はクロ! 怖い顔してるけど、悪いお兄ちゃんじゃないよ!」
 黒塚の英雄が何か言っている。黒塚は眉根を寄せた。
(余計なお世話だ)
 ポータブルコンロをカウンター裏に載せると、黒塚はタオルを片手に再び歩み寄る。何やらタブレットPCを触っていた蛍は、いきなり彼へと画面を差し出す。
『ありがとうございます、お世話になります』
 スピーカーから流れる蛍の言葉。黒塚は思わず訝しげに眉根を寄せた。
(……失声症か?)
 背も低ければ顔立ちも幼く、中学生以上には見えない。そんな少女が自ら声を発さないとなると、黒塚も彼なりに彼女の事が気になってしまう。すると、やがて蛍は再び黒塚に画面を見せた。
『両親たちに伝えたので、迎えが来るまでという事で』
(両親は健在か。そうか……)
 少年少女が能力者になっているパターンとしては、家族が殺されたような危機的状況下で英雄と出会い、というものが少なくない。一瞬彼もそれを想像したが、どうやらそうではないらしい。
(……まあ、訳アリか)
 色々考えたが、黒塚はさらりと放り捨てる。エージェントには脛に傷を持つような人間も少なくない。彼も似たようなものだった。
「わかった。……適当な所に座ってていい」
 半ば押し付けるようにタオルを渡すと、そのまま傍の席を指差した。蛍はおずおずと頷くと、英雄を連れてそっとその席に座るのだった。

 渡されたタオルはふわふわとしていた。蛍はそっと広げると、しっとりと濡れた髪にタオルを滑らせていく。隣の英雄にちらりと眼は向けるが、胸のどこかにつっかえて、言葉は出てこない。その表情を見るにつけ、彼女も同じようだった。
「良かったら食べる? おいしーよ♪」
 そんな折、黒塚の英雄が再びやってきて、クッキーを盛りつけた皿と紅茶を置いていく。
「ええ……? いただいていいんですの……?」
「レジに料金は入れておいた。問題無い」
 黒塚は淡々と応える。蛍の英雄は早速へクッキーと手を伸ばす。蛍もそろりと一つ手に取り、口へと運ぶ。どっしりした重みのある食感は、普段食べるクッキーとはまた違う。チョコチップのまろやかな甘みも合わさり感じたのは、とにかく美味しいという事だった。
 ちらりと黒塚を見上げる。彼は相変わらず仏頂面で二人を見下ろしていた。蛍は脇に置いたタブレットを引き寄せると、そっと文字を打ち込む。
『黒塚さんもクッキーどうです……いえ、お仕事中に失礼でしょうか……』
 いまだに過去の記憶は茨のように心を掠めてくる。だから怖そうな男というのは苦手なのだが、最近は見た目だけで恐れずに、きちんと関わりを持っていこうと思うようにしていた。一握の勇気。黒塚は蛍を見つめる。
「休憩中だから気にするな」
 黒塚はひょいとクッキーを取ると、口に放り込む。蛍はほっとした。ほっとすると同時に、自分を怖がらせまいとする彼の気遣いにもそっと気付かされるのだった。
『ありがとうございます』
「……何のことだか」

 その後、蛍とその英雄が心の距離を近づけ合ったりしているうちに、彼女の母が車を転がし迎えにやってきた。すっかり服も髪の毛も乾いた蛍達は、開店する前にダイナーを出る事にしたのだった。
「感謝いたしますわ。また御縁があったら逢いましょうね」
 隣で英雄がスカートを摘まみ、小さく頭を下げる。横で見ていた蛍もぺこりと頭を下げたが、やがて彼女は咄嗟にタブレットを取り出し、素早く文字を並べた。
『今度、うちの定食屋にいらっしゃいませんか?』
「定食屋?」
 黒塚は首を傾げる。傾げつつ、たまに出来た縁を少し追ってみるのも悪くは無いと既に思いついていたのだった。

●定食屋にて
「ここか」
 仕事前、ふらりと一軒の定食屋を訪れていた。まだ新しいのか、和風の佇まいは小奇麗で、壁の塗り方も何処か洒落ている。名前は「玉鬘」。黒塚は渡された地図を確かめると、がらりと擦りガラスの引き戸を開いた。
 足を踏み入れると、カウンターの奥に蛍が立っていた。その服装は、どこか昔の女学生を忍ばせる。控えめそうな顔立ちとそんな服装が相まって、いかにも看板娘らしい雰囲気だ。
「邪魔すんぞ」
「あ、えっと……」
 振り返った蛍は目を丸くする。何かを言いかけたが、すぐにぺこりとお辞儀して、何も言えないままに厨房の奥へと引っ込んでしまった。
(……まあ、雨宿りでちょっと話したくらいじゃな)
 街角でも露骨に距離を取られたりするから、この程度は慣れっこだった。適当にカウンター席を見繕い、つかつか歩いて腰を下ろす。
「いらっしゃいませッス! ご注文は何ッスか? あ、お話だけでも歓迎ッスよ!」
 今度は厨房から別の少女が顔を出した。いや、只の人からすれば少女にしか見えない若者が顔を出した。黒塚は目を瞬かせる。
(こいつ、男か?)
 着物に袴の出で立ち。和装には寸胴が映えるというが、まさにそんな体格だ。それはさておき、華奢だが骨格や筋肉のつき方がどうにも女子には見えない。
(……まあ、訳アリか)
 とはいえ、突っ込むのも野暮だ。黒塚は魔法の言葉で女装男子の存在を受け流す。そんな事をしているうちに、厨房から気を取り直した蛍が出てくる。
「わたしが、対応するから」
 そう言って女装男子を軽く押し退けると、踏み台に上がって蛍は黒塚と向かい合う。
「……き、来て、くれて、ありがと……ございます」
「何だ。話せたのか」
 その声は鈴を転がすようだった。湯呑に入った水を受け取りながら、彼は眉根をほんの僅かに開く。頬を僅かに赤くして、蛍は小さく俯いた。
「でも、こんな……調子、なので……」
『普段は、こうしてこれを使って会話してます』
 途中からタブレットを取り出し、カウンターの上にとんと立てる。小さな瞳をちらりと動かし、黒塚は溜め息を零す。
「何だ。苦労してんだな」
『ここで、少しずつ頑張ろうとは思ってます。ご注文は?』
 尋ねられ、彼はちらりと手元のメニュー表に目を遣る。しかし日々の食事についてどうこう考えるのも面倒くさい。直ぐに蛍へ眼を戻した。
「何かおすすめがあるなら、それで」
『オススメ、ですね。でしたらさんまの塩焼き定食にします』
 言って、蛍は女装男子に眼を向けた。彼は頷くと、厨房へと引っ込んでいった。蛍と黒塚が二人で向き合う格好になる。お互いに口を開かないから、開店したばかりのがらんとした店に沈黙が漂った。このままでは間が持たない。引っ込み思案ながらにそう感じた蛍は、タブレットを再び手に取る。
『お尋ね、してもよろしいですか?』
「何だ?」
『いつもは、あのお店で働いていらっしゃるんですか?』
 黒塚は首を振る。
「そういう訳でもない。あれは只のバイトだ。……英雄二人も抱えると、何かと入り用になるからな。ああして働いてる」
 何かと入り用。蛍も幼いながら思い当たる節があって、少し気持ちが弾む。
『なら、普段は?』
「あんたと同じエージェントとしての依頼……後はちょっとした仕事を少々だな」
『仕事ですか』
「色々とな」
 その響きには、これ以上入り込ませないような色があった。元は穏雨の縁。軒を貸してもらっただけの知り合いでしかない。蛍も詮索はしなかった。
『頑張ってください』
「ああ」
「もうちょっと待ってほしいッスー! もうすぐ出来るッスからねー!」
 折よく、英雄の声が飛んでくる。蛍はぎこちないながらも微笑み掛け、そっと頭を下げる。
『彼の料理はおいしいですから、ゆっくり、お待ちください』
 黒塚は明後日の方向を見つめながら、小さく頷いた。

 蛍の英雄が作った料理は、確かによく出来ていた。その女装は伊達ではなかったらしい。相変わらずの渋い面だったが、それなりに満足した黒塚は、見送りに出てきた蛍とその英雄を、ちらりと振り返った。
「邪魔したな。……美味かったし、気が向いたらまた来る」
「……はい。是非、また……いらして、ください」
 ジャケットを肩に引っ掛けたまま歩く背中に向かって、蛍は小さく手を振る。“猟犬”は静かに駆け出すと、市井の喧騒へと紛れていった。



 CASE:夜と杜鵑 おわり







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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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時鳥 蛍(aa1371)
夜城 黒塚(aa4625)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
お二人にかかわりのあったリプレイを参考にしながら描かせていただきました。
満足いただけるものになっていればよいのですが。

ではまた、御縁がありましたら。



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2018年11月12日

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