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『薔薇の名前 』
アルヴィン = オールドリッチka2378

オールドリッチ家の薔薇庭園は、ゾンネンシュトラールの貴族たちの間でも古くから名を知られている。
代々この名門に仕える腕の良い園丁たちが、彼らの誇りにかけて手入れをし、どこからどのように眺めてもその素晴らしさを愉しめるよう、一本一本の樹を、庭園全体を、たゆまず整えてきた。

11月の白薔薇は、薄暮れの夕空のもと、憂いありげに花首を傾げていた。
広大な敷地の前庭にある薔薇園を、アルヴィンはひとり、散策している。
一輪一輪手に取って、ためつすがめつしては見て歩く。
夕映えに染まった花弁の朱を眩しいもののように見つめていたが、ふと、顔を上げて瞬いた。
「アァ…コレは、懐かしいネ」
忙しくしていて随分と見にきていなかったが、やはりこの薔薇アーチはとりわけ美しい。零れるほどの花を咲かせてまるで王冠のようだ。
庭園の中央から少し外れた一角にあるが、この庭の象徴のような薔薇アーチだ。幼い頃からとても気に入っていた。

薔薇の枝が、蔓のように伸びて支柱に絡みつくさまは、豊かな髪を編み込んだかのようだ。歳月を経て荘厳さも具えたらしい。
遠いあの日には、自分の背丈よりもずっと高く見えていた薔薇のアーチ。
今から思えばこの薔薇の樹もあの頃はまだ若く、支柱に一生懸命しがみついていたのだろうが、小さなアルヴィンからすれば、どんなに背伸びをしても最も美しく咲いている頭上の薔薇には手が届かない。そういうものだった。

幼い頃、アルヴィンが手に入れられないものは、いつでもこの薔薇とともにあった。
父の愛。
母の幸福。
家臣や侍従たちの優しい眼差し。

物心ついたころから、何かしら重いものが自分の生に付き纏っているのは感じていたが、それでもそれなりに無邪気な時代があったと思う。
子どもらしく邸の庭や裏の森を駆けていた。植え込みにサスペンダーを引っ掛けて派手に転んだこともある。家臣や侍女の娘や息子たちとも遊んだ。
でも、彼らはきまってある日、神隠しにでもあったようにアルヴィンの前からいなくなってしまった。
だから、遊び相手は馬や鹿たち。――長き友は、あの兎だった。

リルケも愛した真紅の薔薇に手を触れて、物思いに耽りかけたアルヴィンは振り払うように笑った。
「……生きるコトハ、ままならないモノなのダヨ」
今は難なく届くアーチの薔薇。
あれからも毎年見事な花を咲かせてきたのだろう。
そう。
はじめから「そんなものなのだ」と観じてしまえば、どうということもない。
露に濡れてしっとり蕩けそうな花弁の紅さは、滴る血のようで。
昨日笑みを交わした人は今日には冷たい骸になっていた。今日語らう人も明日には永久に石の下に眠ることになるかもしれない。明日は我が身、と子ども心にも感じていたあれらの日に、既に大人びて聡かったアルヴィンは学んだ。
そう学ぶしかなかった。

――と。
手にした一輪への触れ方が悪かったのだろう。
手套越しに鋭い棘を感じた。
「…ツッ…」
血が出ただろうかと手套から手を抜こうとしたとき、何かが指先に引っ掛かって、カラリ、と音を立てた。
見れば、枝に結わえられた紐に繋がれて、一枚の木札が揺れている。
朽ちかけた紐から下がっているそれは、植木の名を記した札のようでもある。
古びて黒ずんだ木札を指に取って表をかえし、目を凝らしてみる。
「コレ…ハ…?」
三つの文字が並んでいた。
「A…? …L、…V……」
目を瞠った。
長く風雨にさらされてきたためか彫られた文字は随分と薄くなっていたが、確かにそう読めた。

"ALVIN"

誰が名付けたのか。
この薔薇に。
この薔薇アーチに、僕の名を。
どんな想いで。
この札を括り付けたのか。

ぼろぼろの紐をそっとほどいて、木札を外す。
僅かに血の滲む指の中に、それを握りしめた。
永遠に逝った人たちもいる。遠く離れてしまった人もいる。
もはや誰に問うべきかもわからない。
脳裏を去来してゆく幾つもの面影に、アルヴィンの目頭が、じん、と。痛みだした。
瞼が熱くなる。胸にこみあげてくる。
――涙は、出ないが。
この感情はいったい何なのか。アルヴィンは名付けるべき言葉を持たない。
顔を上げると、暮れなずむ庭の薔薇アーチの向こうに、ところどころ金色に輝く茜雲が見えた。
「…綺麗ですネェ…」
今、薔薇はこの掌の中にある。
だが明日には喪われるかもしれない。
「それナラバ、それデいいのサ」
アルヴィンは思う。
泣き、笑い、狂い、アルヴィンを傷付け、アルヴィンが為に死んでいった彼らを突き動かしていたのは、どれも運命の歯車なのだろう。
複雑に絡み合った運命の歯車、宿命の車輪に轢き殺されてゆきながら、しかし人はそれでも歌うのかもしれない。
今日の愛を紡ぎ、明日の夢を語らう。
たとえ、明日が無くとも、だ。

握りしめて思う。
もっと聴きたい。
だから、もっとこの目に留めたい。
人々の、「今」を生きる輝きを。
明日があるならば、もっと。
明日という日がないならば、なお、もっと。

――もっと、抱きしめたい。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2378/アルヴィン = オールドリッチ/男性/26/聖導士(クルセイダー)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、工藤彼方と申します。
このたびの発注、たいへんありがとうございました。
複雑な生い立ちをお持ちでありながらなお愛に生きる貴人とのことで、アルヴィンさんの幼かりし頃に想いを馳せた工藤でありましたが、…ううむ…壮絶そうですね…。
アルヴィンさんには薔薇が似合うに違いない、というイメージもあり、かような物語になりました。
あらためまして、ありがとうございました。

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ファナティックブラッド
2018年11月12日

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