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『Not restart 〜夢から覚めて〜 』
メアリ・ロイドka6633

 鏡を前にして試してみたが、正しい表情筋の動かし方がわからない。
 唇の端をあげてみる。片方だけあがったが、麻痺した怪我人かと思った。
「……」
 目を閉じ、深く呼吸を整える。ここまで来たら自棄だ。一度も数度も変わらない。
 ゆっくりと唇を引き延ばす。両方を、不自然じゃない程度のえくぼができるまで。
 そのまま目を細めていく。途中で意図せず目じりがつり上がった。
 鏡の中の自分が嘲笑っているようで、すぐにいつもの顔に戻した。
 じっと顔を見つめる……いつも通りの自分だ。
「嘘だろ」
 切って捨てるに限る。これだけやってから、やっと。
 笑ってたなんて。
 夢の中の自分だって自分だからと、出来ると思い込んで。
「あれだけ鮮明だったんだ、誤解するだろ普通……ッ」
 試してみた自分が馬鹿みたいだ。
「本当……馬鹿じゃねーの」
 ベッドに仰向けに倒れ込む。……疲れた。

 両手で顔を覆う。普段あまり使わないせいで、強張っているのがわかる。
 はじめは撫でるように確かめて、徐々に力を入れて解していく。
(慣れてきたな)
 フェイスマッサージのことだけではない。
 あの運命の日を境目に、屋外に出ることが当たり前になった。それまで必要を感じなかった事、特に自分自身について、すべきことが増えた。
 ただ衣食住を賄われ、生きていれば良かったあの時間に比べると面倒が増えた。
 例えば化粧。陽の光を直接浴びないような生活を続けていたメアリの肌は無垢で繊細だった。保護するための手段があることを知るまでのほんの数日で、メアリの肌はボロボロになった。
 それまでは顔の造作を誤魔化すための手段だと思っていたから、話をされた時は一度拒否もした。強引に、けれど丁寧に手入れをされて、くすぐったかったのを覚えている。
 例えば会食。始まりと終わりの挨拶を言わなくなっていたメアリの所作は粗雑ではないけれど無機質だった。共に卓を囲む事も無頓着で、勧められるまま食べるのみ。感謝も感想も言った覚えがなかった。
 その様子を見る周囲の視線にどうして温度差があったのか、はじめはわからなかった。遅れて聞こえた挨拶に、ぼやけていたかつての記憶が掘り起こされる。平坦な声で付け足したいただきますの声が妙に自分の中に響いたのを覚えている。
 はじめこそ意味の解らなかった物事、忘れてしまっていた物事を、この世界で出会った人々が教えてくれた。
(押し売りだと思ったんだっけな)
 それまでのメアリにとって、愛は押し付けられるものだった。
 画面越しのやり取りは相手の表情なんてわからない。絵文字や顔文字なんてただの柄のようなものだったし、直接声を交わすことは許されなかったから、人の声に籠められる感情を読むこともできなかった。
 品物でも情報でも、得るには対価が必要だった。
 無償で得られるものには保証がなかったから、信用してはいけないと教えられ、それを信じるしかなかった。資金は潤沢に与えられたけれど、それだけだった。
 『お願い』は命令と同じだった。
 健康に生きているだけでいい。助けられたその日に泣きながら縋りついて願われたから、メアリはその通りに従った。いつかまた笑ってくれるはずと選んだ道は、その記憶を儚くさせるばかりだった。
 だから、メアリは好意というものがわからなかった。
 昔はわかっていたのかもしれないけれど、感情をすり減らしながら時間が経つのを待っていただけのメアリには、どうしたらよいのかわからなかった。
 それでも、人々は諦めずにいてくれた。諦めてしまったメアリに、諦めないことを教えてくれた。

 フェイスマッサージは、最近になって必要になった。
 共に過ごす時間が増えたヒトが他愛ない雑談の合間にこぼした『表情が柔らかくなった』……その言葉の意味するところは知っていても、実際に強張った頬に触れても、本当の意味で、頭だけでなく心で理解するまでにも時間が必要だった。
「どれだけ使ってなかったのか……って」
 今日みたいに意図的に動かすことは本当に稀なことだ。
 ただ頬に強張りを感じることは増えていて。同時に実感も増していた。
(……面倒……ではないけれど……)
 頬を熱い雫がつたう感触に、思考が散らかる。それは困惑だとわかっていて、けれどなぜ今自分の頬が濡れているのかがわからない。
 なんて不便なんだろう。機械のように、スイッチ一つで止まってしまえば楽なのに。
 なんて曖昧なんだろう。部品のように、大きな世界の歯車の一つでいるだけなら楽なのに。
 けれどもう、求めるのはやめられない。
 一度諦めたものに、手を伸ばすのだ。
 夢の中の自分にはなれない。何か一つの歯車が違っていたなら、辿り着いたかもしれない自分の姿。
「諦めてなんかやるかよ」
 心の奥底で望んだかもしれない理想の自分。そこに近づけなくてもいい。
 ただ。
 二度目を迎える気は、ない。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6633/メアリ・ロイド/女/20歳/機導撃師/戻らぬ時を踏み越えて、刻む】
おまかせノベル -
石田まきば クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年11月14日

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