▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『The day middle 』
木陰 黎夜aa0061)&アーテル・V・ノクスaa0061hero001


「……テル、……り、……えて……し……」
 アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)がその声に気が付いたのは、木陰 黎夜(aa0061)が声を出し始めて優に一分は経過してからの事だった。
 振り返ると戸口から小さな影が覗いており、幽霊の類が平気なアーテルでも一瞬びくっとなった。が、それが自分と契約した能力者だと気付き、内心胸を撫で下ろしつつ距離を取ってしゃがみ込む。
『どうしたの?』
「あ……の、迷惑じゃなければ、だけど……」
『……』
「料理、教えて欲しい……なって……」
 黎夜とアーテルが出逢ったのは二か月前に遡る。その時黎夜は家族諸共水難事故に遭い、両親と兄を同時に失い、自身も水に沈みゆく最中だった。そこにアーテルは召喚され、咄嗟に腕を伸ばして黎夜を救った。以降、このボロアパートで生活を共にしている。
 とは言え黎夜とアーテルの間には埋めきれない溝がある。黎夜は実の父と兄から虐待を受けており、また同級生からも虐められて男性恐怖症に陥っていた。アーテルは女性的な顔立ちではあるものの、身体も心も言葉遣いもれっきとした男性だ。それ故、出逢った当初黎夜はアーテルを拒絶した。紆余曲折あって、こうして共に暮らす程度に距離を縮める事は出来たが、それでも完全に克服出来た訳じゃない。アーテルが女性口調で喋っているのも、黎夜の男性恐怖症を慮ってのものである。
『料理?』
「ちょっとは、出来た方がいいと……思って……」
 黎夜は壁に隠れながら、聞こえるか聞こえないかの声でぼそぼそと呟いた。恐らく実の父と兄からの仕打ちが頭を過ぎっているのだろう。アーテルは父や兄と、黎夜を虐めた男達とは違うのだと分かっていても、心の傷はそう簡単に癒えるようなものじゃない。アーテルもそれは知っている。誰にだって心の傷は起こり得る。アーテルだって、きっとどこかで。
 もしかしたら元の世界で。
『そうね。私でよければ、いいわよ』
 忍び寄った暗い気配を明るい声で打ち消した。少しばかりわざとらしいような気もしなくはなかったが、黎夜は気付かなかったようである。笑いまではしないけれど、少しほっとしたような様子で黎夜はわずかに頬を緩める。
『それじゃあ何にしましょうか』
 了承しておいてなんだが、アーテルとてレパートリーがそれ程ある訳じゃない。この世界に来てから、そして料理を始めてから二か月は経過しているが、逆を言えば料理を始めて二か月しか経っていない。毎日毎日テレビとやらの料理番組を師匠にして、ようやく黎夜に食べさせられるレベルに漕ぎつけられた所だ。ましてや料理を教えるとなると……安請け合いをしてしまったが、これは難問かもしれない。
 けれどせっかく黎夜がやる気を出しているのに、自分の力量不足を理由に断ってしまうのも……とアーテルが悩んでいると、黎夜はまた何か言いたそうに視線をうろうろさせ始めた。そのまましばらく迷っていたが、意を決して二つ目のお願いを口にする。
「い、一緒に、買い物に」


 二人が訪れたのは近所にあるスーパーだった。価格破壊レベルの安売りはないが高すぎるという事もない。思えばいつも来ているのはアーテル一人で、黎夜と一緒に訪れたのは初めてかも。それも黎夜の男性恐怖症を懸念してのものだったが。
『黎夜、大丈夫?』
「だ、だいじょうぶ」
 口ではそう言っているが緊張しているのは明らかだった。なんせ二か月前は、アーテルが近付いただけでも震えていた程である。もっともずっとこのままで、という訳にはいかないだろうが。
『無理しなくていいのよ』
「だ、だいじょうぶ。いける」
 と拳を握り締め、黎夜は自動ドアに踏み出した。本人がそう言うのであればアーテルもそれ以上は言えない。カートを押し、出来るだけ黎夜が男性に近付かなくて済むよう気を配りつつ、安い物を吟味してはカゴに放り込んでいく。
「野菜の見分け方とか、ある?」
『とりあえず綺麗なものを選んでいるけど……キャベツに関しては重い方がいいってこの前テレビで言ってたわね』
 と、主夫のような事を言うアーテル。女性口調も相まって、傍から見れば完全にそっち系の人だろう。だが黎夜を思えば、人前だろうとこの口調を崩すような事は出来ない。
 キャベツを入れ、もやしを入れ、人参と玉ねぎを入れる。ここから導き出される料理は野菜炒めが妥当である。けれど野菜炒めはこの前やったような気も……だったら鍋か? それも最近したような気が……いや今日は黎夜に教えながら作るのだし、折角なら黎夜の食べたい、作りたいものがいいだろう。
『黎夜、メニューは何がいい?』
「えと……じゃあ、カレー……」
 カレー。子供が大好きなメニューであり、同時に料理初心者の登竜門的メニューである。実際の所皮むきの難しいジャガイモ、硬い人参、涙の出る玉ねぎと難敵が多いのだが、要所は手を貸してやれば然程問題はないはずだ。
『いいわね。それじゃあジャガイモも入れて、もやしのスープもつけましょうか。キャベツはまた今度にでも』
「うん……あとアーテル、もうひとつ入れたいものが……」
 言って黎夜は辺りを見回し、目当てがここにはないと分かるや先の方へと歩いていった。一緒に暮らしはしていても、手を繋いで共に歩く、という事は未だ出来ない。それでも欲しいものを口で言うぐらいの事は出来るはずだが、高い物なのだろうか。遠慮して言い出せない?
『(別に遠慮しなくていいのに)』
 財布を握っているのはアーテルだが、金を使うのはほぼ黎夜のためだけだ。節約は必要だが、それでも欲しいものを言い出す事まで躊躇する必要はない。なんとも言い難い気分でアーテルは黎夜を追っていたが、『そこ』に辿り着いた時、アーテルの足が止まった。薄切りの赤や桜色がパックに詰められ陳列された。
『あ……』
 そこは精肉コーナーだった。スーパーなら当然ある。牛肉、豚肉、鶏肉と、様々な肉が並んでいる。アーテルがこの二か月、無意識の内に避けてきた場所。
 黎夜はアーテルを振り返り、初めてアーテルの顔が強張っている事に気が付いた。さっと肌から色を失くし、震えながらアーテルに近付く。
「ご、ごめん。あの、たまには、お肉も食べたいなって……思って……高いのは分かってるけど……ごめん、うち、そんなつもりじゃ……」
 アーテルが怒っている、と黎夜は捉えたようだ。病院にいた時のように、怯え始めているのが分かる。
 どうして今までこの場所を避けてきたのかは分からない。何かとても嫌な事があった気がするが思い出せない。
 ただアーテルの気を引いたのは思い出せない何かより、今にも泣き出しそうな黎夜の細い腕だった。初めて逢った時から折れそうな程細かったけれど、二か月前からほとんど変わっていないんじゃないか? 当然と言えば当然かもしれない。だってこの二か月の間、アーテルは黎夜に一片の肉も食べさせていない。元々ろくな食事を与えられていなかった、食べ盛り真っ最中の子供に。
 アーテルは足を踏み出した。黎夜は咄嗟に頭を庇った。アーテルはその脇をすり抜けて、意を決しカレー用の豚肉パックをひっ掴んだ。そして黎夜の下に戻り、距離を取ってしゃがみ込んで手の中のパックを差し出す。
『黎夜、ごめんな』
「……アーテル?」
『そうよね、お肉、食べたいわよね。ごめんなさい、気付かなくって』
 一瞬素の言葉が出たが、すぐに女性口調に戻す。黎夜は泣きそうな顔で、おそるおそるアーテルを見る。
「怒ってない?」
『怒ったりなんてするわけないでしょ? 今日はこれで、一緒にカレーを作りましょうか』
 男のこの手で黎夜の頭を撫でるような事は出来ない。だから代わりに、アーテルは黎夜を安心させようと精一杯に微笑んだ。黎夜は、やはり笑いはしなかったけれど、滲む寸前の涙を拭いてこっくりと頷いた。


『(なんて事もあったなあ)』
 と、アーテルはカレーの匂いを嗅ぎながら思い出す。今思うとたかが豚肉を買うのに葛藤してたなんて少々、いやかなり恥ずかしいが……。そこに今日の夕食当番の黎夜が、三人分のカレーと福神漬けを持ってきた。
「出来たよ」
『ああ』
 アーテルは立ち上がって、もう一人の英雄と共にスープとサラダを取りに行く。黎夜がアーテルに料理を教えて欲しいと言ったのは、アーテルがいなくなった時を考えてのものだった。その理由を黎夜は口にしていない。これからもきっと言う事はないだろう。
「でも、今はアーテルにご飯を作ってあげられるようになって、良かったと思うよ」
『何か言ったか』
 アーテルの声に「なんでもない」と黎夜は返した。アーテルの口調はもう女性を真似たものではないし、黎夜がありのままのアーテルに怯えるような事もない。
 三人でテーブルを囲み、「いただきます」と手を合わせる。スプーンを口に運ぶ二人に、黎夜が尋ねる。
「どうかな」
『おいしい』
 それは黎夜が、アーテルの作ったおじやを初めて食べた時の言葉でもある。ありふれた言葉。けれどその言葉を言うだけではなく、言ってもらえる。今なら。
「よかった」
 そう言った黎夜の顔は、嬉しそうに微笑んでいる。
 
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【木陰 黎夜(aa0061)/外見性別:?/外見年齢:15/能力者】
【アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)/外見性別:男性/外見年齢:23/ソフィスビショップ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 こんにちは、雪虫です。どのようなお話をお届けしようかと考えまして「そう言えば黎夜さんは普段からアーテルさんと料理してるってあったよな」×「アーテルさん今はお肉買うのは出来るみたいだけど、最初は肉全般近付くのもダメだったのでは」という所から、このようなお話を作成させて頂きました。イメージや設定など齟齬がありました場合は、お手数ですがリテイクのご連絡お願い致します。
 この度はご注文下さり誠にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
おまかせノベル -
雪虫 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年11月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.