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『濁灰 』
アリア・ジェラーティ8537)&デルタ・セレス(3611)

「石像の洞窟ですか」
 デルタ・セレスは店員として勤務している彫刻専門店、そのカウンターの奥で小首を傾げた。
 カウンター越し、「ネットでちょっと騒ぎになった話なんだけど」と話題を投げてきた客はうなずき、話を継ぐ。
 鍾乳石でできた洞窟に詰め込まれた人型の石像たち。天然の力で形作られたはずの彼らの顔には苦悶が刻み込まれており、救いを求めるように出口めがけて手を伸べているのだという。
 ただし、見たという者はあっても、その後行った者はない。ひとりとしてたどりつけなかったのだ。見た者が細かに告げたはずの場所に洞窟がなくて。
 結局はネットによくある釣りということで話は打ち棄てられたのだが……客の見解は少しちがっていた。
「多分、ほんとにあるんだよ。僕らみたいな普通の人間にはたどりつけないのか、洞窟が人を選んでるのか、そこまではわかんないけどね」
 ふむ。セレスは小さく息をつく。
 実際、十二分にありうる話なのだ。普通にたどりつけないことも、人が選ばれることも――その裏に怪異というものが存在するのなら。
 客が出て行った後、セレスはカウンターの隅にあるノートパソコンを立ち上げた。目当ての話題はすぐに見つかり、同時に件の洞窟の場所も知れた。
 見てみたいじゃないか。たとえ怪異絡みの案件でも、洞窟に立ち並ぶ彫刻の有様を。なぜか? 彫刻スキーだから!
 あとはそう、踏み出して、踏み込むだけ。
 なのだが。
 ……ひとりはさすがに、怖いよねぇ。


「行くよ……セレスちゃん」
 ふんすふんす、淡い声音にやる気を漲らせたアリア・ジェラーティが、彼方まで平らかな胸を張って「おー」、右の拳を振り上げた。
「来たからには微力を尽くすけど、情報が少ないのは辛いところだよね」
 こちらはセレスと同い年で見習い魔法使いのティース・ベルハイム。
 ふたりはセレスのお願いに応えて来てくれたボディガードだ。ティースは友情ゆえに。アリアは友情と、アイスの大量購入の約束で。
「うん、よろしくお願いします」

 かくてスマホのナビに従い、郊外の小さな山へとたどりついた一行だったのだが……確かに洞窟などというものはどこにも見当たらない。
「この感じだと多分、結界張られてるね。探知魔法を使えばもう少しよくわかるだろうけど」
 辺りを探っていたティースが言う。魔法を使わなかったのは、潜んでいるのだろう洞窟の主へこちらの情報を与えないためだ。
「こんなことも、あろうかと……」
 進み出たアリアが取り出したのは、見るからに怪しげな符。アンティークショップ・レンで仕込んできた、結界破りの呪符である。
「ちなみに、お値段……アイス、ごじゅっこぶん。必要経費……?」
 僕、経費の代償にアリアさんから何個アイス買えばいいのかな? セレスは遠からず訪れる未来に震えたりするわけだが、ともあれ。
 符を使えば能力を晒す必要はない。それが使える者だということで主からは警戒されるかもしれないが、出力こそ低いながら汎用性に富んだティースの魔法に、アリアの強力な氷雪魔法、加えてコントロールできない難はあれ、セレス自身の金化能力という奥の手もある。大概のことには対応できるはず。――後先さえ考えなければ。
 うん、後先なんて考えない! そんなことより石像石像! などとセレスが新たな出逢いの予感にうきうきしている隙、アリアは魔力感知用アンテナ代わりのティースを連れて辺りを練り歩き……ここだ! というところに符をぺしり、叩き就けた。
「おー」
 果たして姿を現わしたものは、氷柱状の鍾乳石を牙よろしく生やした鍾乳洞である。
「ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
 入口にトラップがないことだけは確かめて、セレスがふたりを促した。


 間断なく滴り落ちる水。そこに含まれた炭酸カルシウムが、特有の粉っぽいにおいを放って洞窟を満たしている。
「ひんやりは、いいけど……じめじめ、してるね……」
 うー。眉根をしかめてつるつるした眉間に皺を寄せるアリア。まあ、凍結は物質から潤いや湿り気を奪い去るものだから、彼女が湿気に嫌気を見せるのもうなずける。
 それとは逆に、セレスの心は浮き立っていた。
 別に湿気を好む質ではないが、天井から垂れ下がる鍾乳石と、床から突き出す石筍、さらにはそのふたつが繋がった石柱。育ち具合や色艶含めて、実に質がいい。これならば封じられている石像も、見事なものであるにちがいなかったし、実際に見事なものだったのだ。

 曲がり角を抜けた先にある広場。
 そこには鍾乳石も石筍も存在せず、ただ、無数の石像たちばかりが立ち尽くしていた。
「すごい」
 吸い寄せられるようにセレスが石像へ向かい、ライトでその表面を確かめて、手袋をはめた指先を這わせる。細部に至るまで精密に象られた人の像。石灰質ならではのウエッティな透け感、そして指先から垂れ、水をしたたり落とす細い鍾乳石の風情が、面に刻まれた苦悶を美しく彩っていた。
「ぬー」
 一方、石像には興味津々のアリアだが……水の滴る音やまとわりつく湿気が気になるようで、苛立った声を漏らす。これじゃ、集中できない。
 本当ならここで注意しておくべきだったのだろうが、なにせセレスは像に夢中で気づかなかったのだ。
「写真撮らなきゃ! このアングルで……ああもう、ライティング足りなさすぎ! どうして僕、スポットライトも反射板も持ってこなかったかな!」
 あほ毛を振り乱すセレスの脇、実は突っ立っているだけにしか見えないアリアも内心じたばたしている。
 アイス持ってくるんだった!
 今日は探検になると思って、かさばるクーラーボックスを持ってきていなかったのだ。つまらない分別のせいで、じめじめイライラを抱えたままいなくてはならなくて、辛い。
 ここで、盛り上がるセレスと盛り下がるアリアの後方に位置取り、周囲を警戒していたティースがぽつり。
「ちがうね」
 広場には鍾乳石があり、石筍もある。しかし、ここまでの路に比べればあまりに少なすぎたし、なにより像が多すぎた。
 実際に見てしまえばはっきりと知れた。
 この像は自然にできたものなどではありえない。そして、すべてが狭いながらも等間隔を保っている以上、ここですべてが造られたとも思えない。
 そうだとしたら、どこで造った? ここに集めた意味は? そもそも誰が、なんのために――
「じめじめ、乾かす」
 と。ついにアリアが淡々と両手を挙げた。この場を丸ごと凍結させ、すっきりさせてやる!
「アリアさんだめだ! この洞窟には僕らのほかに誰かいる! その正体がわかるまでは力を使わないで!!」
 あわてて止めに入るティースの声に、うるさいなぁとセレスが振り返った、そのとき。
「かわかしちゃだめ」
 幼い声が響いた。
「かさかさになったら、ぽろぽろしちゃうから」
 声音のままの幼女。ただしその体から漂い出す気配と強い魔力は、彼女が人間ではないことを示していた。
「あなたは?」
 セレスの問いに応えることなく、幼女はいやいや、かぶりを振った。
 あの子、見たことないのになんだか知ってる感じ?
 両目をすがめたアリアは首を傾げてみたが。残念ながら思い当たるものが記憶の棚からこぼれ落ちてこなくて、さらに深く首を傾げて、悩む。
 絶対、絶対、知ってるんだけどなぁ。洞窟、石、氷――アイス!
 連想ゲームにも失敗。アイスのことで頭がいっぱいになってしまった。
「ママがね、いなくなっちゃったの。いなくなっちゃったから、あつめなくちゃだめなの。ママがだいすきなもの、いっぱい、いっぱい、いっぱい」
 幼女の「いっぱい」の声に合わせ、水滴が降る。一定のリズムを刻み、大きな粒がひとつ、ふたつ、三つ、四つ。
「水滴が増えてます!」
「それだけじゃない! 服が……」
 ティースがセレスに示した。染みた石灰がばりばりに固まった、シャツの袖口を。
「いくらなんでも固まるまでが早すぎます! あの子の魔力――」
 ママがいない。あつめなくちゃ。ママがかえってくる。あつめたら。いっぱい。いっぱいいっぱい。いっぱいいっぱいいっぱい。
 幼女がささやくにつれ水の滴は石灰の重さを増し、セレスやティースの服に染み入る。それは水を帯びたまま信じられない速度で固まり、彼らの動きを阻害する。

 これってまさか、前来た洞窟のやつ!?
 ふたりと同じく水滴に侵される中、アリアはようやく思い至った。
 以前、生ける鍾乳洞に誘い込まれ、石像にされたことがある。よく見れば幼女はあの“洞窟”とよく似ていて、「ママ」と繰り返していて。
 娘なのではないだろうか。この幼女はあの“洞窟”の。
 うあー、アイス爆売れだーとか浮かれてる場合じゃなかったー。

「くっ!」
 火魔法を撃ち込むティース。しかし、その威力は彼の立場を裏切ってくれることもなく、幼女の体にぶつかった火はあっけなく散り、ばらばらと飛び散った。
「あついとかわいちゃう。ぬらさなきゃ」
 水はすでに小雨ほどの勢いとなっており、服どころか肌までもずぶ濡れている。
 ティースを少しでもフォローしようとセレスは焦っていた。しかしながら、無尽の水には黄金化の力も役立たず、ゆえにどうにもできずにいた。
 僕は甘く見過ぎてた……! 石像に目が眩んで、するべき注意を全部怠ったんだ!
 と。濡れそぼった腕がきしきしと悲鳴をあげる。皮膚を濡らした水が、服同様にセレス自身を固め始めているのだ。
 見ればティースはもう、ほとんど固まってしまっている。才能はともかく、今現在の魔力量が低い彼には耐えきれなかったのだろう。
 とはいえセレスとて時間の問題だ。肌に浸透した水は拡がりながら肉を侵し、ついには血を侵す。侵された血は体内を巡って臓器を侵し、最後には心臓を侵して止めるだろう。
 きしきしきしきし。外と内から固まりゆく様が、骨を伝って響く。息をしようにも、油が切れた油圧さながら体が重く、吸うことも吐くこともおぼつかない。
 セレスは声音に乗せ、無理矢理息を吹き抜いた。ここから吸わなくてはならないのだが、果たしてそれができるかどうか。
 ぎしぎち、ぎ、ちり、ぎ。肺がついに固まりきって動きを止めた。
 たすけて……
 声音の源となる息を奪われたセレスは、光沢を帯び始めた唇をかすかに開いたまま、その意識を途切れさせた。

 力を絞った氷雪魔法で水滴を吹き飛ばしていたアリアは、固まりゆくセレスとティースの有様に奥歯を噛んだ。
 はやくふたりの元へ駆けつけたい。しかしこの水に分断され、動くことができずにいる。もしかすればあの幼女、なんらかの手段で母から伝えられたのかもしれない。氷雪魔法を放っておいたらいけないと。
 ああもう! 私がもっと早く思い出してたら、ふたりのこと逃がしてあげられたのに! そしたら全部凍らせてー、洞窟丸っと私のもの!
 と、そんなことを考えている場合じゃない。
 アリアは乾いた舌を湿したくて、無意識に唾を飲んだ。ざらり、舌の表面にはしる異様な感触ともたついた苦みと酸味は。
 私の舌、石灰になってるんだ。
 外側からの水はほぼカットできていたはず。そもそも少量ならば、アリア自身の魔力で無効化できるのだ。アリアが知らぬ内、抵抗できないほどの量で侵す……まちがいない。洞窟を満たすこの湿気こそが犯人だ。
 気づいたときには、噛み合わされた鍾乳石と石筍によって退路が塞がれている。
 これじゃ、どうにもならない。
 アリアはセレスとティースの位置関係を計り、決めた。
 最大出力でセレスちゃんだけでも外に!
 セレスはティースよりも魔力量が多い。洞窟の支配圏から逃れられれば、どうにかできる可能性はティースより高かった。だから。
 アリアは最大出力で氷雪の風を起こし、セレスと床とを凍りかせて滑らせ、引きずり寄せる。
 次いで風の先を鋭く渦巻かせて出口を塞ぐ石灰の牙を突き抜き、セレスをそのまま押し出した。
 この間にアリアはずぶ濡れになっていて、結果。体を内外から挟み込まれるように固まりゆく。
 頼んだからね、セレスちゃん――
 幸運なのだろうか。サムズアップを決めた指の先が固まりきる前に、アリアの意識は失われていた。


 洞窟内で圧縮され、加速した風に撃ち出されたセレスは、勢い余って山の麓まで転がり落ちた。それでも石灰化した体が折れたり砕けたりしなかったのは、アリアの凍結の守りあってのことで、ようはただの幸運だ。
 ともあれセレスはそのままの姿で立ち続け、近くの道路から発見されて幽霊騒ぎを引き起こしたり、その後はネット民の肝試しに使われたりしながら数日を過ごすことになるのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【アリア・ジェラーティ(8537) / 女性 / 13歳 / アイス屋さん】
【デルタ・セレス(3611) / 男性 / 14歳 / 彫刻専門店店員および中学生】
【ティース・ベルハイム(NPCA030) / 男性 / 14歳 / 見習い魔法使い】
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東京怪談
2018年11月15日

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