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『澄白 』
アリア・ジェラーティ8537)&デルタ・セレス(3611)

『凍れる石像、出現!』
 その報がネットのミステリ系掲示板に投稿されて3日。ヒーロー願望に取り憑かれたひとりのネット民によって続報がもたらされた。
『凍れる石像の奥には凍れる鍾乳洞があった!』
 4日めからは検証と称して複数のネット民が現地へ向かうこととなり、異口同音に連打されることとなる。
『凍れる石像の奥の凍れる鍾乳洞の奥には、もっとたくさんの凍れる像があった!』
 ――ってわけで役所の市民課から調査依頼入ってんだけどな。俺は生憎と体が空かない状況だ。申し訳ないが断りの連絡頼む。
 毛布の繭から熱で赤く煮えた顔を突き出した草間興信所所長、草間武彦は、普通の人間なら聞き取ることのできないだろうしゃがれ声で言ったものだ。
「私が斥候のお役目、務めさせていただきます」
 元は第二次世界大戦時、日独の共同開発によって生み出された人ならぬ兵士であり、今は草間興信所の臨時バイターである初期型霊鬼兵・零が、笑顔を傾げて請け負った。
 私のお役目、見事に果たしてみせましょう。


 かくて現地に着く零だったが……
 おかしいです。石像がありません。
 近くに染みついた怨霊を呼び出して問うたが、だめだ。恨みに捕らわれ過ぎていて応えてくれない。
 ここまで怨念が濃いのもめずらしいですね。でも、困りました。
 と。
「寒い……タオル……リンゴ……」
 念話ならぬ肉声が草むらからこぼれ出して。
 零は石灰の縛めより解法され、ずぶ濡れでうずくまったデルタ・セレスと合流する。

 アリア・ジェラーティとティース・ベルハイムが洞窟の主に捕らわれたことを聞いた零は即座に言い切った。
「電撃戦です」
 セレスの話とこの状況を併せてみるに、鍾乳洞が露出しているのはアリアの氷で機能が低下したがゆえのことだろう。だとすれば、ここで攻め込んでおかねば突入の機が失われるばかりでなく、洞窟の主に対策を取られる危険があった。
「あなたは安全な場所へ。洞窟に捕らわれた人たちは私が救います」
 先の怨霊は洞窟内で像にされ、そのまま命を失った者にちがいない。だとすればどれだけの数を救えるか知れないが、霊鬼兵に転進なし、突貫あるのみである。
「僕も行く」
 零のエプロンで体の水気をぬぐい、意を決して濡れた服を着なおしたセレスが立ち上がった。
「危険です。私は怨霊を使役して戦えますが、あなたは」
「友だちを残していけないから」
 その覚悟の強さに、零は笑みをうなずかせるよりなかったのだ。

 警察によって張られた立ち入り禁止のテープをくぐり、侵入した鍾乳洞。内には先日と比べものにならないほどの水が滴っている。
「もう溶けかけてる」
 セレスは水に触らぬよう零へ指示しつつ奥を窺った。先にはなかったはずの分岐があちこちに生じていて、洞窟の主がすでに行動を開始していることが知れる。
 急がなくちゃ。
 風邪をひく恐れはあったが、アリアの氷が石灰を洗い流してくれたおかげで、体は十全に動く。
「外にあれだけの怨霊がいたのに、内にはほとんどいません。いるのも消えかけたものばかり……どういうことでしょうか?」
 零のうそぶきにセレスは答えられない。が、たとえここがどのような場所であれ、やらなければならないことだけはわかっている。
「理由はわからないけど、行くしかないよ。アリアさんとティースさんが奥で待ってる」
 零から受け取った対霊魔力アンプルを左右の手に握り締め、誓った。
 彼の意を映したあほ毛がぴんと逆立ち、さらにはアンテナのごとくにアリアとティースの魔力残滓、その流れをセレスへ告げる。ふたりがいるのはこっちだ。


 果たしてあの広場へとたどり着いたふたりは、居並ぶ石像の狭間を縫って慎重に辺りを確かめた。
「……手前にある方々はもう心の臓まで石化しています」
 救えない、そう告げる零。
 しかしセレスはそれどころではなかった。最初に来たときには精巧な造りに胸ときめかせるばかりだったが、今はそれがなぜかを知っているから。
 それでも勇気を振り絞り、魔力を辿って進んでいく。アリアさん、ティースさん、応えて。僕はここです。
 そして。
「ああ」
 石像群の最奥で、彼はついにふたりと再会を果たした。
 今なお滴り落ちる石灰の雫で侵食され続ける、石と化したアリアとティースに。
 タ――ス、ケテ――
 アリアからそんな音が聞こえたのは幻聴? いや、ちがう。これはまだ命の喪われていないアリアが、救いを求める声。
「すぐ助けます!」
 アンプルを手に駆け寄るセレスだったが。
「かえってきてくれたの? うれしい」
 天井から無数に突き出す鍾乳石のひとつが洞窟の主たる幼女の姿へ変わり、彼に無垢な笑みを向けてきたのだ。
「あれが元凶ですか」
 人に対しては笑みを絶やすなと命じられている零も、敵に対しては別だ。鋭くすがめた眼を向け、洞窟内でかすれた声をあげる怨霊どもを呼び寄せる。やっぱり薄い! でも、もう肉体へ戻れないあなたたちの怨嗟を私に託してください!
 怨霊を束ねて織り成した翼で零は飛び、同じく怨霊を変じさせた刃で幼女を一刀両断。
「気をつけて! それは本体じゃない!」
 アンプルをアリアへ突き立てようとしたセレスの手に、床から噴き上げた水がぶつかり、押し上げた。
「っ!」
「もうさみしくないの。みんないっしょ。ずっとずーっと」
 溶けきれていない片栗粉さながらの、つるりとしていながらざらついた重さがセレスの腕にまとわりつき、動きを阻害する。これでは固まるより先に足を止められてしまう。
 そこかしこから生えだした幼女が噴く水。
 セレスは像を盾にそれを避け、一旦アリアから離れた。
 限定的に黄金化能力を開放し、石筍を金に換えて手がかりに。セレスは転びかけた体を支えてなんとか逃げ続ける。
 それでも床に倒れてしまったらおしまいだ。動けなくなる前に、なんとかアンプルをアリアさんに!
 一方の零も、四方から吹きかけられる石灰水をかわすので手いっぱいだった。攻撃に転じようにも、本体がどこにあるのか知れない現況ではどうにもならない。
 なにをどれだけ避け、斬ろうとも、敵の攻めは勢いを減じることはない。しかも彼女が斬るたびに散る飛沫は確実に彼女を塗らし、怨霊の存在力を薄れさせていった。
 洞窟の主は怨霊の力を水に溶かし込んで使っているのですか。だからこんなに怨念が薄い――ああ、お役目を果たせないまま散るこの身の未熟をお許しください。でもせめて、ほんの少しだけでも。
 飛ぶことのかなわなくなった体を必死に運び、零はアリアへかぶさるように墜ちた。
 そのまま動きを止めた彼女を見る余裕もなく、セレスは必死の鬼ごっこを演じ続けている。
 能力を全解放すれば洞窟を一気に黄金へ変じることもできようが、それでは救うべきアリアとティースまでもを封じてしまう。強力すぎるその力は、アンプル程度のもので解除はできない。
 どうしよう、どうすれば――
 サイドステップで奔流を避けたセレスの首筋にぽつり、一滴の水が落ちて。彼を濡らしてきた水を一気に凝固させた。
「……」
 無念も謝罪も語ることかなわず、石像と化したセレスは佇む。
「いっぱいいーっぱい、いっしょなの。ママ、かえってくるかなぁ?」
 無数の幼女が一斉に笑み、やがて形を崩してかき消えた。
 果たして後に残されたものは、静寂ばかり。


 幾日もの時が過ぎた。
 セレスはティース、零と共に白い濁りを含んだ石と化し、その場に在り続ける。
 彼らへと滴り落ちる水は石灰でその皮膚をコーティングし、余分なざらつきをこそげ落として磨きあげていく。
 元より常人を超えた魔力や霊力を備えた3人である。石灰の侵食に対して内から抗う中でその研磨の効果をさらに高めてしてしまい、オパールを思わせる艶を顕わすのだ。
 が。
 その美しい像たちの内で、唯一石灰の侵食及ばぬものがあった。そう、セレスが握っていた対霊魔アンプルである。
 それはいつしか彼の手からこぼれ落ちて割れ、石灰を含んだ水を伝って流れ込む……零という傘に護られた、アリアの足元へ。

「いっぱいみがくの。ママにほめてもらえるように」
 像のただ中から生えだした幼女が、スキップしながら新たなコレクションへ向かう。
「とってもきれい。ほうせきみたいにキラキラ。だいじにみがいてあげなくちゃ」
 セレスの角度を調整し、ティースの位置をなおし、次は零をアリアからどけようと、小さな手を伸べて――瞬時に凍りつかせられ、へし折られた。
「え!?」
「待ってた……この瞬間(とき)を、ねー」
 平らかな表情のまま平らかな胸を張り、氷柱の先をガラガラ引きずったりしてみつつ、アリアが幼女の頭にフルスイングを決める。
「なんで!? どうして!? そんなことできるわけないのに!!」
 崩れ落ちながらわめく幼女にアリアは「ふふ、ふ」。
「友情、パワー。……具体的には、お薬と傘?」
 流れてきた石灰水混じりのアンプルを、固められながらも意識を保っていたアリアは少しずつ魔力で濾過し、吸い上げていた。上からの雫は零が遮ってくれていたから、焦らず、急いで、慎重に。
 そうして準備しながら待っていたのだ。
 幼女が警戒心を放り出して近づいてくる、この瞬間を。
「そんなのしたってだめだもん! うちのほうがいっぱいだもん!」
 新たに生えだしてきた幼女を氷柱でゴルフスイング、叩き壊しておいて、アリアは視線を巡らせた。
 アンプルを濾す中で、石灰水にもときどきで濃淡が生じることは確かめている。もっとも濃くなるのは、形を為した幼女が崩れた後に残ったものだ。そして。
 濃いのは零ちゃんが大好き(?)な怨念がいっぱい染みこんでるから。
「……力、貸して」
 アリアは語りかけながら氷を創る。下に溜まった水へ脱ぎ捨てた服を投じて浸し、砂のごとくの氷粒、不格好にざらついた棒状の氷、細かな氷、粗めの氷を下から順に重ね、魔力の丈を込めて吸い上げる。
 それは濾過器だ。もちろん見立てではあるのだが、濾過するのは水ならぬ幼女の魔力。目的を達するための“意味”は十二分だ。
 果たして力を吸い上げたアリアは、滾る怨念に自らの氷雪を乗せてささやいた。
「みんなで、かかれ……ゴーゴー」
 氷雪は多数の人型を成し、洞窟の内へ散った。憎い憎い憎い殺す殺す殺す――その声は洞窟に在る水に溶かされたすべての怨念を揺り起こし、自らを殺めたものへの憎悪となって沸き立った。
「こないでぇ!」
 幼女はなんとか怨念を鎮めて従わせようと焦るが、見る間に減じゆく力はそれをかなえることなく、彼女という存在は端から怨念に喰らわれる。
 これじゃうちがきえちゃう。うすくのびてたらダメだ。ちっちゃくギュってかたまらないと。
 未だ支配下にある石灰を必死でかき集め、自らを形造った幼女は洞窟の天井からすべての鍾乳石を切り離し、魔法力の槍として怨霊どもを貫いた。
「うちのほうがつよいんだから! ばーか! ばかばかばーか!!」
 だがしかし、高笑う幼女の背に、ぽつり。
「実は……ほんとに待ってたの、この瞬間(とき)……だった」
 アリアの声音と共に降りかかった白雪が、幼女を押し包んだ。
 動けない! なんで!?
 いくらなんでも雪は雪だ。この程度で動きを封じられるはずがない。しかしこれはすごく重くて、彼女の力では振り払えなくて。
「石灰、使わせてもらった……」
 濾過器は止まっていなかった。今までずっと石灰水を吸い上げ、幼女の魔力だけを濾しとって捨てていたのだ。アリアはその石灰水に自らの魔力を溶かし、操った。方法を模索する時間はそれこそ、固められていた間にたっぷりともらっていたのだから。
「あああ、あ、ああ」
 凍気によって急速凝固した石灰が幼女を封じて膨らんでいく。まるでそう、虫を閉じ込めた翡翠のように。
 最後に転がった大きな楕円を満足そうに見下ろして、アリアは息をついた。
「さて、と……」
 仇を討った怨念は満足の内に消え失せ、今や像たちが残るばかりとなった広場を見渡したアリアはむふーむふー、鼻息を噴いて。

 乳白に封じられた幼女をセレス、ティース、零の像に支えてもらい、アリアはあらためてその美しさに見入る。
「氷もいいけど……鍾乳石も、趣が深い……カルシウム、効いてる……効いてる……」
 白い歯なんてものを思い描いているのはまあ、彼女ならではな感じだが。
 ともあれ、この場所はもうアリアのもの。
 つまりここにあるセレスもティースも零も幼女もアリアのものだ。
「鍾乳洞アイス、作らなきゃ。味は……石灰ミント?」
 つるつるした四者の手触りを楽しみながら、アリアはたまらない笑みをこぼした。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【アリア・ジェラーティ(8537) / 女性 / 13歳 / アイス屋さん】
【デルタ・セレス(3611) / 男性 / 14歳 / 彫刻専門店店員および中学生】
【初期型霊鬼兵・零(NPCA015) / 女性 / ? / 大日本帝国軍決戦兵器・霊鬼兵】
【ティース・ベルハイム(NPCA030) / 男性 / 14歳 / 見習い魔法使い】
【草間・武彦(NPCA001) / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2018年11月15日

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