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『若人たち 』
日暮仙寿aa4519)&君島 耿太郎aa4682


●今回のあらすじ
 南米はアマゾンで繰り広げられた、秘密組織ラグナロクとの戦い。その戦いの中で、二人の若人が奇妙な男と出会った。その男はかつてはエリートであり、かつては傭兵であり、今や愚神であった。彼等はその男と戦い、男が求めていた道を知る。
 そして、彼等なりのやり方でそこへたどり着こうとしていたのだった。

●ダブル・エージェント
 君島 耿太郎(aa4682)はH.O.P.E.東京海上支部にある資料室を歩いていた。見渡せば、どこもかしこもエージェントが座っている。長かった「キョウエン事件」も終了し、エージェント達は各々資料の整理に追われていたのだ。耿太郎もその一人である。
 参加した依頼の資料を抱えてぼんやり歩いていると、耿太郎は資料室に見慣れた背中を捉えた。日暮仙寿(aa4519)である。耿太郎はにぱっと笑い、素早く駆け寄る。
「仙寿さんじゃないっすか」
「耿太郎か」
 仙寿はそっと目の前に広げた資料の山を纏める。空いたスペースにそっと耿太郎が滑り込んだ。その横顔を見た耿太郎は、まずぺこりと頭を下げる。
「この前は、邪魔したみたいっすね……」
「邪魔?」
 仙寿は狐に摘ままれたような顔をする。耿太郎は苦笑いしてみせた。
「はい。プリンの作り方をわざわざ聞きに行ったとか聞いたっす」
「ああ、その事か……」
 ようやく思い出したらしい。仙寿は切れ長の目をさらに細めた。
「確かにあの時は驚いたな。オーブンの温度や冷やす時間は勿論、卵を掻き混ぜる回数まで事細かに聞かれたからな。それも全部手帳にきっちり書き込んでいくんだ。一生懸命聞いてくるもんだから、ついつい俺のレシピを全部話す事になったな……どうだ。プリンは美味しかったか?」
「ああー……そりゃもう、これまで食べた事無いくらいの美味しいプリンだったっす!」
 耿太郎は慌てて頷く。耿太郎の英雄の凝り性っぷりときたら筋金入りなのだが、それに無意識で足並みが合わせられてしまう彼もまた、中々大物なのかもしれない。お菓子の話をするのはほどほどにしておこうと心に決めつつ、咄嗟に話を切り替える。
「……で、仙寿さんはどうして資料室に?」
 まだまだ話したそうにしていた仙寿だったが、肩を竦めて周囲を見渡す。
「周りと大体同じだな。今回の事件の整理だ。耿太郎もそうだろ?」
「そうっすね。色々あったっすから」
 耿太郎は積み重ねたファイルの一冊目を開く。リオ・ベルデでの一件を追ううちに、彼は一体の愚神と出会った。
 黒いたてがみを棚引かせた獅子、ヘイシズ。穏やかな顔でH.O.P.E.の懐に潜り込み、多くの者の優しさに付け入りながらそれを裏切った。エージェント一般からの評価はそうである。そしてその評価は決して間違いではないのだろう。
 耿太郎もかの獅子に対しては怒りを抱えていた。しかし、別に彼が人を裏切ったからではない。
「ヘイシズ、結局言いたい事だけ言って居なくなったっす」
 従魔の空母の上で、彼に手を差し伸べんとする者と、彼を斃さんとする者とでチームは二つに分かれた。その諍いの中で彼は死んだが、最後まで己の本心は押し隠したままだった。
「あいつの話は、俺達に対する警告以上のものじゃ無かったっす。最後まで、俺達の事をどう思ってるのか、この世界の事をどう思ってるのかも教えてくれなかったっす」
 仙寿は手元のファイルのページを捲る。内容はヘイシズのこの世界における動向。彼自身はヘイシズに対してさして接点を持っていなかったが、ラグナロク事件にも間接的に関わっていたと知って、資料を地道に追いかけていたのである。
「あいつの世界は、敵を攻め滅ぼした後になって、互いに滅ぼし合うようになったんだったか。……それで、俺達の世界もいずれそうなると考えていた……と」
「でも、そんなのは表向きの建前でしかないっす。あんまり話が大きすぎるんすよ」
 どこかぼんやりしているところもある耿太郎にしては、やけに語気が荒い。やはり腹に据えかねているらしい。仙寿は軽く向き直ると、黙って聞き役に回ることにした。兄貴らしさの発揮である。
「この世界に来て、それなりにこの世界を見聞きしたのは嘘じゃないはずっす。ヘイシズがこの世界を終わらせるべき、王が支配するべきだと思った何かがあったはずっす。……なのに、ヘイシズは何一つ言わなかったっす。自分の思いなんか、どうでもいいみたいに」
 ページを摘まんでひらひらさせながら、不満げに呟く。
「トールとは正反対っす」
 トール。その名前は、仙寿にとっても大事なものだった。神妙な顔をして、別の一冊を手に取る。
「……あいつは、中に抱えてるモノを教えてくれたからな。元々がこの世界の人間だったってのもあったんだろうが……」
 彼が抱いていたのは、“正義”への不信だった。“正義”の御旗で人を傷つけることの意味に向き合わない者達に対する怒りが、彼に道を踏み外させたのだ。
 それを知った二人は、己の進むべき道に思いを馳せた。二人が信ずるべき“正義”の在り様とは如何なるものか。世界を変えられるだけの力を手にした者として、その力の振るい方を考え続けていた。
「トールが考えていた事も、ヘイシズが考えていた事も何となくわかるんすよ。……でも、やっぱりあの二人が思ってるほど“この世界ってのは案外悪くない”とも思うんす」
「案外悪くない……か」
 タブレットに報告書用の文章を打ち込みながら、仙寿は自らを振り返ってみる。刺客として働きながら、鬱屈とした思いを膨らませ続けていた頃を。
「俺も同じだ。昔は俺が俺なことが厭で仕方なかったが、今は違う。俺は俺で良かったと思っているし、この世界を守るヒーローになってやろうって、はっきり思える」
 暗い過去を押し退けるのは、朝陽のように眩しい彼女の笑みだった。
「あいつのおかげだろうな」
 彼の僅かな口元の笑みを見て、耿太郎も思わず頬を緩める。過去に何があったかは、件の一件以来思うように思い出す事が出来なくなってしまった。だが、世界に対して全く期待できない、塞いだ気分だけは何となく思い出せる。そんな思いの涯を切り拓いてくれたのが、“熊を守る者”だという事も。
「俺もっす。あの人と会えて、そう思えるようになったのかもしれないっすね」
 差し出された手を掴んだその瞬間からは、はっきりと覚えている。彼と積み重ねる日々は忘れたくないと、日々日記を付けたりもしてきた。今では、年の離れた兄のようにも思っている。資料の文字を指でなぞりながら、耿太郎は頬を引き締める。
「大切だって思える存在と出会えたこの世界は、やっぱり悪くないと思うんすよ」
「そうだな。あいつと出会わせてくれた世界を……俺は守りたい」
 トールの今際の言葉が、脳裏を掠める。その為に戦わなければならないと、この事件を乗り越えた今は心の底から思っていた。
「……そして、誰もが希望を持てるような世界に、少しでも変えていければいいんだがな」
「ヘイシズの言ったような世界には絶対したくないっす。それこそあいつに負けたような気がするっすからね!」
 耿太郎は声を張り上げた。彼の予想通りにだけは絶対したくない。どうしたらいいかまではまだ分からなかったが、それでも何かをしなければいけないとだけは思っていた。
「一緒に頑張れたらいいっすね」
「そうだな。俺達だけじゃなくて、もっと色々な仲間や友人とも、一緒にな」
 仙寿はこれからの未来を思い描く。自分の未来も、友人の未来も、出来る事なら世界の未来も、決して暗い物にはしたくなかった。
「はいっす」
 二人は資料を捲り、その為に必要なヒントを探し始めるのだった。

 彼らは気鋭の若人、日暮仙寿と君島耿太郎。自らの運命を切り拓くために、己が信ずるもののために戦い続けるのだ。



 CASE:若人たち おわり



●十分後
「そうだ、今度俺にも料理教えて欲しいっす」
「料理?」
 耿太郎はこくりと頷く。お菓子と言おうか迷ったが、いきなりトップギアで突っ走られてもついていけない。まだ軽そうな方で様子を見る。
「そうなんすよ。最近料理の勉強始めたんすけど、まだコツがよくわからないというか……レシピ通りに作ろうとすると、どうしても時間が掛かっちゃって……もっと手際よく作れたらなあ、なんて思うんす」
 仙寿は首を傾げる。自分が教えを請われるならてっきりお菓子作りと思っていたからだ。まさか様子見されているとは知らない。
「そうだな……俺も中々料理はやらないから……どっちかって言うとそれはあいつに聞いてみたらいいかもな。お菓子作りは計るの面倒だとかなんとか言ってあんまりやろうとしてくれないが、料理は得意みたいだからな」
 彼女が作ったマグロのしぐれ煮は中々の味だった。それを思い出しているうちに、仙寿はある事を思いつく。
「俺もあいつに料理習ってみるか。そしたらあいつもお菓子作りを俺から習わないとという気持ちになるかもしれないしな」
「……一緒にお菓子作ってみたいっすもんね?」
 耿太郎に図星を突かれ、思わず仙寿は彼の頭をごしごしと撫でる。
「こいつ……こうなったら耿太郎も来い。そろそろ盛夏だし、パフェ作るぞ。カットフルーツたくさん乗せたヤツ」
「ぱ、パフェはいきなり荷が重いっすよ……」
 マニアック達の魔の手からは逃れられないらしい。耿太郎は今から戦々恐々とするのだった。



 今度こそおしまい









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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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日暮仙寿(aa4519)
君島 耿太郎(aa4682)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。再び発注いただきありがとうございました。
どんなストーリーに仕立てようかと色々考えましたが……結局トールとヘイシズを絡めて、互いの絆を振り返る感じに纏めてみました。どちらも英雄に人生も救われた点に共通点があるかなぁ、と思いまして。解釈違いなどが無ければいいのですが……
ラストについては同じように。何かありましたらリテイクをお願いします。

ではまた、御縁がありましたら。



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2018年11月16日

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