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『陽だまりと、秋風と 』
崎代星ka6594


 ふわりと包まれるような暖かさに、崎代星は顔を綻ばせた。
「わぁ、いい天気。お日様が気持ちいいなぁ」
 少し寒くなって来たけれど、日差しは暖かく柔らかい。風が強くないなら日向ぼっこもできるだろう。
 視界に入る木々は紅葉して、路上も色鮮やか。星は荷物を包んだ風呂敷へ視線を落とす。
「風呂敷、ちょっと替えたくなってきたなぁ。紅葉の柄とか……ん、きっと素敵!」
 頬に手を当てて暫し思案し、星は笑みを浮かべた。
 季節感のある柄はその季節にしか使えない。正確には『使えない』というほどではないが、やはり季節に合わせて使いたい。
 わざわざ戻るほどではないけれど、次に出掛ける際は替えていこう。
 下駄を鳴らして歩いていけば、やがて鼻を掠めるのはパンの焼けたいい匂い。
 お気に入りのパン屋さんはもうすぐだ。

「こんにちは。お邪魔しまぁす」
「あ、いらっしゃいませ〜!」
 トレーとトングを持った店員が星を見て笑顔を浮かべる。そのトレーに載っているのはクロワッサン。
 どうやらショーケースに並べるところだったようだ。
「ふふ、また来ちゃったの。そのクロワッサン、良い匂いがするねぇ。さっき焼けたところなのかなぁ?」
 星の問いに店員がそうなんです、と頷いてクロワッサンを勧める。星は顔を綻ばせて首肯した。
「それじゃあ、1つ貰おうかなぁ。今日はあと1つか2つ、買いたいのだけれど……」
 どれがいいだろうかとショーケースに目を向けながら店員と言葉を交わす。
 今日の天気、ここへ来るまでの出来事。今朝綺麗な形で焼けたパン、季節ものの商品を考えていること。
 ──実のところ、パンを選ぶよりも他愛ない話の時間の方が長かったかもしれない。
「ふふ、お喋りするのは楽しいねぇ。時間があっという間。……あ、予定とか、大丈夫かなぁ?」
 もしかして忙しいのに引き止めていた? なんて小首を傾げながら聞けば、店員はにこにこと微笑みながら首を振る。
 その後もまた少し話をして、購入を決めたのはクロワッサンとマフィン。店員がトレーを受け取ると、ここで食べるかと問うた。
「そうだねぇ……」
 星は首を傾げて暫し黙り込み──やがて、緩く頭を振った。
「今日は、天気がいいから。お外で食べようかと思うの」
 視線を向ければ、日差しは往路と変わらず柔らかい。
 店員は星の視線を追いかけ、外を見ると目を細めて頷いた。
「それなら、次来た時に是非感想を聞かせてくださいね」
「ええ。忘れないようにするねぇ」
 星は頷きながら代金を払い、紙袋を受け取る。笑顔の店員に見送られ、星は店を後にしたのだった。


 からんころん、と下駄が鳴る。
「良い匂い。早く食べたいな」
 紙袋から漂う匂いに笑みを浮かべながら、星はのんびりとパン屋のある街角を曲がった。
 食べ歩きは行儀が悪いし、折角食べるならぽかぽかなお日様をのんびりと浴びることができる、気持ちの良い場所がいい。
「商店街を抜けたら、広い公園があったなぁ」
 帰り道からあまり逸れず、日当たりの良さそうな場所を思い浮かべた星は賑やかな通りへ。
 日中の通りは沢山の人や声が溢れている。
 商品を勧める声、買い物をする女性、人の間を器用にすり抜け駆けていく子供たち。脇道にぽつんと置かれたベンチが視界に入り、立ち止まった星は頤に手を当てた。
 手近な休憩場所ではあるけれど──。
「ここだと、木陰になっちゃいそうかなぁ。もう少し探してみてもいいかも。折角なら、とびきり居心地の良い場所がいいもんねぇ」
 そう独り言ち、星はまたのんびりと歩き出した。
 下駄を鳴らしながら商店街を抜ければ、風が少しの冷たさを含んで通り過ぎていく。空を仰ぐとすっかり秋の空。
「季節が過ぎるのは、あっという間だねぇ。風邪を引かないように気をつけなくちゃ」
 星はそう呟いて、見上げた時に止まった足を踏み出した。
「少し急いだ方がいいかなぁ。パンが冷めちゃいそう」
 紙袋の口からは、まだ良い香りがしているけれど。
 星は先ほどより早く──けれどはしたなくない程度に──公園へ歩を進めた。

 公園へ辿りつくと、星はベンチを探して歩きだした。遊具の周りやピクニックのできそうな草地では子供達が遊びまわっており、食べるにはやや気が落ち着かなそう。
 星の足は公園の奥へ向かう。こちらは普段から人が来ないのか、落ち葉がだいぶ溜まっているようだった。
 からんころん、という下駄の音にカサカサと落ち葉の掠れる音が重なる。
「あ、ここは良さそうかなぁ」
 星の視線が落ち葉に隠されたベンチを捉える。
 落ち葉が積もってしまっているが、手で退かせばいいのだ。木々の間から差し込む光は、落ち葉を退かしたベンチに丁度良く陽だまりを作る。
 場所は見つかったので、手を洗ってから食べたいところ。
「水場は確か、来る途中にあったねぇ」
 どうしよう? と小さく自問自答。荷物でも置いておけば場所を取られてしまう心配はないが、持ち去られる心配がある。
「んー、この先は行き止まりのはずだよねぇ。取られても困らないものを、置いていけばいいかなぁ」
 例え盗人がいても確実に鉢合わせるはずだし、なにより星は覚醒者だ。そこらの一般人に後れを取る事もないだろう。
 そうと決まれば貴重品と手拭いを持ち、星は水場へ向かった。目も覚めるような冷たい水で手を洗い、手拭いで水気を取る。
 早足で戻ってくれば荷物は変わらずそこにあり、「よかったぁ」と安堵の声。
 星はベンチに腰を下ろすと、荷物の入った風呂敷を隣に置いた。膝の上に手拭いを広げて、その上にパンの入った紙袋を乗せる。
「ふふ、ぽかぽかだなぁ。のんびりしてたら、いつの間にか眠ってしまいそう」
 そうなる前に立ち上がるだろうけれど、そうなってもおかしくないくらいの心地よい陽気だ。
 いただきます、と両手を合わせると紙袋からクロワッサンを取り出す。先程からずっと香っていた匂いが広がった。
「わぁ、まだ焼きたての香りだねぇ」
 匂いに顔を綻ばせ、一口。食感も楽しみながらもぐもぐと咀嚼していると、不意に頭の上へ何かが乗った感触がした。
「ん、……ふふ、綺麗な紅葉」
 髪についた小さな紅葉を指でつまみ、風呂敷の上へ。けれどさぁっと吹いた風がすぐさまさらって行ってしまう。
「あら、あら。逃げて行っちゃった」
 風はいくつもの葉を流していき、もうどれが先ほどの葉なのかわからない。
「もうわからないし、仕方ないかなぁ」
 探すことを早々に諦めた星の視線は再びパンへ。綺麗な紅葉はまた落ちてくるかもしれないが、温かなパンは今しかないのである。
 サクサクとしたクロワッサンを食べ終わったら、マフィンに手を伸ばし。紙袋からパンの香りが逃げ切った頃、星は再び胸の前で両手を合わせる。
「ごちそうさまでした。パンの感想、忘れないようにしないとねぇ」
 店員にお願いされたことを忘れないようにと心に留め置いて、星は手拭いの上に落ちたパン屑を地面へ落とす。するとどこからか小鳥が数羽やってきて、そのパン屑をついばみ始めた。
 それを眺めながら、星は唇にそっと指で触れる。不意に睫毛が目元へ影を作った。
(わかっていたけれど、やっぱり──)

 ──わからなかった。

 陽だまりの下は暖かい。されど心の内までは届かない。
 星は唇から手を離し、空を見上げる。
 紅葉の額縁に彩られた空は誰の心を映すでもなく、ただどこまでも澄んでいた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6594 / 崎代星 / 女 / 19歳 / 疾影士 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めまして。崎代星さんの日常シーン、お届けいたします。
 発注を頂いた際は秋口でしたが、すっかり寒さを感じる季節となりました。お時間を頂きまして申し訳ございません。
 星さんらしく描写できていれば幸いですが、リテイク等ございましたらお気軽にお申し付けください。
 この度はご発注、ありがとうございました!
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2018年11月16日

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