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『あるボディーガードの不本意な話 』
空月・王魔8916

 何がどうしてこうなったのか、正直未だによくわからない。空月王魔は目の前のシンクで水に浸かっているフライパンと汚れた皿を眺めつつ益体も無い思考に耽る――と言っても、他の事を全て忘れてそれだけを考えている、と言う訳でも無い。一朝事あらばいつでも適宜頭を切り替えるくらいは呼吸同然に出来る訳だから、例えば今現在雇い主が何処に居て何をしているか――自分に食後の洗い物を任せて隠居宜しく庭でのんびり寛いでいる――事くらいは意識の隅に常に置いてある。そして今は危険な何事も起こっていないし近場にその手の火種も無いと確認してもあるから、こちらものんびり益体も無い思考に耽るような真似が出来ている訳でもある。

 ただ正直、目の前にある「この状況」には少々イラッと来た。いや、洗い物自体を任された事について苛ついた訳では無い。雇い主は隻腕、必然的に遣り難いだろう洗い物がこちらに回ってくるのはまぁ自然の成り行きであるから苛つくも何も無い当たり前の事になる。そして王魔も王魔で仕事として任された以上は不本意な事柄でもきっちりこなしてしまう性である――と言うかその辺の事については殆ど無自覚で、そこまで考えてもいないし改めて考える必要も無いと思っている。まぁ何かの加減で後から思い返して考えたなら、不本意ながらも「そう」だろうと認めざるを得ない、と思う程度の事な訳だ。

 が。

「これ」は…せめて水の中に突っ込む前に油汚れを拭くとかする気は無いのか、と思う。なみなみと張られた飲用すら可能な上水道の水、その中にべっとり油汚れの付いた皿とフライパンが躊躇いも無く放り込んであるのはどうなんだ。…フライパンを水に浸けっ放しと言うのも宜しくない。使った後のフライパンをコンロからシンクへ、食べた後の皿を食卓から台所にまで自分で置きに来る時点で気を利かせたつもりなのだろうが…いや、言っても無駄か。
 こういうところで、日本と言う国の水と言う資源への無頓着さをしみじみ感じる。

 と言うか。

 …食器洗い機あるんだから少なくとも皿はまずそちらに入れてほしいと思うんだがそれは贅沢な望みだろうか。いや、多分これを直接言ったとしたら、『折角キミの手と言うとても高性能な家事手伝いの手があるのに、たった一枚か二枚の皿を食器洗い機で洗うのは気が引ける』とか何とかわけのわからない理屈が飛んで来るのが目に見えている。…と言うか前に実際似たような戯言を言われた事もあったような気がする。

 私はあくまでボディーガードとして雇われたのであって、家事手伝いになったつもりは毛頭無いのだが――雇い主の方では何故かそう思っていない。…そう、そここそが「何がどうしてこうなったのか、正直未だによくわからない」事なのだ。
 仕方無く水に浸かっている皿を取り上げ、洗う。…こうされていては確かに改めて食器洗い機に放り込む一手間を掛ける気にはならない――いや、まさかその為にこそこうしておいたのではあるまいなと頭に過ぎる。考え過ぎである事は承知だが――いや、考え過ぎも何もどうでもいい事だ。こんな事で頭のリソースを割く事こそ余程益体も無いだろう、私。
 そう自分に言い聞かせつつ、手際良く洗い物を終える。…油汚れの分余計に水を使ってしまった気がするのがどうしても引っ掛かるのは私がまだ日本に馴染んでいないからなのかもしれないが、それも今は「どうでもいい」で片付けておいていい事だ。私はあくまで、雇い主兼同居人のボディーガードな訳だから。

 …確かに、雇い主からは自分の生活のサポートを頼むとも言われはした。だがそう言った当人が、大抵の事はひとりで卒無くこなしてしまえる上に、実際にマイペースで好きなように何でもやっているのだから――当初はサポートと言うのはあくまで言葉のあやで、実際の日常生活で私にわざわざ出る幕があるとは思わなかった。
 が、蓋を開けてみれば私の方で雇い主の怠惰振りが目に余り、何だかんだと日常生活の些事にまでうっかり手を出し口を出し…と日々無駄に気を回してそれこそ「家事手伝い」めいた行動をよく取ってしまう羽目になっている。そしてそれを当たり前のように受け入れて来る雇い主が居る――いや、受け入れると言っても黙って、ではない。まず素直とは程遠い減らず口を叩かれる事も少なくない。言う事を聞かない事もある。が、雇い主の中ではそれらの遣り取り自体が一種のレクリエーション扱いになっているような気がしてならない。こちらの小言に対する飄々とした返しはまるで言葉遊びの如くで…あれは絶対、楽しんでいるだろう。

 …『人様の前ではそれなりにちゃんともするだろうが、身内の前でまで格好付ける気は無いよ』。

 こちらの小言に対し、雇い主はそんな言い方でいけしゃあしゃあと怠惰の理由を語って来た事もある。…まぁ確かに、私も私で人の事をどうこう言えるようなまともな生活を送って来た訳では無いが(一人で暮らしていた時は食事が面倒でゼリー飲料やらエナジーバーで済ませているくらいだった訳だし)。だがだからこそこの雇い主に捉まり、今のそれなりに規則正しく人間らしい同居生活が始まったとも言える訳で――まさか雇い主がここまでいいかげんな奴だったとは、と軽く呆れ返ったのももう何度目かわからない。
 何処の馬の骨かもわからないボディーガードとして雇われているだけの私が、既に身内扱いされていると言うのもどうなのかと思ったりもする。…まさか身体に欠損がある同士で(私は戦禍で右目を失明している)傷を舐め合おうとでも言うような発想を持つタイプとも到底思えないし、どういうつもりなんだかわかったもんじゃない。
 まぁ、傍に居るのが空気の如く当たり前になる感覚、が身内扱いの根拠であるのなら、私の方でも否定は出来ないところではある。
 このぐうたらお嬢様に言いたい事は山程あるが、居心地は悪くない。

 思っていたら、当のぐうたらお嬢様の声がした。

「ああ、洗い物が終わったら布団を干しておいてくれないか、思っていたよりいい日和だからね」
「…今からか。どうせならもっと早く言え」
 この時間ではもう日が回るだろうに。
「今そうしたいと思ったのだから仕方が無いだろう。私はこんな腕だから自分で布団を干すのも少し大変だからね。こういう時こそ家事手伝いの出番じゃないかな?」
「だから誰が家事手伝いだ」
「それは勿論、王魔だよ」
「私は家事手伝いじゃない。おまえのボディーガードだ。何度言わせる」
「でも私の代わりに色々やってくれる事に変わりは無いだろう?」
「…干すなら明日にした方が確り干せると思うがな」
 明日も晴れるらしいし。
「うーん。私は今日のこのおひさまの匂いに包まれて今夜眠りたくなってしまったんだよ」
「…そうか」

 退かないか。
 仕方無い。はぁと軽い溜息一つ吐きつつ、雇い主の御要望に応えるべく雇い主の寝室に向かう。…だいたいの場合で雇い主との遣り取りはこんな感じになる。何度「私は家事手伝いでは無い」と言っても、雇い主は事ある毎に私を家事手伝いと呼ぶ。実態はそうだろうと言われてしまえば――言わずとも態度や話の流れでそう示されてしまえば、確かに説得力のある反論は出来ない。

 が、それでも。

 私はあくまでボディーガードとして雇われているのであって、家事手伝いと呼ばれるのは不本意であるのだ。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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■PC
【8916/空月・王魔(くづき・おうま)/女/23歳/ボディーガード(兼家事手伝い)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 PL様にはいつもお世話になっております。PC様には初めまして。
 今回は発注有難う御座いました。
 前回の件の返信についても、地域によっては災害絡みで大変だったかもしれない時期だったりしましたし、期限的に残り少ないタイミングで気付いての申し出だったのでむしろ悪い事したかな…と思っていたところだったので、申し訳無いなどと言う事は無いのです。問題なかったのなら良かったのですが。
 また、別件の御手紙でこちらこそお気遣いを頂いていたのですよね。有難う御座いました。

 そして今回も結局大変お待たせしてしまっております。
 …いつもの事と言えばいつもの事なのですが。申し訳無い。

 内容ですが、あまり裏を見せない家事手伝いの日常系と言う事で、何故か食器洗いに被せてぐるぐる考え込んでいる感じになりました。あと勝手に御宅に食器洗い機がある事にしてもあります。
 紛争地域出身の人なら、日本での水の扱いとか身に染み付いた感じで気にしてしまうかも、と思ってこんな流れになりました(書き終わってから、風呂絡みにした方がより「らしかった」かとか思ったりもしましたが)
 また、雇い主さんの日常生活振りや怠惰云々は何となくこれまでの納品物を参考にしてしまった感じだったりするのですが…如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルの方で。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年11月19日

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